ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「ご、ぁ………」
ゴボリと口から血を吐き出すリリウス。生き物は、意外と死なない。
脳を破壊されない限り、生き物は意外と動くのだ。
心臓を貫く爪を蹴るリリウス。古代の英雄殺しの怪物、その程度で砕ける爪はしてないが、不快に感じたのか腕を振るいリリウスを投げ飛ばす。
「キャホホ!!」
そのまま飛び上がり、その巨体で踏みつける。
山の一角が激しく揺れる。クランプスはそのまま何度も踏みつけた。
「────!!」
スカディが無言で背後から接近し氷の槍を放とうとするが、クランプスの首が梟のように真後ろに振り返り黒い吹雪を吐き出す。
魔力を槍に使い防御を消したスカディはまともに
「キャホホ、キキ!」
黒い吹雪の中倒れる戦士と精霊。勝ち誇りクランプスが吠える。黒い雪に埋まっていき、凍りついていく彼等を一瞥して、精霊を見る。
自分を封じていた存在であると同時に、力を与えた存在。あの力はなかなか有用だった。食えばまたあの力が手に入るだろう。
だが、いらない。それは怪物の誇りか、或いは力を授けた
クランプスの鋭い爪が恩恵があるがゆえにまだ死んでいないリリウスの脇腹を抉ろうと振り上げられ
「貴様──!!」
「ホウ!?」
甚振ろうとするクランプスを阻むべくドゥルガーの炎がリリウスの周りを包む。アグニではなくシヴァの蒼炎。
クランプスは鬱陶しそうに唸る。
心臓は貫いた。この吹雪の中、
そういう力を持つクランプスの性格は当然、そういうのが大好きだ。数多の英雄達にとどめを刺さず苦しめ殺す。
この男も、どのみち死ぬ。甚振る必要も殺す必要も無い。わざわざ面倒な精霊など相手せずに…………。
「────」
「…………っ!」
目が合う。闘気は未だ消えずクランプスを睨んでくる。
ゾワリと背に走る悪寒。
甚振る者として生まれた本能を塗りつぶすほどの、危機感。
こいつは危険。どうせ死ぬから相手にするなど割に合わない、ではない。此処で確実に殺しておかないとそれこそ封印が解けた程度では割に合わない。
確実に殺す為に爪を振り上げる。
「キャホ!」
クランプスという名は、古代の人間がつけた。名の意味は《鉤爪》。その名に相応しい絶死の斬撃が精霊ごとリリウスを切り裂かんと振るわれる。
「…………!」
「キィ!?」
三叉槍で受け止めるリリウス。黒氷が燃える。
いや、破壊されるように崩れる。炎の形をした、もっと別の何か。
「【傲慢、なる! 悪意の王ぅ! 血の河を啜れ、肉を貪れ】!!」
「【ラーヴァナ】!!」
久方ぶりの発動。アンタレスの子供との死闘以来、久しぶりに使用される狂化魔法。リリウスの瞳が赤く染まり、吠える。
「オオオオオオオオオ!!」
髪が黒く染まり、黒い吹雪を押しのけるように広がる黒の暴風。
風により加速したリリウスの蹴りがクランプスの顎を捉える。
「カッ!?」
牙が数本欠けた。リリウスも、全身の傷から血を噴き出す。
「げぇ、げほ! かっは!」
バシャッと吐き出される血。明らかに死にかけ。なのに、依然脅威。
クランプスは知らぬ事だが、天界のある神々にはこんな諺がある。「虎は傷ついてからが本物である」、と言うものだ。
傷を負って我を忘れた獣は手が付けられないというもの。多くの国で狩人が弟子に一撃で仕留めるよう言い含めるのはそれが理由。
リリウスは、正確には違うが。我を忘れ闇雲に暴れるのではなく、命を脅かす脅威を確実に排除するために牙を振るう。
死にかけだ、逃げて死ぬのを待てば良い。だが、背を向けられない。背を向けた瞬間首筋から食い殺される未来が想像に難くない。
「カアアア!!」
血を流しすぎてふらつくリリウスへ、炎を吐き出す。精霊の炎。まともな生き物なら焼け死に、第一級ですら網膜を焼き、息を吸えば肺を焦がす煉獄の炎。その上で、再び爪を振るうクランプス
確実に命を仕留める為に、突き刺すでは飽きたらない。確実に切り裂く為に振るう鉤爪。
「リリウス!」
「キャホ!?」
炎を掻き分け、スカディがリリウス達を押しのけ割り込む。背中の肉が大きく切り裂かれた。
地面に手をつけば氷のソリが作り出され、リリウス達は山の斜面を滑り落ちていく。
「キョウ!」
逃さぬと追おうとするクランプスだが、走るのは登るよりも降りる時のほうが難しい。ましてやそれなりの急斜面。
バランスを崩して転びそうになるクランプス。ただ滑り降りるだけのスカディ達は、あっという間に見えなくなる。
「く、そ………あの野郎!」
ソリが岩にぶつかり投げ出されたリリウスは手当たり次第に石も木も雪も食う。当然その程度で心臓を治せるほど法外なスキルは持っていない。
誇りある戦士なら或いは死を受け入れるのかもしれないが、リリウスは誇りある戦士ではない。
「だが無理だ。主様は死ぬ………契約通り魂は私が貰う」
リリウスを望むままに生かせなかったのはドゥルガーとしても不甲斐なさを感じるが、だからと言って精霊の奇跡でどうにかなる限度を超えている。
心臓を失い、あれだけ暴れ、生きてるリリウスがおかしいのだ。神の恩恵によりしぶといにしても限度がある。死者の蘇生など、神ならぬ精霊の身には過ぎた奇跡。
死に向かうリリウスの体は、意志に反してその場に倒れる。体の端から冷たく痺れ、視界が黒く染まっていく。
流れる血が火のように熱い。何度も経験した、死が迫る感覚。
「此処が主様の行き着く先というのは、妾としても残念だが……戦いに身を置いた者の定めだ」
「知る、か………
まだ死ねない。妹を傷つけたままで、アフロディーテの約束もあって、スカディとも約束した。
「リリウスは、妹と会わなきゃ………」
「…………スカディ?」
と、体を引きずりながらスカディがリリウスへ近付く。
「ねえ、あなた………死んでほしくは、ないんだよね? 生きて、歩いてるその人が好きなんでしょ?」
「…………死は誰にも覆せない」
「知ってる。だから
「……………あ?」
ぼやける視界で、リリウスの目に映るのは白髪の少女ではなく灰色の女。
その表情を、声色を覚えている。死を受け入れた女の顔………。
「お前、ふざけ……うっ、げほ!」
無理に立とうとして再び血を吐くリリウス。意識が遠のく。
「約束、しただろ………」
「……………」
「まだ、これから………お前は、1000年も」
「1000年も………そうだね。ずっと寒かった……でもね、私は暖かい1000年なんていらないの」
と、リリウスをそっと抱き寄せるスカディ。
「この3日が、凍えるような1000年を忘れさせるぐらい、暖かくて、綺麗だったから」
「お前……」
「クランプスが倒されたとしても、この先1000年生きられても、貴方がいない世界なんて要らない」
「死ぬ、気か………」
「死なないよ。ずっと貴方と居る……」
その言葉を最後に、リリウスの意識は闇に沈む。
「止める? 貴方は、リリウスと契約しているんでしょ?」
「気に入らん話ではあるが…………何故、そこまでする」
ドゥルガーの言葉に、スカディはキョトンと目を見開き、そしてクスクス笑う。
「おかしなこと、言うのね貴方」
「何だと?」
「女の子は、恋した人のためなら死ぬのも怖くないんだよ?」
漸く見つけた。
傷周辺の肉に魔力を流し傷を癒したクランプスはリリウスを見つける。
自分を封じていた精霊の姿は見えない。だが今は良い。
こちらに気付いてないのか背を向けたままのリリウスに向かい、その鉤爪を振るい…………
「──────!!」
「────!?」
リリウスの拳がクランプスの腕に叩きつけられ、クランプスの腕が一瞬で凍りつき砕け散った。
「キャホホホホ!?」
血も流れぬ砕けた手首から先を見て目を見開くクランプス。
この氷は、自分の体を凍てつかせたあの精霊の! その気配が、リリウスからする。
「お前、嘲弄の巨人って呼ばれてるんだったか?」
人の言葉など解せぬクランプスは、しかしリリウスの感情をひしひしと感じ取る。
「嗤ってみろ、エテ公」