救護の手にクリームを   作:救急パックA

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本編と違いチヨコがいる分、ミネ団長が実務に専念できてるところはあります
つまりこのお話はだいたいがドンパチのない、裏方の地味な話ばかりです


お茶会と政治

 

「成程。発電機はすぐに手配しよう」

「ありがとうございます、助かります~」

 

チヨコの要請に対し、ナギサは驚くほどすんなりと稟議を通し、ティーパーティーの承認を得られるまでの根回しを行った。

面倒な手続きの数々は省略され、本日中の引き渡しを可能とさせる代わりに、「お茶会」の出席を求めたのである。

要はティーパーティーの代表3名が承認すれば後は事後処理で済むので、直接訴えに来い、ということであった。いつでも、どんなところでも。お上の一声というのは大きな力を持っているのだ。

 

「チヨコちゃんも大変だね~。これからお薬いっぱい作るんでしょ?」

「そうだね~……今日だけでだいたい、17種を300ずつぐらい?」

「そんなに」

「そんなに~」

 

とはいえ、今回に関しては政治がどうこう、と言っていられない案件であることも大きく作用した。

救護騎士団は自他ともに認める立派な医療インフラであり、看護師としての需要は生徒以外にも高くなっている。この上で臨時の製薬工房まで開いて周囲を支えるというのだから、トリニティ総合学園の運営者たるティーパーティーからは特に文句のつけようがないのだ。

強いて言えば救護騎士団の後ろ盾となるヨハネ分派の発言力が大きくなることが懸念ではあるが、そこはミネの絶対中立のスタンスによって警戒が緩和されるだろう。

なので面倒な横槍を突っ込まれないよう、わざわざ直接支援を宣言する……という場をナギサが整えたというわけである。

その程度の政治は言わずともチヨコも理解はできるが、即座にこれだけの対応ができるのは流石としか言いようがない。チヨコは内心で舌を巻きながら、世間話のていで彼女たちに情報を提供することとした。

 

「今までは1日に36箱分で済んでた救急箱の医薬品も、今じゃ100箱が当たり前になってるよ~」

「それは、正義実現委員会やトリニティ自警団への供与分も含めてですか?」

「ううん。救護騎士団での使用分だけ~。正実や自警団、各病院への提供分も含めると……」

「含めると~?」

「……ででーん、なんと1日500箱~!」

「わ~お★ 工房の製造分で間に合わないね?」

「そーなのぉ。だから地元の工場に原料回してお願いしてる~」

「夜も眠れない、ということだね。羨ましいやら、恐ろしいやら……」

 

ナギサたちティーパーティーの面々も世間話に付き合う素振りで耳を傾けているが、その眉は困ったように八の字に曲がっていた。

彼女たちとしてもチヨコがもたらした情報は得難いものであったが、同時にこのままでは救護騎士団が財政もマンパワーも破綻しかねない状況であると理解できたのだ。

勿論、それは今日明日の話ではないが、来年も同じような犯罪率であれば間違いなくそうなる、という話である。そしてそうなる可能性も、笑って否定できないのが実情だった。

 

「早く戻ってほしいよね、連邦生徒会さ~」

「ええ。連邦生徒会長が戻らない内は、エデン条約も進められませんから……」

「……連邦生徒会長が戻らない、って本当なの?」

「確かだ。そして恐らく、戻ることはない」

「またまた、百合園さんたらいやな冗談……」

 

チヨコは軽薄な素振りで顔を上げ、そして目を見開いた。

 

「彼女はもう、帰らないだろう」

 

百合園セイアは、笑っていなかった。

元々笑みを見せることの少ない少女だったが、今の表情は憂いさえない。何もない、無とさえ言えた。

そしてそれを、茶化し上手のミカや場を整える役目のナギサが否定しないのも不気味である。それはまるで、ティーパーティーの総意として認めているかのような――

 

「……帰ってきてほしいと、私は思いますよ」

 

――そこまで考えて、チヨコは思考を意図的に止め、ただ己の感情を伝えた。

もう顔の印象さえおぼろげとはいえ、チヨコにとっては私的な会話を交えた人でもある。

他愛のない時間を共有した相手でもある。

ならば、「はいそうですか」と見切りをつけるわけにもいかなかった。寂しいと、また会えることを祈っていると口にするべきだと考えていた。

そういった情動に関して、チヨコは大人になろうとは思わなかったし、ティーパーティーの3人も声高に否定することはなかった。

 

「……ま、セイアちゃんのキヴォトス独裁政権の夢は置いとこっか★」

「そんな夢は見てない……いや、本当に勘弁してほしい。悪夢だろうそれは」

「罰ゲームとして連邦生徒会に提案しますか?」

「首席行政官からのキレ気味の皮肉なんて、起きてても聞きたくないんだよ私は」

 

気を取り直すように、セイアたちも元のおふざけのような会話に戻す。

こういう時、ミカの軽薄な態度は非常にありがたい。場の雰囲気を取り戻し、重圧を減らすことにかけては彼女は本当に天才だ。

時折、ふざけすぎてナギサからのお叱りを受けているが、それもティーパーティーの対等さを示すいいやり取りだとチヨコは考えていた。

 

「チヨコ。君たち救護騎士団の尽力には私たちティーパーティーも感謝している」

「いえいえ~。これがお仕事ですからぁ」

「うん。そんな君たちの苦労に少しでも報いるべく、ティーパーティーからいくつか供与を申し出たい」

 

セイアの指図を受け、ティーパーティーの儀仗兵がチヨコに目録を差し出す。

それはティーパーティーが救護騎士団へ供与する医薬品のリストであった。どれも救急箱に詰める為の医薬品であり、チヨコはひと目見るだけで、それが以前サンクトゥス分派が大量に注文した医薬品であることがわかった。

セイアは最初から、こういった事態を想定して大量注文をしていたのだ。

 

「払い下げる形になってしまい恐縮だが、今の君たちには特に必要なものだろう。受け取ってくれるだろうか」

「……ありがとうございます。ミネ団長も、きっとお喜びになるかと」

「そう畏まらないでくれ。君たちには、本当によく助けられているだけだから」

 

百合園セイアには、未来を見通す力がある。

まことしやかに囁かれる噂に過ぎないが、サンクトゥス分派はパテル分派やフィリウス分派と違い、「特別な資質」で代表者を選ぶと言われているのだ。

特別準備がいい、といえばそれまでだが、先程の連邦生徒会長へのコメントといい、本当に未来を見通す力があるのかもしれない。チヨコはそう考え、やがて馬鹿馬鹿しい、非現実的な考えだと首を振った。

 

「そういうことなら、遠慮なく追加注文していいですか~?」

「いや本当に遠慮がないな。いいけど」

「チヨコちゃんが遠慮したことってあったっけ?」

「ないですね。ああ、おやつのお持ち帰り、今日も用意してありますよ」

「やった~! ぜ~んぶいただきますね~!」

 

それはそれとして、供与品もおみやげも貰えるだけ貰っていくことにした。

各分派の側付きたちが睨みつけているが、チヨコもティーパーティーの面々も一切気にしない。これだけ強かでなければ、トリニティの政治など務まらないのだ。

 

「ティーパーティーのおみや、薬事室の子たちからいつも好評なんですよう」

「へぇ、そうなの。ちなみに誰のお菓子が一番好評だったりする感じ?」

「う~ん、全体の人気ならやっぱり聖園さんかなぁ。並ばないと手に入らない、有名なパティシエのお菓子出してくれるでしょぉ?」

「まーね。分派の子たちが買いに来てくれるんだ~★」

「へぇ~、優秀なお付きさんたちだねぇ」

 

ミカのキラーパスを受け止めながら、チヨコは側付きたちの様子をチラ見する。

見たところパテル分派は得意げだが、他の分派の者たちは面白くなさそうにしていた。それを鋭敏に感じ取ったのか、ナギサやセイアもきちんと褒めるようにと言わんばかりにチヨコを見つめている。

ティーパーティーの面倒なことは取り巻きにあるな、とチヨコは肩をすくめながら、彼女たちに然るべき回答をすることにした。

 

「桐藤さんのとこは手作り品だよねぇ。あれは私、けっこう好きなんだ」

「ええ。側付きの子たちとお茶会の前に作っているんです」

「季節とか出来事に合わせて品を変えてくれるよねぇ。冬に食べたジンジャーケーキ、あれ美味しかったなぁ」

「あれは寒い日だから少しでも身体が暖まるようにと、新人の子が気を利かせて提案してくれたんですよ。私もとても気に入っています」

「ふふ~。黄瀬が礼を言ってたって伝えてあげてねぇ」

 

全体の支持はミカに。副長、及び本人の支持はナギサに。団長の支持はセイアに。

ホストの順に沿ってそれぞれ褒め称え、それぞれに華を持たせていく。

チヨコとしては面倒極まりないやり取りだが、これがトリニティの社交の場では欠かせない礼儀作法のやり取りというものなのだ。

 

「百合園さんのおみやはお菓子となぞなぞ付きだよね。ミっちゃんがよく休憩時間ににらめっこしてるよぉ?」

「ああ。たまに学園に仕掛けたリドルも解いてくれているようだったが、あれはミネだったか」

「そうみたいだねぇ。この間はレッドウィンターの医薬品だった~って大はしゃぎだったのぉ」

「ミネが? はは……なら、彼女の為に問題を作っておくとしようかな。お付きの君たちも手を貸してくれるかい。相手は強敵だよ」

「「は、はい、セイア様!」」

 

三者のお付きが三様に満足したのを見て、チヨコはホッと胸を撫で下ろす。

当然、このやり取りも決してチヨコにとって無駄ばかりではない。これはこうした各分派に配慮を行き届かせられる生徒であることを示すことで、この後の要求を取り計らいやすくしようというティーパーティーなりの気遣いでもあるのだ。

まったく面倒極まりない話ではあるが、これでチヨコは追加注文する権利を得たのである。それを示すように、ナギサがチヨコのカップに紅茶を注ぎながら話を切り出した。

 

「チヨコさんのような方がこうしてお茶会に参加して頂けるのは、私共としてもありがたい限りです。セイアさんの心付け以外で、私たちから何かできることがあれば何でも仰ってくださいね」

「じゃあふたっつ、おねだりしてい~い?」

「アハハ、遠慮ないなぁ……なにがほしいの?」

「救護の人手が足りなくってさぁ~。正実とティーパーティーの下級生ちゃんたちに応急処置の講習をして、軽い怪我はそっちにお願いしたいんだけど、どうかなぁ」

「ああ、それはこちらからも是非お願いしたいですね。講習の担当は誰が?」

「私とセリナちゃんでやるよぉ。ミっちゃんにしごかれたくはないでしょ~?」

「それは身震いが止まらなくなるね。チヨコに是非お願いするよ」

 

まずチヨコは、ミネから頼まれた合同講習についての承認を通す。

下級生を使い物にすることについてはどの委員会も頭を悩ませる問題であり、この申し出についてはティーパーティーの面々も喜んで頷いた。

すぐに日取りが定まり、講習会が開かれることだろう。まずは肩の荷がひとつ下りて、チヨコもホッと胸を撫で下ろす。

 

「もひとつ。これはちょっと、ティーパーティーの承認がないとできなくって」

「私たちが頷かないとってことは、校外に関わること?」

「そう。まあ、面倒は全部こっちで見るから、そっちは承認してくれればオッケ~なんだけど~……」

 

しかし、次のお願いこそチヨコの本命だった。

珍しく歯切れの悪いチヨコに、ティーパーティーの面々も興味を示しながら見つめる。

やがてチヨコは意を決して、資料を差し出した。

 

「……矯正局で捕まってる不良の子たち、薬事室で働かせてい~い?」

 

今度はティーパーティーの3人が、面倒くさそうな顔をする番だった。

 




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次回は 2024/03/04 23:00頃を予定しております
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