ナギちゃんはチヨコとミネさんがとても仲が良いと思っています
『拝啓 シャーレの先生
ひと雨ごとに寒さも緩み、桜の開花宣言とともに、よい知らせが届いて参りました。
かねてよりご相談いただいておりました配置薬の件について、ミレニアムの参画を早瀬ユウカ様よりご確約いただきました。
ミレニアムには主要となる製薬プラントがあるので、これによりD.U地区、トリニティ、ミレニアム、そしてご依頼賜っておりますアビドスへの薬品供給が叶うようになります。
後々、早瀬ユウカ様よりアビドス対策委員会宛ての手続き仲介依頼が届くかと思いますので、取次いただきますようお願い申し上げます。
また、ゲヘナ学園・山海経高級中学校・百鬼夜行連合学院・レッドウィンター連邦学園の4校に関してですが、こちらは各学園の主幹生徒の方と私とのコネクションがなく、交渉の席を用意することに手間取っている状態です。
そこで、よろしければ各学園の生徒会の方々との仲介を先生に依頼させていただければと思います。
現在はミレニアムで部活動の顧問をなさっているとのことで、ご挨拶に伺うべきか検討を重ねておりましたが、早瀬様より部活動の出展作品の制作が佳境であると伺いましたので、お邪魔するのも悪いかと思い、今回は見送らせていただきました。
引き続き文書でのやり取りのみを重ねてしまい恐縮ですが、ご容赦頂ければと思います。
また機会がありましたら、トリニティ総合学園にもお越しいただければ幸いです。
徹夜は体調を崩しやすいので、体調を崩されませぬよう、どうぞお大事になさってください。
敬具』
「……何をしてるんですの?」
「シャーレの先生とモモトークしてるぅ」
「何をしてるんですのッ!?」
検問所で引き留められたチヨコはシハル率いる儀仗兵たちに連れられ、ティーパーティーの茶会場へと通されていた。
隣にセリナの姿はない。彼女は無関係であるからと同行しないで済んだのだ。
それは既にナギサが関与している人物の候補を絞り込んでいるということではあったが、後輩に害が及ばないよう配慮してもらえるのは、チヨコにとっても素直にありがたかった。
「あ、貴方は今から! ナギサ様から査問を受けるんですのよ!? それを貴方、堂々と外部と通信だなんて……!」
「あらぁ。今から行くのは『お茶会』じゃなかったぁ?」
「ゔっ、そ、それは……!」
チヨコの飄々とした態度に対して、シハルは悔しげに黙り込む。
尤も、彼女の言うことは正しい。これが和やかなお茶会で終わるなど、誰も、チヨコも思ってはいなかった。
桐藤ナギサはトリニティにおける天性の為政者である。
彼女に睨まれるということはトリニティでのキャリアを失うのと同じ。
チヨコは今、トリニティで一番避けたい事態に遭遇しているのだ。
「い、いいですかっ! くれぐれもナギサ様に失礼のないように!」
「はいは~い。桐藤さ~ん、今日のおみやはな~に~?」
「お土産には、ビスケットを焼いてありますよ」
「くぉら黄瀬チヨ……ヒェッ」
怒号を上げようとしたシハルが、声の主に振り返ってすくみ上がる。
ナギサは微笑んでいた。可愛らしいアソート入りのクッキーを儀杖兵に運ばせて、穏やかに微笑んでいた。
歓迎の証などではない。その笑みは、牙にかかる相手を選別する時の笑みだと、チヨコも、シハルでさえも直感的に理解できていた。
「な、ナナ、ナギサ様……黄瀬チヨコを、お連れしまし」
「シハル」
「はひっ」
「ご苦労様でした。下がって休みなさい」
「ひゃ、ひゃい……」
あれだけ居丈高に振る舞っていたシハルが、儀仗兵たちがすごすごと下がっていく。
その目は畏怖の感情に染まっていたが、その頬は「今日のナギサ様、怖いけどカッコいい……」という敬愛の感情に染まっているようにチヨコは見えた。
(桐藤ナギサイケメンブロマイド、アリかもしれない)
「チヨコさん? こちらですよ」
「あっはぁい」
やや現実逃避気味に思索に耽っていたチヨコを、ナギサが一声で呼び戻す。
チヨコもナギサに対する敬愛の念はあるが、シハルたち儀杖兵ほど忠誠心があるわけではない。
然るに今回のナギサの態度は肝を冷やすには充分で、少々肌寒い程度の夜のバルコニーが、やけに寒く思えた。
「……聖園さんは?」
「ミカさんは休んで貰っています」
「あら、そう」
「チヨコさん、貴方はミネさんから、どこまで聞いていますか?」
「何を?」
問いかけへ、問いかけを返す。
ナギサはミネとチヨコに対する疑念を隠そうとはしなかった。その方が動揺を与えられると思ってのことではなく、チヨコのことを好敵手と認めてのことだった。
(ミスったな)
そうと知ったからこそ、チヨコは自分が下策を踏んだと理解し、内心で歯噛みした。
徹底して情報を与えまいとナギサを充分に警戒したが為の問いだったが、これではナギサを警戒していると所信表明したのと同じこと。
ここに来て、チヨコは自身が驚くほどに焦っていることを理解した。このナギサという少女の疑心へ恐ろしさを感じていたことに、彼女はようやく気付いたのだ。
「……貴方が緊張しているのは、珍しいですね?」
「シリアスな桐藤さんを相手したくない、が本音なんだよねぇ」
「あら、褒められてしまいましたね」
敗北を認め、チヨコは紅茶を喉に流し込む。
毒の杯までは想定してはいないつもりだったが、チヨコは薬らしい成分はないかを警戒し、舌を動かした自分に気づき、深い溜息をついた。
暴かれることに怯えても仕方がない。救護騎士団において、嘘や謀りは学びの内に入らないのだからと、チヨコはそう言い聞かせて克己する。
「ミっちゃんからは何も聞いてないよ。何がしたくて、何を考えたかも聞いてない」
「合同火力演習の夜、貴方は会っていないと?」
「調剤と書類の提出を頼まれたよ。貴方の部下がかっさらっていった、台帳に書いてある」
ミネに書かせた外出許可証を渡しながら、薬品の台帳はシハルたちが持っていったと手を振ってみせる。
だが、台帳はチヨコが丁寧に偽装し、薬品棚の内容と帳尻を合わせたものだ。
万が一に備え、チヨコは台帳を任されてからずっと『事実通りの台帳』と『通常業務通りの台帳』を用意し、薬品棚のすり合わせも含めた更新を重ねているのである。シハルたちが掴んだのは当然『通常業務通りの台帳』だ。
それもこれもミネにティーパーティーからの疑いがかかることを想定し、その嫌疑を少しでも庇う為のもの。涙ぐましい努力ではあったが、今日やっと報われたにも関わらず、チヨコは一切嬉しくは感じられなかった。
「……何も言い残さなかったと? 貴方に?」
「私はただの副長。部下だよ。セックスしたわけでもないんだから」
「セッ……!?」
「ねえそこで絶句するのやめてくれない!?」
「し、失礼……チヨコさんもハナコさんのような嗜好があるのかと……」
「浦和さん? まあ、いいけど……」
ナギサの思わぬ初心さを突いてしまい、チヨコはバツが悪そうに紅茶を口に含む。
浦和ハナコ、1年生の時は首席を修めるほどの優等生で、様々な委員会や部活動が是非、と熱心に勧誘していた才女とチヨコは記憶していたが、そういえば最近彼女の話題を聞かないことを思い出す。
ナギサが言及するということは、ティーパーティーに収まったのかと考え、チヨコは話を戻すことにした。
「何も聞いてないよ。そもそも、聞く必要がある時点で私の仕事としては失敗になるし」
「というと?」
「薬剤師の仕事は必要な薬を常に揃えて、あるということを明示しておくことだからね」
「……成程、結構です。こちらの情報を開示します」
これ以上、隠したまま聞き取れないと考えたのだろうナギサは、ビスケットを小さく割って食べてみせる。
(『お友達になりましょう』、ねぇ)
菓子に乗せるメッセージは様々だが、ビスケット……或いはクッキーと呼ばれるそれは、親愛を促す家庭的な贈り物だ。
愛、友情、絆……曖昧な形の契約を好むナギサらしいと思いながら、チヨコはナギサに倣ってビスケットを口に放り込んだ。割っていない。一口である。
「合同火力演習の日。セイアさんは何者かの襲撃を受け、ヘイローが壊されました」
「…………続けて?」
ヘイローが壊れる。
それはキヴォトスの生徒たちに共通する『死』や『殺人』の暗喩。スラングの類だ。
生徒が頭頂部に戴く非物理現象、ヘイローは、その生徒の意識の有無を示すものである。
当然ながら死体はヘイローを生じないので、ヘイローが壊されたということは『殺された』ということを示す。
「最初に報告したのはミネさんです。彼女はその日、セイアさんの体調チェックをする予定だったことは、チヨコさんもご存知ですよね?」
「うん。低血圧気味だけど最近は安定傾向。投薬も生薬中心に切り替えようって話が出てたから、急な容態悪化はないと思ってた」
「襲撃に対し真っ先に駆けつけたミネさんは、ティーパーティーへセイアさんのヘイローが壊れたことを報告しました。この急報に、ティーパーティーは一晩中混乱を極めました」
「……ホストが死んだって聞いたら、まあそうなるだろうね」
チヨコは頷きながら、ミネが偽の情報をティーパーティーへ流し込んだと理解した。
何故ならば、ミネが調剤を頼んだ薬はすべて生かす為のもの。殺す為のものは含まれていないのだ。
百合園セイアに意識があるかどうかは疑わしいが、少なくともミネは生きた状態のセイアを匿い、それをティーパーティーに秘匿している。チヨコはそう確信し、自らも黙することとした。
ミネの嘘を、無駄にしない為に。
「そして、暫定的に前期ホストの私が差配することと決まった時、ミネさんはセイアさんの遺体ごと、存在が確認できなくなっていました」
「……殺したのはミっちゃんだと、疑っているって?」
「いいえ。むしろ彼女が、何らかの事件に巻き込まれていることを危惧しています。強行的な捜査を指示しているのも、彼女が一刻を争う事態に陥っている可能性があるからです」
ナギサの言い分が、すべて嘘だとはチヨコは思わなかった。
彼女はセイアの死を心から悼み、ミネの身を案じている。それは間違いない。
しかし同時に、彼女は彼女の本心を隠す為、薄い笑みを保ち続けていた。
チヨコはその正体が何であるかを探るまでは、彼女に心を開かないことにして、今はただ耳を傾け続ける。
「チヨコさん。彼女を守る為にも、協力してもらえませんか?」
「もう充分に協力しているつもりだけど。これ以上何をしてほしいの?」
「貴方だからこそできることを頼みたいのです。貴方はもう、既に実行を進めていますよね」
そう言ってナギサが取り出したのは、シャーレ協力の配置薬の企画書だった。
昨夜からチヨコの自室、そのパソコンにあったデータを引っ張り出してきたのだろう。
シハルたち儀仗兵か、それとも別の部署か……ともあれ、優秀な部下がナギサにはいるのだとチヨコは理解した。
「ミネさんにメッセージを送ってください。彼女にだけわかるように」
「内容は?」
「彼女に安全な場所を導くよう、お願いします」
「……わかった。いいよ」
「そうですか……安心しました」
チヨコが頷くと、ナギサは穏やかに微笑んだ。
そしてもうひとつ、座標を記した紙を渡す。
「ティーパーティーの中で、私たち……トップしか知らないセーフハウスのひとつです」
「ここに誘導しろってことね」
「ええ……ミネさんの一番の親友である貴方の愛を、私は信じていますよ」
「……ただの副長、ただの部下だよ」
チヨコは土産のビスケットを受け取り、踵を返す。
それは彼女なりの、ナギサへの親愛を示す行動だった。
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次回は2024/03/24 23:00頃を予定しております