ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
リリスが外に出て一時間。
雨足も強くなり、雷の音も響き始めた。
「リリスちゃんは大丈夫か………」
「神の眷族だってよお。この雨じゃ……」
大雨の山道が危険など、この村の誰もが知っている。仮に耐えられたとしても、産婆がついてきてくれるかどうか。と、その時外からバシャバシャと水が跳ねる音が聞こえきた。
すぐに扉を開けると、2匹の大きな犬がいた。
その背に乗るのはリリスと、見知らぬ金髪の美女。辺境で、話は聞いていたが見たこともない村人達でも一瞬で理解する。その女は神であると。
「失礼するわ」
「あ、え!?」
「その子ね」
と、寝かされているアマンダを見る。
「あ、貴方は?」
「私は至高の美の女神アフロディーテ。リリスの主神よ………産婆の代わりね」
「か、神様がですか?」
「神は全知よ? それに、私の司る事象の一つは男女のまぐわい、産み増える事も含まれてるの」
そう言ってズカズカ入ってくるアフロディーテを誰も止められなかった。アフロディーテは体を拭きながら産湯などを用意させていく。
「ほら、男衆は父親以外出てった出てった」
「アフロディーテ、俺は…………」
「リリスは…………」
と、そこでアフロディーテは言葉を止めロルフに目を向けた。
「…………リリスは外。緊張で赤ん坊握り潰しちゃうかもだし。貴方、手伝いなさい」
「え!? お、俺!?」
「この子のお兄ちゃんになるんでしょ? この
と、アマンダに尋ねるアフロディーテ。アマンダはロルフを見つめ、笑顔で頷く。
「聞いたわね。覚悟を決めなさい」
「……………わ、解った!」
リリウスは男衆と共に部屋の外で待機。廊下でちょこんと座るリリウスに男衆はりんご粥と毛布を持ってきた。
一先ず食おうとしたリリウスは、中から聞こえてきた唸り声にビクッと肩を震わせる。
「あ〜、大丈夫だ。俺の奥さんもなあ、あんな声出してた」
「すげえ痛いらしいなあ。特に初産は…………」
妻の出産に立ち会ったことがある夫達は不安そうでありながらも、落ち着いていた。
リリウスは五感が鋭いので血の匂いも呻き声もよく聞こえた。
レイから学んだ
一際大きな叫び声に
「…………………」
リリウスに出産に関する知識はない。覚えるだけ無駄と判断したから。だけど、なんだろう…………既視感。
リリウスはこれを、何処かで知っている?
「───!」
ふぎゃあ、とアフロディーテでもアマンダでもロルフでも手伝いの女達でもない声が響く。
「終わったわよ……」
アフロディーテが扉を開け、男衆はリリウスに入るように促す。
ベッドで息を荒くしたアマンダが横になり、床には疲れた様子のロルフが腰を落としていた。
「女の子よ……名前は、
「………………」
「ほら、あんたも功労者なんだから顔を見てあげなさい。貴方がいたから、産まれた子よ」
「………………」
小さい。
とても小さな、シワシワの赤子。キリキリと脳の奥に錐をねじ込まれるような違和感。
何かが記憶を刺激する。
無意識に伸ばした指を、小さな手が掴んだ。歯のない口が僅かに開き、チウチウと指の先を吸う。
リリウス・アーデは知っている。
リリウス・アーデは忘れていた。
リリウス・アーデは…………
思い出した。
翌日、リリウスは家の外の木から、新しい村の仲間の下へ集まる村人を見下ろしていた。
合流したスパルナも木の枝に止まっている。
「リリス〜! 何してんのよ? ほら、最後に顔を出してあげなさい!」
「…………いい」
木から降りて、幹においていた荷物を背負うリリウス。このまま帰るつもりだろう。
「思い出したんだ…………俺にも、妹がいた事」
「……………」
「違うな。本当は覚えていた。ずっと、覚えてないふりをしていた」
それこそ、自分を騙すほどに。でも思い返せば、結局自分は彼女を忘れられなかった。
「じゃあ、会いに行かないと」
と、リリルカを抱いたアマンダがやってくる。リリウスが顔を出さないつもりだと気付いて出て来たのだろう。
「………俺は、彼奴に会う資格がない」
「どうして?」
「酷いことを、沢山したから」
自分に近づかないように、巻き込まれないように。人を信じれなかったリリウスはそれしか知らなかった。少し周りを見渡せば、チャンドラや、アリーゼ達がいたのに。
「だから、俺は彼奴が幸せならそれで良い」
「………貴方は、家族でしょう?」
「血の繋がりが幸不幸を決めないのは、あんたが証明してるだろう」
「……………そうね。血が繋がった家族がいれば幸せとも限らないし、血の繋がらない家族だと不幸なんてこともない」
アマンダはリリウスの言葉を肯定しながら、でもね、と付け足す。
「自分の幸せを願っている誰かが不幸になっているのに、幸せだと思える人はあんまりいないわ」
「……………あんまり?」
「ええ、あんまり。断言はしないわ。人の幸せは、人それぞれだもの」
貴方の妹も、本当に幸せかもしれない。と、アマンダは言う。アフロディーテは口を挟まない。
「でもそれは、私やあなたが決める事じゃない。だからね、自分と関わったら不幸だ、そう決めつけないで、その子と一度話しなさい」
「……………何故俺を気にする」
「たった数日だったけど、私は貴方の
「…………………………」
準備も終えて、村を出る。リリウスは無言で何度か村へと振り返った。
「あそこに残りたかった?」
「………いや。ただ、恵まれていたなと思ってな」
「…………」
「助け合う村人がいて、頼りになる兄がいて、優しい母親がいた」
「それは仕方ないわ。下界は不完全で不平等。祝福を受ける子もいれば、呪いを背負う子もいる」
血筋により富が約束される子供がいる。
血筋により生まれながらの罪人もいる。
モンスターに脅かされることのない大国の貴族に生まれ寿命をまっとうする者がいるなら、腐った肉を奪い合って殺される子供もいる。
「結局は運で、祝福も、呪いも、抜け出すには抗うしかない」
「運…………か」
「…………」
この地にリリウスが訪れたおかげで、無事産まれてこれたのも運。残酷なまでの、運命の差。でもリリウスは、それを憎むよりも……………。
「…………なら、誰かが溢れんばかりの祝福を願うのも、運か?」
「………………ええ」
その日、緑に溢れた山を縄張りにしていた一匹のモンスターはその屍を渇いた村の入口に放置され、土砂崩れで崩れ数十年使えなくなっていた古道が巨人にでも薙ぎ払われたかのようにかつてより巨大な道となって開通した。
「アフロディーテ。俺は、思い出した………少なくとも、世界を守るに足る理由があった事を」
「…………………」
「彼奴以外にも、まあ、死んだら少しは嫌な奴がいたことも。だから………」
「駄目」
「…………は?」
「っ………あ、えっと。あと少しで、1年も終わるじゃない? だから、もう少しのんびりしましょう?」
まあ、他でもない依頼主たるアフロディーテが言うのなら、少なくとも緊急性はないのだろう。
「それに、漸く世界に目を向け始めたのだもの。もっと、沢山美しいものを見なさい。美の女神の命令なんだから」
美の女神は、そう言って笑った。
「──────」
「どうしたの?」
「???」
何だろう? 良く分からない。
見ていて飽きない、とも違う。見ていたいと、そう思った。
後、なぜかそれを知られるのが恥ずかしいとも。