黄瀬チヨコが168cmです
黄瀬チヨコはお菓子が好きだ。
作る上で曖昧な表記がなく、適切な理解と工程が求められる様は製薬のそれに似ている。
しかし作ったところで嫌がられない。
人を笑顔にする、魔法の薬なので大好きだった。
「チヨコさん。だからといって、餌付けをしすぎないように」
「羽川さんも、あ~ん♪」
「ぐっ……あ、あ~ん」
「ハスミ先輩、誘惑に負けちゃダメっすよ」
正義実現委員会。
ティーパーティーの下部委員会であり、トリニティ総合学園における治安維持部隊である。
所謂警察の役割を担っており、あらゆる有事に備えて対応する武力を備えた集団だ。
彼女たちの武力を恐れ、目につかないところに移る不良も少なくはない。
「かわいいねえ、かわいいねえ。ほら、もひとつおたべー」
「あ、あーん……」
「ちょこパイも止まってほしいっす。その人は下級生じゃないっす。同級生っす」
そしてチヨコにとってはかわいいかわいい生徒たちがチピチピチャパチャパやっているなかよし委員会であり、その負傷率から、救護騎士団のお得意先でもある。
顔を出す度に必ずと言っていいほどお菓子を差し入れするチヨコは、いつの間にか下級生たちの「お菓子のおねえさん」となっていたのだ。
雛鳥のように口を開ける正義実現委員会の下級生たちと、ついでに副委員長羽川ハスミの口に、ひとくちサイズのお菓子を詰めていく作業は、チヨコにとっては楽しい恒例行事である。
「大丈夫だよ仲正ちゃん。これも救護の道、決して行いの責を疎かにはしないよ」
「おお……流石、救護騎士団沈着の副長ことちょこパイセン。それなら安心……」
「これ、キシリトール入りだから! 虫歯の可能性は低ぅい!」
「できないっすね。対策してほしいのはそこじゃないっす」
二年生として下級生の指揮を執る仲正イチカは、勘弁してくれという笑顔を張り付かせる。
なんでもそつなくこなす優秀な生徒だが、少々我を抑え気味な点は否めない彼女もまた、去年はチヨコの差し入れをバリバリ貪っていた身。
下手な運動系の部活より訓練と実働、パトロールが多い正義実現委員会において、カロリーの誘惑を跳ね除けさせるのは容易なことではなかった。
「チヨコさんを見ると、こう……安心しますね」
「うふふふ。羽川さんは全然大丈夫よ~、安心しておたべー」
「ああああ……明日が怖いっすよハスミ先輩……」
羽川ハスミと言えば、その大きな背と大きな翼、そして大きな体はトリニティの語り草だ。
ちちしりふとももつばさのおばけだとか、あまりにもデカ過ぎる存在として語られる彼女は体重に些か過剰なコンプレックスを抱いており、事あるごとにダイエットに勤しんでいる。
しかし、そんなハスミを身長以外のあらゆる点で上回る体積の持ち主であるチヨコが餌付けをすると、ハスミは精神のタガを少々外してしまうようだった。
明日体重計の上で嘆き苦しんだ末、訓練を倍に増やすであろうハスミを想像し、イチカは青い顔をした。
「そういえばチヨコさん、ミネ団長はどちらに?」
「ミっちゃんならシスターフッドにご挨拶してるよ。ほら、シスターフッドは施療も自前でやること多いから、私はご縁が薄くってさ~」
「確かにヨハネ分派の首長であるミネ団長が挨拶した方が、あちらも受け容れやすいですか」
チヨコが主に交流しているのは、救護騎士団として取引がある相手が殆どだ。
ティーパーティーや正義実現委員会は勿論のこと、各部活動への薬箱の提供や治療費の保険適用など、外回りも決してないわけではないが、治療も薬も必要としない、自助努力を是とする集団とは関わりが薄い。
とはいえチヨコとしても病院と関わりなど薄い方がいい、という意見には頷けるので、それはそれで悪くない関係だと考えていた。
「ところで羽川さん、そこのちっちゃい子は?」
「え? ああ……コハル。ご挨拶なさい」
「ぅ……こ、こんにちは」
餌付けをひとしきり楽しんだ後で、チヨコは餌付けにかからず、ぴったりとハスミにひっついていた少女を覗き込む。
桃色の髪と、頭と腰から伸びる黒い四翼。翼を持つ子の中でも興味深い特徴を持つ彼女は、おずおずとチヨコを見上げて自己紹介した。
「し、下江コハル……1年、です。正義実現委員会の、押収品管理、してます」
「あらぁ、コハルちゃんって言うんだぁ。1年生で物品管理できるのえらいね~」
「えへ……う、うん。がんばって、ます」
ぴかぴかの1年生であるコハルは、まだ正義実現委員会以外の人々を見慣れてはいないのだろう。引っ込み思案に自己紹介した彼女を、チヨコはにこにこ笑顔で褒め称えた。
控えめに笑うコハルは上級生ほど可愛く映るもので、チヨコもハスミもデレデレである。
「そっかそっかぁ、えらいね~。お菓子、食べる?」
「う、うん、食べる……」
「良かったですね、コハル」
「はい。……ちょこ副長、ありがとうございます」
「うんうん、コハルちゃんに食べてもらえて、お菓子も喜んでるよ~」
コハルがこりこりと両手で齧る様は、なんとも小動物めいて愛らしい。
早朝、救護騎士団の炊事場で懸命に焼き上げ、セイアに頼んで担架や卸した医療品と共に搬入した甲斐があったと、チヨコは内心でガッツポーズしていた。
「今後は1年生も訓練から実務戦闘に移るので、怪我をする子も増えると思います。叶うならパトロールに、救護騎士団の同伴を希望したいのですが……」
「ん~、それより、医療キットの携帯を標準化した方がよくない? 頭数が分散すると、治療効率が落ちちゃうしさ」
「一理あります。しかしあまり嵩張るものを携帯させるのは、下級生の過度な疲労に繋がってしまい、余計に治安維持を損なうかと思うのです」
「それはそうだね……ちょっと待ってね、カタログ出すよぉ」
そんなボディもハートもゆるふわむちむちな彼女たちだが、ひとたび実務の話となると途端に冷静で鋭利になっていく。
互いの利益を確保しつつ、より自分たちの組織に得があるのはどの選択かを定める舌戦の気配を察し、イチカはそっとふたりからコハルを遠ざけた。
「ほらコレ、カイザーメディカルの出した軽量型医療キットなんだけどさ。プロテクターの内側に医療キットを忍ばせられるの。安いし便利、全隊員に揃えるならアリじゃない?」
「カイザー系列の製品は確かに安いですが、信用があまり置けないのがなんとも。この前買ったライオットシールドは、ショットガンの直撃で凹みましたから」
「性能ならミレニアムの警備部御用達メーカーから漁るのはどう? ミレニアムの2世代型落ちでも、ウチなら最新鋭って言って過言じゃないでしょ」
「私たちもティーパーティーの下部組織ですから、型落ち品を使うのは外交上ちょっと難しいですね。ゲヘナに露見すると、懐事情を疑われそうですし……」
「でも、実際苦しんでしょう?」
「火の車というほどではありませんが、ティーパーティーから突き上げは多いですね」
「んー、だとするとご機嫌取りもできる形でやるのがいいか……」
チヨコが装備購入を勧めるのは、偏に救護騎士団の負担軽減を願ってのことだ。
治療というのはとにかく人手も物資も要する行動であり、それ故に救護騎士団はある程度まとまった人数で行動することが多い。
その人員を更に正義実現委員会のパトロール同行に割くのは非効率的であり、救護騎士団の人材育成に貢献しないであろうこともあって、そんなことをするくらいなら身銭を切って薬を買え、と迫っているのである。
対して正義実現委員会の内政を握るハスミは、如何に予算を使わず、如何にプロであるチヨコから効果的な案を引き出すか、に注力していた。
ハスミもティーパーティーの権謀術数から委員を守り、そして活用するかを考える身の上。この程度の腹芸をこなすのは日常茶飯事なのである。
(これをハスミ本人に言ってはいけない。必ず話が拗れる)
「んもう、羽川さんはホントに気が回るね~?」
「チヨコさんほどではありませんよ」
これもトリニティ特有の丁々発止。
ここで組織を回すならば、このくらい舌を動かせねばやっていけないのであった。
「んー、じゃあミレニアム警備部の制式採用装備をロールインしたいから、トリニティの服飾系部活に公的事業って形で着手するよう声かけてよ。ウチも使いたいし発注含め、費用はこっちで身銭切るから」
「いいですけど、デザインと機能はこちらで監修しますよ」
「いーよいーよ。その代わり、同梱する薬品はこっちで決めさせてね」
「わかりました。ではそれで手を打ちましょう」
本来ならこういった話は正式な交渉の場で行うべきだが、商業的取引のきっかけというのは、得てして社交の場から始まるものである。
今回のやり取りで正義実現委員会は無償で最新式の装備を、救護騎士団は今後の安定した医薬品の販売ルートを手に入れることとなった。
両者にとって得の多い、甘いやり取りである。
「いやスピードえぐ……」
いつか自分がそれを請け負わねばならないと思うと、イチカは少し気が遠くなった。
コハルが気遣わしげに見上げていなければ、貧血を起こし卒倒していたことだろう。
「では、細かい部分は後ほどするとして。ミレニアムへのツテはありますか?」
「あるある。あっちの薬も買い漁ってるからね。その方面で切り込んで……」
そうして、和やかな会話にふたりが戻ろうとした時。
遠くで何かが爆ぜる音と、悲鳴が聞こえてきた。
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次回は2024/02/14 23:00頃を予定しております