ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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騙し討ち

 精霊は、そこに存在するだけで自然のあり方を変える。

 精霊が住まえばそこは水が湧き、緑が豊かになる。自然を愛するエルフに好かれる要因の一つ。

 

 だがスカディは冬の女神が生み出した精霊だ。彼女が運ぶは、死を招く冬。決してそれは悪ではない。悪ではないが、彼女の周りには白と黒のくすんだ灰色ばかり。

 

 好き好んで彼女に近付く生き物はいない。彼女は冷たい白の世界で、役目を果たすべく怪物を探し続けた。

 

 その怪物の名はクランプス。苦痛を齎す氷の厄災。漆黒の怪物。

 世界を滅ぼす厄災の一つ。故に、殺しきれなかった。その身を凍りつかせ、封じるのが精々。その時の戦いで空いた穴に己の全霊をかけて押し込み、封じた。

 

 その後は、意識が戻って、沈んでの繰り返し。

 洞窟の闇の黒か、洞窟の外の雪の白しか見てこなかった。

 

 名も知らぬ邪神がクランプスに精霊の食わせ方を教えてしまうその日まで。

 

 

 取り込まれる前に力の一部と意識を逃し、クランプスが一番油断するであろう封印が解けたタイミングで新しい封印を張るように罠を用意したが、無理に意識を移したせいで記憶を失ってしまっていた。

 

 女神(はは)も好んでいたスキーと言う単語に、消えかけた意識を取り戻し、出会ったのが彼女と同じ雪のような白髪を持つ人間。

 

 色んなものを見せてくれた。

 スキーも楽しかった。

 

 真っ白な雪も、灰色の建物も、光に照らされるとあんなに綺麗だったなんて知らなかった。

 花畑は見たことがないが、あんなに綺麗な花畑なんて、きっとないだろうと思えるほど、綺麗な花畑を見た。

 

 文字通り色んな色。それを見れた。

 1000年以上の黒と白の世界を、一瞬で過去にする光景。

 

 

 

「………………」

 

 目を覚ましたら、黒の世界。陽の光がとどかぬ谷底。

 普通の生き物だったなら死んでいただろう。上を見上げれば、線のような白が見えた。あれが崖の頂上だろう。

 

「…………結局、最期も黒と白の世界」

 

 でも、良いや。あの花畑の記憶がある。1000年以上の凍える記憶も、あの記憶だけで寒さを忘れられる。

 

 あのエルフ達は大丈夫だろうか? 一応渡すべきものは渡しておいたが。

 

 リリウスは勝てるだろうか? リリウスに憑いている精霊は、自分より格上のようだが。

 無事を祈ろう。

 

「でも、約束は守りたかったなぁ…………」

 

 彼の妹にも会いたかったし、あれ以上綺麗な花畑は見れなくても、彼と一緒に見たかった。

 

「みたかったなあ。花畑」

「だから、見に行くって言ったろうが」

「──え」

 

 その声に振り返ると、リリウスがいた。

 

「…………なんで全身光ってるの?」

「ドゥルガーの力の一つスーリヤだ。威力を弱めたが」

「そ、そうなんだ………あ、でも………なんで此処に?」

「約束守れつったろ。さっさと上がるぞ」

「でも………」

「道は見つけた」

 

 降りやすく、登りやすい場所を探して降りてきたのだろう。だからそこそこ時間がかかったようだ。

 

「なんで………」

「何度も言わせるな。行くぞ………」

 

 と、右腕を差し出したリリウスは、スカディに右腕がないことに気付いて反対の手を出そうとする。が、スカディがその腕を掴んだ。

 

「……………お願い、していい?」

「なんだ?」

「もう一度、氷の花が見たい。色んな色の………」

「……………」

 

 魔力を含んだ魔法である凍影体を何匹か食い、魔力は回復している。それでも節約しておきたいリリウスは、氷の花束を色付きの炎で照らした。

 

「……………ありがとう」

「こんなもの、後で幾らでも見せてやる」

「うん。でも、今見たかった」

 

 貴方がこの色のない世界から、自分を見つけてくれたこの記憶を色付かせたかった。

 

「さっさと登るぞ。掴まってろ」

「うん………」

 

 リリウスはスカディを抱えると崖を登っていく。僅かに飛び出た岩肌を足場にスイスイと。あっという間に城の中に戻った。

 

「魔力の残りは?」

「さっきのは、ただの風だから全然使わなかったよ」

 

 人一人を飛ばして、全然と来た。嘘をついてる様子もない。欠片とはいえ大精霊。その力はやはり強大。

 最悪なのは、その力を敵が持っているということ。

 

「………リリウス」

「あん?」

「さっきのクランプスを見て、確信した。私がクランプスの中から抜けて、本体に戻れば乱れたフリューゼル・カルデネイアが破壊される」

 

 既に一部を乗っ取られ始めている現状。自動発動のフリューゼル・カルデネイアの制御権がスカディに戻る一瞬の隙を、クランプスは見逃さないだろう。そして、無意識に行われるそれをスカディが止めることは出来ない。

 

「寧ろ好都合だ」

「え?」

「この場所は戦いにくくて仕方ない」

 

 クランプスの移動範囲はクランプスが支配出来た領域。外側は門を一部だけだったが、内部はそこそこ奪われている。

 

 当然、そこでは氷獣、凍影体が生まれ、場所そのものが敵になる。

 

「ホキョキョキョキョ!!」

「来たか」

 

 凍影体だけでは力を消耗することを覚えたのか、城に戻ったリリウスに気付いたクランプスの鳴き声が聞こえた。

 リリウスはスカディを物陰に隠し、姿を現したクランプスと睨み合う。

 

「キョホホホホゥ!」

「っ!!」

 

 超大型に相応しからぬ高速斬撃。振るわれる鉤爪が氷の床を切り欠く。

 リリウスが炎を放てば、体から冷気を出し相殺する。

 

 口から吐くだけではないらしい。発動速度からして、それ自体はクランプスが元々持っていた力。

 

「キャウ!」

 

 体毛の表面に張った黒い霜を飛ばしてくる。20М(メドル)はあるクランプスに張り付く氷は一つ一つがこぶりなナイフ程もある。

 

「………氷獣がこねえ。連携は苦手か」

 

 それも当然か。もとより世界を殺す怪物に同胞はいても仲間は不要。アンタレスが己の力のほとんどを切り分けたのもそれが理由。

 

 古代の怪物達は、単体で世界を蹂躙する。

 

「キャッキャッ、キキ、ホホホウ!!」

 

 爪が、足が、尾が襲いかかる。距離を取ると氷の礫。近、中距離が主体の戦闘スタイル。

 背後に回り、裏拳を躱し、足の下を通り抜け顎を蹴る。そのまま首を向かい剣を振るうが、獣毛を数本きりクランプスの巨体を揺らすのみ。

 

 とてつもなく硬いくせに、硬さに反して体が軽い。ベヒーモス並の体重なら力が伝わるがただでさえ毛の束で力が伝わりにくいのに、伝わり切る前に体が揺れて力がブレる。

 

「ホーウ!!」

「!!」

 

 クランプスが叫ぶと床や壁から氷柱が生える。一本一本が民家を貫くほど巨大な氷柱の森。これはスカディから奪った力だろう。

 

 スカディから距離をとってて良かった。巻き込まれていない。

 

「そいつは悪手だろ、エテ公」

「キャホ!?」

 

 速度はリリウスが上。ちょうどいい足場兼隠れ場所。

 氷柱の森に飛び込んでリリウスは四方八方からクランプスへと襲いかかる。

 

「キョホ!? ホホゥ!!」

 

 左側頭部を蹴られ右に倒れかけるクランプス。即座に右側に移動したリリウスの剣が振るわれる。

 

「おお………らぁ!」

 

 倒れ傾いたクランプスの体重も利用した斬撃。クランプスの獣毛を切り裂き、クランプスの体に赤い線を刻む。

 

「キィ!」

 

 血が噴き出す前に凍りつき、倒れかけたクランプスは体重を乗せた角をリリウスへ振るう。リリウスは回避して氷柱の森へ身を隠した。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮(ハウル)が氷柱の森を砕き、リリウスの姿を探そうとするクランプス。見つけられないことを悟ると、再び精霊の力を放とうとして…………

 

「見つけた」

 

 魔力の流れを掴んだリリウスが、クランプスの肉を焼き抉る。かなりの魔力を消費したが、深い傷をつけられないと油断を植え付けられたクランプスの反応が遅れまともに入った。

 

 リリウスは焼け焦げた肉を削り、肉を掻き分けていく。やがて現れたのは透明な氷。

 中に眠るのはスカディと瓜二つの少女。

 

「キャホホッ!!」

 

 自分の肉を多少抉っても構わないとリリウスへ爪を向けるクランプスだったが、僅かに遅い。

 リリウスがスカディの本体を吸収から守る氷を砕き、抜き出した。

 

「────!?」

 

 瞬間、クランプスが感じたのはまだ繋がりがある城の一部から伝わる魔力の乱れ。何故今? いや、このチャンスは逃せない。

 

「オオオオオオ!!」

 

 繋がりを利用し、魔力を浸透させた箇所を破壊。虫食いとなった城に己の吹雪を喰らわせ破壊する。

 

 そのまま氷獣を生み出そうとするが、出来ない。

 

「…………?」

「もうお前に私の力はない」

「────!!」

 

 忌々しい気配。クランプスは覚えている。忘れるはずもない、己を封じ続けた忌々しい精霊の気配。

 

「魔力をだいぶ吸われた。手伝ってもらっていい?」

「ああ。怪物退治と行こう」

 

 精霊と大怪物。古代の御伽噺でしかお目にかかれない光景がそこにあった。

 

「キョオオオオオ!!」

 

 クランプスが吠えると全身から冷気が噴き出す。ただしその冷気により生み出される氷の色は黒。

 激痛を伴う凍苦の氷。

 

 気温の差異が生まれたからか、或はそれもクランプスの特性なのか大気がうねる。

 漆黒の吹雪が山の一角を包んだ。

 

 リリウスは炎を纏い、スカディは白い冷気で身を守る。

 

「リリウス!」

「ああ!」

 

 黒氷(こくひょう)が効かないと見るや襲いかかるクランプス。リリウスは前衛として飛び出し、振り下ろされた爪を回避しクランプスの肩に登る。

 

 スカディがすかさず冷気を放ち、黒い獣毛に白い霜が張った。

 

「ふっ!」

 

 凍った獣毛が砕かれ、肩が大きく切り裂かれる。血を凍りつかせ出血を防ぐ、なんて出来る傷の深さではない。

 

「キィィィィアアアアア!!?」

 

 クランプスを氷に封じ込めるしか出来なかったスカディだが、今此処にはたとえ力ある怪物を凍りつかせる精霊の氷だろうと、それごと切り裂ける戦士がいる。

 

「キキキャキャキャ!!」

 

 片腕が動かなくなり、バランスが取りづらくなったクランプス。当然そんな攻撃などリリウスには通じない。

 

 スカディが脆くし、リリウスが砕く。最初の一撃を食らった時点で、クランプスの劣勢は決まっていた。

 

 殺せる。その確信があった。

 それは明確な油断であった。

 

 

 

 クランプスは知っていた。人間達は隠し事をするのだ。

 それしか無いと思わせて、それ以外を食らわせる。

 

 特に、戦士達を皆殺しにした後魔法で焼かれたのはとても驚いた。仲間を大事にするこの生き物は、仲間の命を見捨てる事でそれ以上はないとクランプスを油断させた。

 

 だから、一番強い精霊の力を使って、それを奪われても暫く使わなければ、それが意識から外れる。

 片腕が動かなくなるほどの攻撃は予想外だったが、その後も使わず、負けが脳裏によぎるまでその力を隠した。

 

「キャホッ!」

 

 目の前の戦士は速く、警戒されたままでは当てられなかっただろう。だが、目の前の戦士から警戒が薄れた。それを見逃さなかった。

 

 

 

「────ガッ!?」

 

 雷を吐き出すクランプス。何処ぞの邪神が融合させようとした、()()()()()()()()()()

 リリウスを殺すに至らずとも、動きを一瞬止めた。

 

「リリウス!」

 

 クランプスの鉤爪が、リリウスの胸に突き刺さる。

 

「キャホホホホ!!」

 

 クランプスは嘲笑う。クランプスは気付いてた。

 敵が確実に勝つ方法は、一度引いてクランプスを封じたスカディが力を取り戻してから挑む事。万全なら雷を事前に察知し、防げたかもしれない。

 

 リリウスもまた、休息を挟んでいたら結果は違ったかもしれない。

 

 それをしなかった理由も解っている。

 人間がたくさん住む街だ。あれが襲われる可能性があるから、此処で仕留めようとするのだと。

 

 数多の英雄を、痛みに耐える強い精神を持つ英雄すらも殺したのは、クランプスの悪辣な知能の高さ。

 殺しても殺しても尽きぬほどいるくせに、全体の僅かを守ろうとする愚か者達。

 

 目の前のも、そんな一人。

 嘲弄の巨人は、嘲笑う。

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