ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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愚か者達

 烈火が走る。

 業火が燃える。

 

 炎と炎がぶつかり合い、瓦礫が熔け、大気が燃える。

 

 エピメテウスの剣がリリウスの首に赤い線を刻み、リリウスの剣がエピメテウスの脇腹を抉る。

 

 即座に炎が傷を癒す。

 

「ドゥルガー」

「ッ!!」

 

 無数の武装が現れる。元々名剣に匹敵する武装の数々は『天の炎』により燃え上がった。

 

「シッ!」

「ぐっ!!」

 

 投げ飛ばし、蹴り飛ばし、殴り飛ばす。

 矢のように放たれ、或いは投擲武器のように回転しながら迫る武器の雨。

 

 回避した後方で街を………否、()()()()()

 

「呑め、マーダ」

 

 リリウスの体から溢れ出した精霊の風が大酒呑み(マーダ)に吸い込まれる。

 剣を振り上げる。現れるは炎渦巻く竜巻の大蛇。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

「焼き尽くせ!!」

 

 炎風の大蛇を迎え撃つは業火の壁。

 飛び散った炎は無数の蛇となって炎人、炎獣、悪夢を喰らう。

 

『オオオオオオオッ!!』

『ガアアアアアアア!!』

 

 その蛇を突破し迫るは巨大な鎧と巨大な女。

 

「失せろ、雑魚ども」

「邪魔だ、餌ども」

 

 神の鎧の模造品が砕け散り、精霊の混じり物にして紛い物が巨大な蛇に喰われる。

 取り込んだ『炎』はリリウスの傷を焼き、傷そのものを焼き尽くした。

 

「快感だろう? 『天の炎』という恩恵は?」

「あ?」

「弱き剣は巨人の刃に、脆き盾は城壁に……いかなる愚物をも蹂躙者へと変える炎の権能。それが『天の炎』だ」

 

 ドゥルガーの武具に纏わせれば、それこそ正真正銘規格外の破壊を生む。

 

「私が最初にこれを授かった時、狼狽えては興奮を持て余した。これならば、いかなる『望み』も叶えられるだろうとな。結局この力は、神が垂らした甘露に過ぎなかったが…………」

 

 これだけの力がありながら、エピメテウスは古の怪物を滅ぼせなかった。敗戦し、敗残者として名を残した。

 

「で? その甘露を暴走させて、お前は何をしたい……」

「…………『黒竜』を討つ」

「…………………」

 

 下界にて中和された『穢れた炎』ならば、確かに神の力を無効化する怪物にも通じるだろう。事実リリウスの神威抵抗に何の反応も示さなかった。

 

「事実、お前の中の黒の獣の力すら通じなかった。()()()()()()()()()()! あの炎を、この地獄の業火を掌握したのならば、あの生ける終末にも届く!」

「届くことと超えることは違うだろ。何より、あのガキは世界を焼くぞ?」 

 

 炎の意義を持ってパンドラは世界を焼き尽くすだろう。

 

「……()()()()()()

「…………………」

神時代(しんじだい)の象徴たるゼウスやヘラですら成し得なかった『偉業』を、この私が成し遂げてやる!!」

「…………世界を見返すためか?」

「違うな。()()()()()()」 

 

 『愚物』と罵られた存在が世界を救う。

 神と人(せかい)が嗤い、捨てた存在が最悪の形で世界の悲願を叶える。そして後悔させる。

 

「歴史を塗り替えてやる! 本来辿る筈だった正史を、最悪の結末を持って終わらせる! たとえ人類が滅びきったとしても、神々を証人にしてやる! 未来永劫、その過ちを語り継ぐが良い!」

 

 

 

「このエピメテウスが、『最後の英雄』となってくれる!!」

 

 

 

 最後の英雄。それは黒竜を討ち、ダンジョンを攻略する者に与えられる予定の異名。この世の厄災を終わらせる筈の存在。

 

「痛快ではないか! 絶倒ではないか! 世界が欲する英雄が、世界に引導を渡すなど! 人々と神々が望んだ光を、闇に堕とす! この世界から、『英雄』なんてものを消してやる!!」

 

 世界を滅ぼす怪物はなく、悲鳴はなく、嗚咽はなく、されどそこに生きる何者もいない。

 それがエピメテウスが成す救世。『愚物』が愚か者として為す最悪の英雄譚。

 

「それが、全てを壊し尽くす我が『破道(はどう)』にして『大望』! ──私の世界への『復讐』だ!!」

 

 英雄の全否定。

 世界への拒絶。

 

 下界に酷使され続け、犠牲を払い続けた『敗残者』の末路。

 

 

 

「………やはり、お前は……」

 

 プロメテウスは、その宣誓をただただ悲しそうに聞く。

 

「簡単に愚か、とはいえないな。私の眷族(こども)達の中にも彼を侮蔑する者はいる」

「…………アポロンか」

「やあ、天の同胞。すっかり騙されていたよ」

 

 今だってたまたま見つけただけ。

 それ以上の会話はなく、2柱の神は、2人の戦いに再び目を向けた。

 

 

 

「お前の『炎』は巫女共が使う『炎奏(えんそう)』とも違う、私と同じ炎との『一体化』。『穢れた炎』すら行使するとは、存外お前にも負の感情があったらしい」

「俺の何を知ってやがる」

 

 オリンピアに伝わる情報など、オラリオで脚色された耳当たりの良い幼い英雄と、それを前提に広がってしまう健気な少年英雄の噂話だけだろうに。

 

「そうだな。知らんよ、お前のことなど。知る気もない……此処で死ぬのだからなぁ! 私が『黒竜』を討てると至った結論(こたえ)を見せてやろう」

 

 炎の力が、まだ上がる。

 黒く、暗く、闇のように燃える赤黒い『穢れた炎』。その熱でエピメテウスの足元が熔けだした。

 

「──っ!? 逃げてっ、リリウス!!」

 

 少女の叫びに、回避一択だったリリウスは足を止める。最悪のタイミング? いや、戦いの中でこの位置関係まで誘導された!!

 

「惨めな逃走ではなく、盾を選ぶか! つくづく癇に障るガキめ!!」

 

 炎の蛇を纏い立ち塞がるリリウスに、エピメテウスは嘲笑を浮かべる。

 

「その愚神と共に、燃え尽きろおおおお!!」

 

 利用するという目的を忘れたわけではないだろう。リリウスならギリギリ生き残るだろうという、ある意味では信頼。

 

 その嫌な信頼のもとに炎が放たれた。

 

「【世滅の洪水(ガフ・デュカリオン)】!!」

 

 世界を飲み込むかのような炎の津波。全てを焼き尽くす焼滅の業火。

 

「………これが答えだ。我が憎悪と共に、全てを呑み込め。『穢れた炎』よ」

 

 

 

 

「…………ぐっ、あ………っ!」

 

 対炎装備がなければ、この程度では済まなかっただろう。

 マーダを振るいながらもフロストペインで体を氷で覆い、それでもこれだ。

 

「まだ原型を保つか。我ながら、つくづく残酷なものだな、『原初の火』は…………」

「……………………」

「健気に睨むものだ。それは敵意か? 私が許せんか? 時に少年よ、苦悩はあったか? 挫折はあったか?」

「……………あった、かもな………」

 

 自分が何をしているのかを忘れ、何をしてしまったのかを後悔する。道を選べる誰かとも、選ぶ道を教えてくれる先達に恵まれた誰かとも、間違った道を正してもらえる誰かとも違い、脆弱なこの身は何時も後悔に苛まれていた。

 

「抜かせ。10と僅かしか生きていない青二才が。挫折などと、酔いしれるな。真の喪失とは、己を殺すことだ。同じ世界では生きていけなくなることだ! 蘇るには、過去とは異なる自分に成り果てるしかない。私の痛苦は3000年の重み。貴様のそれと一緒にするな!」

 

 ピクッとリリウスの指が動いた。

 

「てめぇこそ、一緒にするな…………」

「何だと?」

「崇められ、貶められた英雄………お前は、守りたかったものを守るために、自分で傷つけた事はあるか?」

「……………」

「早く強くならなきゃと、死地に赴いて飢えに苦しみながら理由を忘れ彷徨ったことはあるか? 自分の(むね)に空いた穴も忘れ、満たされることなく食い続けたことはあるか?」

「何を、言っている………?」

「お前の痛みはお前のものだ。俺の痛みも俺のもの………あいにくと、誰かの痛みに寄り添えるほど善人じゃねえんだ。同意を求めるなクソジジイ!」

 

 炎が傷を癒す。立ち上がり、口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

「それに俺は、【アストレア・ファミリア】があのまま蔑まれたまま死んで墓すら建てられなかったら、クズ共殺した後オラリオの連中も殺して回った」

「!?」

 

──何故だっ……なぜ墓すら建てられない!? 人々の為、勇敢に戦った者達が、どうして名を遺すことも出来ないのだ!?

 

 それは3000年ほど前の誰かの心からの叫び。懸命に戦い、死した仲間を愚物に付き従った愚か者と、墓すら勿体ないと嘲笑われた英雄の慟哭。

 

「っ……! つくづく、つくづくお前の言葉は()を苛立たせる!!」

「俺に理解なんざ求めるからだ、間抜け」

 

 べぇ、と舌を出すリリウス。

 

「そもそも、俺は殺すぞ。俺を馬鹿にする誰かを………俺は滅ぼすぞ。俺から奪った全てを……自分の為に復讐も出来ない、誰かの為にしか怒りを抱けねえ。だから言ったんだ。お前の末路は英雄だと。英雄以外の何物にもなれはしねえ」

「………っっ!! 黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! 真の不条理も知らぬガキが! 己の手を汚したこともない、無知のお前ごときが!! 俺達の無念を、知ったように語るなぁ!!」

「……………母を殺した」

「────────」

 

 その言葉にエピメテウスは言葉を失う。

 

「生きてる時には、結局言えなかった。今なら言える………大好きな(ひと)だった」

 

 自分の想いも理解出来ず、死を受け入れないで欲しいから抗わせて、結局その手で殺した。

 滑稽な道化で、道理も理解出来ない『愚物』。

 

 彼女はどの道、汎ゆる道を示そうと炎に身を投じただろう。結局、リリウスのあの選択こそが彼女を一番長く生かせる方法ではあった。

 

「英雄のようだったあの(ひと)が、自分を犠牲にしてまで世界を救おうとしたんだ。だから止める、アルフィアが願った『英雄』のように」

「…………ッ!! 英雄の末路を知っておきながら、まだそのような戯言を吐くかァ!!」

 

 全てに見放され、何も残らず、足元に転がるのは砕け散った尊厳のみ! 渾身の代価はただの絶望だった!!

 

「貴様がどれほど夢想を語っても、私が見てきたものは何も変わらん! 私には、世界を恨む権利がある!」

 

 世界が求めるのは救世の英雄。それ以外の者は全て不要。どれだけ懸命に戦おうと、命を賭けて怪物を打ち倒そうと、敗残者と嘲る世界など、エピメテウスは認めない。

 

「それでもなお、私の前で『英雄』などとほざくか!!」

「英雄はお前だろうが」

「小僧ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 業火と業火がぶつかり合う。

 剣戟の音と爆音が都中に広がっていく。戦いは、まだ終わらない。

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