救護の手にクリームを   作:救急パックA

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今日は祝日でしたので、ちょっと多めに書きました
エデン条約編が始まる1ヶ月ほど前の出来事です


亡命と黄瀬チヨコ
ミレニアムと黄瀬チヨコ


 

ティーパーティーホスト・百合園セイアが、休学した。

それはティーパーティーからの公式発表によって明らかとなり、トリニティ総合学園に関わる人々を少なからず驚かせた……が、致命的な治安の悪化には繋がらなかった。

 

「新ホストは桐藤なんとか、ねぇ」

「ハナエちゃん、どうなんアイツ。いけすかねーすまし顔だけど」

「ナギサ様のお土産はすごくおいしいです!!」

「そっかぁ、よかったなぁ」

「はい!」

 

治安維持の成果は正義実現委員会やトリニティ自警団の不断の努力もあってのことだが、偏にセイアの代わりにティーパーティーホストに収まった、桐藤ナギサの政治手腕が大きいだろう。

前期ホストとしての経験を活かした関係各所への連携は目を見張るものがあり、トリニティに渦巻く不安の声は瞬く間に隠されていった。

お蔭でハナエたち下級生が通りをうろついても、連邦生徒会長失踪以前のように買い物ができるようになったのである。

その功績もあって、ナギサに対するトリニティ総合学園内の支持率は非常に盤石なものであった。

 

「あと15分で患者さんへ食堂解放ですよっ。皆さん皿洗いもお忘れなく!」

「いっけね……もうそんな時間か」

「ごっそさん! サンキュー、セリナちゃ……あれ」

「ふぁあ……おはようございま~す」

 

然るに、救護騎士団も平常稼働、救護に学び、救護を実践する日々を送るべきである。

だが、その日常を整え、守る立場である副長・黄瀬チヨコは、眠そうにあくびをしながら、やや遅い朝食を摂ろうとしていた。

 

「ケツ長! 寝坊かよ?」

「また儀仗兵に仕事場漁られたのかー?」

「ん~ん。今度は自宅~」

「うげぇ、家宅捜索じゃん」

 

セイアの休学と同時期に、救護騎士団団長・蒼森ミネが『出張』した。

表向きはそうなっているが、何処に向かったのかは誰も知らない。合同火力演習の日以降、忽然と姿を消したのである。

その上、度々にティーパーティーの儀仗兵たちがミネの自宅や職場、関係者の居所を漁り、彼女の行方を探っているのだ。救護騎士団の中ではすっかり、ミネがセイアと共に事件に巻き込まれた、と噂になっていた。

 

「かたくそーさ?」

「そうそう。上から下まで、書類やデータをぜ~んぶ掻っ攫うんだよ」

「ありゃ合法の強盗だよな。ちょっと値の張るモンなら盗品だ! って持ってかれるしよ」

「えぇっ!? ふ、副長、大丈夫だったんですか!?」

「う~ん……台風が家に上がり込んだ方が、まだおとなしかったかも~」

 

チヨコは肩をすくめながら、何もなくなった自室の光景を思い出す。

夜中に突然やってきた儀仗兵たちが、居丈高にも令状片手に上がり込み、絵本も技術書もパソコンも、家具さえ持っていった時は、流石のチヨコも愕然としてしまった。

それを聞いたセリナやハナエたちも、その壮絶さにすっかり青ざめている。

 

「当面は工房の宿直室で寝泊まりかな~……」

「ふ、副長。私たちに何かできることがあれば何でも言ってくださいね……?」

「何かお手伝いしますかっ!? お料理とか!」

「ん~……まずは通常業務をちゃんとこなしてもらうのが一番かな~」

 

しかし心配する周囲をよそに、チヨコはすべて受け容れていた。

 

(ちゃんとやることやってますよ、って言えないと、困るからね)

 

ミネの失踪と同時期にセイアが休学したこと。これが無関係などあり得ない。

ミネはセイアを保護し、匿うべく行方を眩ませた。

ならばそれを支え、彼女たちをトリニティの誰の目にも触れることなく隠す。

それがチヨコの務めである。チヨコはそう結論付け、それを探られることを「必要なコスト」として受け容れていたのだ。

 

「団長抜きでも救護できてる。それを証明するのが一番大事。そうじゃないと、トリニティの急所として狙われちゃうからね」

「……団長、大丈夫でしょうか」

「あの子なら、大丈夫。……私が言うんだから、間違いないよ」

 

不安がるセリナたちを励まし、チヨコは懸命に微笑む。

チヨコとて不安がない訳ではない。だが、ミネの決意と能力を疑うことはなかった。

ミネは必ずやり遂げる。チヨコはそう信じていたのである。

 

「……はい! 救護班、精一杯に救護を務めます!」

「うん。見習班のみんなも、がんばってもらえる?」

「そりゃ、それが釈放の条件だもんな」

「欲しい家具があれば言えよ。刑務で作り慣れてっから」

「あはは! またおこづかい用意しとかないとね~」

 

幸いにして、囚人生徒……いや、救護騎士団の新たな『見習班』たちの協力もあり、救護騎士団内は盤石の備えを維持できている。

故に、チヨコは成すべきことへ集中することができると確信していた。

 

「ところでセリナちゃん。ちょっとお願いしたいことがあって~……」

 

救護が必要な場に救護を。

この場合の『必要な場』は、救護騎士団の経済地盤と、蒼森ミネに対してである。

 

***

 

「……で、ミレニアムサイエンススクールですか」

「そうそう。セリナちゃんがセミナーの人と知り合いでよかったよ~」

 

ミレニアムサイエンススクール。

トリニティ・ゲヘナに並ぶ三大学校のひとつであり、優れた科学技術の宝庫である。

救護騎士団にとっては最先端の医療機器を卸す、『奮発したお買い物』をする場所であり、チヨコも過去に度々訪れていた。

 

「それにしても、去年とは町並みがずいぶん変わったねえ」

「ミレニアムの大通りは、お店の代わり映えが目まぐるしいですよね。私もこの間来たばかりですが、あのお店は初めて見ます」

「『ミレニアムで気に入った店があれば、その日の内に買い占めるかレシピを聞け』なんてジョークもあるもんねぇ」

 

技術・経済共に革新を続けるミレニアムは、とにかく最先端を駆けると同時にひどく不安定な特徴がある。

昨日気に入った店が今日好景気で買収され、明日不況に陥り更地になるなど珍しい話でもないのだ。

そんなミレニアムのことをチヨコは決して嫌いではなかったが、それでも行きつけの店は一年を通してあってくれた方が嬉しいもの。やはり居を構えるならトリニティであると、来る度に確信させられていた。

 

「……あっ、セリナさん。こっちよ」

 

そんな最先端の街並みを眺めながら待ち合わせ場所に向かうと、待ち合わせていた当人はきっかり10分前に到着していた。

 

「お疲れ様です、ユウカさん!」

「お疲れ様。そちらが、救護騎士団の副長さん?」

「はぁい、副長・黄瀬チヨコです。どうぞよろしくお願いします~」

「よろしくお願いします。お噂はセリナさんからかねがね……」

 

早瀬ユウカ。

ミレニアムサイエンススクール生徒会「セミナー」の会計担当である。

チヨコから見ても明るく、真面目な性分を感じさせる少女だが、連邦生徒会長失踪時に首席行政官の失言にキレ散らかし、政治的圧力をかけようと持ちかけた張本人だとチヨコは記憶していた。

それが巡り巡って連邦捜査部シャーレの助力となり、今ではユウカ自身もシャーレ所属の生徒として会計を握っているというのだから、なかなか強かな少女である。少なくとも、チヨコはそう捉えていた。

(と、同時に。ユウカのシャーレでの活躍を語るセリナは、少し悋気を抱いているように見えたことから、彼女たちが少なからずシャーレの先生へ恋慕の情を抱いていることも、チヨコは認識していた。これについては政治よりも予測不能なので、ノータッチの構えである)

 

「立ち話もなんですから、早速会議室へ案内しますね」

「はぁい。よろしくお願いしま……わっ?」

「え、エレベーターが、生えてきました……!?」

「この間、この辺りの区画を改築したんです。便利でしょう?」

 

早速移動しよう、そう構えていたチヨコだったが、突然床から伸びてきた筒状の、ガラスケースのようなエレベーターに、セリナ共々仰天する。

そういった他校の生徒の反応も楽しみのひとつのようで、ユウカは可笑しそうに、そして得意げにエレベーターへと乗ってみせた。

 

「どうぞ。すぐ着きますから」

「それじゃ、遠慮なく……」

「わ、わ、わっ。もう、こんなに高く……」

 

間にセリナを挟む形で、チヨコたちはエレベーターに乗り込む。

チヨコの太ももがたっぷりと脂肪を蓄えているのは言うまでもないことだが、ユウカも腰骨が太く、張り合えそうなほどの太ももの持ち主である。

それに挟まれたセリナのほっそりとした小尻と腿は、ひどく窮屈そうに閉じられていたが、床の見えないエレベーターに少々おっかなびっくりの彼女は、思わずチヨコにしがみついていた。

 

「昔読んだ児童書を思い出すねぇ……ちょうどあれも、お菓子の工場の話だっけ」

「エンジニア部の先輩も似たようなことを言ってましたね。どんな本なんですか?」

「んー……良ければ是非読んでほしいなぁ。きっと気に入ると思うよぉ」

「あ、それならモモトークで共有してもらえませんか? 読み終えたら感想会したいですし」

「勿論だよ〜。他にもおすすめの本、共有しとくね〜」

 

珍しく甘えるセリナを撫で回し、愛で回しながら、チヨコはユウカに微笑み返す。

ミレニアムの生徒らしく、ユウカも合理と革新を好む傾向にあるが、彼女はチヨコの古い嗜好を下らないと切り捨てず、積極的な共有を望んでいた。

なかなか人徳の篤い人物だとチヨコは内心で評価を上げる。セミナーの会計という要職も相俟って、末は生徒会長にでもなれるかもしれない。投資して損はないだろうというのが、チヨコの見立てであった。

 

「……さあどうぞ、好きなところに座ってください」

「え、エレベーターで直接会議室に来られるなんて……」

「ふふふ。何度も何度も使用人に構われるトリニティとは大違いだねぇ」

 

ミレニアムの最新技術を堪能し、チヨコたちは席に腰掛ける。

人間工学に基づいた椅子は無機質ながらも寄り添った感触を与え、ミレニアムなりのおもてなしの心を感じさせた。

しかし、くつろいではいられない。ここからは商談だと気を引き締めて、チヨコはユウカを見据えて臨む。

 

「さぁて……お通し頂けたということは、企画書は読んでもらえたみたいだねぇ」

「ええ、確認しました。失礼ですけど、救護騎士団がこれほど財欲に溢れているとは思わなかったですよ」

「あはは! 救護もお金がかかるから~」

 

ユウカの悪ぶった笑顔と見え透いた皮肉に対し、チヨコは笑って受け流す。

気に留めるようなことではない。チヨコが提案したものは、それだけ金の匂いを漂わせるものだったのだ。

 

「会員制の高級ホスピタル……失礼ですが、これ、どうしてトリニティ外でやろうと?」

「だって、トリニティなら救護騎士団の本部があるからねぇ。あそこ以上の伝統と格式ある救護なんてないものだから、需要がなくて」

「ああ、成程……え、トリニティって、新しいものは始めにくいの?」

「ううん、商売は明るくないんですが、結構難しいかと……」

 

富裕層向けの会員制ホスピタリティ・サービス。

最先端の治療を受ける間、格別のもてなしを受けることができる、まさに勝ち組の為に存在する医療施設こそ、チヨコがセミナーに対し持ちかけた提案だった。

勿論、それは荒唐無稽なことではない。ちゃんとしたデータに基づいた提案である。

 

「ここ数年のセミナーの収益内訳を見てきたけど、投資のアガリが殆どで、BtoC(一般消費者向けビジネスモデル)はあまり積極的じゃないみたいだねぇ」

「……それは、セミナーが曲がりなりにも生徒会であるという側面あってのことですから」

「でも、予算は投資額に年々圧迫されてるよね? この前の決算報告は……」

「あ、あれは去年、有用な新素材の発表が多くてですね……!」

 

いかにも図星である、というようなユウカの反応に、チヨコは苦笑いを浮かべた。

セミナーは「ビッグシスター」と呼ばれる、異様なほどの技術力と経済センスに恵まれた生徒が統括する組織だ。彼女が投資すると決めたものは必ずといっていいほど成功し、セミナーに、ひいてはミレニアムに多大な財産をもたらす。

ユウカたちセミナーの補佐役たちも彼女に習い、様々な投資で稼いだ資金を予算に充てているようだが、雨後の筍の如く現れる部活動の活動費や投資そのものの費用で、逼迫した財政事情を抱えているのが実情のようだ。

 

「……まぁ、そういうわけでBtoCに慣れたこちらのノウハウを買って、人生の頂点に立っているお調子者さんたちに夢を見させてあげるのはどうかな~って」

「それで、ホスピタリティですか……」

「単純なラグジュアリーだと、オデュッセイアのゴールデンフリース号には敵わないとこあるからね~」

 

そんな情勢の中、チヨコが目をつけたのは、投資して稼ぐことに執心する金持ちたちに対し、『金を使う』機会があまりに乏しいことだった。

勿論、キヴォトス全土を見ればオデュッセイア海洋高等学校などを始め、そういった観光事業で収益を上げる学校は少なくないので、大抵の富裕層はバカンスに出かける。だがそれではミレニアムに金は落ちてこず、セミナーはいつまで経っても裕福な自転車操業を続けるばかりになってしまう。

そこで、富裕層向けのサービスを提供し、確かな金銭収入を確保しよう……というのが、チヨコの提案の内訳であった。

 

「……正直、ここまでセミナーに配慮された提案を受けると、裏を勘繰りたくなるわね。チヨコ先輩、これは救護騎士団にどんなメリットがあるんですか?」

「ひとつは、最先端医療を受けたいのは、何もミレニアムの富裕層だけじゃないってこと。トリニティで一万人にひとりの奇病を負う患者がいたとして、その人の為に数百億もする機材を発注すると患者も病院も破産しちゃうからね」

「成程……セリナさん。各医院の備品って、節約するようにとか言われてる?」

「えっ? えっと、そうですね。ガーゼとか手術で使うものはともかく、ティッシュとか洗剤は使いすぎないように皆気をつけてますよ」

「生活用品の倹約が、日常的に視野に入る程度なのね。成程、成程……」

 

ユウカの目敏い質問にチヨコは感心し、うんうんと頷く。

彼女はセリナが様々な病棟で看護勤務していることに目をつけ、セリナの日常から病院の経営事情を読み取ろうとしたのだ。

何か不味いことを言ったか、と慌てて見上げてくるセリナに、チヨコはくすくすと微笑みを返す。この程度は聞かれればチヨコも資料付きで答える程度の情報であり、聞かれなかったのはユウカは強かなチヨコより実直なセリナを信頼していただけに過ぎないのだ。

とはいえ後輩をいつまでも不安にさせるのは忍びない。チヨコはそう考え、ユウカに説明を続ける。

 

「ふたつめ。医療機材は最先端よりも、払い下げを買いたくなること」

「新品より、中古を? どうしてですか?」

「医療は信頼性あってのものだから。どんな育ち方をする草花かも知らずに、自分の庭に植えることはしないよ」

「草花……」

「えっと、運用データがあると導入しやすいってことです」

「ああ、それは確かに。ミレニアムじゃ古いのは嫌厭されるから、盲点だったわ」

 

チヨコが敢えて発した難しい言い回しを、セリナが拾い上げて翻訳する。

失点をカバーできたとホッとするセリナを見て、チヨコはぽんぽんと彼女の頭を撫でた。

こうして失点してカバーして、を繰り返し、人はやり方を学んでいくのである。かつてのチヨコもまた、セリナのように先輩にフォローされてきたのだ。

 

「みっつめ。先端医療を富裕層に体験させることで、医療サービスそのものに投資価値を高められること」

「ああ……業界全体の投資価値が高まれば、それだけ既存のサービスに余裕が生まれますもんね」

「利益目当てにちょっと噛んでおきたいと参入する、無責任な新興も増えるけどね~」

「まあその辺りは、投資家に対する啓蒙活動が求められる部分ですから……まあ、わかりました。でしたら……」

「最後に、よっつめ」

 

充分に納得できたとユウカが頷いたところで、チヨコは穏やかに新しい企画書を突きつける。

ユウカはそれを見てきょとんとしていたが、やがてぎょっと目を剥いた。

 

「利益をたっぷり見せることで、契約は結ばれ易くなるのォ……」

 

企画書の表紙には『キヴォトス各都市への配置薬供給計画』という表題と……『協力:連邦捜査部S.C.H.A.L.E』の文字があった。

 

***

 

「ユウカさん、ぐったりしてましたね……」

「けっこう無理言ったからねえ。あとでお詫びを出せるようにしないと」

 

帰路につきながら、チヨコはほくほく顔で買い漁った技術書を捲っていた。

チヨコが取り付けた契約は2つ。

会員制ホスピタルに救護騎士団が出資する代わりに、ミレニアムが設営を行うこと。

連邦捜査部S.C.H.A.L.Eが監督する救貧用配置薬設置事業に、ミレニアムも協力すること。

これらの契約を取り付ける過程で、ユウカとの激しい論戦が繰り広げられたが、さしもの冷酷なる算術使いも、シャーレという錦の御旗を掲げられてはタジタジであった。

それでも利益を提示すればすぐに持ち直し、人手を総動員して1週間でなんとかすると息巻いていたのだから、流石はミレニアムの屋台骨といえるだろう。

 

「でも、良かったんですか? シャーレの名前を使って……」

「元々は『お金のない子たちが病気になってもいいように』って、先生が相談してくれたことだからねぇ」

「え……そ、そうだったんですか?」

「そうだよ~。まぁ、まだ会ったことはないけど……」

 

あれ以降、チヨコと先生のやり取りは続いていた。

それはチヨコが気を回した結果、先生が無事アビドス砂漠での遭難に耐えきれたことで、先生が改めてお礼のメッセージを送ってきたことから端を発する。

チヨコとしては何くれとなく気を遣い、情報を仕入れてナギサに売ろうという腹積もりだったのだが、何が利するかわからないものだった。

 

「まあ、ビッグシスター相手じゃなくて良かったよ」

「ビッグシスター……ミレニアムの偉い人のあだ名、ですよね。そんなに怖い人なんですか?」

「うーん、悪い人じゃないかな。早瀬さんが早瀬さんらしく過ごせてるし、なんとなくわかるでしょ?」

「ああ、確かに……ユウカさん、すごく良い人ですもんね」

 

ビッグシスター、またはミレニアムサイエンススクール生徒会長・調月リオ。

チヨコも2年生の頃、工房の機材発注の仲介で会ったきりだが、彼女のことはよく覚えていた。

今日の担当が彼女だったのなら、チヨコの持ち込んだ資料をひと目見て一言述べたことだろう。

『それで、助けたいのは誰?』と。

 

「……ただただ呆れるくらい有能ってだけで、ああも恐ろしくなるかなぁ」

 

頭の中で真意を言い当てたビッグシスターを振り払い、チヨコは苦笑いを浮かべる。

そう、すべては蒼森ミネの為。それだけだ。

会員制の高級ホスピタルはミネが逃げ込む場所を築く為。

キヴォトス中にばら撒く配置薬は、ミネが物資を補給する場所を築く為の措置である。

勿論、それが達せられれば後は野となれ山となれとはチヨコも言わないが、それ以外はすべて些事であるとチヨコは捉えていた。

 

(誰にも明かしちゃいけない。秘密にしないとね)

 

勿論、その真意はユウカにも、身内であるセリナにさえも伝えない。

それが露見することによって、何が起きるかわかったものではないのだ。

チヨコにだけならまだしも、ミネだけでなく、セリナたちに危害が及ぶ可能性さえチヨコは見据えていた。

 

「ま、これでしばらく何があっても、金銭面は大丈夫。お薬の心配はしないでいーよー」

「そ、それはいいんですが……副長、あれ」

「ん? ……あぁ、こりゃ面倒だ」

 

ミレニアムからD.U地区を経由し、トリニティ領へと戻る最中。

まるでチヨコたちを出迎えるように、検問所が設営されていた。

 

「出た時にはなかったのに……」

「ま、帰る分に問題はないでしょ……」

 

チヨコたちは検問所の誘導に従い、車を止める。

検問所の儀仗兵たちは、チヨコの生徒証明書を見ると、チヨコたちを路肩まで誘導し、責任者を寄越してきた。

 

「黄瀬チヨコさん、またお会いしましたわね」

「あれ。どちらでお会いしたっけぇ」

「なッ。わ、わたくしは2年、フィリウス分派儀仗兵長の風凛シハルですわァ!」

 

シハル。その名を聞いてチヨコは思い出した。

昨晩、チヨコの部屋に押し入り、家財道具の一切を持っていった儀仗兵のリーダーが、彼女のような名前と黒髪、居丈高な態度、それからチョココロネのような縦ロールをしていたのだ。

 

「ああ、ごめんごめん。昨日はベッドまで持ってかれて驚いちゃってぇ~」

「あッ……そ、それはごめんあそばせ。けれどあれも、捜査の一環ですのよ」

「うんうん。それで、どうしたの? 家具は隅までクリーニングして返してねぇ?」

「熨斗つけさせる気満々じゃーないですの!?」

 

むぎぃ! と怒り出すシハルに、チヨコはころころと笑いながらも内心冷や汗をかく。

どうやらシハルはさほど裏表のない少女のようだが、彼女がフィリウス分派の儀仗兵、つまり桐藤ナギサの手駒であることがチヨコを警戒させた。

そしてチヨコが危惧するとおり、シハルは令状を片手に宣言する。

 

「黄瀬チヨコ様。ティーパーティーホスト・桐藤ナギサ様より『お茶会』のお誘いですわ!」

 

それは確実に面倒で、明確に危険を伴う誘いであった。

 




お読みいただきありがとうございます
次回は2024/03/23 23:00頃を予定しております
(業務に伴う疲弊で1日休養を頂戴致します ご容赦頂ければ幸いです)
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