救護の手にクリームを   作:救急パックA

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1時間の遅刻、恐縮です。
今回はブルーアーカイブの中でも特に明かされていない部分に踏み込むこととなってしまったので、少々演出が特殊になっております。


チヨコと■■■

「……私のミスでした」

「うん」

「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」

「はい」

「結局、この結果に辿り着いてはじめて、コーラがこんなに歯をネバつかせると知るなんて……」

「これ企業の売ってる瓶コーラだからね。高い喫茶店のオリジナルブレンドじゃないから」

「すいませーん、バニラアイスみっつー!」

 

何の躊躇いもなく相席してきたその少女、連邦生徒会長■■■は、しきりに口をもごもごさせながらコーラによる口の粘りを取ろうと試みていた。

そんな彼女にチヨコが呆れる中、セリナがお茶請けを頼む。話が長くなると見込んでのことだった。

 

「え、どうしよう。この後、ちょっと大事な人に会うんですが……?」

「歯の黄ばみが気になるなら、乾いた綿棒に歯磨き粉つけて磨くのがいいよぉ」

「あ、私どっちも持ってますよ。ここでやりますか?」

「いいんですか? 是非!」

「じゃ~磨いたげよっか。はい、あ~」

「んあああ……」

 

連邦生徒会長を場末の喫茶店で歯磨きする。なんだこの状況はと思いながらも、チヨコは彼女の歯を丁寧に磨き上げた。

実は、チヨコは他人の歯を磨くのが得意である。トリニティ総合学園で面倒を見ている子どもたちの歯科検診を救護騎士団が務めることもある為、自然と適切な磨き方を覚えてしまったのだ。

 

「んん、いつもよりお口の中がすっきりした感じです」

「歯磨き粉の研磨剤の有無とか、歯ブラシの毛質で有効な力加減って変わるからね~」

 

彼女とチヨコは何度か会ったことがある筈だが、こんな呑気な姿を見るのはチヨコにとっても初めてだ。

不思議な感覚を味わいながらも、チヨコは問うべきことを問うことにした。

 

「それで、どうしてここに? サボりなの?」

「やらなければいけないことの前に、ちょっとこの街を見て回ろうと思って」

「D.Uを、ですか?」

「いいえ。キヴォトスを」

 

まるで散歩気分のように語られたそれに、チヨコたちは顔を見合わせる。

当然ながら、彼女に、連邦生徒会長に、そんな暇など許されている筈がない。

彼女はD.U地区やトリニティ総合学園だけでなく、このキヴォトスのありとあらゆる学園が出す陳情に対して向き合う責務を背負っているのだ。

そして本来、大半は棄却されるであろう陳情の半数以上を、この連邦生徒会長は受理し、解決してきた。

まるで「不可能を可能にする」ような御業で。エデン条約も、そのひとつと言っていい。

 

「まあ、そういう日もあるかぁ」

「怒らないんですか?」

「んんー、セリナちゃん怒っていいよぉ?」

「しませんしません。チヨコ副長どうぞ」

「私もいいかな~、めんどいしぃ」

 

そんな超人が呑気に公務をサボってキヴォトス巡りなど、誰が許すだろうか?

そう思いながらも、そのサボりで予定をキャンセルされたチヨコは、それを責めずにおしゃべりの場を提供することとした。

それは気遣いでもあったが、気に入られて損などないからでもあった。

依怙贔屓で政治をする類の人物ではないのは百も承知だが、権力者のコネなどあればあるほどいい。そういうものと考えていたのだ。

 

「毎日毎日陳情と、それに関わる書類を捌いてたらサボりたくもなるよ。うちの医務室でもそういうサボりの子、よく来るし」

「トリニティでも、そういうのよくあるんですか?」

「ええと、毎日誰かひとりくらいは……」

「生徒の数、多いからねぇ」

 

如何にトリニティ総合学園がキヴォトス屈指のお嬢様学校とはいえ、学校にサボる者など当たり前のようにいるものだ。

しかしそうであっても、彼女は、生徒会長はどこか意外そうに驚き、そして興味深げに納得していた。

聡明な彼女なら予想などついていそうなものだが。そう訝しみつつも、チヨコはそれ以上は追及しなかった。

 

「チヨコさんたちも、サボることはあるんですか?」

「そんなことはないですよ。私たちは救護騎士団の仕事がありますから」

「私はたまにサボるよ~」

「副長!?」

「いつでもお茶ができるのは、薬事班のいいところなの~」

 

チヨコは嘘と真実を織り交ぜながら、生徒会長のサボりを肯定した。

真実は、確かに調剤こそ忙しいが休憩の時間はいつでも取っていいこと。嘘はチヨコがサボったことは一度もないことである。

自分のしていることに罪悪感を覚えては、とてもではないが休めない。チヨコはそれをよく知っていたのだ。

 

「だから、連邦生徒会長さんが――」

 

言いかけて、チヨコは彼女の名前を知らないことに気づいた。

そんなことがあるか。チヨコは自身の海馬に叱咤をかけるが、何度記憶を浚っても思い出せない。

しかし、それを追及することはしなかった。できなかった。

まるで「それが当然」かのように、他愛のない会話は続行していく。

 

「――休みたくなった時に、休めばいいんだよ」

「それが、責任を擲つこととなっても?」

「責任を果たすことと、犠牲になることは似て非なるものだからねぇ」

 

内心で膨れ上がる違和感と裏腹に、チヨコの答えは常に誠実で、生徒会長の悩みに向き合い続けていた。

それはセリナも同じようで、チヨコが横目に見れば、うんうんと頷いている。

 

「責任が人を壊したり、犠牲を伴うものにしてしまえば、すべては何も改善されないじゃない」

「でも、犠牲を伴わなければ解決しない問題もありますよね?」

「あるけど、それはあっていいことじゃないでしょ」

 

内心の疑念の一切を表に吐き出せぬまま、チヨコは己の信念を示した。

 

「犠牲なんてものがないように準備をし続ける。それが正しい救護ってものでしょうよ」

「……そうですね。そうかもしれません」

 

生徒会長は立ち上がり、一礼した。

それに倣い――従うかのように、チヨコもセリナも一礼を交わす。

 

「いい時間を過ごせました。どうもありがとうございます」

「気にしないで~。またお茶でもしましょ」

「怪我や病気の際は、いつでも救護騎士団にご相談ください。いつでも駆けつけますよ!」

「ええ……ああ、そうだ。チヨコさん――」

 

彼女は伝票を持ち、笑顔で振り返った。

 

「――貴方に、任せますね」

 

彼女がいつ立ち去ったか。

チヨコは覚えていなかった。

 

***

 

「いい人でしたねっ」

「……そうだねぇ」

 

果たしてあれは夢だったのか、どうか。

チヨコは頭の軋みを振り払いながら、できるだけ深く考えないように務めた。

会話は鮮明に覚えているが、彼女の印象は段々薄ぼやけていく。

そんなに地味な女性ではなかった筈であり、チヨコは記憶力には自信があったのだが、今のチヨコの頭は、まったくチヨコの味方をしていなかったのだ。

 

「けど、公務をサボりたくなるなんて大丈夫なんでしょうか。何かつらいことがあるんじゃ……」

「さあ、ねえ。キヴォトスの全権を握る人のことなんて、よくわからないよ」

 

夢でなかったとして。

果たして■■■は何の意図で現れたのか、をチヨコは思案する。

予定をキャンセルした侘びなどではあるまい。それならば返答を携えて現れたっていいはずで、しかし行ったのはただのおしゃべりだったのだから。

では、何故。そう考えながらも、チヨコはセリナに語るべき仮説を、並行して組み立てた。

 

「ただ、セリナちゃんが覚えているだけで、きっとあの人は幸せだと思うよ」

「覚えているだけで……忘れないだけで、ですか?」

「そう。それだけで慰めになる人だって、きっといるの」

 

セリナの髪を撫でながら、チヨコはかつて自身が先輩に教えられたことを伝える。

病や怪我が癒えても治らないものは、誰かが覚えているだけで慰めになる。

それを忘れないようにと教わってきたのはミネも、チヨコも同じなのだ。

 

「だから、次会った時に元気そうじゃなければ、ちゃんと思い出してあげようね」

「……はいっ。怪我をされていたら、私がすぐかけつけます!」

 

結局、チヨコは深く詮索せず、忘れることにした。

■■■がどう考えているかはわからないが、少なくともこの出会いはセリナにとって成長のきっかけになったのであれば喜ばしいだけなのだ。

だから自身の訝しみや苦悩は忘れ、今日は喜ばしい日だったと記憶しよう。そう考えた。

 

そして、1週間後。

チヨコは連邦生徒会長失踪の報を以て、それらの一切を忘却の彼方へ置き去りにすることとなった。

 




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次回は2024/03/02 23:00頃を予定しております
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