謎の依頼人、いったい誰なんだ……
「依頼が来たわよ!」
その日、便利屋68の社長、陸八魔アルはノリにノッていた。
アビドスでの快刀乱麻の大活躍(赤字)を終え、そろそろ来月の家賃が払えなくなるぞ、といったところに、ひとりの少女が訪ねてきたのだ。
「どしたのアルちゃん、今度はどの猫ちゃん探し?」
「ちゅ~るの用意ならしてあるよ」
「そ、育ててた猫じゃらしも、よければ……」
「違うわよッ!? 今日はもっと私たち向けの依頼なんだから!」
「入ってきて!」と玄関口に投げかけたアルの言葉に応じ、アルの後ろから現れたのは鷲見セリナ。
迅速に、どこからともなく救護を行う救護騎士団の看護学生である。
アルたちはシャーレの依頼で知り合った仲ではあるが、未だにこの神出鬼没ぶりには誰も慣れないでいた。
「お疲れ様です、皆さん!」
「い、いつ入ってきたのよ!?」
「セリナちゃんじゃ~ん! なになに、救護騎士団で困りごと?」
「ええと、副ちょ……先輩からの依頼の代理で……」
セリナは桐の箱を手に抱え、アルたちの前に置いてみせる。
便利屋の課長、切れ者の鬼方カヨコが検分すると、中には更に鉛の箱があった。
その厳重な装いに、アルたちは思わず顔を見合わせる。
「鉛の箱、って。運び屋でもさせるつもり?」
「は、犯罪ではないと思うんですが……その先輩は、慎重な人ですから」
「セリナちゃんに代理を頼んだのも、狙いのひとつだったりして~?」
「ど、どうなんでしょう……?」
軽口を叩きながらも、引き続きカヨコが慎重に鉛の箱を開ける。
そこには一台のタブレットと、USB、そして茶封筒に入った現金と人数分の香水が用意されていた。
茶封筒の分厚さに、思わずアルたちは声を上げる。
「ぶっっっっと!」
「ぱ、パンッパンだわ……!」
「な、中に新聞紙、入ってません! ほ、本物の札束……!」
「見慣れてないものなんですか?」
「まあ、最近は猫探しばっかりだったから……」
アルたちが真っ先に現金を手に取り、金額を確認してしまうのは致し方がないことだろう。
その額は家賃の約半年分。新しいコートや洋服だって買えてしまうほどの大金なのだ。
セリナが取り乱さなかったのは、チヨコが会計係と共に、その程度の大きさの札束を日常的に取り扱っていたからである。
セリナはまだ帳簿は教わっている途中なので無自覚ではあるが、病棟と製薬というのはとても沢山のお金が回るものであった。
「……SIMカードが抜かれてる。オフラインで見ろ、ってことか」
「これ売っちゃっていいやつー?」
「特に持ち帰らなくていい、って言われてますけど……」
「逆に証拠は残したくないってことかも。とりあえず情報見て、こっちで処分するよ」
カヨコが指でサインを振ると、控えていた浅黄ムツキと伊草ハルカのふたりがカーテンを閉める。万が一の漏洩を警戒してのことだ。
手慣れた様子の便利屋たちに感心するセリナだったが、実際に慣れているのはカヨコとムツキくらいである。いろいろなことに不安定なハルカはともかく、アルは尤もらしいことを言いつつ素でウッカリやらかすことを、彼女たちはよく知っていた。
「……よし、アクセスできた」
「す、すごく丁寧な文章……」
「依頼の内容は?」
「コンテナの護衛。トリニティからD.Uへ。運べ、開けるな、壊すな。香水つけろ。以上」
「この長文をそれだけに纏めるの、カヨコっちのちょっとした才能じゃない?」
丁寧なビジネス文書の中に隠された必要な情報を、カヨコはひと目で抜粋してみせる。
カヨコやムツキから見ても舌を巻くほどの言葉の羅列で彩られたそれは、セリナと同じトリニティ総合学園の生徒と確信させた。
「依頼の日は……え、明日に変わった?」
「どういうこと、カヨコ?」
「わからない。SIMカードがない以上、このタブレットはオンラインにならない筈……」
「ねえねえ、これってミレニアムの部活動ロゴじゃない?」
「ん、ああ……そっか、エンジニア部の細工か」
USBに彫られたそのロゴを見て、カヨコは納得する。
ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部は、摩訶不思議な技術で不可能を可能にしてみせるという噂がある。
恐らく「コンテナの中身」が移動したことに呼応して、依頼日を変更するシステムなのだろうとカヨコたちは当たりをつけた。
「……どうする、社長。これ、かなり厄介そうだよ」
「あら、望むところじゃない」
今までにない厳重さに危険を感じたカヨコだったが、アルは自信満々にその危険を許容する。
「私たちのために用意された依頼よ。危険でなくては困るわ」
その啖呵を切る様子に、セリナがおお、と声を上げた。
流石、シャーレの中でも唯一無二の「協力企業」である。彼女ならばやり遂げてくれるに違いない。代理人のセリナであっても、そう感じさせた。
(決まったわ……!)
それはそれとして。アルの自信に関して、特に根拠とかそういうのは一切ない。
謎めいた依頼人、全額前払い。周到な準備、「見るな」のタブー付きのコンテナ。尽くが大好きなアウトロー映画に出てきそうな要素ばかりだったからノリノリだったのだ。
(これを華麗に成功させれば、ウチも一角のアウトローとして一目置かれるに違いないわ! それに家賃も払えるし! いいことづくめよね!)
すっかり舞い上がったアルの頭には、そのくらいしかなかった。
***
そうしてやってきた翌日。
アルたちはセリナと共に依頼の港湾施設にやってきていた。
「セリナちゃん、ホントにだいじょ~ぶ? 多分危なくなるよ~?」
「戦場なら団長の救護で慣れてるので、大丈夫です!」
アルたちが着いてきてほしい、と頼んだ訳ではない。
寧ろセリナが自主的に着いていきたい、と志願したのだ。
神出鬼没の看護師とはいえ、おっとりした少女であるセリナが鉄火場に飛び込んで大丈夫か、カヨコやムツキは気にしている様子だった。
「それに……先輩には何も言われてませんけど、なんだかお手伝いしないといけない気がするんです」
「そ~なの?」
「はい。救護騎士団として、頑張らないと、って!」
「ううん、大丈夫かな……」
ミネの不在は、セリナにささやかな克己を促していた。
あれだけ頼れる団長は、今はいない。だが救護の務めは依然存在するのだ。
ならば己で救護すべき相手を選び、救護に努めるしかない。
そういった必要性が、セリナが成長するきっかけを与えていたのである。
「……セリナさんなら、大丈夫、だと思います」
「ハルカちゃん?」
「セリナさん、いつも、シャーレの仕事で私が倒れそうな時、必ず手当してくれるので……信頼、できると思います」
心配するカヨコたちを諭したのは、ハルカであった。
いつもおどおどして、時たま暴走する彼女は、人を褒める時(特にアルを褒める時)は雄弁で、確かなことを言う。
彼女の擁護を一番意外に思ったのはセリナだったが、同時に一番嬉しく思っていたのもセリナだ。セリナは背筋を伸ばし、うんと元気よく敬礼した。
「ハルカさん……はい! 救護なら、お任せください!」
「あ、その。私なんかがセリナさんをスゴいと言っておこがましいですよね……す、すみません死にま」
「全然! すごく嬉しいですよ! これからも頑張って救護しますからねっ!」
「ひえぇ!? あ、ありがとうございます……!」
「セリナちゃんすっごい元気だね~」
「きっと嬉しいんでしょう。だってハルカが褒めたんだもの」
ハナエよりは落ち着いた性格でこそあるが、セリナもまた明るく、快活で、そして善良な生徒である。
そして信頼に対して充分な努力を行わねば、報いることはできないことを、セリナはミネやチヨコの背を見て学んできた。
なればこそ、ハルカが勇気を出して信頼を捧げてくれたことに、いっそう奮起して報いねばならない。セリナは純真に信頼へと奮起した。
「楽しい罠はた~っぷり仕掛けたけど……目的のコンテナは?」
「まだ移動中。これから迎えに行く」
「そ、それを運んで、船まで積んで……」
「船が出港すれば依頼は達成! 大金は私たちのものよ!」
段取りよく仕事を進め、アルたちは一度港を離れコンテナを取りに向かう。
見張りは置かない。港湾施設の職員や輸送船の船員たちはトラブルが起きることは百も承知といった顔で、「例のコンテナはそこに運べ。時間厳守」とだけ言い放ったからだ。
「あれは金で買われたね~」
「買われた、ですか?」
「予約のようなものよ。トラブルを見逃す為に金を貰った、ということ」
「せ、先輩が……?」
「そうじゃなきゃ、コンテナを狙う相手がより厄介になるかな」
船員の買収が依頼主の意に反する者であればアルたちが首尾よく運べても詰みとなるが、実のところ、そうであってもアルたちは特に困らない。
これは全額前払の案件であり、目的はコンテナを船に納めること。
仕事さえこなせば金を返せと相手は言えないし、言わないだろう。金を返せと自分たちと関わりを持ち続けることこそ不正の証拠となり、より大きな不利益となるからだ。
だから関係ない。コンテナさえ船に積めばいい。何があろうとも……
(けれど、すべて完璧にこなしてこそ真のアウトローだわ!)
(((完璧にこなそうと思ってるんだろうなあ……)))
……そう。例え自分たちのリーダーがそんなことを考えていなかったとしても。
「何があろうとも」、カヨコたちは「まず」、コンテナを船に積むことから考えるのだった。
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次回は2024/03/31 23:00頃を予定しております
(業務+章クライマックスにより加筆部分が多いので1日頂戴致します)