工房内の描写は「THE MAKING (232)薬(錠剤・カプセル・アンプル)ができるまで」などを参考にしています
Youtubeで公開されていますので、是非一度ご覧になってください。すごいですよ。
「成程。人員についてはこれから育てる形になりますが、拡充の目処はついた……と」
「あとは今のヤバい状況をとにかくなんとかど~にかするだけ~」
「やればいいなら、それ以上に楽なこともありませんよ」
「言うは易く行うは難し~……」
諸々の交渉を終えたチヨコは、早速製薬工房を回すことにした。
ヨハネ分派の敷地にある救護騎士団の本部、その大半は入院棟ではあるが、その次に大きいのがこの製薬工房である。
これは薬事班の厚遇如何という訳ではなく、純粋に大量生産を可能とする機材がそれだけスペースと費用を圧迫するのだ。
「これさえ動けば、一般活性の医薬品はなんとかなりますね」
「うん~。500でも1000でも、どんとこ~いって感じ~」
ミレニアム・サイエンススクールで特注した超高性能の製薬機は、原料さえあれば原薬から製剤までの製造を可能とする。
1週間動かし続ければ万単位の薬をこの工房から作れるが、代償として周囲一帯を停電させかねないほどに電力を食い潰すのだ。
「……先輩たちから伝わってるっぽくて、要請した倍の発電機が来たんだよね~」
「警戒されていますね」
「そりゃそうなるよね~」
その為、この工房を動かすには個別に発電機を用意することをティーパーティーから命じられている。
まだチヨコたちが下級生の頃、先輩たちが導入したての機材たちをハイテンションでガン回しした結果、トリニティ総合学園全域を停電させたことで当時のティーパーティーがマジギレしたせいだった。
新しいおもちゃ……もとい、大枚はたいて導入した機材に、みんなはしゃいでいたのだ。
「今回の燃料代も、くじの売上からですか?」
「うん。緊急時の製薬工房稼働は、充分救護を目的としたものだよねぇ?」
「そうですね。救護に必要な場に救護を届ける為、必要なことだと思います」
これらの機材を動かす費用こそが、チヨコが日夜ちょっとえっちなブロマイドを混ぜ込もうと画策する救護騎士団くじである。
大人たちやそういう趣味の生徒たちの薄汚い欲望が、人を救うことになるのだから皮肉なものだ。
「じゃ、セリナちゃんたち、原料の搬送と培養管理、お願いねー」
「はーい!」
「わかりましたー」
ともあれ、救護騎士団であればこの製薬工房の運用については一度は学ぶものである。
ハナエたち1年生は興味深げにきょろきょろとしているが、セリナたち2年生は勝手知ったるもの。
慣れた手付きで防護服に着替え、原料を手に工房の奥へ入っていった。
「ハナエちゃんたちに説明すると、この奥は無菌室になってま~す」
「ムキン?」
「ばい菌の侵入を許さない状態、ということです。なので決して、土足で上がらないよう、この部屋で靴を履き替えてください」
ミネとチヨコの指示に、1年生たちは素直に従う。
こういう時のミネたちにふざけて逆らうと、それはもうこっぴどく叱られると知っているのだ。
初等部の見習い過程では彼女たちもやんちゃ盛りの為、上級生たちからの鬼詰めを受けてギャン泣きした者も少なくない……だが救護騎士団はまだマシな方である。正義実現委員会などは脅かし役がツルギの為、失神する子まで出たのだから。
「もし機材が壊れた時、製造中の薬を被るととても危険です。なので防護服の着用は必須」
「翼のある子はこっちの防護服ね~。獣耳の子はこっちのお帽子、頭にも翼ある子とか防護服に翼が入らない子は、このカバーつけてね~?」
「「はーい!」」
しかし教訓以上に、今は初めての防護服を早く着てみたい気持ちでいっぱいらしく、身にまとってはキャッキャと互いに着せ合ったり、互いの姿を見せあっていた。
ハナエも同学年の友達と着せ合いっこに興じているようで、彼女は甲斐甲斐しく翼の大きな子たちの面倒を見ている。
「う~っ、むずむずする!」
「翼にカバーつけるとくすぐったいねー!」
「ハナエちゃんいいなあ。ぼーごふく着やすそう」
「えへへーっ! 私はひとりでも、きれ……きれ……」
得意げにひとりで着れることを自慢しようとしたハナエは、2度、3度と背中を擦る。
しかし何度試みても、うまく背中のジッパーを閉じることができない……それもその筈、ハナエの胸はギチギチと圧迫されながらもその存在を主張しており、押し込むほどに布を巻き込み、形を伴っていたのだ。
所謂、乳袋である。
「…………団長ぉおー! 副長ぉおー! おっぱいがぁあー!!」
「チヨコが1年生だった時以来の事態ですね」
「ミっちゃんはガタイもよかったから、上級生の防護服でよかったもんねぇ……」
このままでは工房に入れないと悟ったハナエが、涙ながらに助けを求める様に、チヨコたちはくすくすと笑いながら替えの防護服を用意する。
ちなみにチヨコの時は腹肉までパッツパツとなった結果、手も足も動かせなくなり、ボンレスハムのように転げ回ったことで上級生たちの爆笑を誘った末、ギャン泣きするチヨコの為に夜なべして特製の防護服を作ったのだ。
それと比べれば、ハナエはマシな方である。例え同級生の一部が絶望的な眼差しでハナエを見ていたとしても、だ。
「どうしますか、おっぱい切り落としますか……!?」
「しないしない。チェーンソーしまっていいから」
「こういう時の為に特製の防護服があるんです。チヨコのお古ですよ」
「言わなくていいから~!!」
ともあれ無事に着終えたハナエたちは、消毒液を引っ被った後に奥へ通される。
そこではすでにミレニアム製の高性能機材が適切に配置され、2年生たちによって各々のなすべき動きを行っていた。
喧しい唸り声を上げながらも、次々に薬を作っていく製薬機械たちに、1年生たちはマスクの裏で口をあんぐりと開けて見つめるばかりだ。
「ここが救護騎士団自慢の一般製薬工房ね。ここでは1分間で1600個から2500個の錠剤を作ってま~す」
「すごっ」
「え、薬瓶何個分……?」
「作っているのは救急箱に入れている解熱鎮痛剤なので、ひと箱20錠です。おおよそ80個から125個ですね」
「すごーっ!」
「工場じゃん! 工場じゃんこれ!」
「ミレニアムの特注品だからねこれ。工場の半分以下の敷地でこれだけのスペック出すの、す~っごく大変なんだぁ」
予想以上のスペックに、ハナエたちは跳ね回りたい衝動を抑えながらも無邪気に製薬機械を褒め称える。
この機械を導入するまでには涙なしには語れないほどの紆余曲折があったそうだが、それらはすべてチヨコたちの先輩の物語だ。
懐かしさに浸るのは後で、紅茶とお菓子を交えてにしよう。チヨコたちはそう考え、説明を続ける。
「機材の大半は原料を培養して、必要な成分を抽出する装置なんだ~」
「このように抽出されたものを原薬と呼びます。けれど、これをそのまま出すと、飲みづらかったり、成分がうまく混ざっていなかったりと不都合が多くあるのです」
「それをうまいこと調節して、みんなが慣れ親しんだ錠剤やカプセル、アンプルにするのが一般製薬工房の機械たち、ってことだね~」
ミレニアムの優れた機材は原料の培養期間も大幅に短縮させ、本来なら1週間はかかる原薬の製造工程を1日に短縮させてしまう。
お蔭でトリニティのどの製薬工場よりもすぐに製薬することが可能となっている為、ブチギレたティーパーティーも渋々残すことを認めることとなったのだ。
「操作方法や気をつけることは、ミネ団長から教わってくださ~い」
「承りました。1年生はこれより、私の指示に従うように」
「「「はーい!」」」
「2年生のみんな~、ここは1年生たちに任せて、奥の高活性物質管理室に行くよ~」
「「「はい!」」」
セリナたち2年生を連れ、チヨコは更に奥の部屋に入る。
厳重に密閉されたその部屋は、より重要で、貴重で、そして危険な薬品を扱う為の部屋である。
それを知っている2年生たちが生唾を飲みながら、わくわくした目で入る中、チヨコは一転し、真面目な面持ちで教鞭を執り始めた。
「セリナちゃん、高薬理活性物質ってどういうものか知ってる?」
「はい、副長。微量でも接種すれば、人体に強い薬理作用を与える物質です!」
「そう。抗がん剤や細胞毒性剤、性ホルモンとかのステロイド剤になるものでもあるね」
2年生たちはチヨコが真面目な顔で説明するものは、粗雑に扱うと大惨事を引き起こすものだとよく知っていた。
この副長は少しでも聞かない後輩がいれば、明確な実験を以てその危険性を証明するのである。危険な酸の扱いの為に、フライドチキンを骨まで溶かして微笑むチヨコは、拳骨と説教を用いるミネよりも恐ろしいものだ。
「わかっていると思うけど、これらはほとんど毒と言っていい劇薬。1年生がちょっとおばかさんなことすれば、ヘイローが壊れてもおかしくない代物だよ」
「はい! 決してハナエちゃんたちをこの部屋に入れません! 2年、復唱!」
「「1年生は決してこの部屋に入れません!」」
「いいね~。ミっちゃんがちゃんと教え込んでるみたいで嬉しいよぉ」
セリナたちの真摯な態度に、チヨコは満足げに微笑む。
劇薬と言ってもいい薬だが、これなしには明日を生きられない人がいるのもまた事実。
故に、正しい扱いと作り方を3年生が2年生に学ばせるのだ。
今までと比べると少し時期尚早ではあるが、ミネの根気強い教育が2年生たちをきちんと着いてこさせていた。
「原則として、これらの原薬製造はこの部屋の、アイソレータの中でやること。アイソレータについて、誰か知ってる人~?」
「はい! 物理的接触を可能な限り遮断し、手を突っ込むだけで済ませる装置です!」
「うん、正解~。厚手のゴム手袋を着用して作業することになるから、外の部屋にある練習用アイソレータで慣れておこうね~」
意欲的に手を上げ、学んだ成果を見せる2年生たちへ、チヨコはにこにこと補足を伝える。
2年生の練習向けに、工房の装置の一部が工房の外にも置かれていることはセリナたちも知っていた。
「あれの中でお菓子作りするって、難しいですよね……」
「ふふふ。伝統の練習法、みんなやってるみたいだね~」
「いつもやってるお菓子作りが、どれだけ楽だったか思い知りますよね。肘から先だけ、しかも厚手ゴム手袋をつけて、あれだけ複雑な動きをするって……」
当然言われるまでもなく、彼女たちも喜々として練習に励んでいたが、アイソレータの厚手のゴム手袋は素手と比べて非常に動かしづらく、生卵を割るのさえ難儀するほどだったのだ。
セリナたちが出来損ないのクッキーやケーキをもそもそと食べる中、ミネとチヨコが講評を交えながら、失敗作の消費に付き合うのも日常茶飯事である。
そして今日、上級生、それも薬事班のエースたる副長のお手並みを拝見できると悟り、セリナたちの目は爛々と輝いていた。
そのプレッシャーを感じながらも、チヨコは朗らかに笑ってみせる。
「高薬理活性物質は必ず無毒性量や職業暴露限界を確認して作業すること。ラベルにNOAEL、OEL、ADEって書かれてる値ね」
様々な数値は難解だが、どれも生徒の安全を保証するために必要な値だ。
無菌室にはノートを持ち込めない為、セリナたちは正確に暗唱しながら覚え込む。
しかし、そうした努力はすぐに放り捨てられた。チヨコがアイソレータに手を突っ込み、原薬を手にしたのだ。
「これを培養するだけで、普通の工場なら半年……ウチでも3ヶ月はもってかれるからね。一滴一滴が黄金だと思っていい」
一滴一滴が生死にさえ関わる劇薬を、チヨコは小さな小さなマイクロピペットで吸い出してみせる。
普通ならその針先が震え、わずかに零れ落ちそうなものだが、チヨコの指は一切震える様子もみせなかった。
その手技の精度に、セリナが、2年生たちが目を見開く。
「この一滴も、可能な限り必要量だけ吸い出すようにして。零さないでね」
「こ、コツは……」
淡々とした口調でチヨコは作業を進めるが、セリナたちは舌を巻くばかりであった。
何しろ、早い。とにかく早く、正確なのだ。
「コツは、呼吸を止めないこと。呼吸することで、指が、腕がどれだけ動くか把握して、対策すること」
肩の動きを一切使えない、肘から先だけの作業にも関わらず、まるで機械でも動いているかのようにチヨコの作業はスムーズだ。
曲芸じみた動作は一切ないが、そのピペットを回す手首が一切ブレなかったり、原薬用の容器に、ピペットで吸い出した成分を移す動作が機械じみてなめらかだったりと、これまで散々苦戦させられただけに、セリナたちにはその精度が異常であることがよくわかった。
「次の工程を意識して、後々の阻害にならないよう、筋肉の動きを把握しておこうね」
「……は、はい!」
セリナたちは固唾をのんで、作業が終わるまでその手技を食い入るように見つめる。
ここにきて彼女たちは、時折製薬の様子を語るミネが、何故あんなにも自慢げにチヨコを褒めるかをようやく理解した。
『チヨコは機械です。頭の中から指の先まで、正確無比な機械なんですよ』
『褒めてるように聞こえなぁい!』
それが最大の賛辞であることを、今日、セリナたちは理解した。
以降、チヨコは度々「パーフェクトマシーンチヨコ」と2年生に讃えられ、シスターフッドの長顔負けの苦渋に満ちた表情を浮かべることとなったのだった。
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