救護の手にクリームを   作:救急パックA

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10分の遅刻、恐縮です
原作ではだいたいチュートリアル前夜です


チヨコと残業

 

「……はぁ。ノルマ上がり?」

「はい、これで受注分は全部です。お疲れ様です、副長」

「うん、お疲れ様ぁ~。搬出と片付け済ませたら、とっとと寝よ~……」

「「「おつかれで~す……」」」

 

ひたすらに薬を続けてしばらく。

夜が更け、日が明ける頃にチヨコたち薬事班は緊急で発注された貴重な薬品を作り終えた。

これらの医薬品は病院へ届けられ、重病人たちの為にストックされる。

病院への襲撃により、薬品庫が収奪されたことで発生したSOSに対して、チヨコたちは見事に応えてみせたのだ。手にも足にも、背中にも疲労が溜まっているが、不思議とチヨコたちの心はすっきりとしていた。

 

「おはようございます、副長! こちらが今日運ぶ薬品ですか?」

「うん。トリニティ中央綜合病院にお願い、きっと待ってると思うから」

「わかりました! 安全重視のルートで、確実に届けます!」

 

搬送は救護騎士団の救護班に、正義実現委員会の護衛がつく形で行う。

今までは救護班だけで充分だったが、薬を奪い、ブラック・マーケットで売り捌けば高く売れると強盗が多発するようになってからは、正実に護衛を依頼するようにしたのだ。

勿論、救護を主とする救護騎士団とて銃の訓練は欠かさないので、不良から薬を守ることはできる。しかし万一奪われてしまった場合、憤激する団長・蒼森ミネがすべてを救護するまで止まらない可能性があるのだ。

それは長期的な襲撃リスクを減らすだろうし応援したいところだが、今それをやられると医療体制がいよいよもってパンクしかねない。それを危惧したチヨコが、正義実現委員会に護衛を依頼したのである。

 

「じゃ、送っていくっすよ」

「お願いねぇ、仲正ちゃん。起きたらお菓子焼いたげるからぁ……」

「いや、いいからグッスリ寝てほしいっす。何時間くらい薬作ったんすか?」

「13時間から先は数えてな~い……」

「いいから寝るっす」

「はぁい……」

 

イチカに労られれば、チヨコも返す言葉もない。

素直に引き渡しを見届け寝ようと思ったところに、チヨコのスマートフォンから音が響く。

 

「どうぞ。ご愁傷さまっす」

「君の先輩からだけど~」

「素敵なお話を楽しんでほしいっす!」

 

にこにこと笑顔を取り繕ったイチカに微笑みながら、チヨコは電話を入れてきた相手――正義実現委員会副委員長、羽川ハスミに応答した。

 

「羽川さんこんばんは~」

『もう朝ですが……一晩中作業されていたんですか?』

「えへへ~。これから寝に帰ろっかなってとこ~」

『そ、そうですか……』

 

組織に属する以上、誰しも眠れぬ夜は訪れるものだ。

そういった者の嘆きに限りなく近い笑い声を聞いた者は、ただ何を言うべきか迷いながら同情めいた相槌を返すしかできない。

要は八つ当たりを受け、間の悪さを感じたハスミは、それでも己の要件を伝えることにした。

 

『ここ最近の治安悪化、他の学校でも同様に起こっていることはご存知ですか?』

「それは勿論。D.Uなんかヒドいもんだって公安局から聞いたばっかだよぉ」

『そうですか。ともかくその件で、ミレニアム・サイエンススクールのセミナーが抗議の声を上げたのですが……』

「連邦生徒会がシカトでもした?」

『詳細はわかりませんが、結果としてセミナーが怒り心頭に発する文面で、トリニティ・ミレニアム・ゲヘナ3校での合同事情聴取の申請を両校に飛ばしたそうです』

「シカト以上にヒドいことしなきゃそんなことならなくな~い?」

『まあ、連邦生徒会長のいない連邦生徒会ですから……』

 

キレ散らかしたミレニアム・サイエンススクールの生徒会が、キヴォトスの三大学園とも謳われるトリニティ・ミレニアム・ゲヘナの3校総出で、不手際連発の連邦生徒会に圧力をかけようと持ちかけてきた。

当然ながらこの問題にティーパーティーが重い腰を上げるわけもなく、特使としてハスミに白羽の矢が立った、というわけだ。

眠い頭に情報を叩き込まれたチヨコは、霞がかった思考の中でなんとかそれを理解する。

 

『頭数を増やしすぎると政治的な恣意に乗り過ぎてしまうとのことで、護衛をスズミさんに依頼はしていますが……』

「まあ、今のD.Uにふたりだけは不安だねぇ」

『えぇ、ですから救護騎士団に、D.U地区の“救護”を願えないかと』

「……ふぅ~ん。わかった、わかったよ」

 

ハスミの話を聞く中で、チヨコの霞がかった思考は急速に冴えていく。

それは端的に言えば戦力派遣の要請であり、バレれば逆に連邦生徒会から抗議を受けかねないものだ。

しかし救護騎士団は「治療の際の自衛を目的として武装する集団」であり、派遣に際して戦闘が発生したとしてもそれは「自衛」として扱われる。加えて、今のD.Uは不良たちとヴァルキューレ警察学校の激戦区である為、ヴァルキューレに味方さえすれば、目的の正当化は容易だった。

大義名分、つまり「正義」が成立する。ならば使わない手はないということだろう。

 

(多分、不良や連邦生徒会が怖いってことじゃない。ゲヘナが何をするかわからないから、牽制の札がほしいってところか)

 

どれだけ厄介な不良であったとしても、正義実現委員会の副委員長がたじろぐことはない。

ハスミの危惧するところは「ゲヘナ学園が抗議どころか連邦生徒会を制圧しようとすること」だろう。

トリニティの生徒はゲヘナ学園に対して偏見を抱いていることが多く、ゲヘナ学園は不良生徒が多く、問題を起こしてばかりだとチヨコでさえ聞き及んでいる。

その中でもハスミは反ゲヘナ志向が強く、褒め称えた茶葉がゲヘナ産と知れば直ちに棄てるような人物だ。このような工作を試みる動機としては充分に理解できるものだった。

チヨコはしばらく思案し、やがてゆっくりと頷いた。

 

「ミっちゃんと、救護班で目をかけてる子たちにヴァルキューレへ医療物資を贈りにいかせる。問題が発生したら、そちらに支援できるように手配しておく。それでいい?」

『充分です。ティーパーティーへは私の方で根回ししておきます』

「うん、よろしく~」

 

チヨコは全面的に支援することを選んだ。だが、それはハスミのような危惧をしてでのことではない。

ヴァルキューレ警察学校、カンナが今も奮闘している学園を取り巻く問題を、ささやかでもいいから減らしておきたかったのだ。

そうすることでカンナというコネクションが活きることを期待していたし、純粋にカンナへの返礼をしたかったのである。

チヨコは早速、朝の訓練中であろうミネに会いに行くべく、救護騎士団の本部へと戻った。

 

***

 

「やっほ~、ミっちゃん」

「チヨコ? まだ寝ていないのですか?」

「寝たかったんだけど、ミっちゃんにお願いしたいことができてさ~」

 

本部の団員用食堂……最高級の医療機器が並ぶ病室と比べて、些か質素でせせこましいその場所で、ミネは朝食を摂っていた。

簡素なキッチンとカウンターテーブルしかない、6畳程度の空間は、チヨコにもミネにも狭苦しいものだったが、それでもふたりにとって馴染み深く、そして気に入っている空間である。ふたりとも、ここで育ってきたのだ。

 

「私にも1食ちょ~だ~い」

「これから寝るのでしょう。スコッチブロスだけにしておきなさい」

「いぃん……」

 

ストレッチに体力トレーニング、そして朝食の後で応急手当訓練……最後に銃と盾の整備。これが蒼森ミネの毎朝のスケジュールである。

その後でティータイムまでは怒涛の激務をこなすのだから、ブレックファーストはがっつりとお腹に溜まるものでなければならない。

ベーコンに目玉焼き、ベイクドビーンズとマッシュルーム、そしてトマトとパンにスコッチブロス……ミネの勧めでスープだけを啜るチヨコにとっては、些か以上に目の毒だった。

 

「それで、お願いとは?」

「ヴァルキューレに医薬品を届けてほしいの。けどあそこ今、激戦区でしょ」

「ああ、成程……確かにそれは、私が出張るべきですね」

 

根菜に煮豆、大麦と牛肉がたっぷり入った栄養満点のスープで、空っぽの胃を満たす。

そうしながらチヨコが説明すれば、ミネは得心がいったとばかりに頷いた。

ミネは決して自分の武力に無自覚ではない。

それが成すべきことか、成せることかを考える頭脳を持ち合わせていた。救護する時は必要がないので使わないだけである。

 

「羽川さんがティーパーティーの依頼でD.Uに行くみたいだから、もしかしたら頼まれごとされるかも。その時は後輩の子たちを送ってあげて」

「わかりました。念の為、セリナとハナエを連れていきます」

「3人で大丈夫?」

「何かあれば、増援を要請する。忘れていませんとも」

 

得意げな顔を見せるミネに、チヨコはくすくすと笑う。

そう言ってこの愛すべき団長は、救護とあれば誰よりも早く飛んでいくのだ。

そして増援要請は大抵人任せである。誰よりも先に戦っているからだった。

それをよく知っているチヨコとしては、おかしくてたまらないのである。

 

「何がおかしいんですか?」

「だぁって、ミっちゃんが増援って。ミっちゃん、絶対呼ばないでしょ~?」

「そんなことはありません! 要救助者多数の場合は状況に合わせ判断します!」

「じゃあ、救護が必要な不良の場合は~?」

「私ひとりで充分です!!」

「そういうとこだぞ~~?」

「やめなひゃいひよこ。ほんろにじゅうぶんらんれふから」

「うふふっ、ふふっ……ミっちゃんだって~」

 

チヨコがほっぺをむにむにと引っ張れば、ろれつが回らない抗議の声が返ってくる。

こういう時にミネは手でやり返すことがない。その代わり、翼でくすぐるように撫でてくるので、チヨコは笑いが止まらなかった。

 

「……ま、好きにしてきてよ。それ以上は何も言わないから」

「ええ、そうします。私たちは救護騎士団……」

「「救護が必要な場に救護を」」

 

警句のように、合言葉のように、ミネとチヨコはその言葉を唱える。

そしてお互いに立ち上がると、皿を洗い、各々の仕事をこなすこととした。

 

「じゃ、連絡しておくから。ヴァルキューレについたら、公安局の尾刃カンナさんに取り次いでもらうようお願いしてね」

「わかりました。今日は昼過ぎまで、ゆっくり休んでください」

「うん、おやすみ~……」

 

穏やかな挨拶を済ませ、チヨコは自分の寮室へと帰ることとした。

その後、チヨコはぐっすり12時間ほど寝て……起きた後、連邦調査部S.C.H.A.L.Eの存在を知ることとなるのだった。

 




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次回は2024/03/10 23:00頃を予定しております
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