ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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恩の返し方

 ある程度成長したリリウス達を、ソーマは面倒を見なくなった。そこからは、奪われ続ける日々。抗う力もろくになく、それでも抗い食いつなぐ。

 

 ずっと奪われ、奪い生きてきた。最初に与えられたのは、アミッド。次にアーディ。

 リリウスにとって与えるなら兎も角、与えられるというのは、初めての経験だった。

 

 

「また怪我をしたのですか? これを……私個人の持ち物ですので、お代は不要です」

 

「リリウス君は小さいからね、い~っぱい食べなきゃ駄目だよ…………うん、ごめん。私が悪かったから、頼む量、少し減らして?」

 

 

 

 

 

 リューは宛もなく走っていた。

 逃げていた。

 一度は守った命が失われ、守っていた住民から石を投げられ、何より(アーディ)が死んだ。

 『正義』のあまりに無力な様に苛まれ、それを全く気にした様子のない輝夜に叫べば『犠牲を覚悟していた』『【正義】を名乗ればいずれ中傷、批判されるもの』と………『お前だけがその覚悟がなかった』と返された。

 

 アリーゼに縋り、正義の在り方を聞くも、しかしアリーゼは答えを返さなかった。ただ、謝るだけ。

 違う。そうではない。謝ってほしいのではない、否定してほしかった。犠牲なんて考えていないと言ってほしかった。

 

「…………無様だ。衝動の言いなりになって、子供のように駆け出して………アリーゼに、あんな事をいって……こんなこと、何の意味も…………」

 

 どんなに走っても、後悔しても、胸に突っかかった重みは消えない。そんな時だった………

 

「人員、集まったか! 今より指示を出す!」

 

 凛然とした声が響き渡ったのは。

 引き寄せられるようにリューは通りの曲がり角に赴き、声の主を見つける。

 

「現在、人手が圧倒的に足りない。負傷者の看護、亡骸の処理、そして市民の対応は、全てギルド職員や有志の者に任せる!」

 

 都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】の団長、シャクティは正面に整列する団員達に声を放ち続ける。

 

「我々は対戦闘──闇派閥(イヴィルス)の迎撃に全力を傾注する! 戦える者はみな、群衆の盾となれ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 団員達は一糸乱れず声を返す。リューはその光景に胸を打たれる。

 

「シャクティ………実妹(アーディ)を失って、彼女も辛いはずなのに」

 

 それでも、毅然と指揮をしている。リューに負けず劣らず、その胸中は深い傷をつけられたはずなのに。

 無様な自分に比べ、下を向かずやるべきことに従事するシャクティを心から尊敬する。

 

「先に言っておく! 敵に情けをかけるな! アーディのような()()()()()()!!」

「──なっ」

 

 飛び込んできた言葉に、耳を疑った。

 

「アーディはその甘さゆえに死んだ! 奴は敵も味方も救おうとし、その結果自らの死を招いた! これを愚行と言わずして何と言う!」

 

 もはや怒号と化した言葉を吐き団員達を睥睨するシャクティ。

 

「敵は自爆行為に躊躇がない! 捕縛は不可能と判断した場合、速やかに撃破に移れ! お前達が同じ轍を踏むことは許さん!」

「「……了解!!」」

「よし、行け!」

 

 一拍の間を置き、男女の団員達は声を揃えた。シャクティの号令とともに都市の各所へと散っていく。

 

「シャクティ………」

 

 リューは信じられないものを見たかのようにふらついた足取りで、一人残るシャクティの下へ近付いた。

 

「………リオンか。どうした、一人か? 単独行動は危険だ、早くアリーゼ達の下へ………」

「今の言葉、どういうことですか……」

「………………」

「アーディが、甘かった?」

「………………」

「彼女の死が、愚かだった!?」

 

 そこが感情の発火点。

 リューは眦を裂いて叫び声を撒き散らす。

 

「違う! アーディは優しかった! 誰よりも『正義』を尽くそうとしていた! 皆が笑い合える光景を模索していた!!」

「…………………」

「あの時だって、幼い子供を守ろうとした! 彼女は小さな命を救おうとしてっ──!!」

「そして死んだ」

「──っ!?」

 

 冷たい双眼だった。射竦められようにリューが動きを止める中、シャクティは両の眉を逆立てた。

 

「例え幼子だろうと、敵を救おうとしたがために、彼奴は『貴重な上級冒険者の数』を減らした。我々の足を引っ張った」

 

 それは実妹(アーディ)の『愚行』を責める響きすらあった。

 衝撃に打ちひしがれるリューに、シャクティは続けた。

 

「以前から、私はあれに注意していた。その場その場で慈悲を恵むなと。我々は、決して神ではないと」

 

 それは輝夜と同じ全てを救うことなど出来ないと、現実で理想を切り捨てる言葉だった。『秩序の番人』の覚悟であった。

 

「以前のスリの報告は聞いた。リオン、お前も当初、アーディの『綺麗事』には反発していた筈だろう?」

「それ、は………」

「今のオラリオの中で『綺麗事』は許されん。団員達を死なせないためにも、私はそれを徹底する。『反面教師』を用いても」

 

 反面教師という言葉にリューの手が痙攣した。

 

「この難境を乗り越えるため、実妹(アーディ)の死さえ利用する………それが私の『正義』だ」

「それが、『正義』……? それも、『正義』? 嘘だ………嫌だ! 認めたくない、認められるものか!! 姉である貴方だけは、アーディのことを………」

「お、ここに居たか………」

 

 と、縋るように、憤るように叫ぶリューの言葉を遮るように現れるのは白髪の小人族(パルゥム)

 

「【飢鬼(ラークシャサ)】!? 生きていたのか!?」

「ああ」

「………私を、探していたのか?」

「そうだな」

 

 と、リリウスはシャクティの前まで歩く。

 

「命令をくれ」

「……………は?」

「……………」

「命令?」

「ああ」

「…………何故?」

「もらいすぎた借りは返さなきゃならねえらしいからな。アーディの借りを返すために、彼奴がやろうとしてた街を守るってのをやろうと思ったんだが…………」

 

 リリウスにはやり方が解らない。

 闇派閥(イヴィルス)が民衆を煽り冒険者の足を引っ張るならぶっ殺そう、と過激で短絡的な行動を起こす。

 

「フィンも考えたが、彼奴の『せーぎ』とアーディの『せーぎ』は別物だろうからな。まだ彼奴の理想に近いお前に従う」

「…………アーディの遺志を、継ぐというのか?」

「今回に限りな」

 

 リリウスとアーディの関係は、アーディから絡みに行ってばかりだと思っていたが。

 

「……………アーディに、借りだと?」

 

 と、リューが震えた声で呟く。

 

「貴方が、今更アーディになんの恩を感じた」

「あの時命を救われた。そもそも庇った理由はこれまでの飯なわけで、チャラだからな」

「その後、アーディになんの恩が…………」 

「…………!」

 

 シャクティは目を見開く。リューは最悪の想像をしていた。リリウスは………

 

「傷を治すために食わせてもらった」

 

 そう、素直に答えた。

 

「っ! ふざけるなああああ!!」

 

 振り下ろされる木刀。片腕で受け止めるリリウス。リューはリリウスの胸ぐらを掴む。

 

「貴様は、食ったのか! アーディを…………!!」

「そう言ってんだろ」

「!! 何故、何故だ!? 何故、彼女を食った! どうして、食えた!!」

「あのまま死ぬ気はねえからな」

「自分が生きるために、お前に………お前をずっと気にしていた彼女を手に掛けたのか!? アーディは、ずっとお前のことを…………!」

 

 本気で力を込めるリューの手を、リリウスは煩わしそうに、簡単に剥がす。

 

「だからどうした? 彼奴が俺のことを気にかけて、それで過去の出来事がなくなるわけでもねえのに、救おうとしたから何だってんだ」

「貴様………!!」

 

 カッと赤くなり再び木刀を振るうリュー。それを止めたのは、シャクティだ。

 

「!? シャクティ!?」

「…………………」

「何故………何故ですシャクティ? その男は、それは………その口で、貴方の妹を喰らったのに!!」

「…………借りだと、言ったな」

 

 リューの言葉に目を伏せ、シャクティはリリウスに問い掛ける。

 

「何故、借りがある? あの子を助けようとしたのはお前で、その後生きるために食ったことを、借りにする理由もない………」

「アーディが食えといったから」

「なっ!?」

「……………そうか」

 

 目を見開くリューと、アーディならそうするだろうという納得をするシャクティ。リューとて、他者の危機に身を差し出してしまうのがアーディだとは理解している。している、が………

 

「だからといって、受け入れて良いはずがない! シャクティ、貴方はアーディの姉だろう!?」

「…………そうだ。そして、都市の番人の長だ」

「っ!!」

「『二人死ぬはずだった第二級冒険者』が『片方の犠牲でより強い方が残った』………それだけだ」

 

 アーディはLv.3。リリウスはLv.4。どちらが生き残ることがオラリオに有益か………論ずるまでもないだろう。

 

「そんな、理由で? そんな、事で? 貴方は、許せるのですか!?」

「………もとより【飢鬼(ラークシャサ)】には、アーディの愚行で迷惑をかけた」

「──────!!」

 

 返ってきた言葉は、リューが望むものではなかった。リューは震えながら後ずさり、走り出した。

 

「……………すまない」

「別に………」

「しかし、そうか。やはりアーディは死んだのか………」

「やはり?」

 

 眷属の死は、主神が把握しているはず。

 

「死者の数が多すぎた。一度に死にすぎて、ガネーシャも把握しきれていない」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】は都市の憲兵。秩序の側の勢力として、最大数を誇る。当然昨夜の死者はかの派閥が最も多かったことだろう。

 

「そうか、なら一応伝えておくことがある。その後、命令を寄越せ」

 

 

 

 

 

 

 『死の7日間』三日目。

 ホームから飛び出したリューを探しながら歩き、ライラと輝夜は昨日石を投げられた広場に来てしまった。

 あの時石を投げた者達の姿を冒険者の人並み外れた視力で捉える。

 

 また面倒なことになるとリューが居ないかだけ確かめ直ぐに離れようとする。と…………

 

「はい、どうぞ。あったかいスープです」

「俺にもくれ!」

「ちょっと、押さないでよ!」

「みなさん、喧嘩しないでください! まだまだ沢山ありますから!」

 

 炊き出しが行われていた。配っているのは鈍色の髪の少女とグレたように不服そうな猫人族(キャットピープル)の少女だ。

 ギルド職員には見えない。つまり、有志の配給。こんな状況で…………。

 

「炊き出しなんて、ありがたいよ。何時、あんた達の食料が尽きるかも分からないのに………」

「困っている時はお互い様です。それに心配しないでください。このスープは『豊穣の女主人』というお店の差し入れですから。すごい怖くて、でも都市で一番安全な酒場なんです。皆さん、もし危なくなったら都市のメインストリートに来てくださいね!」

 

 闇派閥(イヴィルス)の兵が無作為に暴れる今の都市で安全なところなどどこにもないだろうに、そんな言葉を投げかける少女に周りの人間は力のない笑みを返す。

 

「嘘でも、嬉しいです……そんなことを言ってもらえて」

「ああ。もうオラリオに安全な場所なんて………」

「う〜ん、嘘を言ってるつもりはないんですけど……皆さんを明るくするためには、先にお腹一杯になってもらった方が良いですね。沢山食べて、笑顔が浮かんじゃうくらい、温まってください♪ 他に、まだもらってない人は──」

「無駄だ無駄だぁ! 炊き出しなんてしても、意味ねえんだよぉ!!」

 

 と、少女の声を遮るように男の声が響いた。

 

「………?」

「どうせ俺達は死ぬ! 飢え死にしなくたって、闇派閥(イヴィルス)に殺されてオシマイだ!!」

 

 ざわざわとその言葉が、その不安が伝播する中、少女はそれでも狼狽えず男の目を真っ直ぐ見た。

 

「そんなこと、ないと思います。そうならないように今、冒険者様達が………」

「冒険者ぁ? そんなのもう頼りにならねえよ! 闇派閥(イヴィルス)の奴等に、いいようにやられたじゃねぇか!」

「それは…………」

「【ロキ・ファミリア】も、【フレイヤ・ファミリア】も負けたんだろう!? そんなの敵いっこねえじゃねえかよ!」

 

 都市最強の二大派閥。個々の力が最強の【フレイヤ】に、優秀な頭脳の下、組織として最高の【ロキ】。その2つがやられたという事実を改めて口に出され、絶望が伝播していく。

 

「俺も、他の奴等も、死ぬんだよ……冒険者が守ってくれなかった、俺の妹のように………!」

 

 民衆達が俯き、誰一人としてもう冒険者に希望を持っていない光景に輝夜とライラは石を投げられた方がマシだったと引き返そうとした時だった………。

 

「お前、五月蠅い」

 

 スープを飲んでいた小柄な少年………小人族(パルゥム)の子供が隣の獣人の少年の腕に抱かれた赤子を指差す。

 

「こいつ起きる」

 

 そう、面倒くさそうに言ってから再びスープを啜る小人族(パルゥム)…………リリウスは猫人族(キャットピープル)の少女に近づく。

 

「おかわり」

「にゃあ……」

 

 空気を固めた事を全く気にしない様子のリリウスに少女は引きながらもスープのおかわりをよそった。

 

「…………おいガキ、お前もさっさと食え。後、清潔な布にスープつけてそのチビに飲ませろ」

「あ! い、妹はもう歯が生えてます!」

「そうか。おい店員、なるべく大きい具材は避けてくれ」

「注文多いにゃ…………」

 

 ブツブツ文句を言いながらも子供達の分もよそう少女。何処か羨ましそうな目を、一瞬だけ兄妹に向けた。

 

「な、何だよお前………お前! 冒険者か!? なにも守れなかったくせに、何で飯なんざ喰ってやがる!!」

「? 腹減ってるから」

 

 と、何を当たり前のことをと馬鹿を見る目を向けるリリウス。

 

「何で、なにも守れなかった冒険者が飯なんざ食ってんだつってんだよ!!」

 

 男の言葉に、民衆達に怒りが宿る。石や椀を投げようとする民衆にリリウスは目を細め──

 

「だ〜め」

「────」

 

 鈍色の少女がリリウスが上げた手を抑える。ポカンと固まるリリウスは、次の瞬間その場から消えた。

 

「あ、あれ〜………? あ、いた!」

 

 広場の端に移動していたリリウスは脂汗を流しながら鈍色の少女を見ていた。

 

「何だ、お前!?」

「え? あ、そういえば名乗ってませんでしたね。私の名前は………」

「名前なんざ知らん!」

「ええ〜…………」

「何だお前、凄く気持ち悪い!!」

「ええ!?」

 

 ガーンとショックを受ける少女は、クスンクスンとわざとらしく泣きながらスープをよそう。

 

「ほ〜ら、怖くないですよ〜? 美味しいスープがありますよ〜、おいでおいで〜」

「………………………」

 

 警戒しながらおずおずと近付くリリウス。そのままスープをかっ食らう。少女はニコニコ微笑み頭を撫でる。

 

「猫か彼奴は」

「鼠でしょう」

 

 ライラと輝夜はその光景にそう呟いた。

 

「お前、さっき俺に何をした?」

「え? 何って…………何のことですか?」

「さっき感じた不快感が今は消えてる。スキルか?」

「私は恩恵なんて刻んでませんよ? 不快感って、具体的には………?」

「……………幼少期、腹が減って腐った肉を喰った時みたいな」

「腐った肉!?」

「その日の飯が奪われたからドブを啜って、ゴキブリを喰った時みたいな………」

「ドブにゴキブリ!?」

「腹減ったから食うしかねえのに、体が喰っちゃいけねえと吐こうとしているような…………そんな気持ち悪さ」

「貴方は女の子になんてことを言うんですか」

「……………後、表情が変わる仮面と話してるみたいで気持ち悪い」

「……………クスン」

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