救護の手にクリームを   作:救急パックA

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現在の時系列はブルーアーカイヴ本編前、連邦生徒会長がまだ在任していた頃のお話です。


格式とお茶会

 

ティーパーティー現ホスト、百合園セイアの就任祝宴会。

それはトリニティ総合学園の中心に位置する広場、トリニティ・スクエアをすっぽりと覆うこの夜の為だけに敷設された巨大天幕の中で行われることとなった。

 

「皆はドレス着ても良かったのに〜」

「いえ! 団長と副長が正装ですから!」

「ミっちゃんはともかく、私は似合う服がないだけだよぉ〜?」

 

新人と精鋭を交えた、10人ほどの一団が、整然と並んで夜の通路を歩く。

今回の祝宴に参加する組織としては些か少ない人数だが、ミネとチヨコに続く8人の生徒たちは、みな力強く、そして高潔に振る舞っていた。

 

「そういえば、副長が正装なのは珍しいですね」

「普段白衣を着てるのは、少しでも薬がこぼれた時に気づきやすくする為だからね~。お出かけならオシャレするよぉ」

 

刺繍の羽で丹念に飾られた救護騎士団の制服は、チヨコ手製の改造制服である。

翼や羽を持つ生徒が多い救護騎士団においてチヨコのようなロップイヤーは珍しく、翼を羨んだ幼きチヨコに、先輩たちが刺繍で羽を飾ってくれたのがこのおしゃれの始まりだ。

特にケープから伸びる刺繍の翼は見事なもので、一枚一枚が関わってきた救護騎士団の生徒を象徴しているという。美しい翼の中に己を表す羽を見て、後輩たちは副長に想われていることを知る。

 

「ヮ……! あのはしっこの羽、あなたの翼と同じ色してる……!」

「あっちの羽、あっちの羽も君の髪とおんなじ!」

「チヨコ。夜更かしは健康の大敵ですよ」

「してないよぉ。いつもより早寝早起きして、朝にやってたの」

 

1年生たちがきゃあきゃあと喜ぶ様を背に、ミネとチヨコは冗談めかして言葉を交わす。

 

「ね。仕上げてよかったでしょう?」

「ええ。貴方らしい救護の道です」

 

後輩たちが、救護騎士団の同胞が喜ぶことは、ふたりにとって何より嬉しいことだった。

そうしている内に、一行は天幕の外、堅く閉ざされた門扉の前で捧げ銃を見せるティーパーティーの生徒たちの前にやってきていた。

 

「救護騎士団よりティーパーティーに。只今参上したとお伝え願います」

「ようこそ、蒼森ミネ様。救護騎士団の皆様。招待状を拝見致します」

「はぁい。皆、招待状出してねぇ」

 

ティーパーティーの生徒たちは一枚一枚招待状を確認し、コサージュを添えて返却する。

コサージュは将来の無事を願って胸につけるもの。

ティーパーティーの祝宴においては、ホストの派閥を象徴する花をつける習わしだった。

少し紫がかった赤色をしたシャクヤクの花は、救護騎士団の正装を華やかに彩ってくれる。

 

「見事なペンテコステの薔薇ですね。調達も大変でしょう」

「サンクトゥス分派の植物園で、丹精込めて育てておりますから。壊しても替えはありますので、必要に応じてお申し出ください」

「へぇ。植物園も、また今度見てみたいね~」

 

華を飾られた生徒たちはどこか誇らしげで、まるで見せびらかすように胸を反らしている。

その姿は昔のミネを思い出し、チヨコは微笑ましい気持ちでミネの顔を見つめた。

 

「機嫌が良さそうですね、チヨコ」

「だって皆、昔のミっちゃんみたいで」

「まあ……貴方だって、似たようなものでしたよ」

「ええ? 私、そんなにはしゃいでた?」

「それはもう。夏のヒマワリみたいに見事な反り返りでした」

「ええ~、言い過ぎだよぉ」

 

ミネは冗談を言わないたちだが、からかう時はある。

大抵そういう時はすこぶる機嫌がいい時で、それを悟る度にチヨコや団員たちはくすくすと笑っていた。

ティーパーティーの生徒たちにとっても、救護騎士団の面々が笑っている内は蒼森ミネが安全であるという証左として映ったのか、どこかホッとした顔で門扉を開く。

 

「どうぞお入りください。ティーパーティーホスト、百合園セイア様がお待ちです」

「ありがとうございます。皆さんもどうぞよい夜を」

「「「よい夜を~!」」」

 

ミネに続き、一行はわくわくとした面持ちで門扉をくぐる。

その先の光景を見て、1年生たちは歓声を上げた。

 

「きれい……!」

「すごぉい、きらきらのシャンデリア~!」

 

それは天幕を覆うほどの、クリスタルガラスのシャンデリアだった。

ひとつひとつの飾りが鳩の形を模しており、その中に据えられた電球が暖かな光を灯している。

見るべき者が見れば、それが目眩がするほどの予算を投じて作られた芸術品だとわかるが、今、救護騎士団の面々に与えられたものは圧倒的な感動だけだった。

 

「聖霊を模したシャンデリアかぁ……サンクトゥス分派はなかなか凝ってるよねえ」

「武断と通商のパテル、伝統と芸術のフィリウスと違い、サンクトゥスは宗教と数秘を重んじていますからね。それらに込められたメッセージ性を読み解くのは難解ですが……」

 

ミネはシャンデリアの中心を見据え、すいと指差す。

チヨコがその指先を辿ると、そこには聖霊の鳩に囲まれた、金の少女像が2体存在した。

まるでふたりの少女を聖霊が護っている美しい光景に感じたが、ミネの表情を見るに、どうやらそれだけではないらしい。

 

「……あれはサンクトゥス分派こそが、パテルとフィリウスを庇護するものと示す形になります。庇護者というのは上位を示すものであり、他の2派を牽制する形になりますね」

「深読みし過ぎじゃない? 百合園さんはそういう人じゃないでしょ?」

「頷きたいですが、絶対にとは言えません。トリニティにおいて政治というものは、人から正しさを奪う病となることもありますから」

 

ミネは憂いを帯びた眼差しを、後輩たちに隠すよう伏せる。

チヨコがミネの憂いを声高に否定しないのは、学園都市キヴォトスの、それもトリニティ総合学園の政治というのはとかく複雑怪奇であることを、チヨコ自身が痛感していたからだ。

挨拶の一言一言から贈り物の種類に至るまで、あらゆるところにメッセージ性が隠れているこの学園において、その選択を誤ることは政治的な失脚を意味する。

それによって救護が、救護騎士団の本懐を遂げることが疎かになることを疎み、ミネは自身もヨハネ分派の首長でありながら、いずれの分派にも寄らぬ中立を宣誓し続けてきた。

その高潔さを貫き通すには、些末な事柄から政治的意図を理解し、その上で適切に跳ね除ける術を体得せねばならない。

 

(勉強したつもりだけど、まだ敵わないなあ)

 

ミネに人知れず溜まり続ける苦労を、チヨコは取り除こうとは思わない。

それは彼女が選んだ救護の道であるから、チヨコはチヨコなりに、彼女を元気づけることが一番だと理解していた。

そして、救護騎士団の喜ぶ姿を見せることが一番最適の手段であることも。

 

「あ~! ホットチョコだって! 皆、ご挨拶の前にあったまってこうよぉ!」

「あはは。副長、ほんとにチョコ大好きですね!」

「当たり前だよぉ! 私のあだ名はな~に? さん、はい!」

「「「ちょこせんぱ~い!!」」」

「ぴんぽ~ん! チョコ大好きのチヨコせんぱいなのだ~! さぁみんなもお食べ~」

「「「わーい!」」」

 

1年生たちを撫でながら、チヨコは受け取ったホットチョコレートを渡していく。

ホットチョコレートで満たされた小さな器は、それ自体が食べられる焼き菓子なのだ。

素晴らしいおやつに1年生たちは目をきらきらと輝かせ、少しでも理性のあるものは食べる前に思い出をのこそうと、スマートフォンを取り出している。

 

「本当に飽きませんね、チヨコ」

「えへへ。チョコレートに含まれてるカカオポリフェノールの抗酸化作用は、肌にも心にもいい影響たっぷりだからねぇ〜。他にも身体にいい効果がい~っぱい! 食べて損なし!」

「しかし脂質の量も相当の量だと、薬事班の班長なら当然ご存知ですよね?」

「う"」

 

腹にたまった肉がたぷたぷとつままれ、チヨコは気まずそうに目を背ける。

新調されたケープの刺繍は、そのもちもちとしたおなかと、それより更に丸く重く、大きくなった胸を包む為に継ぎ足された別布を隠す為だと、ミネはよく理解していたのだ。

 

「このままのペースでいけば、卒業後には2度の肥満に入ります。BMI指標30に入れば、高血圧に痛風、脳梗塞のリスクもあることも、当然ご存知ですよね」

「は、はい……」

「私は悲しいです。次の健康診断の数値によっては……」

「わ~っ! わかった、わかったから! 体重管理は一朝一夕で解決できない問題だし、先に挨拶回りしよ、ね!?」

「ええ、そうしましょう。まずはティーパーティーからですね」

 

救護の顔になりかけたミネを慌ててチヨコが宥める様に、救護騎士団の面々がくすくすと笑いながら後を追いかける。

おやつを食べながら追う彼女たちは、ミネの翼がつままれていたチヨコのおなかを優しく撫でているなど、気づきもしないだろう。

 

「チヨコ。体重管理は喜んで請け負いますからね」

「う~、外回り増やしまぁーす」

 

けれどチヨコは、それがミネなりの気遣い方であり甘え方であると、ちゃんとわかっているのだ。

 

***

 

「救護騎士団よりティーパーティーへ。新ホスト就任を言祝ぎに参上致しました」

「……うん、ありがとうミネ。それにチヨコと、救護騎士団の皆も」

 

ティーパーティー。

それはトリニティ総合学園の生徒会であり、三頭政治の権化である。

トリニティ総合学園が生まれる前、各学園は絶え間ない紛争に明け暮れていた。

しかし、パテル、フィリウス、サンクトゥスという三つの学園が中心となって紛争解決の為に茶会を開き、和平への道筋を模索し始めた。

これを由来とするティーパーティーは、学生と治安の為に存在する調停機関の顔を持つが、同時に出る杭をあらゆる手段で打つ術を持つ、権謀術策の坩堝であった。

チヨコにとっては主たる商談相手であり、救護騎士団の予算について口出しされる厄介な好敵手である。

少なくともホストがフィリウス分派の桐藤ナギサであった頃はそうだったが、果たして百合園セイアはどうなのか。期待半分不安半分といったところが、チヨコの正直な本音だった。

 

「……期待も不安も、君が関わるほど充分に満たすだろうが、私がやることは変わらない。君たちもすることをして、これが現なのだと証明してほしい」

 

不安を見透かしたように、セイアはチヨコに微笑んだ。

肩が跳ねるのはどうにか抑えたが、耳が跳ねるのは抑えが効かない。そんな耳でもティーパーティーの生徒が後ろでクスクス笑っているのが聞こえるものだから、チヨコは我が身が時折恨めしくなるのだった。

 

「フィリウス分派からも同じく感謝と祈念を捧げます。ヨハネ分派とは中立故に縁が結ばれずとも、万が一の頼みは救護騎士団に預けることになるでしょうから」

「パテル分派も同じでーっす★ っていうか私だって虫歯を自分で抜きたくはないし、優しくしてね?」

 

勿論、ティーパーティーに並ぶのは百合園セイアだけではない。

格式張った物言いで繋がりを求めたのはフィリウス分派の桐藤ナギサ。

軽薄な物言いで本質を捉えたのはパテル分派の聖園ミカだ。

そして不可解な物言いで宣託するのが現ホスト、サンクトゥス分派の百合園セイアである。

 

(みんな違ってみんなめんどくさそう)

 

それがチヨコの正直な本音だった。

決して嫌悪ではないが、隔意であることは間違いない。

個人として仲良くする分には大いに結構だが、その事実を以て政治的癒着を成立させたくないのだ。

それを代弁するかのように、ミネが前に立って口を開く。

 

「我々は成すべきことを成します。然るに申し上げますが、ナギサ様は胃粘膜の検診をキャンセルなさいましたね」

「えーっ!? なになに? ナギちゃん病院サボっちゃったの?」

「う。あ、あれは急な外交でD.Uに行く必要が……」

「ミカ、止してあげよう。きっと胃カメラが辛いんだ。アレはウナギを喉に突っ込むようなものだから」

「ミカ様は歯を自分で抜きたくないそうですが、最近親知らずが生えたと歯科検診で報告がありましたが、その後歯科へは通っておられないと」

「ミカさんだってサボってるじゃないですか!」

「だって抜いたら頬腫れちゃうじゃん! ヤダよおたふくみたいになるの、外出れないよ!」

「はぁ、やれやれ。ふたりとも医者の勧めはきちんと聞くべきだ。普段世話になっている私が言うんだから間違いは……」

「セイア様は調子がいい日にお散歩をするのは大変よろしいですが、防寒は充分になさってください。セイア様が調子がいい日は決まって翌日に風邪をひくと救護騎士団の噂になっております」

「やっぱその服薄すぎるんじゃない?」

「(そっと耳を聴診器として百合園セイアの胸に添える桐藤ナギサ)」

「トリニティ温室学園に変えることを公約に据えたっていいんだよ私は」

 

このように三者三様、とても話していて楽しい生徒たちである。

もっとそれこそファミレスなどで、気軽に話せたら楽しいのだろうが……と、チヨコは残念に思わずにはいられなかった。

 

「では、他にご挨拶されたい方もいらっしゃるでしょうから。私たちは下がらせていただきます」

「うん。これからもよろしく頼むよ」

「素敵なパーティーを、どうぞお楽しみください」

「チヨコちゃんも来てくれてありがと★ また遊びに行くね~」

「はいはーい。腫れないおくすり、用意しとくね~」

 

この後もティーパーティーに挨拶する部活や委員会は数多く存在するので、チヨコたちは挨拶もそこそこに退散する。

メモ帳に「桐藤:胃粘膜保護薬 聖園:マクロライド系抗生物質 百合園:葛根湯」と記帳を済ませ、チヨコはそっとミネの横顔を見つめる。

 

「……よかったね、仲良さそうで」

「ええ、何よりです」

 

ミネの眉間から皺が解けているのを見て、チヨコはくすくすと笑いながら「蒼森:必要なし」と記帳した。

 




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次回は2024/02/13 23:00頃を予定しております
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