ここは、裏社会に属する組織の者達によって実効支配された地域――『ブラックマーケット』。
大抵の商品は取り揃えられているが、連邦生徒会の管理が及んでおらず、治外法権がまかり通っている治安の悪いエリアで毎日違法な商品が流されている。俗に言う闇市だ。
不認可の倶楽部も存在し、学校を追われた大勢の生徒達が身を寄せている。
そんな危険極まりないブラックマーケットの路地を、阿慈谷ヒフミが、息を切らしながら走っていた。
「つ、ついて来ないでください〜〜!! (限定ペロロ様グッズを手入れる以外の)お金なんて私持ってません〜〜!!」
叫んで、一瞬だけ後ろを見やれば、腕に『夜露死苦』の文字があるチンピラ三人組がヒフミを追いかける。
三人ともスゴい形相で銃を乱射している。
理由は分からない。本当に分からない。喧嘩を売った覚えも無ければ、『平凡』な自分と彼女たちは初対面だ。接点も皆無。突然話しかけられ、追いかけられているのだ。
「きゃっ!?」
細い路地を抜けたところで、ヒフミは何者かとぶつかってしまい、その衝撃でよろける。
だが、倒れる寸前、彼女の腕を何者かが掴んでくれた。
反射的に閉じた瞼をゆっくり上げると、ヒフミの腕を掴んでくれていたのは、白と青のジャケットを纏った人物、ミレニアムの生徒――梵アタラヨだった。
そしてアタラヨの後ろには、同じミレニアム所属の白髪少女、生塩ノアの姿も。
(あれ? この人って……)
ヒフミはアタラヨの顔に見覚えがあったので、つい彼の顔をまじまじと見てしまった。
じっと見つめられてアタラヨが頬をかく。
「えーっと……
「ふぇっ!? あ、いえ、その……」
「アタラヨ先輩のお顔には、可愛らしい目と鼻とお口がついています♪」
「うん、そういう意味じゃないよ生塩さん。てか何で着いて来てんの? 誰にも今日の事言ってないのに……」
「今週は私の番だから、です。それに、アタラヨ先輩をミレニアムの外に出したら、必ずと言っていいほど厄介事に突っ込む……いえ、巻き込まれてしまわれますから、私がその監視役を」
「監視役て。
「私の目をちゃんと見て同じ事言えますか?」
アタラヨは無言でノアから視線を外す。
「あら、逸らしちゃダメですよ。これはとても重要な事なんですから。はい、もう一回。今度は私の手を握って一〇秒以上です♪」
「趣旨変わってない?」
「ではハグにしましょう。三〇秒ほど」
「ハードル上がっちゃったねぇ」
満面の笑みで両手を広げてくるノアに、後退するアタラヨ。
ノアは少しだけ表情をしゅんとさせる。
「……嫌ですか?」
「べ、別に嫌とかそんなんじゃ……。人前だし、時と場所を考えてね。あ、コラっ、言ったそばから抱きつこうとしない!」
「うふふ。逃げないでください♪」
(い、イチャイチャしてる……)
一体自分は何を見せられているのだろうかと、ヒフミは砂糖を吐きそうになる。が、すぐにハッとしてアタラヨとノアに声を発した。
「あ、あのっ、さっきはぶつかってごめんなさい! でも、今すぐここから離れた方がいいです! 怖い人たちが来てますから!」
「「? 怖い人たち?」」
首を傾げたその時、銃の乱射音が聞こえた。
反射的にアタラヨはノアとヒフミを抱えて後方にジャンプ。
いきなり片腕で抱えられたので、ヒフミは「ひゃあっ」と声を上げる。華奢な見た目からしたアタラヨのフィジカルに、ヒフミの度肝を抜かれた。ノアは慣れているらしく平然と。
路地裏からヒフミを追いかけていたチンピラの少女達が現れた。
「やっと追いついたぜ、トリニティのお嬢様よォ!!」
「呑気におしゃべりとかナメてんの?」
「まぁいいわ。痛い目を見たくなければ、さっさとこっちに来たら? トリニティのお嬢様? ま、逃げた分、た〜っぷり可愛がってやるけどね」
言ってニヤニヤと、銃口をこちらへ向けるチンピラの少女達。
短く息を吐いたアタラヨは、ノアとヒフミを守るように前へと出て頷いた。
「うん。なんとなく状況は把握した。とても穏やかじゃないね。――というわけで生塩さん」
「はい、分かっています。アタラヨの邪魔にならないよう、この方から経緯を聞いておきますね」
「邪魔ではないけど、話が早くて助かるよ。ホント有能すぎて困っちゃう」
「ふふ、褒めても何も出ませんよ? でも、アタラヨ先輩がユウカちゃんに隠れて、ネットでまた高額な買い物をした事はナイショにしておきますので♪」
「何で知ってんの……?」
頬を引き攣らせるアタラヨに、クスッと微笑むノアは驚きを通り越して恐怖である。
ちなみに、アタラヨがいつもの深夜テンションで購入したのは、高性能の高級ヘッドフォンである。価格は五万円越え。鬼の形相をするユウカの顔が嫌でも脳裏に浮かんでくる。どうしてこの男は懲りないのか。
黒髪ロングのチンピラ少女が、アタラヨを睨む。
「シカトしてんじゃねーぞ、コラ!!」
「そーだ! そーだ!」
「つーか、なんでミレニアムのガリ勉が
そう叫んで、数発の銃弾がアタラヨ達に放たれる。
単なる威嚇射撃のようだが、ノアやヒフミと違ってヘイローの無い自分に被弾してしまえばひとたまりもない。当たり所が悪ければ最悪死に至るのだ。
なのでそれら全てを、アタラヨは斬り伏せる。そして前傾姿勢で突貫の構えを取った。
「なッ!?」
脅しとはいえ、攻撃が容易く捌かれた事とアタラヨの戦闘態勢に、黒髪ロングのチンピラは、目を見開いて後退る。他の仲間二人もだ。
目の前の光景にヒフミは目を瞬かせる。
「す、スゴいです……! 速い銃弾を避けないで剣で弾いちゃうなんて!」
「アタラヨ先輩は卓越した動体視力の持ち主なんです。ですから、あんな風にある程度の銃撃には対応出来るんですよ?」
「撃ったりしないんですか?」
「ええ。なにぶんアタラヨ先輩の射撃センスは大変お粗末……いえ、可哀想で……。百発中数発が当たるかどうかのレベルでして。まあ、そこが先輩の愛らしいところですが」
「ねェそれ、褒めてんの!? 貶してんの!? どっち!!??」
「さあ、どちらでしょう♪」
絶対揶揄われている。
ノアに肩を竦めつつ一歩前へお踏み出したアタラヨは、チンピラ達に問いかける。
「さて。とりあえず、君達がトリニティの生徒を狙う理由を教えてくれない?」
「は、はァ? テメーには関係ねーだろ!」
「まあ、確かに関係は無いのかもしれないね」
「じゃあ引っ込んでろよ!」
「でも困ってるみたいだし、関わってしまった以上は見逃す訳にもいかないでしょ? ついでに聞きたい事が――」
「あーーー!!!」
突然、チンピラの一人がアタラヨを指差して大声を上げた。心做しか顔を青ざめて、ブルブル震えている。
ギョッとする黒髪ロングのチンピラが叫ぶ。
「き、急に大声出すんじゃなーよッ!」
「ど、どうした!?」
「あ、あの……火傷まみれの顔と……銃剣……っ。こっ、こいつ……! ミレニアムの【暴君】だ!?」
「ぼーくん? 何言ってんの?」
「お、おまっ、知らねェのか!? ミレニアムの【暴君】と言えば、入学して間もない頃に軍用オートマタを百人斬りしたって事件で有名だぞ!! しかも受けた攻撃は頬を掠った銃弾一発のみ!! それ以外にも、各学校のバケモノ達に喧嘩を売ったとか……」
「あ、それ……あたしも知ってる……。確か噂じゃ、あのゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナとはただならぬ関係って……」
「「ま、マジ!!?」」
「あと、メイド達を侍らせて遊んでるとか……」
「「ヤバいじゃん!!」」
チンピラ少女達は、アタラヨそっちのけで女子トークを始めだした。なんのこっちゃ、である。
入学したての頃は黒歴史なので掘り起こさないでほしいし、ヒナとは定期的に会うだけの幼馴染みだ。メイド達……C&Cを侍らせて遊んだつもりもない。
「なるほど……。ゲヘナの風紀委員長さんとは蜜月の関係で……。C&Cの方々とは、仕事を放ったらかして遊んでいると……」
ほらもう後ろの方からノアの不穏な声が……。
盛大な誤解が生じているようだ。
「ふふっ、これはたっぷりお仕置が必要ですね」
ひえっ。
「…………はぁ」
アタラヨはため息を吐く。
そして、【暴君】を連呼するチンピラ少女達にゆっくりと近づき、屈託のない笑顔を向けた。
「あのさ」
「「「ひぃッ……!!」」」
「えぇ……」
笑っただけなのに悲鳴を上げられた。
とても心外である。
「まあ、いいや。後輩の前だから、その趣味の悪い呼び方やめてくれない? なんか恥ずかしいし、
「「「……すっ」」」
「す?」
「「「すっ、すみませんでした〜〜〜!!!!」」」
そう言いながら、脱兎の勢いでチンピラ少女達は逃げていつた。アタラヨの事が怖かったのか、涙目だった。地味にショック。自ずとしょぼんと凹んでしまう。
「“奇跡の砂”知ってるか、聞けなかったなぁ…………」
――“奇跡の砂”。
それは、最近キヴォトス中で話題になっている、使用者の願いを
そんな“奇跡の砂”がブラックマーケットで目撃されたという情報を、ヒナから教えてもらったアタラヨは、ノアと一緒にブラックマーケットを訪れたのだ。まあ、ノアが着いて来たのは予想外だったけれど。
「アタラヨ先輩」
肩を落としていると、ノアがアタラヨを呼んだ。
シリウス・ハーツの剣先を地面にガリガリやりながら、アタラヨはノアとヒフミの方へ向かう。
「お疲れ様です、アタラヨ先輩」
「いや、お疲れ様ですって、
「まあまあ、いじけないでください。あとでちゃんと慰めてさしあげますから。ね?」
危ない感じに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。どろどろにされそうだ。
「あ、あの!」
と、蚊帳の外状態だったヒフミが声を張り上げる。
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「いえいえ。怪我とかは大丈夫かな?」
「は、はい! おかげさまで……あ、私、阿慈谷ヒフミって言います。二年生です。――えっと、梵……アタラヨさん、ですよね?」
「え?
首を傾げると、ヒフミは大きく頷いた。
「はい! トリニティの生徒達の間では有名人ですから!」
「へ〜」
「正義実現委員会のハスミ先輩と付き合ってるって!」
純新無垢なヒフミの言葉に、アタラヨとノアの間に衝撃が走る。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはノアだった。
「……………………アタラヨ先輩?」
「え!? いや、違うよ!? 羽川さんと付き合ってないし、見間違いじゃないかなァ!!?? アハハ、阿慈谷さんはキヴォトスジョークが上手なんだね☆」
「あれ? 違うんですか? ……でも、この前お洒落なカフェで、ハスミ先輩にあーんってしてたような……」
「ごふっ……!」
アタラヨは思いっきり噎せた。
確かにハスミとカフェでお茶したし、あーんもしたので完全否定は出来ない。けれどあれは、『いえ、私は今ダイエット中なので、スイーツは控えていいるんです』と言っておいて、アタラヨが注文したケーキを物欲しそうにガン見されたからあーんしたわけで……。他意は無い。ああ、ノアのスンっとした表情が怖い。尻尾の毛も逆立つ。
「浮気ですか? ユウカちゃん以外許しませんよ?」
「いや、それはそれでどうなのさ……。ていうか浮気じゃないし……何でそこで早瀬さんが出てくるの」
「53不埒ポイントです」
「不埒ポイントって何!? しかも結構高い!!」
「言い訳はミレニアムに戻った後、アタラヨ先輩が大好きなお仕置をしながら聞いてあげます。楽しみにしてくださいね?」
「ぴぇっ」
謎の舌なめずりをするノアに、アタラヨはか細い悲鳴を出した。果たして今日は生きて家に帰れるだろうか。心配だ。ちなみにお仕置は大好きではなない。断じて。
「そ、それにしても、トリニティのお嬢様がここに来てるなんて珍しいね!」
「そうですね。ここは治安が悪いので、トリニティの方々は滅多に近づかないはずですが……。何か探しものですか?」
「は、はい。えっと……その……グッズを探してるんです。公式ではもう販売されてなくて買う事が出来ないのですが、ブラックマーケットで密かに取引されているって噂を耳にしまして。あ、あはは……実は内緒で学園を抜け出して来ちゃったんです。あっ、グッズっていうのは、これです!」
ヒフミが見せてきたのスマホの画面には、チョコミントアイスを口に突っ込まれた掌サイズの鳥のぬいぐるみ、だった。何をコンセプトにして作られたのだろうか。傍から見たら拷問を受けている鳥のマスコットである。そして何故この鳥の眼球が上を向いているのか、得体が知れない。
若干困惑するアタラヨを余所に、ヒフミは目をキラキラさせて説明する。
「ペロロ様の限定グッズです!」
「ペロロ……様?」
「はい! アイス屋さんとコラボした、限定生産で100体しか作られていない特別なグッズなんですよ! ね? 可愛いでしょ?」
「か、可愛い……?」
アタラヨはもう一度、ペロロ様とやらの写真に視線を落とす。――なるほど分からん。女子高生の感性には着いて行けないようだ。
「……生塩さん、ペロロ様って知ってる?」
「モモフレンズというファンシーキャラクターブランドのマスコットです。ミレニアムでも流行っているみたいですよ?」
「へ、へぇ……」
初耳である。
「――というわけで、ペロロ様のグッズを探しに来たんですが、先程の人達に絡まれてしまって……。お二人がいなければ、危うくお金を全部失うところでした」
「特に何かをしたつもりはないけどね」
「そう言えば、梵さん達はどうしてここに?」
「阿慈谷さんと同じで探し物だよ。あとは調査かな。最近ブラックマーケットでミレニアムのコピー商品が売られてるらしいから――」
遠くに見覚えのある集団がいた。アビドス高等学校の生徒達――対策委員会の面々だ。思わずアタラヨは少し後退る。
あちら側もアタラヨ達に気づいた様子。
そしてその内の一人、ベージュの長髪で黄色のカーディガンを着たゆるふわな少女が、満面の笑みで走って来て。
「アタラヨさん〜〜~☆」
「どぅふッッ!!??」
思いっきりアタラヨをタックルして抱きしめた。
頑張って投稿続けます。