トリニティの政治は複雑怪奇です。
正義実現委員会で手当てを終えた後。
チヨコたちが荷を積み替えたミニバンを走らせたのは、ある駅近くの路肩だった。
「はぁい、守月さん。今週分の医薬品だよ~」
「ありがとうございます。いつも助かります」
守月スズミ。
非認可の治安維持組織「トリニティ自警団」に属する、トリニティ総合学園の2年生。
最近とみに増えている他校生徒による襲撃事件を鑑み、自ら自警活動に臨む生真面目な人物だ、とチヨコは記憶している。
最近はその活躍から「走る閃光弾」などと噂されているようだが、救護班の救護台帳からも閃光弾で目が痛む不良の点眼が度々記録されていることから、あながち嘘ではないことをチヨコは知っていた。
「いつもこれだけで大丈夫ですか? もっとお渡ししても大丈夫ですが……」
「いえ。無償でいただいているものですから、必要以上に要求するのはよくないかと」
心配そうにするセリナに対し、スズミはありがたく受け取りつつもそれ以上は固辞した。
救護騎士団はトリニティ自警団に対し、配置薬の無償提供と救護保険の無償化を実施している。それはヨハネ分派としての蒼森ミネが、スズミたちの自警活動に対するささやかな褒賞として選んだ施しであった。
それに甘えるのはよしとしない、というのはなかなか関心な志だと、チヨコはうんうん頷く。
「多少ストックするくらいなら、申請してくれて大丈夫だよ~」
「そ、そうでしょうか……? しかし、救護騎士団の負担になるのでは」
「ん~、後からたくさん必要になって、急ごしらえで発注かけるよりは、先に用意しておく方が楽かな~」
しかし、チヨコは手間の観点を装って、スズミに遠慮しないよう伝えた。
これは決してスズミたち自警団の為ではない。少々複雑な政治経済の話である。
「だから、余裕を持たせられたら助かりま~す、って感じで申請してくれれば、こっちも出しやすいかな~」
自警団に対してはヨハネ分派と同様に、ティーパーティーからはナギサが代表するフィリウス分派が武器・弾薬の提供を、シスターフッドが食料品などの提供を申し出ている。
こうしてみると些か大盤振る舞いではあるが、これはトリニティ自警団が正義実現委員会のように予算を投じた公認の委員会ではなく、あくまでもボランティアの集団であることが大きい。
「……わかりました。他の自警団のメンバーと話し合っておきます」
「うん、そうして~」
要するに雑に投げていれば勝手に治安がよくなり、他の分派から癒着だなんだとつっつかれないのである。
余った予算の使い道としてはこれ以上ない存在なのだと、チヨコはよく知っていたからこそ、スズミたちが受け取らない方が余程困るのだった。
「正直、助かります。新しく参加してくれた子がよく頑張ってくれるのですが、その分、怪我も多くて」
「確か、1年のレイサちゃんでしたっけ? 救護騎士団の詰所ではあまりお会いしませんが……」
「ええ。その内、お世話になっているといっしょにご挨拶させてもらうことになるかと」
どうやら、自警団も順調にメンバーが増えているようだと、チヨコは聞き耳を立てる。
ボランティアの領域を越えたなら、正式に今まで出資していた分を予算に変えて正式な公認治安維持組織にしよう、と裏で話が進んでいるなど、スズミは知る由もないだろう。
そしてそれはスズミたちの活躍を祝う意図ではなく、正義実現委員会だけに治安維持を依存しなくなることで、正実を握るティーパーティーの権勢を削ごう、という政治的な謀である。
「美味しいおやつ用意しとくから、その時には薬事室にも遊びに来て~」
「なら、そうさせてもらいます。本日はありがとうございました」
「お怪我されたら、いつでも救護騎士団の施療院までどうぞ!」
スズミの精悍で、しかし少女らしい柔らかさを秘めた微笑みは、それを知ってのことだろうか。ふと、チヨコは考える。
しかし知らなかったとして、チヨコは教える気はなかった。どうであれヨハネ分派が出資をやめることはないし、ヨハネ分派が出資を続けるなら、他の分派もそれにかこつけて政治を進めることだろう。
「お大事にね」
結果は変わらない。なら、より彼女たちが楽しく生きられる方にするべきだ。
セリナにも悟られないよう、チヨコは穏やかに微笑んだ。
***
「スズミさんたち、本当に凄いですよね。自分たちで学園を守ろうって……」
「そうだね~。なかなか関心な若者だよ~」
「あはは。副長、それじゃ大人みたいですよ」
「私はみんなのおばあちゃんだからね~」
「もー、1歳しか違わないじゃないですか」
配置薬を配り終え、空になったミニバンを乗り回しながら、チヨコたちはD.U地区へと向かった。
10tトラックよりは狭い運転席は、チヨコにとって少々取り回しの悪い空間だ。幸い、セリナが運転を代わってくれたので、チヨコはリクライニングシートを倒してくつろいでいる。
「セリナちゃん、ミっちゃん最近どう? 救護してる?」
「はい! 昨日もヘルメット団相手に1分かからず救護してましたよ」
「そっかぁ。救護の調子がいいなら何よりだねぇ」
何となしにする世間話の内容は、自然とふたりの共通の知人であるミネたちの話となった。
ミネの活動をチヨコが知るのは、本人の伝聞と救護台帳、そして処方箋からに限られる。
薬事室から出てどうこうすることが少ないチヨコにとって、こうして後輩たちからミネの活躍を聞く機会は貴重なものだったのだ。
「ミっちゃんのこと、よろしくね」
「え? えっと……ミネ団長が救護しに行く時、ですか?」
「ううん。ミっちゃんは寂しがり屋さんだからね。時々でいいから構ってあげて~」
「え、あれで、ですか?」
「あれで、なんだよ~」
鋼の意思を持つ鬼の団長、蒼森ミネ。
世間ではそう思われているし、実際にそうなのだが、その内側にちゃんと乙女心を携えていることを、チヨコはよく知っていた。
意外そうに首を傾げるセリナに、チヨコはナイショだよ、と言い含めながら語り始める。
「ミっちゃん、ぬいぐるみとか、か~わいいの好きなんだよ。あま~いお菓子も大好き」
「か~わいいの? モモフレンズとかですか?」
「ん~、モモフレはよく知らないけど、多分好きじゃない? ミっちゃんち、ぬいぐるみだらけだし」
「え、見てみたいです! 写真あります?」
「あるよ~。あとでモモトークに送ったげるね~」
「わーい! ありがとうございます、副長!」
ミネの意外な一面に、セリナは興味津々だ。
ミネが知れば逆ギレのひとつでも飛びそうだが、それだけ慕われているのだな、とチヨコは微笑ましく思う。
地味に人から怖がられる時も、内心で落ち込んでいる彼女にとっては、これだけ遠慮ない後輩はありがたい存在だろう。
「ミネ団長からは色んなことを学ばせてもらってますけど、何が好きとかは教えてくれないんですよ」
「あ~。団長らしく、って張り切ってるからねえ」
「これで団長の誕生日プレゼントがまとまりそうです!」
「うふふ。きっと喜ぶと思うよ~」
他人の為に朗らかに笑えるセリナは、ミネの支えとして相応しいだろう。
同時に人を支える精神は、救護騎士団としての在り方に確かに相応しいものであり――ミネが新しい団長候補としてセリナに様々なことを教えているのも、伺える人柄であった。
彼女なら、きっと新しい救護騎士団の在り方を拓いてくれるだろう。その未来がチヨコにとっても楽しみに思えた。
「そういえば、今日は誰と会食されるんですか?」
「あ、そっか言ってなかったっけ。えっとね……」
話が切り替わり、チヨコは予定表を確認する。
会食の相手はひとりだけ。
しかしこのキヴォトスにおいて、間違いなく重要な人物であった。
「連邦生徒会の、生徒会長さんだよ」
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次回は2024/02/26 23:00頃を予定しております
(2024/02/25 業務進捗を鑑み、明日の投稿に変更させて頂きます)