ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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それは愚か者の物語

 何時からだ、自分を卑下できなくなったのは。

 

 何時からだ、周囲を恨むようになったのは。

 

 …………何時からだろう。『英雄』という言葉に呪われるようになったのは。

 

 

 剣戟は続く。

 炎が全てを焼き、熔かし、破壊する。

 身の程を弁えず近づいた凡夫を焼き尽くすであろう高温の空間が陽炎のように輪郭を歪める。

 

 離れて見守る神々にも、その熱が伝わる。

 

「かああ──!」

「があああ!」

 

 Lv.7の剣と鍔迫り合う大英雄の剣。足元に生み出された槍を瓦礫を支点に蹴りつけ刃を振るうも腹を蹴られ吹き飛ばされる。

 

「ふざけるな………貴様はもう、死に体だろうに! その体で、私と打ち合うだと!?」

「この程度の修羅場、飽きるほどくぐり抜けてきた」

 

 何度も死にかけ、そこから生き残ってきた。飯を食っての回復はできないが、炎による治癒は可能。

 

「罰せよ【炎誅の山(カフカス)】!!」

「呑み込め【大蛇(アヒ)】!!」

 

 炎の波濤。それを飲み込まんとする炎の蛇。

 ぶつかり合い、火花が散る。

 

「相殺!? 炎の総量が、上がっている……? 貴様、俺の炎を!」

 

 炎を奪っている。

 全てではないが、攻撃に使われた炎すらあの炎蛇は喰らい、己の力へと変える。

 

 

 

「………あの戦いは、今や『炎の力(リソース)』の奪い合いだ」 

 

 三千年もの間、英雄(エピメテウス)が死ねなかった理由は誰よりも『天の炎』を使役し、強大な加護をその身に順応させていったが故。

 

 それも今や揺らぎ始めた。

 

「武装ではエピメテウスが有利………」

「だが、地の利を得ているのはリリウスきゅん。炎に満ちたこの都からエネルギーを喰い続ける」

 

 肉体の活性化、傷の修復、炎の障壁。巫女達とも隔絶していたエピメテウスの境地にリリウスも辿り着きつつある。

 

「だが結局は………」

「ああ。()()()()()()()()()

 

 これは意志と意志の戦い。

 

 

 

 力では圧倒。『技と駆け引き』でさえ勝っている。

 

 3000年の積み重ねがたかが10と少しで追いつけるはずもない。誰でも解る、単純な計算だ。

 

 にも関わらず──

 

「ぜあああ!」

「ぐうっ……!」

 

 ありえない。変化している。

 この一戦の中で、炎に焼かれ、一撃を浴びる度に、一瞬の先に成長している。 

 この感覚を、エピメテウスは知っている。

 

 この威圧を。

 この脅威を。

 

 絶望の丘を越える為、一分一秒を凌ぐように強くなっていった者達のことを──

 

 それは炎を纏う鍛冶師。

 それは剛力無双のドワーフの大戦士。

 それは争いの姫の名を冠するアマゾネス。

 それは精霊の詩を紡ぐ妖精。

 

「──古代の英雄達!!」

「グガアアアア!!」

 

 エピメテウスが振るう銀の一閃とリリウスが放つ黒の一閃がぶつかり合い火花が散る。

 剣の軌跡に残った炎に沿うように精霊の武器が現れ、振るう。

 弾かれる。

 振るう。

 砕かれる。

 振り下ろす。

 熔かされる。

 振り上げる。

 踏み砕かれる。

 

 武器と武器が火花を散らし、炎と炎が破壊を振りまく。

 

「………ふざけるなっ! 破道のため、復讐のため! 俺は返り咲かなくてはならない! 忌まわしき『英雄』に!」

「お前は既に英雄だろうが!」

「英雄と呼ぶな………っ! 英雄じゃない、俺が英雄であるものかぁぁぁぁ!!」

 

 リリウスの言葉にエピメテウスが叫ぶ。

 

「俺が英雄であれたなら………! 俺はぁ! 俺もぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 

──その炎剣(つるぎ)を執り、世を救え。

 

 絶望が跋扈する地で、ただ丘の上で祈るだけの無力な神官の前に炎が落ち、たまたま選ばれた。それが後の世に『愚物』と語られる、英雄譚ですら無い躾に使われる物語の始まり。

 

 頭に鳴り響いた『神託』に打ち震え、それに従い、必死に戦った。

 

 戦って戦って、戦い続け、ふと顔を上げてみると………災い(パンドラ)と呼ばれていた故郷は、絶望が封じられていた。

 

エピメテウス様、万歳!

 

我等の英雄に栄光あれ!

 

 喝采を背に、虚栄心に浸る間もなく次の戦いへと向かった。

 痛哭が鳴り響けば東へ、嗚咽が漏れれば西へと向かう。

 

 故郷に平和をもたらしてもなお、世界は英雄に戦うことを求めた。

 

 魔物の断末魔が響けば、それを掻き消すような民の歓声が響いた。

 

 来る日も来る日も魔物を屠る。傷は何時も絶えなかった。

 

──ありがとう、英雄様!

 

 救われた娘が笑顔を見せた。

 

──故郷を取り戻してくれて、ありがとう!

 

 救われた男が涙を拭いながら叫んだ。

 

 それが、誇らしかった。

 

──あの人を返して、返してよぉぉぉ!

 

 救われなかった女が涙を流し責め立てた。

 

 救われた者達を見て、戦った意味があったのだと思えた心を嘲笑った。

 

──どうして早く来てくれなかったの!?

 

 瓦礫と化した国で女の慟哭を浴びせられた。

 

──何も救えないくせに、何が英雄だよ!

 

 焼ける故郷を前に項垂れていた妖精は怨嗟の眼差しで睨んできた。

 

 救っても救っても、救いきれない。

 束の間の幸福がさらなる悲劇に塗りつぶされる。

 俺がどんなに戦っても、お前達から流れる涙は止まらない。

 

──嗚呼、リンデェウス! 許してくれ……!

 

 隣に立って戦っていた戦友(とも)も、一人、また一人と居なくなっていった。

 

──また遠征に失敗したのか!

 

 絶望も知らぬ無知な王が責め立てる。

 

──何が炎の効かぬ『黒き魔物』だ! どれほどの人と金を注ぎ込んだと思っている!!

 

 英雄により地位を手に入れた暴慢な諸侯が憤る。

 

 栄光と凋落は表裏だった。

 成果を上回る犠牲に罵倒が飛んだ。

 犠牲を上回る命を守っても、石が投げられた。

 

──奴は英雄の紛い物だ!

 

──あんなものは偽物よ!

 

──敗残者め!

 

 事実だった。

 だから、どれだけ罵声を浴びようと、いくら石を投げられようが、うつむいて、すまない、と詫び続けた。

 

 そして──

 

──何故だっ! 何故墓すら建てられない!? 人々の為に勇敢に戦った者達が、どうして名を遺すことも出来ないのだ!? 愚弄するのは俺だけにすればいいだろう!? 死した者に、尊厳はないと言うのか!? それならば、何のために彼等は命を賭したのだ……! 愛する者を失い、顔も知らぬ者の為に戦ったというのに──!!

 

──どうして歴史(おまえたち)が忘れるのだ……! 何故、英雄達が蔑まれなければならない! それが、世界(おまえたち)の仕打ちなのか……!

 

 気がつけば、俺は『英雄』ではなくなっていたらしい。

 

──もう戦うな。世から離れ、聖地を築き、炎を管理せよ。

 

 敗れ去った俺に『神託』も呆れ果てたらしい。

 神域(オリンピア)と名前を変えた始まりの丘で、虚ろな日々を過ごした。

 

 時が巡り続け、抜け殻になっていた俺は、不意に『それ』を知った。

 世の歴史が、『エピメテウス』を『愚物』と呼んでいることを。

 

────ふざけるな────

 

 あの『絶望』を『愚物』の一言で片付けるか?

 あの『犠牲』を『愚行』で済ませるのか!?

 

 英雄(おれ)達を殺したのは世界(おまえたち)だろうに──!!

 

 世の嘲笑は、奥底に沈んでいた怒りに簡単に火をつけた。

 数千の時ですら風化出来なかった感情は、もはや『化物』に成り果てている。

 

 穢れゆく炎が、まるで俺と同調するようにドス黒く濁っていく。そして………

 

 長い平穏は、その日焼き尽くされた。

 

 悲鳴は炎に呑まれ、肉体は消滅し魂を囚われた炎の亡者が彷徨う死の都がたった一晩で生まれ、悪夢達が生者の心を壊し取り込む。

 

──……どうして………どうしてっ、守ってくれなかったのです? どうしてっ、(シオン)達を!!

 

 娘を失った巫女の雄が、涙を流しながら叫んだ。

 

──()()()()()()()()!!

 

 ………………一体いつからだ。『英雄』という言葉に、呪われるようになったのは。

 

「ぁ………!」

 

 吐いた言葉に後悔する女だが、女と同じ思いを秘めるのは彼女だけではないと解る。

 

 都合の良い時だけ、世界(おまえたち)は『英雄』を欲し、俺達を呼ぶ。それはなんて歪で醜悪なことか。

 

 だが、そうだ。俺はここでも救えなかった。

 ならばこの身は、お前達の言う通り、真実『愚物』なのだろう。

 

 じゃあ、もういいだろう?

 俺を嗤う世界の破滅を祈りながら、最後に『我儘』を言うのは。

 俺を信じて、逝った者達のために、『復讐』をするのは───

 

 

 

「させるか!」

「ぐっ!」

 

 金属音が鳴り響く。過去の想起を無理矢理現代に戻される。

 

「世界を滅ぼさせねえ」

「……勝手を、抜かすなァァァ!!」

 

 膂力で吹き飛ばし、炎を放つ。

 

「ならば俺の未練はどうなる! 行き場のない俺たちの無念は、どうすれば良い!?」

「…………」

「何も見返すことも出来ず、世界を呪って果てろと言うのか! 戦友(とも)の仇も討てず、『愚物』として──『敗残者』のまま!!」

 

 自分を英雄と信じて付いてきた者達が、誰かの涙を拭いたいと、自身も味わった喪失を味わわせないと剣を取った彼等が、『愚物』に唆された無能な兵士と嘲笑われる歴史を続けろというのか。

 

「………お前は『愚物』じゃないとよ。お前は、『敗残者』じゃねえってよ!」

「どうしてそんな事が言える! ならば、俺が何を残した!? こんな俺が、一体何を残せた!!」

()()()()()()

 

 その言葉に、英雄も、神すらも時を止めた。

 

「傷付いて、それでも()()()()()()()()英雄(エピメテウス)に………その背に憧れた英雄達に守られて、俺達は今此処にいる!!」

 

 リリウスの体から炎が溢れ、炎人となる。誰かの再現体ではないただの炎人。そんなただの炎人に、エピメテウスは目を見開く。

 

「……………リンデェウス? いや………そんな、馬鹿な! 奴の魂は、とっくに!」

「そうだ。此処にいるのは、ただの残滓…………」

 

 一説によると、走馬灯とは死に直面した脳が助かる方法を探るためと言われている。ならば、自我が芽生えるほどの恐怖を感じた『穢れた炎』は?

 

 探った。己の中に宿る負の感情から。未だ穢れきらない『天の炎』の上澄みにまで手を伸ばして、エピメテウスと共に戦い炎を借り受けた者達の意志の残滓を刺激した。

 

「お前を止めてくれと、俺に縋った、お前の仲間の残り滓だ」

「…………それでも………お前達が、望んでいないとしても………俺が望んでいるんだよ!! 英雄(お前)達に報いない世界に! お前達を、ただの愚か者だと嗤う世界(あいつら)に、復讐を!!」

『『『………………』』』

 

 炎人達は再び輪郭を失い、リリウスへと吸い込まれていく。

 

「借りは返すのが信条なんでな。力を借りた、だから、此奴等に代わってお前を止める」

「黙れ………その目を、やめろおおおお!!」

 

 


 

今回のタイトルは、エピメテウスの物語を子供に読み聞かせる時の母や父の言葉をイメージ。

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