色々と真っ当な子なので展開に困りました
ナースとケミスト
「では、これで納品ということで……」
「はぁい、ありがとうございます~」
矯正局から医薬品を受け取って数日。
サンクトゥス分派からの大量発注も落ち着き、薬事班の面々もシフト順に休みを享受していた。
とはいえ副長のチヨコには様々な仕事があり、休む暇もない。
今日も今日とて、トリニティ総合学園御用達の企業から医薬品を受け取っていた。
「お疲れ様です、副長」
「お疲れ様~。今日は付き合ってもらっちゃってごめんね~」
「いえいえ。薬事班のお仕事も勉強になりますから」
鷲見セリナ。
救護騎士団の2年生、救護班で頭角を現し始めている生徒のひとりである。
丁寧で誠実、とにかくフットワークが軽い為、救護騎士団の中では、誰よりも早く救護の現場に立っていることで知られている。あのミネよりも早い、となれば相当なものとわかるだろう。
ちなみにその胸はささやかながら、ほどほどにある。確かな満足だ。
「今日は、どのくらい回るんですか?」
「んー、配置薬はふたり合わせて30軒くらいかな。その後は私がD.Uで会食1件」
「か、会食ですか?」
「ちょっとね~。前の、矯正局の件で呼び出されちゃって」
「そうなんですね……ミネ団長もよく会食などされているので、チヨコ副長もそういうのかと思っちゃいました」
「ああ、ミっちゃんはヨハネ分派の首長としての会合だね」
「ヨハネ分派の……ティーパーティーとお会いしてるんでしょうか?」
「ううん。ヨハネ分派に属する名士とか、繋がりを求める商工会との顔繋ぎ。そういうのが支援基金に繋がるんだ~」
「成程。団長って、やっぱり壊すだけの人じゃないんですね」
「必要なら全部壊す人だね~」
そんな救護班未来のエースをチヨコが連れ立っているのは、セリナ本人の希望と、配置薬のシフトが被った為だ。
セリナはハナエ共々ミネのお気に入りであり、より激しく、厳しい救護の高みへと導く為にミネと行動を共にすることが多い。
なのでチヨコからすればあまり馴染みがないのだが、その活躍はミネから度々聞いているので、今更実力を疑うことはしなかった。ミネは嘘をつかないのだ。
「とりあえず正実に配る分と、自警団に無償提供する分は先にやっちゃおっか。まとめて渡しておけば、それぞれの詰め所に足してくれる筈だから」
「わかりました。私の担当分は商店街なので、トラックからミニバンに移しておきますね」
「お、助かるよ~」
現にこうして、何があるかを確認し、どんな問題が起きるか予測して行動している。
(トラックからミニバンに詰め替えるのは、商店街区が一般車一台が通れる程度の細い道が多く、製薬会社が運んできてくれた10tトラックでは詰まってしまうからだ)
これを2年生のはじめにちゃんとこなせるというのは、中々珍しいものだとチヨコは感心していた。
「じゃ、パパっと片付けてゆっくりしよっか~」
「はーい!」
今日はきっと簡単、楽ちんだろう。
チヨコがそう思っていたのは、この時だけだった。
***
「わ~すいませんっす! 今日ちょっとヤバくて……!」
「わぁ」
「だ、大丈夫ですか、これ……!?」
「いやぁははは、ちょっとツルギ先輩がはっちゃけちゃって……」
それが「訓練の賜物」だったなど、誰が信じられようか。
正義実現委員会に備え付けられた医務室には、1台のベッドにつき3人は転がっている有様だ。なんなら床にも絨毯が敷かれ、その上に寝かせられている生徒もいる。
ちょっとした組織的壊滅の現場だろう。繰り返すが、これは訓練の結果だった。
「新入生がけっこう気合入ってたっす。それでツルギ先輩が嬉しくなっちゃったんっすよ」
「だからって1年2年が全滅になります!?」
「なっちゃったっすねえ……」
「なっちゃったか~」
その下手人は、保健室の隅で血まみれのまま立っていた。
「剣先さん、やっほ~」
「…………けひ」
剣先ツルギ。
正義実現委員会の委員長であり、トリニティ総合学園でも有数の特記戦力である。
両手に携えたショットガンで暴れまわり、自身のダメージを一切厭わずにすべてを破壊して回る様から「破壊天使」などと畏れられる、ミネに並ぶ生徒たちの恐怖の対象だったが、そんな彼女が血まみれになっているなど、相当激しい訓練だったのだろうとチヨコは理解した。
「とりあえず手当しよっか。セリナちゃん、手伝って~」
「わかりました! ピンセットと生食準備します!」
「仲正ちゃんは無事な子と荷降ろしおねが~い。これ鍵ね~」
「はいっす! いつも通り、分配もやっておくんで、ツルギ先輩をよろしくっす~!」
チヨコは慣れた様子でガーゼに生理食塩水を含ませ、ツルギの血を拭い始める。
驚くべきことに、血まみれであるにも関わらず、その傷はほとんどが跡も残らず治りはじめていた。
しかし、だからこそ厄介なこともあるのだ。
「……私は、後でいい。後輩たちを、頼めるか」
「う~ん、それはちょっと無理かな。セリナちゃん、金属探知機貸して」
「副長、どうぞ」
「は~いありがと。……あ~、やっぱりかなり埋まってるね~?」
金属探知機をツルギの肌にかざすと、ぴぴぴと電子音がけたたましく鳴り響きはじめる。
その電子音に、ツルギは気まずそうに目を細めた。
「ダメだよ剣先さん、肌荒れちゃうからね~?」
「ン……」
剣先ツルギの強さ、それは圧倒的な再生能力である。
いかなるダメージも人並み程度に受ける彼女だが、しかしその傷はすぐに塞がり、むしろパワーアップしたように暴れまわることができるのだ。
その為、奇声を上げて暴れ回る恐怖の存在に対し、その再生力を遥かに上回る火力で以て一撃で制圧する必要が生じる。犯罪行為を働きたい相手にとって、これほど理不尽な存在もなかった。
「でも、別に……私の肌なんて、きっと誰もみない……」
「羽川さんから頼まれてるの~! 剣先さんが自分を労るように、ちゃんと説明してあげて~って! これも私のお仕事なんだからね~?」
しかし、それは同時に傷を洗い流す間もなく塞がってしまう、というデメリットでもあった。
キヴォトスでは弾丸によって死ぬことなどそうはない。ないが、傷口に砕けた弾丸の金属片が残ればシミやニキビ、肌荒れの原因になってしまう。
(この為、砕けやすい炸裂弾は治安維持においてはあまり推奨されない装備となっていた)
なので、銃で負った傷はちゃんと洗い流し、金属片が残らないようにしましょう、という治療法が学校で周知されているのだ。
当然、ツルギもそれは承知しているが、本人も気づいたら傷が治っているほどなので、中々対処は難しいようだ。なので気まずそうにしているのである。
「とりあえず取り出せるのは取り出したから、お風呂入ってこの肌ケアクリーム塗ってね」
「ン……全身か?」
「そ~。3分くらいで乾くから、お風呂で塗るくらいでいいよ~」
「ニキビが、できたら」
「潰さないで、こっちのクリーム塗って。これなら毛穴が広がったままにならないから」
「……わかった。ありがとう」
時々奇声こそ上げているが、落ち着いている時のツルギは冷静で、聞き分けのいい人物だ。
むしろカッカしている時のハスミの諌め役はツルギなのだというのだから、人間というのは会話一つではわからないものだ、とチヨコはしみじみ感じていた。
「チヨコ副長。他の子の手当も終わりましたよ」
「わあ、早いね? さっすが救護班の未来のエースさん!」
「えへへ。皆さん素直に手当を受けてくれたからですよ」
そうこうしている内に、他の正実の生徒たちは、粗方セリナが手当てしていた。
すこし見ない間に終わらせているその手際のよさに、チヨコは思わず関心する。
「……けぁあ!?」
「ひゃっ!? ど、どうしました、ツルギさん?」
「お、終わっている……? 目を閉じていた、間に?」
「うん、今日は少なかったほうだよ~」
「い、いや、そっちでは……きぁああ……!?」
どうやらツルギも驚愕するほどだったらしく、瞳孔を細め、食事前の深海魚のような顔で驚いていた。
確かにチヨコからしても驚きの治療速度だったが、ミネのしごきを受けているのだからさもありなんとチヨコは納得していた。
「けぁああああ……!?」
「つ、ツルギさん、どうしちゃったんでしょう……?」
「さ~? 初めての人に困ってるんじゃないかな~?」
例え一切の音も立てず、一切治療している様子を垣間見なかったとしても、である。
チヨコにとっては、セリナが優秀かどうかだけが重要だったのだ。
お読み頂きありがとうございます
次回は2024/02/24 23:00頃を予定しております