ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「……お前、英雄になりたいんだったか?」
パンドラから視線を逸らさず、リリウスはエピメテウスに問いかける。返答は聞く気などないが。
「なら、
「………………」
伝えるべきことを伝えるとリリウスは炎で傷を癒す。応急処置にもならないが、まだ体は動く。
故に崩滅の化身へと歩み寄る。
「よおパンドラ、アフロディーテはどうした?」
「母を傷つける気はない。元より、我が身に神を縛る力はない」
天に還った訳では無いと光の柱が立たないから解っていたが、取り込まれたという最悪な事態でもなかったらしい。しかし、母と来たか………。
「妙なのに優しくするから懐かれるんだ」
と、自分を棚上げするリリウス。
「人の子よ。我が炎を奪い、内より魂を盗んだのはお前だな?」
「吐き捨てただけだ。天に還っただけだろ」
「そしてまた、この地に生ませるか」
「………何を見た?」
「人の
それは魔物に全てを奪われた騎士の慟哭。
それは子を貫く魔物の牙を見た母の憤怒。
それは助けを求めた隣国にて奴隷に落ちた姫の暗澹。
それは他国を滅ぼし領土を広げる王の欲望。
それは自分以外の幸せを許せぬ乞食の嫉妬。
それは何も救えぬと自責する英雄の絶望。
「この不条理を終わらせる。この悲しみを焼き払う。それこそが我が存在意義」
「それが冥府の顕現ってやつか?」
「そうだ。
パンドラは、世界を滅ぼせるだけの存在はそう言い切る。
「魂が巡るための肉体を焼き払い、生命が生まれる
「………………………」
こいつは本気なのだろう。
3000年の負の感情の蓄積があり、歪んだのは間違いないだろうが、それでもこいつなりに……下界を救うという原初の使命を果たすために………或いは使命などなく、ただ人のために世界を滅ぼそうとしている。
「我が半身を打ち倒せし英傑よ。お前の悪夢も私の中にある。故に私は知っている……お前も救おう。再会を誓おう。故に、眠れ」
「──────」
放たれた炎を、黒い剣が切り払う。痛苦の黒氷がパンドラの体に傷をつけた。
「……………何を?」
「理屈は知らねえが…………
ならば通じる。神殺しの力が。
「………不完全な神喰いの魔物の力で、朽ちるほどこの身は温くはない」
傷を癒しながらパンドラは言う。
全能の神に届かなくとも迫る、万能の化身から神罰の業火が放たれた。
「────!!」
宣言通り、無効化には程遠いリリウスの怪物としての力を突き破り燃やす。マーダでその炎を喰い、回復に回すも細胞が焼け死ぬ方が早い!!
「チィッ!」
炎から飛び出し、侵奪にして神奪の炎の蛇を放つ。されどそれは、リリウスの
リリウスの記憶から『沼の王』を再現していたのだから、当然その知識もある。
大蛇の大顎に叩き込まれる莫大な量の火の柱。大蛇が内から弾けた。
「抵抗は無意味。余計な苦しみを与えたくはない………」
何より、これから世界を滅ぼさなくてはならないのだ。
「死ぬ気はハナからねえんだよボケ」
耐火装備の殆どが燃え尽きた。
理不尽なまでの火力にさらされ、大火傷を負いながらも倒れぬリリウス。
「……誰もがお前のように、強くはない。誰も彼も、戦える訳では無い」
「…………………」
「剣を取り戦い、勝利を収める者もいれば、傷一つつけることなく魔物の牙に喰われる者もいる」
「大国の王に生まれただけで、無能なまま老衰するものもいれば、宿した才を開花させる間もなく飢え死にする者もいる」
「国に見捨てられた国境の民が隣国に救われ、故郷に裏切り者として殺される」
それは下界の有り触れた光景にして、純粋なパンドラには受け入れがたい理不尽。
「同じだけの才を持ち、意志の強さ一つで大成する者も、折れる者もいる。それを、惰弱の一言で片付けるなど私には出来ない」
故に滅ぼす。
「
一瞬で接近しマーダを振るうリリウス。体を反らし回避したパンドラだったが、氷を生み出し足場に跳ねる。
「────!!」
パンドラが消え、リリウスが地面に蹴り飛ばされた。
「ぐっ、が……っ!」
高速移動……ではない。転移………。
無数の羂索を生み出し鏃のような独鈷杵がパンドラへ迫ると同時にリリウスの周囲を回る。
再び転移するパンドラだったが縄に触れ、即座に残りが反応する。
「っ!!」
途端に、全てを吹き飛ばす
羂索もリリウスも、街の一角も一瞬で砕かれ吹き飛ばされた。
「………………あ?」
リリウスの視界に映るのは山のように巨大な怪物。
一歩歩けば、大地が揺れる。
「っ…………ベヒーモス!」
それもリリウスの記憶にある、2代目………オルタナティブ。
「…………もう、良いか」
リリウスに敗れたエピメテウスは、一人瓦礫に背を預けながら空を見上げる。
このまま下界はパンドラが滅ぼす。
「エピメテウス様…………」
「…………レアか」
と、そんなエピメテウスの下に現れたのはレア。彼が敗れるとは思っていなかったのか、困惑しているようだ。
「失せろ。此処に英雄はいない。いるのはただ灰にまみれた敗残者だ……」
「いいえ…………いいえ! 貴方が、エピメテウス様が敗残者など、そんなはずはありません!」
自嘲するエピメテウスにレアは叫んだ。
「貴方は、誰よりも英雄でした。誰よりも傷ついて、誰よりも立ち上がって………それが当たり前ではないと、知っていたのに」
それを忘れてしまうほどに、エピメテウスは鮮烈だった。誰よりも強かった。誰よりも偉大だった。その背を見守ることが誇りだった。
「私達は、誰よりも貴方のそばにいるつもりで、隣に立とうとも、前に立つこともしなかった…………」
そう言うとレアはエピメテウスの腕に肩を回し、戦闘音が響く方向とは逆に歩き出す。逃がそうとしているのだろう。
「……………エピメテウス」
「…………ぁ」
そして新たに現れる褐色の女神。
2人の戦闘の余波で瓦礫だらけで、地面も熱を持ち、零能な身では苦しいだろうに。
「…………本当にお前……貴方だったか。私は、レアではないかと、とある時期、疑っていました………」
「お前は本当に、残念なぐらい愚鈍だな、エピメテウス。その目も節穴だ。がっかりするほど英雄の器じゃない、ただの凡人。だが、お前はこの丘で、他者の救済を祈り続けていた」
誰よりも無力を噛み締めながら、人々のためにあろうとしていた。
「だから私は、お前に『炎の鷲』を与えた」
それは決して偶々などではなく、神が見定めた必然。
「そんなお前だから、三千年もの間、この地を守り続けることが出来た………そんな戦い続けたお前に、私は休んで欲しかった。報われてほしかった……」
「………っ」
エピメテウスはその言葉に、ギリッと歯噛みする。
「………貴方を、恨んでいます」
「知っているよ」
「………貴方を、憎んでいます」
「わかっているよ」
「俺がやってきたことなんて、何の意味もないものだって……ずっと思ってた………」
「…………………」
だけど……。
──だから………礼を言ってやる
何も救えていなかったと、そう思っていた自分に、あの小さな英雄はそう言ってみせた。偽りも無く、ただ本心を真っ直ぐと。
──どうか私に、貴方の物語を歌わせてほしい
あの時、追い返した盲目の詩人の盲が開いていれば、あんな目を向けてきたのだろうか。ふと、そんな事を思った。
「………物語は巡る。お前が恥じて悲しみに暮れた軌跡も……誰かの希望になっていたかもしれない。私が言う資格なんてありはしないが、私しか言う奴がいないから、言うよ」
──お前の物語は、無駄なんかじゃなかったよ、エピメテウス。
三千年、始まりの時から英雄を見続けた彼女だからこそ言える言葉に、エピメテウスは目を見開いた。
「………………だいっきらいだ」
「ああ」
「………大っ嫌いだ」
「ああ」
「…貴方なんて、大っ嫌いだ!!」
「……………すまない、エピメテウス」
それは背負わせてしまったことであり、報いてやれなかったことであり、救えなかった全てへの謝罪。
「……………ありがとう、神様」
「っ…………」
エピメテウスがレアから腕を離し、ふらふらと立ち上がる。
何時しか周りには炎人達が集まっていた。
「エピメテウス様……!」
「不要だ。此奴等は、違う」
炎人の一人が、その腕に抱えた剣を差し出した。
「がっ………!」
オリジナルより格落ちしていようと、Lv.7すら含めたあの時の連合軍で誰かが欠けていれば勝てなかった生粋の怪物の複製体。
「なめるなああああ!!」
それすら喰らおうと、炎の大蛇が牙を振るう。だが………。
「がっ………!!」
背後からリリウスを貫く槍。
あの時、大地の王に挑んだ冒険者達は、そのままリリウスの敵として立つ。
こちらは、今は知らないが少なくとも当時の完全再現。再生能力があり体が高熱の炎で覆われているため、あの時のオリジナルより強いかもしれない。
『────!!』
「【アロ・ゼフュロス】!!」
炎の武人がとどめを刺そうとすると、炎輪が飛んできた。背中に槍を刺していた炎の勇者へ2匹の猟犬が襲いかかる。
「状況が悪化していないか? なんだ、この状況は」
「見ての通り、最悪の状況だ………」
エリクサーを受け取りながら顎で眼前の光景を示すリリウス。
「…………心臓に槍が刺さっているように見えるが」
「俺の心臓貫きたきゃ、氷河を穿つ一撃を放つんだな」
ヒュアキントスの言葉に真実を返すリリウス。人が増えた。だが、状況は一切好転していない。戦力差は覆らない。この場に、困難を乗り越えられる英雄は最初からリリウスただ一人。
「そうか。参考にさせてもらおう」
「っ!!」
目の前に転移してきたパンドラの手刀をマーダで防ごうと盾代わりにして…………砕かれた。
勢いの落ちた手刀による一つが骨を削る。咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。
「いや、やはり私はこちらか……………」
放たれる業火。マーダは折れ、防ぐ術はリリウスには存在しない!
そう、リリウスには…………。
「………何のつもりだ、我が半身」
「……………半身。半身か………ああ、お前は………下界ではなく俺を映す鏡であったのだろうな」
リリウスの目の前に存在するのは、英雄の背中。周りに立つのは天の炎に宿りし英雄軍の残滓。
「下界の崩壊を願った。彼等が報われぬ世界など滅びてしまえと、そう思った…………数千年、間違い続けた」
「そうだ。その苦しみに溢れるのがこの世界だ………故に、滅ぼし救う。私を落としたプロメテウスが、我が母が愛した人類を」
「それでは、人を救えない…………」
確かに救世を願いながらも、下界を滅ぼさんとする炎の化身に英雄は言う。
「お前が見ているのは、世界の片側だけだ。私と同じように、それが全てと、もう片方から目を逸らしているだけだ」
「…………………」
英雄は笑う。そんな単純なことに気付けなかった己を………。
──なら、
「俺は『英雄』になりたい」
「────」
「俺の『我儘』に付き合わせた上で、滑稽なのはわかっている。だが俺は、『愚物』より『愚か者』が良い」
「……………それで、下界が救われると?」
「嫉妬も、怒りも、妬みも…………争いだって消えぬだろう。お前の提示した炎の冥府のほうが、平穏なのだろう。だがそこに人類はいない」
魂がそこにあろうと、人を人たらしめる全てがないのだから。
「そうか──ならば示せ! 三千年の人類の嘆きを、悲劇を、超える力があると証明しろ!」
「…………ああ」
エピメテウスが剣を振るうと溢れ出した炎が炎人達を包む。
そこに現れるは、炎の軍勢。
「お前達は、俺にとって英雄だった。お前達が英雄であれというのなら………今示せ! これが我等の、英雄神話!!」
『『『オオオオオオオオオッ!!』』』
鬨の声は空へと響く。その地にいる全てが、英雄軍を目に焼き付ける。
「お前は奥へ行けリリウス・アーデ。お前は、女を救いに来たのだろう…………世界など、その後に救え」
「……………ああ」
リリウスはエリクサーを飲み干すと、不自然な程攻撃の余波を受けていない都の一角へと駆け出した。