救護の手にクリームを   作:救急パックA

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なんだか格別の好評を賜っているようで、恐縮の至りです。
皆さんの感想をいつもありがたく頂戴しております。
これからもバンバン貰いたいです。ハッピーバレンタインですし。
これからも黄瀬チヨコをよろしくお願いします。


戦車と哲学

「今の音は?」

「さあ。余興でないことだけは確かですね」

 

今なお響く発砲音に、正義実現委員会の面々が立ち上がる。

ティーパーティーの下部組織とはいえ今は招待客なので、政治的にはティーパーティーの儀仗兵に任せるのが面子を立てる最善なのだが、そのような瑣末事の為に正義を辞するならば、彼女たちはこの委員会に属していないことだろう。

 

「儀仗兵の方々を手伝ってきます。チヨコさんはどうなさいますか?」

「ん~、私は様子見するよ。薬と担架の用意しておいた方がいいだろうし」

「わかりました。イチカ、全体の指揮は私が執るので、下級生の面倒を見てください」

「はいっす。じゃ、みんなお仕事行くっすよ~?」

「「「おー!」」」

「がんばって~」

 

銃を手に走り去る正義実現委員会の面々を見送りながら、チヨコは手帳に「正実:38人」と記帳する。彼女たちが怪我をすることを前提としたメモだったが、全滅を見込んでのものではなく、彼女たちが全員果敢に戦うことを知っていたからだ。

そしてすぐさまモモトークのグループチャットを開き、パーティーに参加する救護騎士団の面々に「緊急招集、ミネ団長以外は天幕内備蓄倉庫へ集合」と送信した。

 

(ミっちゃんは今頃もう戦場でしょ。私も私のやるべきことをしないと……)

 

それはチヨコなりに考え抜いた、賢明で効率的な医療体制の維持プランだった。

非常通路は全員頭に叩き込んでおり、こういう時の為に訓練を重ねた救護騎士団の面々なら、5分もかからずに救護拠点を整えられるだろう。

戦火が激しいようなら補給基地に形態を移行させ、正義実現委員会の後方支援を実行すればいい。

あとは蒼森ミネが壊し、救護騎士団が治すだけである。彼女のプランは実に優秀だった。

 

落ち度があるとすれば、やはりチヨコが前線に立つ人間でないことだろう。

「不良」という存在が、どれだけ無軌道かを、彼女は時折忘れてしまうのだ。

 

『ヒャッハァーッ!』

「……うそぉっ!?」

 

チヨコが跳ね飛んだ瞬間、後から広がってきた爆風が彼女の背中を押しのけていく。

天幕を突き抜けて顔を覗かせてきたのが、戦車の砲塔であることに気付くのが遅ければ、きっとチヨコも砲弾の餌食になっていたに違いない。

爆風に吹き飛ばされ、チヨコがごろごろと転がる。日頃の訓練がチヨコに受け身を取らせてくれたが、その光景は戦車の持ち主からすれば黄色い肉団子が転がるようだった。

 

「もう、なになになんなの……!?」

『ぎゃはははは! デブが転がったぞ、ストライクだ!』

『おい豚、百合園セイアを出しな! 身代金たっぷり取ってやるんだ!』

「ああ、そういう……」

 

戦車のハッチから不良が顔を出し、拡声器で喧しい嘲り声を響かせる。

なんと恐れ知らずの所業だろう。天幕を突き破ってきた戦車によって、パーティー会場はめちゃくちゃに荒らされていた。それに気づいた招待客たちがきゃあきゃあと悲鳴を上げている。

中には抵抗すべく銃を構えている者もいるが、招待された生徒はどちらかというと人質になる側のお嬢様が大半だ。戦力としての期待は難しいだろうとチヨコは見切りをつけた。

 

「ううん。私、ティーパーティーのふとっちょさんじゃないんだけどな~」

『アタシたちドカドカヘルメット団に楯突くとどうなるか、まずはテメエで見せしめにしてやってもいいんだぞ、エェッ!?』

「うう、そんな大声出さなくてもいいじゃない」

 

チヨコは耳を伏せながら、恐る恐る戦車を見つめる。

見たところ型落ちの戦車であり、塗装はされているがゲヘナの払い下げ品のように伺えた。それでも戦車は戦車であり、並の銃弾は弾き飛ばし、敵の群れは吹き飛ばし、障害は軽快に踏み潰していくことだろう。

だから、今ここで自分が対処するのが最適。チヨコはそう考えた。

 

「えいっ」

 

チヨコは不良たちに降伏するように両手を挙げる。

ついでに、ポケットから取り出した小袋を戦車に放り投げてみせた。

 

『エッ』

『ア?』

「不幸のお裾分け~」

 

小さな小袋は、赤い粉を撒き散らしながら戦車の内部に転がり込む。

ゲヘナの戦車は、ゲヘナ固有の火山灰を防ぐ為に密閉仕様である。然るに、袋の粉は機内に充満し……

 

『ゲェーッホゲッホゲッホゲホ!?』

『辛ッ!? 痛ァッ!? うぎゃああ!?』

『ゴボーッ、ゴボボーッ!?』

「うーん、レッドペッパーは流石にやりすぎたかな」

 

不良たちは逃げ場もなく、舞い散るレッドペッパー……催涙剤をもろに浴びた。

防毒マスクなどの高級な装備ではないため、ヘルメットなどとても被ってはいられないし、戦車にも留まってはいられない。阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれたのは不良たちの方で、這々の体で戦車から這い出ていった。

 

「て"っ、て"め"え"……! な"ん"て"も"ん"を"……!」

「えい」

「アッフン」

 

這い出てきて尚、闘志が残っていた不良に対し、チヨコは愛用するダーツガンで発砲する。

射出された矢筒には生徒向けに調整された麻酔が仕込まれており、不良はたちまち昏倒した。

他の、息も絶え絶えな不良たちにも同様に麻酔ダートを浴びせ、チヨコは瞬く間に不良たちを制圧していく。

 

「ふう。なんとかなるもんだね」

「す、すご……」

「ひとりで戦車制圧しちゃった……」

「はーい、危ないからあんま近寄らないでね~」

 

様子を伺っていた招待客の生徒たちが目を丸くしている中、チヨコは倒れ伏す不良たちに点眼と軽い清拭を施す。

催涙剤は無力化の手段としてはその凄惨な効果に反して非常に高く、傷害を与える割合も少ないものだが、適切な治療を施さねば肌荒れや目の痒みに繋がってしまうものだ。

(少なくとも、キヴォトスではそうだ)

なのでキヴォトスではあまり好まれない手段ではあるし、チヨコとしても好き好んで使うものではないと考えている。そんな手段を使った以上、適切な治療を施さず放置するのは、チヨコにとっての救護の道に悖るものだった。

 

「ごめ~ん、拘束はお願いしても大丈夫~?」

「は~い★」

「あらぁ?」

 

戦闘車両の投入は予想外だった為、一刻でも早く救護騎士団と合流しなければならない。

そう考えて招待客の生徒たちに呼びかけたチヨコだったが、後ろから聞こえるソプラノボイスに首を傾げる。

 

「聖園ちゃん?」

「聞いてたよね? いい感じに簀巻きにしといて、そこの戦車もどけちゃって★」

「はい、ミカ様」

 

チヨコの隣に立っていたのは、本来護衛されている立場であるティーパーティーの3人だった。

お気に入りの短機関銃を携えたミカが引き連れたパテル分派の生徒たちは、ミカの粗雑な命令に唯々諾々と従っていく……ちゃんと防毒マスクをしている辺り、もっと脅威度の高い襲撃を想定していたのだろうか、とチヨコはぼんやりと考察していた。

 

「もー、ダメだよチヨコちゃん。チヨコちゃんは招待客なんだから、パーティー楽しんでて?」

「いやーキツいでしょ~、ぼんやりしてたらいきなり戦車だよ~?」

「あはは、刺激的じゃん?」

「私は甘いお菓子食べてぽやぽやしてたいの~」

「え~、ぽよぽよなのに~?」

「ぽよぽよだからだも~ん」

 

軽い調子で退避を促すミカに、チヨコも軽い調子で笑い返す。

パテル分派の生徒たちの睨む目は鋭いが、ミカは気にした様子がない。なのでチヨコも努めて自然体で接することにした。文句があるならちゃんと言え、がチヨコの基本スタンスである。

 

「というか、聖園さんはともかく桐藤さんや百合園さんまで前に出るの?」

「チヨコちゃん?」

「ええ。ミカさんがいれば不良など相手にはなりませんから」

「ナギちゃん?」

「むしろミカを相手取る不良たちが哀れでならないな。きっと深いトラウマになるだろうから、その為の救護が必要なのではないかな」

「セイアちゃん!?」

 

ティーパーティーの武断派は武力がないと成立しないとでも言うのだろうか。

普段積極的に振るうことがないだけで、ミカの戦闘能力は恐ろしく高い。

ひょっとするとミネといい勝負ができるのではないか、チヨコでさえそう思うのだから、幼馴染であるナギサたちは尚のことだろう。

 

「ねーちょっと扱い悪くない!? 私にだってか弱いとこあるんだけど!?」

「アッ耳めくんないで、大丈夫聞こえてるから」

「やめるんだミカ。耳は色々デリケートな部分なんだよ」

「セイアちゃんだって人の翼で羽毛布団かまそうとするじゃん! おあいこだよ!」

「え」

「ミカ」

「セイアさんはミカさんと私に片翼ずつ挟まれるのがマイブームですものね」

「わぁ」

「ナギサもやめないか。私は片方ずつにしか頼んでいない」

「わあ……」

「……いや、枕の話だよ?」

 

よもや爛れているのは政治だけではないとは。

全力で聞こえないフリをするティーパーティーの生徒たちへ同情しながら、チヨコは耳をふさいで聞こえてないアピールをした。

勿論悪用などしない。三頭のバケモノに対して、三頭すべてに喧嘩を売ることはないだろう。チヨコは賢明だった。

 

「とはいえ、敵の戦力をこちらに集中させると、こちらも相応の火力で相手することになります」

「ない、とは言わないんでしょう?」

「まあ、そうだね。けど、トリニティ・スクエアを穴ぼこだらけにしたくはないのも事実だ」

「というわけで、チヨコちゃんに頼みたいことがあるんだ~★」

「……なぁに~?」

 

ティーパーティーの三人が結託して頼むことなど、およそろくなものではない。

そうチヨコの直感が告げていたものの、それでも緊急時の依頼を無碍にするのは救護の道に反するだろう。そうなればミネの立ち位置を糾弾する材料となりかねなかった。

渋々耳を傾ける素振りをするチヨコに、ミカは笑顔で友人を持ち上げ、差し出した。

 

「セイアちゃんの相手、お願いね★」

「やさしくしてあげてくださいね」

「わ、私を枕営業の坩堝に叩き込まないでくれるぅ!?」

「チヨコ、営業はしてない。……たしかに君の身体は寝心地は良さそうだが」

「せめてお金は払ってよぉ!!」

「君はそれでいいのか?」

 

セイアを抱かされたチヨコは、顔を真っ赤にしながら金銭を要求した。

当然ながらティーパーティーの猥雑なる枕営業事情など存在せず、日頃昼寝に興じるセイアが最適な枕や毛布を探しているだけなのだが、チヨコもうら若き乙女であり、ミカとナギサがノリノリで騙しにかかればそれを信じ込む程度には初心な面も持ち合わせていた。

とはいえ貞操の危機と判断しても、しっかり利益は確保しようとするのはチヨコらしい部分である。

全身が沈みこむ、チヨコのもちもち肉布団は最高のお昼寝ポテンシャルを秘めていた為、どこまでなら譲歩していいか真剣にセイアは考慮していたが、流石に尻尾の芯まで毟られるのは御免被るので手を引いたのだった。

 

「リスク分散だよ、チヨコ。私を救護騎士団の補給基地に置いてほしいんだ」

「あ、ああ、そういう……」

「正実は前線で戦っていますから、政治的に中立である、救護騎士団に依頼するのが一番都合がいいのです」

「セイアちゃんよくわかんないことばっか言うけど、テキトーに聞き流していいから! じゃ、お願いね~★」

 

それは敵の主目的を前線から遠ざけつつ、ティーパーティー3人が全員捕縛されるリスクを防ぐ為の軍事作戦だ。

しかしチヨコは、同時にティーパーティーと救護騎士団の共同作戦を展開することで、繋がりを強化するための誘いかけだということも確信していた。

政治と軍事、両方を満たす優秀な作戦。駒を上手く配置するこのやり方は、ナギサによるものだろうとチヨコは推測する。

そしてそうまで見きった上で、自分がこれを突っぱねる道理を持ち合わせていないことにもチヨコは気づいていた。

 

「救護が必要な場に救護を、そうですよね?」

「……そりゃ、勿論だよぉ」

 

百合園セイアの保護は、間違いなくトリニティ全体の為となる救護活動だった。

 

***

 

「で、なぁんで私は百合園さんを抱っこさせられてるのかなぁ」

「私が病み上がりであることは、チヨコもよく知っていると思うのだがね」

「お望みならファイアーマンズキャリーで運んであげていいんだよぉ?」

「いやぁ格別の御厚遇に痛み入る限りだ。君は最高の布団だよチヨコ」

「落とすよぉ!?」

 

セイアをお姫様抱っこで抱えながら、えっちらおっちらとチヨコは補給基地まで移動する。

文句こそ言ってはいるが、セイアは抱えられ慣れているのか余計な動きもせずに腕を回しており、元々の体重も相まって羽のように軽い。

医療物資を運ぶ訓練に比べたら、セイアを抱える程度は銃を構えながらでも容易に行える程度だった。それでもチヨコは落とさないよう、セイアを両手で抱え、夜風で風邪をひかぬよう自身のケープで包んでいた。

 

「ところでチヨコ。君は七つの古則について興味はあるかな」

「んもう、そういう禅問答はミっちゃん向きなんだけど……」

 

七つの古則、或いはジェリコの古則。

キヴォトスに昔から伝わる謎掛けのようなもので、哲学の基礎とも言える概念だ。

 

二.「理解できないものを通じて、私たちは理解することができるのか」

五.「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか」

 

これらの問いに様々な解釈や認識を照らし合わせることで、それらしい納得と共感をすり合わせる物差しである、とチヨコは理解している。

要は暇つぶしに互いの理解を深めたいと、セイアは言っているのだとチヨコは認識した。

 

「これって何番が聞きたいやつ? 二番?」

「個人的には五番かな」

「時間がないから、私の解釈を一方的に述べるよ?」

「うん、聞こうじゃないか」

「……まず、至上の満足と喜びがある楽園という条件が、各々の定義によって異なるが為に、楽園とはひとつところに存在しないよね、って感じ」

 

チヨコの持論はこうだ。

満足、幸福、それらは人によって定義の異なるものであり、個人個人によって解釈の分かれる部分である。

故に「楽園の実在を訴える」ことは容易であるのだが、実証は難しい。

楽園の存在を共有し、楽園を多数が認知した時、その誰かひとりでも楽園を否定すれば、楽園は楽園であると実証されなくなってしまうからだ。

 

「だから、個人個人にとっての楽園は確かに存在する。けれど、それを証明しようとすること自体が楽園を破壊する行いになる。だから実証は絶対にできない」

「……成程。その価値観は、ミネを支える君らしいね」

「そうだね。私たち救護騎士団こそが、古則が訴えかける理解や証明の否定形なのかも」

 

団長が壊し、救護騎士団が治す。

それは美しい協力関係の証左ではあったが、その実、ミネにとっての楽園をチヨコが完全に理解できているわけではないのだ。

ミネの悲憤を、チヨコは完全に汲み取れない。チヨコはそこまで世界に憤りを感じたことがないが為に。

ミネの理想を体現する手伝いをするのがチヨコの役目であり喜びであるが、それを全うできるとは、チヨコは思い上がっていなかった。

 

「けれど、けれどね。だからといって無駄だとは思わないよ」

「何故? 至上の満足と喜びがあると言われる楽園から外に出る者はいないはずであり、楽園から外に出る者がいるならばそこは楽園ではない。これは楽園の存在証明に対するパラドックスだよ」

「真実や正しさだけが人を救うとは、限らないからね」

 

セイアはきょとんとした顔でチヨコの顔を覗こうとするが、チヨコの分厚い乳房に阻まれてそれは叶わなかった。しかしその声は、いつものふわふわしたものよりずっと力強く、確信に満ちているように聞こえる。

 

「どれだけ自分の愚かしさを呪っても、どれだけ今が苦しくても……誰かの理想を信じて、守らなきゃいけない時があるんだ」

「チヨコ、君は……」

「さあ、ついたよ。ちょっと眠りこけるのは無理そうだけど……」

「……ッ!」

 

床に降ろされて初めて、セイアは自分とチヨコの置かれた状況を理解した。

搬入路近くの備蓄倉庫は徹底的に荒らされ、救護騎士団やティーパーティー、正義実現委員会の生徒たちが呻きながら地を這っていた。

下手人は遥か遠く、戦車の砲塔をこちらに差し向けながら沈黙している。

……不良たちではない。メタリックな身体を持つ、大人たちだ。

 

「こちらブラボー3、ターゲットの百合園セイアを確認した」

「……そうか。未来は、此方側だったか」

 

セイアは目を伏せ、チヨコは麻酔銃を構えた。




お読み頂きありがとうございます。
次回は2024/02/15 23:00頃を予定しております
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