D.U地区、サンクトゥムタワー。
キヴォトスに存在する中央街であるD.U地区の、更に中央に存在する超高層ビルである。
学校=国家の図式が成り立つキヴォトスにおいて、学校間の行政や調停における仲介者を務めている連邦生徒会が務めており、トリニティ総合学園においても他校との調停に関する公証人や見届人としての誠実な立ち回りを大いに期待している。
「でも、せいじ? に大事な人たちが、救護騎士団にどう関わるんですか?」
「そこは複雑怪奇な事情があるんだけど~……今回はシンプルな取引だね~」
チヨコとハナエが待合室の少し固いベンチで待っていると、待ち人は時間通りにやってきた。
すらりとした肢体に対し、出るべきところの突き出たシルエット。それを無骨な制服とジャケットに包み込んだ彼女の腕には、「ヴァルキューレ警察学校」の腕章が飾られている。
「防衛室の依頼で参りました、ヴァルキューレ警察学校・公安局の尾刃カンナです」
「尾刃さん、久しぶり~」
「お久しぶりです、チヨコ副長。元気そうで何より」
カンナの顔の印象は狼、或いは猟犬といったところだろう。
職務のせいかやや傷み、くすんだ金髪の間から覗く目はぎらりと光っており、ハナエが射竦められたように身を縮こませる。
対してチヨコはカンナの印象をまるで気にも留めず、朗らかにハナエの背を撫でることで宥めた。
「この子はうちの、期待の新人さんだよぉ。ハナエちゃん、ご挨拶してねぇ」
「は、はい! 救護騎士団1年、朝顔ハナエです! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。今日はおふたりとも、刑務作業製品の確認と受け渡しに携わっていただくものと見てよろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫でーす」
「それでは、駐車場に行きましょうか」
カンナは鋭利な笑みを浮かべ、ハナエを震え上がらせる。
チヨコはその笑みがハナエを気遣って生じたものと知っているが故に、指摘はせず、ただハナエの手を握って安心させるだけに留めた。
きっと真相を知れば、一番落ち込むのはカンナだろう。知らぬが仏というものもあるものだ。
「副長、副長……けーむさぎょーせーひんってなんですか?」
「矯正局に入れられてる、生徒さんたちが反省のしるしとして作ったものだよ~」
「服役中の生徒が復学後、再び不良に身をやつすことのないよう、刑務作業を通して職工としての実技学習を行うのです。その完成品を、各校の皆さんにご購入頂いています」
矯正局。
キヴォトスにおいては、罪を犯した生徒が収監される施設だ。
しかしキヴォトスでは各校に自治権があり、自治圏内で起きた犯罪はその学校が裁くこととなる。
牢屋も各校それぞれにある為、矯正局に放り込まれるのは学校という後ろ盾のない生徒たち……退学済みの不良たちや、或いは学校が庇いきれなかった問題児が収監されている。
その為、彼女たちが作るものには社会的信用度がない。
「チヨコ副長は、救護騎士団で抱える基本的な製薬技術のいくつかを提供頂いています。お蔭で今年から、服役囚に薬学を学ばせることができました」
「おおー! 副長、すごいことしてたんですね……!?」
「ただの消毒液や軟膏の作り方だけどねー」
これを購入されることで服役囚が得られるのは、復学に足りるだけの、更生の実績だ。
(勿論、勉学と模範的服役によって更生を示す例もあるが、それはそれで難しい道である)
だが、社会的信用がない彼女たちの作るものは誰も買わない。だから値が下がる。
買わないから値が下がる。復学に充分な価値が薄まる。もっと買われなくては変われない。だから値が下がり、誰も買わなくなる……
「勿論トリニティの製薬会社とも取引を続けてるけど、医薬品の需要は年々上がってるからねぇ。ストックを貯める為にも、働ける人は喉から手が出るほどほしくて」
「だから、これは救護騎士団の利益ありきの活動なの。慈善事業ではなくってね」
そんな負のループに、チヨコは事業という形でテコ入れをかけたのである。
医薬品の技術と知識を惜しみなく提供し、薬を作る環境を与え、それを買い取る市場まで用意したのだ。お蔭で彼女たちの更生実績は、着実に上がっている。
「ですがお蔭で、復学や企業入社の目処が立った生徒も数名います。貴方のしていることは、きちんとした社会貢献活動ですよ」
「そうかなぁ……」
一方で、その試みの是非についてチヨコは猜疑心を持っていた。
確かにチヨコの試みは復学という切実な願いを叶える一助となった。
しかし、実態はどうだろう。チヨコは移動しながらも思考を続ける。
「私はこのビジネス、大規模にするべきではないと思うかな」
「と、言いますと」
「確かに需要と供給はピッタリハマったけど、これは公平な取引じゃないよ。これはひょっとすると、大人のやり方かもしれない」
大人のやり方。チヨコは敢えて悪口としてその言葉を用いた。
キヴォトスにおいて子どもと大人の関係は複雑怪奇だ。政治や社会の主体となるのは学校の子どもたちだが、大人たちもまた社会のインフラを支え、自分の権利を持っている。
そして往々にして、大人は悪辣とも言える手口で子どもたちを、時には同じ大人さえ貪るのだ。
先日、セイアを襲撃した大人たちはその典型と言えるだろう。
「……服役囚とはいえ、製薬に励んでいるのは作業に合意した模範囚です。ですが、確かに見ようによっては労働力の搾取に見えるかもしれませんね」
「うん。大人たちがこの成功を見て、『生徒は牢に入れて働かせるべきだ』と考えないようにしないといけない……と、ちょっと思ってる」
「キヴォトスが学園都市ではなく、監獄都市にならないように?」
「その懸念自体、よくない考えだけどね」
薄く笑いながら、チヨコは思案を打ち切った。
どこまで考えても、それはチヨコの妄想でしかない。
大人との取引は嫌な思いをさせ続け、自分の考えが正しいと思い込ませる『否定』の力を育むが、そうして行き着く先が自らも同じ大人になっていくことだと、チヨコは強く自分を戒めた。
「気をつけないと。私たちは背伸びするあまり、時折自分が子どもだと忘れてしまうから」
「……そうですね」
そうして迎える未来は、きっとミネとの離別だ。
チヨコにとっては、それだけは避けたい事柄である。
それは救護騎士団の誰にも悟られたくない、チヨコの悩みだ。
「……子どもだとわすれる?」
「あ」
「チヨコふくちょーはこどもで? でもこどもとわすれて? でもおとなじゃなくて?」
「チヨコ副長、これは……」
「あー、ハナエちゃんまだ1年だから……」
「カンナさんもこどもで? でもふたりともおっぱいもおしりもおっきくて? でもこどもで? もでもでもで……???」
「……オーバーヒートしちゃってるねぇ!」
しかし、ハナエにとって一連の会話は、些か哲学的に過ぎたようで。
幸いなことに、ハナエがチヨコの悩みを悟ることはなかった。
代償は20分の冷却期間。
サンクトゥムタワー名物のペロロウォーターで済んだという。
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次回は2024/02/20 23:00頃を予定しております