救護の手にクリームを   作:救急パックA

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3時間25分の遅刻、恐縮です。
次の準備のため、今回けっこう長めです。


下江コハルと黄瀬チヨコ

 

「救護パックA出せ!」

「OK、手当て完了!」

「っしゃ、つぎつぎィ!」

 

下級生がぼんやりと不安を抱いていたのとは裏腹に、合同火力演習は上手いこと進んでいた。

攻撃組、防衛組、治療組、休憩組に分かれた組分けによって、参加者は無駄なく様々なケースでの救護活動を体験できているのだ。

攻撃組の監督はハスミが、防衛組の監督はスズミが、治療組の監督はチヨコが努めているので、生徒たちも怯えたり誤解することなくスムーズに進めている。

 

「……やるな、あいつら」

「囚人生徒たちですか。確かに、成績はいいようですが……ミネさんはどうお思いに?」

「上級生も混じっているのを加味しても、銃を撃ちながら何かをすることに慣れているように思いますね。救護班にいくらか回ってほしい、というのが本音です」

「実戦の経験ですか……加味しておきましょう。経過報告をよろしくお願いします」

 

ナギサをはじめとした組織の長たちは、紅茶を嗜みながらその様子を観察していた。

彼女たちは他に成すべき務めがあるのと同時に、今年の下級生たちの適性を見極め、今後どう仕事を割り振っていくか考えねばならないのだ。

こうして観察を続けるのも、立派な仕事というわけである。

 

「うう、ナギサ様が見てる……キンチョーする~」

「が、がんばるのよ! 不良たちより儀仗兵のが優れてるってしょーめーするの!」

「「お、おーっ!」」

 

とはいえ、憧れの先輩たちが見つめている状況は、少なからず下級生たちに緊張感を与えていた。

ナギサたちからすればその緊張を振り払って活躍して欲しい、というところではあるが、それは難しいというものだろう。監督を務めながらも、チヨコはそう苦笑した。

 

「……う~」

「下江さん、大丈夫ぅ?」

「ゎ、は、はいっ。大丈夫、です……」

 

そしてそれは、目の前の正義実現委員会の下級生、下江コハルも同様で。

彼女は治療の手ほどきを受けながらも、もうすぐ出番の回ってくる攻撃組の活躍をちらりちらりと、不安げに見つめていた。

その表情からは、「上手く行かなかったらどうしよう」という不安がありありと見て取れる。

 

「ん~……下江さん、投げ物得意?」

「え。わ、割と……?」

「じゃ~、戦場医療向きだねぇ」

 

その不安を補う為に、チヨコはコハルや正実の下級生たちの前で軟膏を詰めたチューブパックに針を刺した。

あっと声を上げるコハルたちの前で、チヨコは徐ろに訓練用かかしロボへチューブパックを放り投げる。

チューブパックは見事に頭へと当たり、軟膏をかかしロボの至るところへとぶちまけ……

 

『100点! 100点! 救護OK!』

「えっ」

 

……高得点を弾き出した。

呆気にとられるコハルたちに、チヨコはなんのことはないと微笑む。

 

「とにかく傷を塞げればいい。それが戦場医療の基礎。だから弾幕で戦場が塞がってる時は、こうやって無理矢理投げつけるのも手段のひとつだよ~」

 

治療の乱暴さ。

それが下級生たちが囚人生徒のスコア差を埋める為に必要なものだった。

コハルたちが改めて観察してみれば、囚人生徒たちや成績のいい生徒は、かかしロボへの治療はとにかく迅速に、手っ取り早く行うことを重視している。

戦場における治療の重要性とは、どれだけ戦闘員が素早く戦場に復帰できるかである。

その為には丁寧に、確実にやることではなく、時に過程を無視する蛮勇も必要だ、とチヨコは説いた。

 

「でも、救護騎士団は丁寧に、かつ迅速に、が求められるからね~! サボっていいとか考えちゃダメだよ~!」

「わぁ~、バレた~!」

「チヨコ副長ごめんなさ~い!」

「あははっ。そろそろ出撃準備ね~!」

 

しかしそれは、あくまで正義実現委員会が治療のプロである必要はないからである。

治療のプロであるべき救護騎士団は、乱暴な治療など以ての外。確実な治療を、限界まで効率化してあたるべし。

そういった旨を以て釘を刺せば、下級生たちは構われたとばかりにきゃっきゃと笑って了承してみせた。彼女たちも救護の志を持つ生徒たち。当然それは承知しているのである。

 

「……うう」

「下江さん……ううん、コハルちゃん。今の気持ち、教えてくれる?」

「う……え、エリートだから……な、悩みとか、ないし」

「エリートなら、報告は正確に。そうじゃない?」

「……え、と。その」

 

しかしその志が眩しく思え、余計に不安になったのだろう。

先程より尻込みするコハルを見て、チヨコは膝を折って目線を合わせた。

その優しげな眼差しに、コハルはいくらか迷いながら、やがてやっとの思いで答える。

 

「……私、投げ物の成績はいいから、手榴弾は使うけど……治療には役に立たないし」

「こ、コハルちゃん、そんなことないよ!」

「コハルちゃんがんばってるもん、きっとうまくいくよ!」

「で、でも、うまくいかなくて、ハスミ先輩にがっかりされたらぁ……!」

「う、うう、それはやだ……」

「ハスミ先輩にニッコリしてほしー……」

 

不安が伝播し、始める前からなきべそを浮かべる正実の1年生たちに、チヨコは苦笑いを浮かべる。

これは強い発破がなければ上手く行かないだろう。そう考えたチヨコは、自身の持つ煙幕手榴弾を数個、コハルたちへと手渡した。

 

「これ、あげるよ」

「え、これ……いいの?」

「いいよいいよ~。使ってみせるから、真似っ子してみて~」

 

おずおずと受け取ったコハルたちへ、チヨコはひとりずつ頭を撫でてみせる。

コハルはチヨコの袖から、甘いバニラの香りがすることに気づいた。お菓子を作るのが好きなのだろうか? そう首を傾げるコハルに、チヨコはいたずらっぽく微笑んだ。

 

「先輩が、お手本見せたげる~。救護騎士団、頭だ~してっ」

「「「わーい!」」」

 

出撃準備を整えたハナエたち救護騎士団の1グループが、我先にとチヨコに群がり、抱きついていく。

そんな彼女たちを、チヨコはうりうりと撫で回し、愛で倒した末、自身が率いるような形で防衛組となる囚人生徒たちの前に立ってみせた。

 

「……チヨコさん。それはずるいですよ」

「ごめんごめん。得点としてはカウントしなくていいから~」

「……コハルたちの指導をしてきます。その間、交代をよろしくお願いします」

「はいは~い!」

 

そうして、チヨコはハスミに代わり、攻撃組の指揮を執ることとなった。

囚人生徒たちはハナエたち下級生を睨みつけ威圧するが、ハナエたちはチヨコの大きな背に隠れて舌を出してみせた。

 

「どういう風の吹き回しだ? 正実のハスミならともかく、アンタに負ける気はねーけど」

「ハスミ並にでけえケツ、しばかれたくなったか~?」

「べぇーだ! チヨコ副長のおしりを侮らないでください!」

「そうですよー! 副長のおしりはハスミさんよりでかいですからー!」

「ねぇそれ、勝って嬉しい判定でいいの~?」

 

チヨコの雄大な尻にすっぽり隠れながら、ハナエたちは猛抗議する。

その尻を見て、次いでハスミの尻を見て、囚人生徒たちは口笛を吹いた。

 

「ヒューッ 見ろよやつのケツを……まるでバランスボールみてえだ!」

「こいつはやるかもしれねぇ……」

「まさかよ しかしハスミには勝てねえぜ」

「チヨコさん」

「はい」

「徹底的にやってください」

「はぁい」

 

からかうような囚人生徒たちの言葉に、ハスミが青筋を立てた笑顔で親指を下に向けた。

チヨコは苦笑いを浮かべながら、その頼みを承諾する。

彼女がやる気だと見て、囚人生徒たちも顔を引き締めた。

 

「成程。つまり格付けって言いてえわけだな?」

「そうだね~。どんだけ理屈こねたって、乱暴すれば勝てるって考えが染み付いてる貴方たちは、私の言うことを素直に聞かないだろうから……」

 

チヨコはにこやかに語りかけながら、手に携えた煙幕手榴弾を気軽に放り投げた。

不味い、と構える囚人生徒たちに、チヨコは柔らかな笑みを見せる。

 

「……ボッコボコにするね~?」

 

煙幕手榴弾はハナエたちの斉射で撃ち抜かれ、空中で内容物を噴出する。

煙に包まれることを覚悟した囚人生徒たちだったが、しかし吹き出した気体は無色透明で、彼女たちの視界を塞ぐものではなかった。

その代わりと言わんばかりに、周囲に散らばった“香り”が、囚人生徒の鼻腔に届く。

 

「……ぐわっ、く、クセェッ!?」

「な、なんだこの臭い……! ションベンみてえな……!」

「毒じゃないから安心して~?」

「いやもう毒だろこの臭い! ウェエッ、キッツ!」

 

その瞬間、鼻いっぱいに広がるアンモニア臭に、囚人生徒たちは思わず吐き気を催した。

対してハナエたちは平然とした顔で銃器を構え、かかしロボに対して香水を吹きかける。

 

『100点! 100点! 救護OK!』

「……はァ!?」

「よーし、撃ち方はじめ~」

 

あっという間に満点を宣言したかかしロボに、囚人生徒たちが驚愕する。

納得がいかない、何かのバグだ、そう言いたげな囚人生徒たちに対し、チヨコはただ微笑みを返して射撃を命じた。

 

「くっ、クソっ! わけわかんねーけど、負けてたまるかよッ!」

「遮蔽だ、遮蔽入れ! 所詮医者だ、銃は得意じゃ――グエッ」

「お、おい、どうした――コッ!?」

「はい、崩れた。制圧制圧~」

 

遮蔽に入り、膝をつくと同時に、囚人生徒たちが意識を失い倒れていく。

それを見届けたチヨコたちは障害物を蹴倒しながら制圧していった。

まるで手品のような光景に、観戦していたコハルたちは目を丸くしていた。それを見たハスミが、コハルたちを宥めるように語りかける。

 

「あれは調香という技術です」

「ちょうこう?」

「香水を薬のように混ぜ合わせ、望みの薬効を引き出す技術ですね」

 

コハルたちは未だ香るバニラの香りと、煙幕手榴弾を見て、あっと声を上げた。

チヨコは『調香』の技術を応用し、煙幕手榴弾の中に香水を詰め、囚人生徒たちにだけ害を及ぼすようにしたと、彼女たちも理解したのだ。

 

「じゃ、じゃあ、このバニラの香りって」

「恐らく中和剤でしょうね。障害物には増悪剤……より容態を悪くする為の香りでも塗ってあるんじゃないでしょうか」

 

ハスミの解釈は正解に近かったが、実態はより酷かった。

煙幕手榴弾の中身は気化させた薬剤であり、それ自体は悪臭だけで害はない。更にバニラの香りがする薬剤と鼻腔や肺で混ざることで鎮痛作用を生み出し、障害物に塗った薬剤と混ざればより強烈な鎮静効果……つまり、麻酔になるのである。

単体では何の効果も生み出さない為に、事が及ぶまで露見しない。準備に手間はかかるが、ハマれば多くの敵を仕留められる強烈な防衛手段なのだ。

チヨコはこれを『戦闘調香(コンバット・フレグランス)』と呼んでいた。ミネの留守の間、救護騎士団を守る為に生み出された調香術である。

 

「せ、正義の戦いじゃない……」

「そうですね。私も割とそう思います」

 

つまり、煙幕手榴弾を投げた時点で勝負は決していたのである。

それを理解したコハルたちは引いた。それはもうドン引きした。

手法としてはかなりスマートであり、最高得点を弾き出してはいるが、同時にとんでもなく卑怯卑劣な戦法だとコハルたちは捉えたのである。

その認識をハスミは特に否定しなかった。手法は認めているが、後輩に真似してほしくはなかったのである。

 

「ただ、コハル。チヨコさんの戦い方は負傷者を減らすには最高の手法です」

「そ、そうですけど……あんな戦い方、正しくないし!」

「では、コハルにとって何が正しい戦い方ですか?」

「えっ、そ、それは、そのう」

 

だからこそハスミは、チヨコを反面教師として利用することにした。

勿論、チヨコもそれを承知の上でこの戦い方を採択したのである。これは最初から囚人生徒をいい感じにへし折り、コハルたちの成長を促す為の試みだったのだ。

そんなこともつゆ知らず、コハルはうんうん唸りながら回答を捻り出そうとする。

 

「……ツルギ先輩みたいにカッコよくて、ハスミ先輩みたいにクールな感じで戦う……?」

「…………嬉しいですが、それは具体的になっていませんよ。もっと詰めてみましょう」

「うぅ~……!」

「……ふふっ」

「つ、ツルギさんが聖母のように穏やかな顔をしている……!」

「いえ、ナギサ様。後輩に慕われているのですから、それは当然でしょう」

 

思わぬタイミングでストレートな好意をぶつけられ、ハスミたちがでれでれと相好を崩す。

危うく先輩の威厳が崩壊し、教育がふいになるところだったが、ハスミは寸前で持ち堪えて見事導いてみせた。

ハスミに更なる思索を促され、コハルはぐるぐると目を回しながら考え込む。

 

「コハルちゃん、コハルちゃん……」

「え……?」

 

それに対し、ちょいちょいとコハルの袖を引っ張った生徒がいた。

小柄なコハルと背は似たりよったりの、幼気な正義実現委員会の生徒である。

彼女は薄紫の髪で目元を隠しながら、囁くようにおずおずと語りかけた。

 

「な、なによ。どーしたの」

「その、そのね。コハルちゃん、やさしいよって」

「え、えっ?」

「そう、そう思っただけ……ごめん……」

 

そう言ったきり、その正実の少女は黙り込んでしまった。

困惑するコハルだったが、他の正実の生徒たちも彼女の意見にうんうんと頷く。

 

「うん。コハルちゃんやさしいよねっ」

「えっえっ」

「私たちが落とし物したら、いっしょにいっぱい探してくれるもんねーっ。アクセサリーとか、ちゃんと覚えててくれてるしっ」

「そ、それは、だって。みんな大事にしてるから……」

 

コハルは恥ずかしげに羽で顔を隠し、照れを隠す。

ハスミはそれを微笑ましそうに見つめ、そして彼女を撫でながら語りかけた。

 

「コハル」

「は、はいっ、ハスミ先輩……」

「そうやって誰かの為に努力を惜しまないこと。それは貴方の持つ正しさだと私は思います」

「私の、正しさ……」

「貴方の正しさで、何を認め、何を認めないか選り分けなさい。そうすれば、きっと正義は道を拓く筈です」

「……はいっ」

 

コハルはハスミの顔を見つめながら、精一杯に頷いた。

そしてチヨコから受け取った煙幕手榴弾を抱え、薬剤を噴霧しながら様子を伺っていたチヨコへと歩み寄る。

 

「ち、チヨコ先輩っ。これ、返しますっ」

「……いいの? これなら最高得点狙えちゃうよ?」

「だ、だめっ。……人から借りたもので、胸なんて張れないもん」

「……そっか。そうだね」

 

チヨコはコハルから煙幕手榴弾を受け取り、そしてゆっくりと撫でた。

ハスミの教えが失敗するようであれば介入しようと身構えていたチヨコだったが、コハルはチヨコが思っていたものよりずっと大きな成長をしていたらしい。

これならば、教える必要はもうない。しかしチヨコはコハルの為に、もうひとつだけお節介を焼きたくなった。

 

「コハルちゃん。私の戦いを見てどう思った?」

「卑怯だと思った……」

「うわぁドン引きじゃん。まぁそうだね、正実の戦い方じゃないかも~」

 

まったく忌憚ないドン引きの眼差しに、チヨコは苦笑する。

しかし、チヨコはそれに対し言い訳はせず、卑下もせず、ただ自然体でコハルと向き合うことにした。

 

「私はね、私が守りたいと思った人を守りたいの」

「守りたい人……救護騎士団の子たち?」

「それだけじゃないよ。コハルちゃんたち正実の子も、自警団の子たちも、ティーパーティーの子たちも……あそこでノビてる不良の子たちもそう」

 

そしてチヨコはミネやナギサたちを見上げ、愛おしげに微笑んだ。

チヨコは自分で道を選ぶ人が大好きだ。そういった人たちの為に道を整備し、道の先へ進む手伝いをする。それがチヨコの生き甲斐と言っていい。

そういう意味ではコハルたちのような未熟者も、ミネたちのような熟達者も、囚人生徒たちのような落伍者も、己の道を探し、進んでいる内は好意を向け続けていた。

 

「私がこう戦える理由は、それだけ。貴方は貴方の理由で、戦い方を探してごらん」

「……うん。ありがとう、ございます」

「いいのいいの。応援してるよ〜」

 

だから彼女たちに期待しているのは、彼女たちが折れないこと。彼女たちが今日を立ち、明日を進むことだけだったのだ。

 

「次、正実D班出撃です」

「は、はいっ! 行こっ、みんな!」

「う、うん! やろー!」

「かつぞー!」

 

気合を入れ、精一杯にやろうと意気込むコハルたち。

今のコハルは花丸、満点であった。

 




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次回は2024/03/18 23:00頃を予定しております
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