救護の手にクリームを   作:救急パックA

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1時間45分の遅刻、恐縮です。
だいたい今、アビドスの2章終盤辺りです。


救護の手と黄瀬チヨコ

 

「ったァく、ひでぇ目に遭った……」

「訓練の為に化学兵器持ち込むかよ、フツー……」

 

無事に起こされた囚人生徒たちが、チヨコの蛮行にぼやく。しかしその表情に不満はなく、むしろ少し自信を帯びていた。

今回の訓練を通して、囚人生徒たちは目覚ましい活躍を見せていた。

純粋に彼女たちの成績が高い、というだけではない。不良が好成績を出しているのを見て、自分たちも負けるわけにはいかない、と奮起するのだ。

負けたくないという気持ちは、良くも悪くも工夫を生み出すものである。それが悪い方へ向かえばイジメなどの問題を生じさせるが、今のところはチヨコが痛烈な戦いぶりを見せたお蔭で、溜飲を下げることに成功しているようだった。

 

「で、次の相手はちびちゃんたち?」

「う……うっさい! これから伸びるし!」

「いやいや、ちっちぇーのもアドよアド。わかんねーだろーけど」

「マジで男にモテんだよなー低身長。やっぱ平均値ってのは目立てねーわ」

「伸びるし!!!」

 

囚人生徒たちはコハルたち攻撃組を蔑視せず、むしろ可愛がるように接する。

それは彼女たちがコハルたち下級生を脅威と見ていないことが大きく、決してコハルたちに敬意を払っての態度とは言い難い。

そうして、それが舐められたと感じたのだろう。コハルたちは頬を膨らませ、精一杯の敵愾心を示して見せた。

 

「み、見てなさいっ! アンタたち不良なんか、こてんぱんにするんだからっ!」

「へーぇ。ルールわかってんのかお嬢ちゃんら」

「このかかしをな、手当てすんだぞ。アタシらこてんぱんにする前にだぞ? な?」

「知ってるし!!!」

 

しかしコハルの啖呵も囚人生徒たちには響かず、彼女たちは余裕たっぷりにコハルにルールを説明さえしてみせた。

その態度に、コハルたちは怪訝な目を向け、ミネたちでさえおや、と注目する。

不良とは舐められたらとにかく怒るもの。コハルたち下級生でもよく知っている行動ルーチンだが、囚人生徒たちは皆一様に余裕ぶった態度を取って見せていた。

首を傾げるコハルたちへ、彼女たちはどこか得意げな顔で語りかける。

 

「すーぐキレるのはチンピラさ。真の強者はキレねーんだよ」

「そうそう。常に余裕綽々で、銃を向けられた時だけブチのめす。大物ってのはそういうもんさ」

「アタシらもイキるのはやめて、とっとと手に職つけて、その腕前でドヤっとくことにしたんだわ」

「ワカモのアネゴにゃー勝てねーもんな」

「マジそれ」

 

彼女たちがいた矯正局は、後ろ盾なき生徒たちが最後に送られる場所である。

それは多少の悪さで粋がるチンピラたちが泣いて後悔するような、筆舌に尽くしがたい極悪人が収められる冷たき牢でもあったのだ。

そこに一緒に収められたチンピラである彼女たちは、当然のように喧嘩を売り、そしてボロクズのようにブチのめされてきた。それ故に考えを改め、模範囚として育つに至ったのである。

だから今更、コハルのような小さな下級生たちに敵愾心を向けられたところで、彼女たちは怒ろうとはしなかった。彼女たちを打ち倒した絶対的な強者たちは、決してそうしなかったからである。

 

「かかってこいよォ、嬢ちゃんたち。今日の涙は明日の栄養剤だぜェ~!」

「や、やってやるもん! いこっ、みんな!」

「「お、お~……!」」

 

ともあれ、これは演習であり、勝負ではない。

決められた行動をこなせば防衛組は勝手に撤退するのだから、チヨコのように無理矢理薬剤など持ち込んで制圧する必要はないのである。

しかしコハルの目には涙と共に、必ずやあの不良どもに正義を示すのだという決意が光っていた。

 

「こ、コハルちゃん……」

「だ……大丈夫だもん。マルも、泣かないで!」

 

囚人生徒を恐れてか、なきべそをかく紫髪の少女の背を擦り、コハルは手元の容器を握りしめる。

チヨコの戦いを真似する気にはなれなかったが、コハルはちゃんとチヨコの教えを覚えていた。救護パックを投げつけ回復させる。投げ物のテストがよかっただけの少女が、唯一できそうなこと。

 

「え。こ、コハルちゃん? それ……」

「私だって……やれるんだからーっ!」

「あ、あぁーっ!?」

 

狙い違わず、コハルの放ったそれは放物線を描いてかかしロボへと飛んでいった。

囚人生徒たちもやんややんやと讃えていたが、放たれたそれが何なのか理解し、あっと声を上げる。

それはラメの入った光沢付きの、女の子には必須のおしゃれアイテム。

 

「そ、それ、救護パックじゃないよぉーっ!?」

「えっ……あっ!?」

 

そう、手榴弾である。

あろうことか爆発物を投げてしまったコハルは、しまったと口を覆う。

これではかかしロボは回復しない。それどころか壊れてしまうかもしれない。

 

「だ、だめぇーっ!?」

 

悲鳴と共に手を伸ばすが、もう遅い。

手榴弾は見事にかかしロボへとぶつかり、そして……まばゆい光を放った。

 

「ぎゃっ!?」

「バカだな。さっさと距離取らねえと……」

『ーー100点! 100点! 回復完了!』

「……え?」

「あ、あれ……」

「…………ハァ!?」

 

確かに、手榴弾は爆発した。

その証拠に吹き飛ばされた囚人生徒が、ドジを踏んだと笑いながら立ち上がっている。

しかし、それはかかしロボにダメージを与えることはなかった。それどころか、それは無事回復し、ノルマをこなしたことを告げている。

 

「……うぅーわ、まぁじでぇ~?」

 

それに対し特に驚いたのは、チヨコであった。

囚人生徒の軽いやけど傷は、確かに手榴弾がもたらす爆風によるもの。しかしかかしロボが回復した理屈がつかない。

そもそも爆発は爆発であり、それが人の身体を救うことはないのだ。ただ痛めつけるだけ。そういったものにかかしロボが反応することは決してない。

つまり、コハルが投げた手榴弾には、確かに回復効果があったのである。

 

「……羽川さんが気に入るのも納得だわ」

 

例えば、百合園セイアが持つと噂される予知能力のように。

例えば、聖園ミカが持つと噂される星を手繰る力のように。

例えば、桐藤ナギサが持つと噂される心を操る力のように。

それは下江コハルが持つ、味方と敵を選り分ける力、なのかもしれない。

 

「期待の新人さんだった、ってわけね~……」

 

少なくともチヨコはそう推論を立てながら、正義実現委員会の下級生たちにきゃあきゃあと群がられるコハルを見て、そっとその才能の開花に微笑んだ。

 

***

 

「……ほんっと、ひでぇ目に遭ったわ」

「お疲れ様~。みんなの荷物、宿舎に置いてあるからねぇ」

 

その後、恙無く合同火力演習を終え、チヨコと囚人生徒たちは救護騎士団本部の薬事室へと帰り着いた。

あの後も防衛組として対応し続けた囚人生徒たちはくたびれきった顔を浮かべていたが、それでもひとしきり動き回ったお蔭か、どこかすっきりとしているようだ。

 

「ご飯食べてお風呂入って、ぐっすり寝ちゃいなよ。明日から薬の扱い教えるからねぇ」

「あんだけ動かしたんだ、休みとかくれねーの?」

「朝の訓練がないだけマシでしょ~」

「うへぇ。矯正局から抜けたら、ラジオ体操からオサラバだと思ってたのによぉ」

 

囚人生徒たちの不平不満を、チヨコはころころと笑って聞き流す。

本人なりに真っ当になる為の動機があるからか、それとも刑務生活で多少矯正されたからか。彼女たちはチヨコの言葉にひねくれた態度は取りつつも、決して言ったことに背くことはなかった。

 

「なぁ、ここってどんな飯食えんの」

「ん~、野菜多めのスープと、がっつりしたパイかなぁ」

「病院食とかじゃねーんだ?」

「看護は体力勝負だからねぇ。食べる物はしっかり食べないと~!」

 

それはチヨコが躊躇いなく蛮行に臨める生徒であると知ったこともあるだろうが、同時にチヨコから彼女たちへ見下した態度を取らないことも一役買っていた。

彼女たちは少しずつだが、お互いがお互いなりに敬意を払う関係を築きつつあったのである。

 

「んで、アンタはなんて呼べばいいの」

「黄瀬さん、チヨコさん、副長さん。好きに呼んで~」

「じゃあケツ副長だな」

「よろしくなケツ長」

「頑張るからな、ケツ」

「敬意がなぁ~い!」

 

育ちの悪さは如何ともし難いが。

それでも彼女たちなりに慣れ親しもうとしているのが見て取れた以上、チヨコは彼女たちを拒絶することはなかった。

 

「ほら、今日がんばった分のおこづかい! いっぱい食べておいで!」

「おっ! さっすが副長、太っ腹だ!」

「ありがとよ副長! そのデケえ乳抱きしめてえぜ!」

「はいはい、行った行った!」

 

それよりも今日の頑張りを褒めることにしたチヨコは、プリペイドカードを投げ渡して彼女たちを送り出す。

囚人生徒たちも気前のいいチヨコにすぐ靡き、手を振って別れを告げた。

 

「……ま、こっから少しずつ、だね」

 

これから彼女たちがどう進んでいくか。それを監督するのもチヨコの役目である。

小さな萌芽を、こつこつと。チヨコはそう決意しながら、自分も一息つこうとカップを手に取り……

 

「……チヨコ。そこにいるのですか」

 

……その来訪者を見て、思わず取り落としかけた。

 

「み、ミっちゃん? どうしたの、そのケガ……」

「これは……大丈夫です。それよりも、調剤を頼めますか」

 

二階の窓から、翼をはためかせてやってきた少女……蒼森ミネに、チヨコはひどく驚いた。

その顔は真っ青にもかかわらず、流れ出た血で赤く彩られている。

制服も盾も、銃さえ埃と傷に塗れており、彼女ほどの強者がこれほどまでに怪我を負っている姿は、付き合いの長いチヨコでさえ珍しいものだった。

 

「高カロリー輸液とアクリノール配合油軟膏……抗血栓薬もお願いします」

「それって……」

 

自身の怪我も顧みず告げられたその薬剤たちに、チヨコは眉をひそめる。

それは寝たきりの人間……特に植物状態の人間に対して、長期的に与えられるものだ。

断じてミネが好むような即断即決の救護に求められる薬剤ではなく、そして生徒が関わるべき看護から大きく逸脱している。

生徒は学業が本分。人の一生、それも終末への旅路に寄り添うのは本来の務めではないのだ。

にも関わらず、ミネは迷いなくそれらを要請した。間違いなく何かあると、チヨコは確信する。

 

「…………尿道用カテーテルと、清拭用の除菌シートも要るんじゃない?」

「……そうですね。輸液用の点滴針も、念の為お願いできますか」

「わかった。すぐ用意する」

 

だが……チヨコは、深く聞かなかった。

ミネが救護をすると決めた以上、躊躇い、諦めることはない。ならばその背を押し、支えるのがチヨコの役目であると自らに任じていたのだ。

 

「……すみません、チヨコ」

「言わないで。貴方を待つ患者がいるんでしょう」

 

だから今更、怪我をして、これから長期看護に臨みますと遠回しに告げられたところで。

どうして、だとか、嫌だ、だとか。

そういった泣き言は、チヨコは決して言わないことにしていた。

 

「外泊許可申請書……これだけ書いて。あとはこっちでなんとかするから」

「……ありがとう」

「うん」

 

それと同時に、このような異常事態を根掘り葉掘り聞くことで、どのような不利益が何を襲うか、まったく予想がつかないことをチヨコは危惧していた。

真相の究明は後からいくらでもできるが、人体の救命はすぐさまにでも実行せねばならない。

ミネが焦る理由に人命が伴うのであれば、引き留めること自体が致命的な事態を引き起こす可能性さえある。

だから、決してチヨコは自身が焦らず、問いただすような真似を控えるよう務めていた。

 

「あと……これ」

「これは?」

「いつか、きっと役に立つから。持ってて」

「わかりました。決して、手放しません」

 

そうして、チヨコは自身の財布から、1枚の電子カードキーを渡した。

ミネもまた、チヨコの厚意を疑い、説明を求めることなくそれを受け取る。

お互いがお互いの為にしていることを疑わない。彼女たちが決めた約束のひとつだ。

 

「さあ、行って。留守は、私に任せて」

「……救護騎士団を頼みます」

「うん」

 

互いに会釈を交わすと、互いに背を向ける。

それ以上の会話は必要ではなく、必要でないことはこの場ですべきではなかった。

ただ、成すべきことを成す為に、ふたりは警句を述べる。

 

「「救護が必要な場に、救護を」」

 

ばさり、という音と共に、ミネの気配が消える。

チヨコは誰もいない薬事室を閉め切り、深い、深い溜息をついた。

 




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次回は2024/03/20 23:00頃を予定しております
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