救護の手にクリームを   作:救急パックA

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30分の遅刻、申し訳ありません
推しは蒼森ミネです、よろしくお願いします


救護とクリーム

 

黄瀬チヨコは戦巧者ではない。

特別なスピリチュアル・パワーは持っていないし、身体能力に優れているわけでもない。

少し頭が回るが、根本的に彼女は薬剤師、裏方なのだ。

 

「そこの生徒。大人しく投降し、百合園セイアを渡せ」

「いやぁ、ははは……モテモテだねえ百合園さん」

「正直、嬉しくはないね」

 

だから、戦車の群れをチヨコがどうにかする、などという期待はできない。

それはセイアも承知していたようで、彼女は観念したように脱力する。

しかし、チヨコはそれで諦めることはしなかった。

 

「仕方がない。チヨコ、君だけでも逃げたまえ。私はまあ、悪いようには……」

「ダメだよぉ」

「……チヨコ」

「言ったでしょ。誰かの理想を信じて、守らなきゃいけない時があるの。それが今」

 

それが誰の理想かを、チヨコは言わなかった。

けれど、セイアの前に立ち、戦車の群れをその身で阻むチヨコの姿は、セイアの気を変えるには充分だったらしい。

 

「……チヨコ、君は3分間、そこで立っていられるかい」

「任せて~」

 

確認するようなセイアの言葉に、チヨコは軽く頷いて見せる。

まるで「守ることができる」と信じて疑わない姿に、大人たちが苛立たしげに自身のスピーカーからノイズを鳴らした。

 

「繰り返す。百合園セイアを渡せ。我々は貴様に興味はない。それは転じて、貴様に砲撃を行うのを躊躇しないということでもある」

「急いでるんでしょう?」

「……」

「不良たちを陽動に、裏から補給基地を叩いて百合園さんを確保する。そういう作戦。でもそもそもの目的は、不良たちの言うティーパーティーへの身代金要求じゃないよねぇ」

 

チヨコは大人たちが思う以上に、頭が回る生徒だった。

余計なことを言わないよう、慎重な機械の大人たちが口をつぐんだのを見て、チヨコは更に言葉を繰り出していく。

 

「トリニティ総合学園を敵に回す。それがどれだけリスクの高い行動か、知らないわけじゃないでしょうに、貴方たちはそれを実行した」

「……」

「つまり、実行の時点で一定の得が見込めるわけだ。事実パーティーは台無しで、正義実現委員会は、ティーパーティーは何をやってると糾弾する材料が揃ってる」

「……」

「その時点で、貴方たちの雇い主はもう得してる。貴方たちの成否は、貴方たちの上司にとってどうでもいいんじゃない?」

「……!」

 

沈黙こそ何よりも雄弁な肯定と見て、チヨコはニタリと笑う。

チヨコは大人たちが思う以上に、頭が回る生徒だった。

今、こうしてペラ回しを繰り広げるのも犯人を暴くためではない。

「ここに大人がいる理由が何か?」を今まさに考え、確信している風を装って喋り立てる。

それによって、自身の潜在的な脅威度を高く見積もらせる。

挑発。それ自体が、彼女の狙いだ。

 

「貴方たちの装備。それ機動力に優れたものでも、制圧力に優れたものでもないよねえ」

「……黙れ」

「装甲が厚くて、密閉性も高くて……むしろ、防衛能力により優れた戦車でしょ。並べるだけで城塞になる、信頼性の高い、不良たちの奴より2段ほど性能のいい型落ち品だよねえ」

「黙れ」

「貴方たちってさ、元々警備の人なんじゃないの~?」

「黙れと言っている!」

 

沈黙に耐えかねるように、戦車の砲弾がシャンデリアの一部を打ち砕いた。

粉々になって降り注ぐガラス片に、生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、チヨコは乾いた笑みを浮かべて立ち続けている。

足は震え、耳は爆音を防ぐ為に閉じきっている。しかしそれでも、チヨコは笑おうとした。

 

「もう沢山だ! これ以上探偵ごっこに付き合う気はない!」

「ああ、そっか。カイザーコーポレーション」

「……ッ!」

「思い出したよぉ。カイザーコーポレーションが警備事業を刷新するからって、戦車を一部売却したってニュース」

「撃て」

「ブラック・マーケットに流れれば不良が買って暴れるからって、正義実現委員会が新入生の訓練を急いでた。それは肩透かしに終わったと思ってたけど、実際は台帳につけない非正規部隊として運用する為だったんだねぇ」

「撃て撃て撃て! それ以上喋らせるな!」

 

砲弾が束のようにチヨコ目掛けて放たれる瞬間、チヨコは固く目と口を閉じた。

きっと痛いだろう。入院でもするかもしれない。そうしたら度合いによるが、看護の実験台になろう。きっと新入生は血管取りに失敗するだろうから……

そのようなことを考えながらも、チヨコはセイアの壁となる為に立ち続けた。

すべては、彼女の信じる救護の道を、信じる為に。

 

.

..

……しかし待てども待てども、意識は遠のかず、爆風の熱や痛みもなかった。

ひょっとすると、もう病院の上だろうか。それともヘイローが壊れてしまったのか?

恐る恐るチヨコが目を開けると……

 

「……ぁ」

「救護要請を請け、馳せ参じました」

 

……チヨコに、セイアに怪我は、ひとつもなかった。

地面に突き刺されたライオットシールドに阻まれた爆風は、後方の怪我人たちにも届くことは叶わず、砲弾の破片もすべて散り散りとなっている。

チヨコを庇うように立ち塞がった彼女は、正しく仁王立ちで以て戦車隊と対峙した。

 

「救護騎士団、蒼森ミネ。これより戦場に、然るべき救護の手を差し伸べます」

「ミっちゃん……!」

「チヨコ、よく頑張ってくれましたね」

 

援軍1名。

救護騎士団、団長 蒼森ミネ。

チヨコが稼いだ3分間で駆けつけた、チヨコを救護する者である。

 

「本件、救護に要する最低人数ですが……私と貴方で何人分になりますか?」

「ミっちゃんが壊して私が治すんだから、100人分だよ」

「そうですね。そうでなくては」

 

簡潔なやり取りの後、ミネとチヨコは互いに背を向ける。

何をすべきかなど、確認するまでもない。救護騎士団は救護を執り行う者たちだ。

指揮などなくとも、各々成すべき救護を成すのである。

 

「なんっ……なんだお前ッ。戦車10両の一斉砲撃だぞ、それを……」

「私は、悲しいです」

「!?」

 

戦車10両の一斉砲撃。

まともに受ければどのような生徒であろうと倒れ伏すであろうそれを受けて、ミネは倒れるどころか、大した怪我を負った様子もない。

ミネの規格外の耐久力に慄く大人たちに、ミネは冷たい、しかし闘志溢れる眼差しで言い放った。

 

「今日は多くの人々が楽しみ、新しき日々を言祝ぐ宴の日です。己の楽しみ方を押し付ける、それはまだわかります」

「な、何を……」

「しかし聞く限り、貴方たちは意図して祭典を台無しにしようと試みた。そしてセイア様を誘拐せしめ、生徒の安寧を脅かさんとしている」

「何を、言っている! 当たり前だ、これは仕事で――」

「人を傷つける行いが、当たり前でなどあってはなりません!!」

 

蒼森ミネは憤慨した。

社会の模範となるべき大人が、仕事という名目で祝うべき祭典を台無しにしていることも。

仕事という名目で、人を傷つける行いを当然と宣ったことも。

愛すべき後輩を、トリニティの象徴たるセイアを、共に並び立つ親友を傷つけんとしたことにも、激しい怒りを燃やした。

 

「理解しました。貴方たちは業務という病を抱えている――」

 

そうして確信した。

この場には救護が必要であると。

 

「――私が貴方たちを、救護致します!」

 

だから蒼森ミネは石畳を割る勢いで跳躍した。

砲塔がミネを捕捉するより早く、ミネは戦車隊の上へと飛び上がる。

そうして彼女の類まれなる膂力を以て、ライオットシールドを地面に叩きつければ、その衝撃で戦車が地に浮き上がった。

 

「救護ォ!」

 

そうして浮き上がった戦車の履帯に、ミネはライオットシールドをねじ込む。

ライオットシールドの下に片足を支えとして添えれば、てこの原理によってミネの力は万倍となって戦車に襲いかかり――遂に戦車は、横倒しとなった。

 

「わあああああああ、ぎゃっ!?」

「次ぃ!」

 

這々の体で横倒しとなった戦車から這い出た大人たちを、ミネはショットガンの接射で制裁する。

指揮官を狩られた大人たちが慄く中、ミネは砲塔を殴りつけ、飴細工のようにひん曲げていった。

 

「……あれは。あれは夢かい?」

「ううん、百合園さん。あれは現実」

 

チヨコは怪我人を介抱しながら、衝撃に震えるセイアを支える。

その横顔にはもう恐怖はなく、安堵するようになすべき救護をなしている。

 

「あれが、うちの団長だよ」

「……そうか。私は起きているのか」

 

その熱が伝わるように、セイアも安堵するように微笑む。

救護の合間にチヨコが肩を撫でる度、セイアの震えは収まっていった。

 

「起きていると言われて寝ていたのは、これで初めてじゃない」

「うん」

「でも、たとえ夢だとしても……これは、いい夢だ」

「……うん」

 

殴り飛ばされる大人たちを、セイアはいつまでも見ていた。

チヨコは治療の傍ら、くすりを記す手帳に「百合園:蒼森ミネ」と記帳した。

 

***

 

「結局10両全部なぎ倒しちゃうんだもの。びっくりしちゃうよぉ」

「必要な救護であったと自負しています」

「それで手ぇ怪我したら、次の救護が滞るでしょ~?」

「必要な怪我です!」

「怪我はいりませんー」

「いたい!」

「必要ないたみー!」

 

結局、大人たちの画策は失敗に終わった。

彼らはティーパーティーとの取引でどこかに引き渡され、チヨコが真実を答え合わせすることなくどこかに消えた。

代わりにミネとチヨコ、そして尽力した救護騎士団たちに花の勲章が贈られた。

それで口を噤んでいなさい、そういう意図であるとチヨコは理解している。

 

「怪我はこれでよし。今更説明の必要はないと思うけど、軟膏はお風呂の度に塗って」

「勿論です」

「それと……これ」

「ん……」

 

ぱっくりと割れたミネの手の甲に軟膏を塗った後、チヨコは指先にハンドクリームを塗りつける。

指先を交えるように塗りたくられたそれを、ミネはじっと見つめていた。

 

「爪が割れると、救護の時に人の傷口を拡げてしまうかも。できれば毎日塗ってほしいな」

「……チヨコ、私は」

「ただ、爪はデリケートだから。もし塗るのが大変なら、私がやるよ」

 

そうして、きゅっと指と指を結ぶ。

ミネが壊し、救護騎士団が治すことは百も承知だ。

そこへ、ミネに躊躇いはない。それも知っている。

知っているけど、チヨコがそうしたかったのだ。

 

「貴方も、救護を受けていいんだからね」

「……はい」

 

ミネはただ頷き、救護を受け続けた。

それで何を思ったのか、チヨコは知らない。

ミネの考えをチヨコが理解するには、長い時間がかかるのだ。

しかしその時間を、チヨコは今、この救護で埋められる気がしていた。

 

救護の手にクリームを。

それは、チヨコにとって大事な人を救護する時間だ。




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次回は2024/02/16 23:00頃を予定しております
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