今回はただ駄弁るだけのお話。女子会トークってやつ。
「副長のお仕事って、思ったより大変なんですね……」
「薬いじってるだけで済んだらよかったんだけどねぇ」
疲れ切った様子で脱力するセリナに、チヨコはD.U地区のカフェで注文した、和紅茶ラテをいじくり回して答えた。
セリナの機嫌を取ろうと適当に入った店だったが、他校の文化とトリニティの文化がごちゃ混ぜになったD.Uの雰囲気は、チヨコにとって見ていて楽しいものだ。
「救護騎士団の金回りはミっちゃん……というかヨハネ分派から預かってるものだから、多少利益は上げておかないといけなくてね」
「利益、ですか? 救護は充分にこなせていると思いますが……」
「確かに、救護の本分は全うできてるよ。けど、派閥につく理由は、使命や必要性だけではないから」
それはヨハネ分派を支持する大人たちへの、見返りの提示だ。
生徒たちは優等生であれ不良であれ、多少なりとも救護騎士団が存在することへのメリットを理解しているが、大人たちは時として利益が提示されないと首を縦に振らないこともあるのだ。
チヨコは角砂糖を並べながら、セリナに大人たちの複雑さを解説をしていく。
「大人というのはね。このキヴォトスでは“保障”がされていないんだよ」
「保障……学園の庇護を、無条件で受けられないということでしょうか?」
「そう。彼らは生徒じゃないから、学園に属するには、学園に庇ってもらう為の理由がいるんだ。特に、そこで利益を得たい大人はね……」
チヨコは積み重なった角砂糖の山を、学園と例えた。
生徒も大人も、その角砂糖の山に群がる虫である。違うのは生徒はアリで、大人は別種の昆虫であることだ。
大人という虫は、生徒というアリの軍隊に敵対視されないよう、如何に甘い汁を吸うか腐心せねばならない。キヴォトスとはそういう生態系なのだと例えていく。
「生徒と大人を繋ぐのは人それぞれだけど、多くは有形無形の契約があるの。それがなければ、私たちは関わり合うことなく生きるだけ」
「ミネ団長が聞いたら、私は悲しいです! って言いそうですね」
「うん、実際言われたよぉ」
「団長、何が悲しかったんですか?」
「……私がそう考えなきゃいけないくらい苦労してるのが、悲しいってさぁ」
「確かに、団長ならそう言いますよね」
くすくすと笑うセリナに、チヨコも苦笑交じりに微笑む。
それらはチヨコが学園生活を通して培ってきた価値観のひとつではあるが、それがミネと相容れないのもチヨコは理解している。
しかしそれがヨハネ分派としてのミネを助けているとも理解しているからこそ、チヨコは考えを改めず、またミネも救護を以て考えを改めさせることはなかった。
「どうぞ、続けてください」
「ありがとう」
そしてセリナもまた、苦言を呈することはしなかった。
この会話の中にセリナが何かを見出してくれたことを内心で喜びながら、チヨコは先輩としての講釈を続ける。
「セリナちゃん、契約というのは何で構成されていると思う?」
「うーん……人と、約束でしょうか?」
「おお。物事をシンプルに捉えるのが上手だね~!」
「ふふっ、ミネ団長にいつも教わってますから!」
「ミっちゃんは結果がシンプルすぎるよぉ~……!」
チヨコはセリナの回答を褒めつつも、それが正解とは言わなかった。
何故ならば、それは価値観を問うような禅問答であり、明確な答えというのは存在しないのだ。
「……私の見解を述べるなら、それは責任と利益」
「利益は、さっき言ってましたけど……責任ですか?」
「そう。責任には、不利益を被ってでも遵守させる力があるから」
責任とはペナルティであり、同時に次へ繋ぐ信用のチケットだと、チヨコは考えている。
失敗に対する補償は決して軽いことではない。だが、それに向き合い、全うすることで、失敗によって失われた対外的評価はより強固となって戻ってくるのだ。
責任を負える限り、すべての失敗は挽回され、より強固な結びつきを得られるものと信じられている。
チヨコが契約を構成するものが責任と利益と示したのは、そういった思想があってのものだった。
「けど、責任だけじゃただ大変なだけ。だから、利益っていう甘~いおやつがないとね」
「……前々から、ちょっと思ってたんですけど」
「ん、なーに?」
「チヨコ副長、ミネ団長となんで仲良いんですか……?」
「不仲を疑われるようなことあったぁ!?」
「う~ん、なんというか、考えてることが違いすぎるような……」
しかしそれは、セリナから見れば普段教えを請うミネの思想と、かなり剥離したものだ。
使命と理念を何よりも貫くミネに対し、チヨコの考え方は実務と実益にあまりにも偏っている。
普段のミネならばより強度の高い救護も已む無し、と言われるであろう思想の剥離にも関わらず、何故ミネとチヨコは共存共栄を可能としているのか。セリナはチヨコと話すことで、改めて不思議に思ったのだ。
「まあ、言いたいことはわかるかな~。羽川さんほどじゃないけど、私もミっちゃんとはよく言い争いになったから……」
「でも、仲良しさんなんですよね?」
「そりゃ~当然だよ~。ミっちゃんのことはだ~いすき♡」
「わざとっぽくしないでください♡」
「けっこうよく見てるじゃん……」
なかなか強気に出てくる後輩に、苦笑しながらチヨコは紅茶ラテを飲み干した。
セリナは真面目で丁寧な看護師の鑑でこそあるが、私人としては茶目っ気も兼ね備えていると、チヨコは今日初めて知ったのである。
勿論、それはチヨコにとって、とても喜ばしいことだ。なのでセリナの追及に、彼女は誠実に答えることにした。
「ミっちゃんはねぇ、絶対に自分を曲げないんだ。だから好きなの」
「……確かに、この世のどんな金属より硬い人ですよね」
「そうそう。私がどれだけ正しい理屈を並べても、ミっちゃんには効かないんだよね」
「でしょうね」
「だよね~」
チヨコとセリナは同意するように頷きあった。
勿論、ふたりともミネのことは好きだし信用している。
ただ、蒼森ミネが論によって動くことなどない人物であると、とてもとても、よくわかっていたのだ。身体が痛いくらいに。
「で、私が副長になるって決まった時に、ミっちゃんと話し合って、お互いに共通の価値観を共有することにしたの」
「それが、救護?」
「そのと~り!」
それはある種の契約のようなものだった。
価値観に対し歩み寄る代わりに、連帯と協調を図る。この場合、歩み寄っているのはチヨコで、協力しているのはミネの方だ。
ふたりはお互いができることを全うし、友人の立場を維持しているのである。少なくとも、チヨコの考えではそうだった。
「こうして仲睦まじい友情は築かれてるわけだね~」
「へぇ、面白い関係ですね」
「うーん、なんだかミネ団長が聞いたらひと悶着ありそうですが……」
ん? と、ふたりは首を傾げた。
この場で話しているのはチヨコとセリナだけの筈であり、それを証明するようにカフェはガラガラだ。
しかし、何故か自分たちの会話に加わる、ひとりの声があったのである。
「……連邦生徒会長ぉ!?」
「えっ!?」
「あ、すみません。コーラひとつください」
驚愕するチヨコをよそに、彼女はそう朗らかに笑ってみせた。
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次回は2024/02/29 23:00頃を予定しております