ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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パンドラ

「なんだ!?」

 

 海岸で待機していた【アポロン・ファミリア】も、その異変を感じ取る。天を衝かんばかりの巨大な炎の柱。

 

 大地が鳴動し、空が赤く染まる。気の所為でなければ、気温も上がっている。

 

「【アフロディーテ・ファミリア】は船の準備を! 何が起きても直ぐに移動できるように……………なんだ?」

 

 茂みを燃やしながら、()()()()。人の形をした炎。

 

『アアアアアアアアアッ!』

「炎人!? お前達、それを近づけるな! 決して燃やされるなよ!」

 

 

 

 

 炎人。それは文字通り炎の人。

 大凡300年前、オリンピアが滅びたその時に炎に呑まれたオリンピアの民の成れ果て。

 

 炎に魂を囚われ彷徨い続ける亡者は、(まき)を求める『穢れた炎』の傀儡。

 『穢れた炎』が活発化している。

 

 

 

 

『オギャアアアアアア!!』

 

 産声を上げる『穢れた炎』。ギョロギョロと忙しなく動く幾つもの眼球。それ等はやがて一つの存在に目を向ける。

 

「ッ!!」

 

 リリウスへ向けられる炎の渦。神殺しの獣の力を纏うリリウスを、容易く焼く。

 

「……天の、いや………!」

 

 下界で穢れた……『穢れた炎』の言うなれば沈殿。神性を守っていた上澄みやその狭間から漏れ出した炎とは異なる完全なる『下界の炎』はリリウスの神威抵抗が意味をなさない。

 

「だがそれでも、お前を嫌悪し、恐れているぞ」

「エピメテウス………」

「当然だ! 下界の負の感情、死への恐怖! 自らを滅ぼす怪物を前に、恐れぬはずがない!」

 

 例えば、それが正規の手段………英雄達による沈静化と封印だったなら………或は炎そのものを浄化する神の御業だったなら、『穢れた炎』は消える前の火が激しく燃えるように暴れるがそれだけだったろう。

 

「だが、お前がこのオリンピアを覆う結界に穴を開けた時、炎は確かに恐怖を抱いた。俺だけがそれに気付いた」

 

 天敵である漆黒の怪物の力を宿し、己を喰らうもの。それは押し付けられた恐怖しか知らない『穢れた炎』に、本物の恐怖を与え、取り込んだ負の感情達と同調を始めた。

 

『ギャアアアア! アアアハハハ、アハッ! キャハハハ!!』『ウゥ、ヴウゥ!!』『アアアアアン!!』

 

 そして、リリウスにより『穢れた炎』の底に近い炎を食わせることで、その恐怖を増やした。結果、同調は完全な物となった。

 

 嘲笑、絶望、発狂、憤慨、慟哭…………様々な声が聞こえ、それ等は産声に呑まれていく。

 

「制御できるのか、これ?」

「ああ、言っただろう? 俺は、三千年間此奴と共に穢れてきた!! 名前をやろう! 呪われたこの地の真の名前を! なあ、災い(パンドラ)!!」

『オギャアアアアアアアアアッ!!』

 

 エピメテウスの殺気に反応するように『穢れた炎』が吠える。リリウスの周囲に現れるは、人型の炎。悪夢とは異なる魂を宿す傀儡。

 

「そら、生まれたばかりのパンドラがお前を恐れているぞ? 神殺しにも通ずる炎を以てしても焼き尽くせなかったお前を、早く焼きたくて仕方がないそうだ」

「これでもLv.7だからな………それに、焼かれようが食えんだよ俺は。後火に強い」

 

 炎に包まれると同時に一部を食った。それを元に回復したが、それでも重症。

 焼け焦げて炭化しかけた腕を氷で覆う。剣を手放しそうな手を、柄ごと凍らせる。

 

「この窮地で、まだ戦意が失せぬか」

「窮地? だからどうした。乗り越えなきゃ死ぬんだ。最後まで戦うに決まってんだろ」

 

 その言葉に不愉快そうに顔を歪めるエピメテウス。その悪意に反応するように周囲に燃え広がる炎が、炎人達が震える。

 

「不条理を覆すが英雄の近道とでも思っているのか? 嗤わせる! そんなもの、真の不条理を味わったことが無い未熟者の戯言だ!!」

 

 抗えぬ不条理に戦友(なかま)を奪われ、栄光()を貶められた英雄は叫ぶ。地獄の如き業火が万物を焼き尽くさんと迫る。

 

 天より与えられし力を振るう古代の英雄に対して、神の血を以て引き出した可能性を纏う現代の英雄は精霊の奇跡の混じったその肉体を酷使する。

 

 それでも精霊の奇跡は焼き払われる。名だたる神の模倣を行う大精霊の武具も熔かされる。

 

「ぬっ!!」

 

 故にこそ、それに耐えるは漆黒の怪物の力。

 神ならざる力であっても、漆黒の怪物達は後出しだろうと世界を滅ぼす為の怪物であることに違いはないのだ。

 

「おおお!!」

 

 漆黒の双刃が灼熱の大気を凍てつかせながら英雄の剣と撃ち合う。

 一撃一撃が凡百な冒険者では目に追えぬ、映すことすら叶わぬ連撃を、しかし昔日の大英雄は三千年の年月で培われた絶技を持って防ぎきり反撃をする。

 

 傷が増えるのはリリウスばかり。僅かな、蜘蛛の糸よりも細く儚い隙をつきリリウスが傷をつけても炎が傷を舐めればたちどころに癒える。

 

「無駄だ。この地で俺に勝てるものなどいない! たとえ、忌まわしき真正の英雄アルバートであろうともなぁ!!」

「ぐぁ!!」

 

 剣を振るう。炎が爆発する。

 咄嗟に張った神殺しの氷を文字通り薄氷の如く砕きリリウスを吹き飛ばした。

 

「そして、言っただろう? この地(パンドラ)はお前を焼きたくて仕方がないと………」

「!!」

『オギャアアアア!!』

 

 蠢く炎が象るは首だけの巨大な黒い巨獣。炎に包まれた顎が開き、渦巻く業火がリリウスを飲み込んだ。

 

「【月を喰らい太陽を飲め暴食の化身。首となっても歯を突き立てろ】」

 

 炎の暴風を防ぐは漆黒の毒風(かぜ)。髪を漆黒に染め、忌まわしき怪物の気配を纏うリリウスに炎が震える。

 

「【肉親(だいしょう)を糧に我が身は千の姿を得る】」

「ベヒーモスか! 忌々しい、その姿を俺の前にさらすなあ!!」

 

 業火と氷河がぶつかり合う。氷は直ぐ様溶かされ消し去られる。

 襲い来る炎人の群れは、漆黒の鎖で打ち払われた。

 

「【貪り喰らえ、千変(かて)の傷を喰らい我が傷に、我が牙を以て汝に傷を】」

『キィィィィアァァァ!!』

 

 その魔力に、一部を食われた炎が震える。だが、詠唱は此処に完成した。

 

「【ラーフ・シュールパナカー】!!」

 

 オリンピアの一角が炎と共に消え去る。炎を取り込んだリリウスの体が燃え上がる。傷が炎に舐められ癒えていく。

 

「それで俺と、同じ条件(たいとう)のつもりか? 舐めるなよ、小僧ぉぉぉ!!」

 

 素の実力は、恩恵なくしてLv.7に届くエピメテウス。技量は言わずもがな。たった今炎を取り込んだリリウスだが、総量はエピメテウスが遥か上。

 

 されど、湖の水を一度に掬い切る桶など存在せず、溜池の水を一度に流すのは容易い。

 

「燃えろ!!」

「ぬぅ!?」

 

 取り込んだ炎を即座に全て吐き出す。瞬間火力で上回るつもりだろう。エピメテウスが同じだけの炎を出せたとしても、一瞬では不可能。

 先手を取った時点でリリウスの攻撃はエピメテウスには防げない。

 

 エピメテウスには…………。

 

『アアア〜』

「っ! クソガキ!!」

 

 瞬間使用量もクソもない、炎そのもの。パンドラがリリウスの攻撃を打ち消す。エピメテウスを守る為か、大嫌いなリリウスへの嫌がらせか。

 

『キャハッ!』

「!!」

 

 生み出されるは燃える青銅の巨大な拳。まるで虫を叩き潰すかのようにリリウスを叩き潰した。

 

 

 

「う、うわああ! 炎人が、止まらない!」

「炎が、弱まって! 誰か!? エピメテウス様ああああ!!?」

「助けて、助けてくれえええ!」

 

 活性化した炎人に対して、巫女達の炎は寧ろ弱まった。炎の総量(リソース)が揺らいでいるのだ。

 

 『穢れた炎』……エピメテウスにパンドラと名付けられた炎は時折煩わしそうに揺れ動く。未だ穢れていない上澄み…………『天の炎』を疎んでいる。

 

「…………助けて、か」

「請われているぞ、英雄………」

 

 血を吐きながら立ち上がるリリウス。エピメテウスはしぶとい小僧を忌々しげに睨む。

 

「あれはお前に従ってねえ。同調してるのは無垢だからじゃなく無知だから………学べばお前も焼き尽くすだろうよ」

「だろうな。だから、その前に終わらせねばならんのだよ」

「何を?」

()()

「────」

 

 世界を焼き尽くせるだけの炎を手にした男は、世界を終わらせると言い切った。

 

「俺を嘲笑い、愚物と罵ったこの世界を焼き尽くす! 本来ならウェスタを待たねばならなかったが、お前がこの地に現れた日から、『穢れた炎』は変質し始めた」

 

 それこそ何時完全に変質するか解らぬほどに。だから、敢えてリリウスを使い完全に覚醒させたのだろう。

 

 リリウスはエピメテウスを見据える。

 

「無理だな…………」

「…………何だと?」

「誰だか知らねえが………()()()()()()()()()()()()()お前が、悪党なんざになれはしねえ」

「っ!!」

「諦めろ大英雄。お前の末路は、英雄に他ならねえ」

 

 リリウスの言葉にエピメテウスの顔が歪む。怒りか、恥辱か………その感情に反応するように炎が揺らめく。

 

「パンドラ………焼き尽くせ!!」

『オギャアアアア!!』

 

 都中の炎が蠢き、たった一つの命を焼き尽くさんと蠢く。だが…………

 

「駄目よ」

 

 その、たった一言で全てが覆る。

 

「…………何だと?」

「ただの力でしかない炎が、本当に意思を持つなんてね。でも、ええ…………だからこそ、私の声が届いた」

『マァ………?』

「…………アフロディーテ」

 

 荒れ狂っていた炎が、静かに燃える。彼女が歩く道から自らを割いて避ける。美の女神、アフロディーテが、生まれたばかりの災い(パンドラ)を『魅了』した。

 

「…………此処までね。リリウス、ヘスティアを待ちなさい」

「アフロディーテ?」

「『穢れた炎』は下界の理。あなたの神殺しの力は、もはやなんの意味もない」

「何を………!」

「パンドラといったかしら? 他の皆を安全に………いえ、()()()()()()。二人きりになりましょう?」

「っ!! させるかあああ!」

 

 エピメテウスが動くが、もう遅い。炎が濁流となってエピメテウスを、リリウスを押し流す。

 

 飛び出していたエピメテウスは抵抗するまもなく押し流され、リリウスは釣り針の鎖を周囲の建物に絡め耐える。

 

「アフロディーテ! お前、何を!!」

「仕方ないでしょ? 私はヘスティアじゃないから、時間稼ぎしかできないし。まあ本当は時間稼ぎもできないはずだったんだけど………時間稼ぎしなきゃいけなくなった結果出来るようになるって中々皮肉が効いてない?」

 

 クスクスと笑うアフロディーテは、それがなんでもないかのように言う。

 

「だから、ヘスティアを待ちなさい。恩恵を切り替えていいから、その時私を迎えに来て」

 

 とうとう建物が耐えきれなくなり砕け、鎖が解ける。リリウスはそのまま炎に押し流された。

 

 

 

 

 

「……れは、じ……きゅうを、するしか!」

「…………………」

「ぶへぇ!!」

「「「アポロン様ぁぁぁ!?」」」

 

 目を覚ますと目の前に唇を突き出したアポロンがいたので殴り飛ばした。

 周囲を回すと、どうやら船の上のようだ。

 

「アフロディーテは?」

「閉じこもった………いや、閉じ込められたと言うべきか。悪意を自覚せぬ邪悪………あんなものが生まれるとは、下界は我々の想像を超える」

 

 アポロンの視線を追えば、そこには炎で出来た球体が存在した。

 

「手を出そうなどと思わないことだ。アフロディーテがどれだけ命じようと、あれはそれを理解出来ない。傷つけるなと言われれば、笑顔で頷きながら人を焼く」

 

 と、アルテミス。

 『穢れた炎』の精神を構築したのは、下界の負の感情。そこから生まれた心は、善も悪もないまま他者を殺す。

 

 善を理解しながら悪を尊ぶ悪神以上に邪悪。無垢なる悪意。傷付けずには居られぬ、炎の厄災。

 

「ああなってしまっては、最早ヘスティアに浄化させるしか」

「アポロン!!」

「わかっているさアルテミス。美しい月の君………君がどれほどヘスティアを思っているか。だが、もうその段階まで来てしまった」

「………!」

「ヘスティアはやらなくていいなら絶対やろうとしないが、やらなくてはならないことは必ずやる」

 

 怠け者だが、いい神様らしい。

 

「だから、リリウスきゅん。一先ず私と共にオラリオへ戻ろう。アフロディーテは大丈夫さ。悔しいだろうが、その思いを糧に君はまた強くなるだろう。そして改めてアフロディーテを迎えに──」

「え、やだ」

「「「────え?」」」

 

 と、リリウスはあっさり断った。

 

「あの英雄をぶっ飛ばして、クソガキをぶっ殺して、アフロディーテを連れて帰る。その間無事とか、知るか」

 

 フロストペインは無事。体も治っている。ならば問題ないと、リリウスは立ち上がる。

 

「………勝つ算段は? 勝てるのかい?」

「俺は、勝てるから冒険をしてきたわけじゃない」

 

 そんなものは冒険とは呼ばない。だがそれでも、蛮勇な行動は冒険とすら言わない。

 

「何故そこまでするんだい?」

「? 本を読まねえのかアポロン。男が惚れた女を助ける事に、惚れた以外の理由はいらねえ」

 

 至極単純で、多くの英雄の戦う理由にもなった、とても解り易い理由。本来男女の交わりを忌避すべきアルテミスですら、口を挟めないほど堂々と言い切るリリウス。

 

「帰りたいなら帰れ。俺は俺がしたいことをして帰る………その為に、手にした力だ」

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