救護の手にクリームを   作:救急パックA

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20分の遅刻、恐縮です
尾刃さんのこれからを思うと涙を禁じえない


猟犬と取引

 

「そういうわけで、都合つけてほしいの~」

『……事情は理解しました。貴方が些か、根気強いことも』

 

ティーパーティーの承認を取ったチヨコがまず連絡したのは、ヴァルキューレ警察学校公安局のカンナだった。

矯正局で起きた脱獄事件もあり、多忙を極める状況ではあるが、チヨコの期待以上にカンナは冷静に耳を傾けていた。

 

「ごめんねぇ、急にこんな話振っちゃって。今、大変でしょう?」

『否定はできませんね。けれど私も、検討はすべき事柄だと認識はしています』

 

声に疲れを滲ませながらも、カンナはチヨコの送った資料と意見を吟味し、彼女の思考の中で整理してみせた。

 

『つまり……“トリニティ総合学園が矯正局に預けた生徒を引き取る”、と』

「それなら、防衛室の承認はいらないでしょ~?」

『ええ、そうですね。矯正局が人材の銀行として扱われるのは、恐らく史上初でしょうが』

 

矯正局に放り込まれる生徒というのは、おおよそ「学校という後ろ盾を失った生徒」だ。

自主的に退学した者もいれば、学校が庇いきれずに放り込んだ者もいる。チヨコはその中の後者、まだ学籍のある、停学中の生徒を引き取る、と申し出たのである。

これは学園ごとの一存で減刑を取り計らうこともできるので、防衛室のお伺いを立てる必要がない領分でもあるのだ。

 

『この人数の受け容れにしては、少々段取りが良すぎる程度でしょうが……まあ、非常時ですからね』

「そうそう。非常時に更生の機会を作りましょ~ってことで」

『はい』

 

……勿論、そんな「停学中の生徒」が真っ当である保証はどこにもない。

なのでチヨコは自主退学した元トリニティ総合学園属の不良に関しても、ティーパーティーにコッソリと籍を戻させる形で後者の枠に放り込ませている。手続き上は「復学」なので至って合法なのだ。

 

「……こういうのは、嫌い?」

『必要だとは、理解しています。矯正局も既に満室、脱走した七人の生徒を再収容することさえ、難しいのが実情です』

「うん。だからウチの学生は引き取って、そこで空きを作る。私たちは労働力を確保して、囚人たちは恩赦の機会を得る……誰も損してない、魔法のような選択肢だよね」

『思ってもないことを仰る』

「そう言わないとやってられないでしょ、こんなイレギュラー対応」

 

全員が得をする。各々の面子にさえ目を瞑れば。

そんなチヨコの提案に対し、カンナは手放しに賛同することはなかったし、チヨコ当人もそれが素晴らしいとは思わなかった。

これは「ズル」であり、正しい行いではないのだ。

それはふたりともわかっていて、わかっているからこそ褒めたりはしない。ただ、必要だからと割り切ることにしていた。

 

「尾刃さんみたいな人に頼めてよかったよ。これが本当に正しいと思う人だったら、私は連日徹夜続きになるとこだったから」

『あまり、手放しに喜べませんね』

「ちょっと嬉しそうだけど?」

『気の所為でしょう』

 

だからこそ、重苦しくならないようにお互い務めることにした。

あくまで世間話のように、他人の人生を容易く左右させる。重苦しく、責任を感じていけば、拘泥のように足を取られてしまう。

そうすれば、多くの人が困ったことになってしまうのだ。これから人生を動かす生徒たちさえも。

 

『今後……こういったお願いは、聞きづらくなるでしょう』

「防衛室がおかんむりに?」

『ええ。昨日改めてお会いしましたが、チヨコさんと仲良く踊れそうな方でしたよ』

「まあ~。私のフォークダンス、ティーパーティーでも好評なんですのよ~?」

 

チヨコと仲良く踊れるということは、ミネのような社交ダンスの心得があるということではない。

カンナが言いたいのは、政治と暗躍に多少の心得がある相手だ、ということだろうとチヨコは見切りをつけた。

それも相手は野心的で、こうした外部への働きかけを好む手合だということである。いかにも面倒な相手だ、とチヨコは全力で自分を棚上げした。

 

『私もヴァルキューレを守る為に、奔走することになりそうです。ですから……』

「うん。尾刃さんが何か困ったら、次は私の番だね」

『……ありがとうございます』

「いえいえ。どういたしまして~」

 

ティーパーティーに報告すべきことが増えたと思いながらも、チヨコはカンナに対し報いることを誓った。

尾刃カンナは善良でありながら腹芸もこなせる、チヨコにとって貴重な交渉相手である。

その正義の心が曇らず、守るべきものを守り通せるのなら、チヨコが泥を少し被るくらいは、チヨコにとってどうということはなかったのだ。

 

『では……輸送させていただくのは、こちらのリストの生徒でよろしいですね?』

「……あらら? ちょ~っと数が多いねぇ?」

 

確認するかのように、カンナは新しい「引き渡し生徒」のリストをチヨコのパソコンに送る。

そのリストには、チヨコが要求した最低限の人員を上回る人材が――普段の素行も含めて調査された模範囚たちのデータが――載っていた。

とぼけたように振る舞うチヨコへ、カンナもまたとぼけたように嘯く。

 

『おや、そうでしたか? 私は“すべてのトリニティ総合学園在籍者”とお伺いしていましたが』

「……そうだね、そうかも。ティーパーティーに確認しておくよ」

 

これはカンナなりの返礼であり、模範囚への報いなのだろう。チヨコはそう受け取った。

カンナが寄越したデータからは、追加された人員がどれだけ悔い、どれだけ新しい人生を願い、その為にどのような努力をしてきたかが詳細に記されていた。

つまり、チヨコはまた、誰かから託されたのである。それに疲れを感じないわけではないが、やはり託されることは、チヨコにとって嬉しいものであった。

 

「ありがとうね、尾刃さん。今度ごちそうするから」

『その時は、是非後輩にもよろしくお願いします』

「あらあら。じゃあ合同でパーティーだね」

『楽しみにしていますよ』

 

お互いの秘された信頼を感じながら、チヨコは互いの健闘を祈り、通話を切った。

 

「……頑張ってね、尾刃さん」

 

どうかこの誇り高い猟犬に、幸多からんことをと、真摯に祈ったのだ。

 

 




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次回は2024/03/05 23:00頃を予定しております
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