ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:仮面の聖女

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悪の問答

 何時かの答えだの正義とはだの、理由の解らない話にリリウスは眉根を寄せる。

 

「ああ、ここから去るのはなしだリリウス・アーデ。お前は、リオンの語る正義を聞け。これは命令だ」

「────」

 

 神威を解放した神に、下界の子は逆らえない。敬うという感情を知らずとも、それは本能のレベルで人類を縛る。

 

「何故、彼まで巻き込むのですか……何故、『悪』が『正義』を問い詰める!?」

「神聖な儀式だからさ。公平な問答でもある。何より、俺が下界の行く末を占っておきたい」

「俺は?」

「だってお前は、『正義の未熟』の証明だろう?」

 

 勿論それは、闇派閥(イヴィルス)だって当て嵌まる。だが、その中で明確に『悪』でも『正義』でも無いのはリリウスだけだ。

 

 今『正義』を責める民衆は『悪』と呼ばれる行為はしておらずとも、『正義』のあり方を決めつけて、理想に届かぬ『正義』を責め立てるだけ。

 

「まあ、俺が『正義』の答えをリオンに求めるのと同じさ。救われなかった者の代表としてお前を選んだ。名誉だと思い受け入れろ」

 

 救われなかった者。その言葉に、リューは肩を震わせる。

 リリウス・アーデは、『正義』が取りこぼした者の成れの果て。

 それこそ出会った当初の全てに噛みつくかのような凶暴性は、全てが敵と思っていたから。いや、思っているなんてものではなく、事実としてリリウスの周りには敵しかいなかった。

 

 暴力を振るう者と、泥と血に塗れた子供を汚いと蔑み手を差し出さぬ者、派閥を知り運がないやつだとせせら笑う神。

 

 都市の尊敬を集める【ロキ・ファミリア】は勇者の指示と言葉のもと、名声を得るための動きをして、都市の畏怖を集める【フレイヤ・ファミリア】は論外。

 正義の派閥である【アストレア・ファミリア】は、それ以上の『悪』から民を守る為に奔走していた。

 

男神(ゼウス)女神(ヘラ)が健在だったなら、お前のようなガキは現れなかったろう。闇派閥(イヴィルス)の被害が全くなくなるとは言わんが、見つからぬように動く臆病者はそもそも行動できない」

 

 たとえザニスが今と同じようなことをしても、途中で「やかましい」と【ゼウス・ファミリア】か、「見苦しい」と【ヘラ・ファミリア】か、「五月蝿い(ゴスペル)」とアルフィアが本拠(ホーム)ごと半壊させてソーマをボコった後真っ当なファミリアとして調教していたことだろうと、エレボスは確信している。

 

「今のオラリオは『世界の縮図』。正義を名乗る者達が弱く、悪が好き勝手に暴れ、民は不安と恐怖を感じている」

「…………………」

「悪になりきれぬ小悪党は弱者を虐げ安心したがる。その捌け口となった者は、悪も正義も知らず敵とそれ以外しか解らない」

 

 事実リリウスは、敵は殺すと判断するがそれ以外は関わる気はない存在でしかなかった。アミッドやアーディ、ソーマが少しずつ変えたのだ。

 恩を受けたら返す、それは本当ならリリウスが当たり前のように持っていたはずの価値観。それを当たり前と思える筈の子供だった。

 

「だから、リオン。彼の前で正義が何たるか教えてくれ。万人が愛し尊ぶ『正義』とは何か、『正義の派閥』のお前が、『正義に救われなかった』者に」

「ぁ……あぁ…………」

 

 神の視線に、子供の視線に、耐えられず後退るリュー。だが、一歩だけだ。それ以上、足が動かない。

 

「俺にも聞いていたな、正義がなにか」

「ああ、でもあれは『正義を名乗る者』に関する感想で、お前自身の思い描く正義ではないだろ?」

「なら、正義の概念は?」

「そう返すか………ふむ、万人が他者にこうあってほしいとか、自分がこうありたいと願う形、とか?」

 

 リリウスは虚空を見つめる。考え事をしているのだろう。

 

「光に照らされるか、闇に染まるか。世界こそが二者択一に問われている。そして俺は断然、闇に染まる方を支持している訳だが……そうなると気になるのは『正義』の動向だ」

「闇って、悪なのか? 暗いだけなのに?」

「…………………ふむ?」

「『原初の幽冥』だの『地下世界の神』だの………暗いだけの場所が何故『悪』になる」

 

 地下などと聞けば、この世界の大概の住人はダンジョンを思い浮かべ『悪の根源』とでも思うだろうが、生憎幼少期のリリウスにとっては地下も地上も凶悪な生き物が住まう場所でしかなく、話の通じるモンスターの存在を知った今、やはり違いなど存在しない。

 

「………人は光を尊ぶものだ。よく言うだろう、『希望の光』と」

暗闇(ダンジョン)に自分から飛び込むのにか?」

「…………」

 

 アルフィアはリリウスの言葉にふむ、と顎に手を当てる。エレボスもほう、とリリウスを見つめる。

 

「簡単だ、リリウス・アーデ。何も見えないのが怖いんだ」

「怖ければ悪なのか?」

「ならお前は、悪とは何だと思う?」

「好きに生きること」

 

 一切考える事なく、右とはどちらか聞かれたかのように淡々と返すリリウスにエレボスは続けろ、と促す。

 

「少なくとも闇派閥(イヴィルス)の連中はそうだ。末端は命令に縛られてるようで、その実最終的には自分達の願いが叶う前提に見える。正義………と言わずとも一般の奴等は、人に迷惑をかけるならやらない」

 

 だから好き勝手に生きることこそが悪の本質。そう語るリリウスに、邪神は拍手を送る。

 

「なかなか、解っている。だが惜しいな…………厳密には『気持ちの良いこと』だ」

「…………?」

「お前のいう末端もそうさ。縛られている? 願いが叶うのは最後だけ? 違うな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、気持ち良くなっているのさ」

 

 そこは正義の奉仕とも似ているな、と嘲笑うエレボス。リューは、ただ顔を青くして邪神の言葉に震えるばかり。

 

「嵐の夜に一人にされた幼子のように震えるなよリオン。そろそろ『正義(おまえ)』の答えを聞かせてくれ」

「ッ……!?」

「『無償に基づく善行』。『何時如何なる時も、揺るがない唯一無二の価値』。『そして悪を斬り、悪を討つ』……以前、お前が告げた答えだ。俺は一言一句覚えている」

 

 そしてそれは、エレボスの言葉を借りるならリューがこうあってほしいと願い、こうなりたいと願う形。願うだけなら誰でも出来る訳だが…………。

 

「…………やめろ」

「その答えは未だ変わらないか? お前は今も、同じ答えが言えるか?」

「やめろ!」

「お前は、今日まで感謝されたか? 『悪』が猛威を振るう日々の中で、見返りはあったか? 裏切られる『理不尽』を嘆かず、理解されない『孤独』を恐れず………少しでも『正義』を疑わなかったと、(おれ)に誓って言えるか?」

「やめてっ!!」

 

 それは、何時ものリューからは想像できないほどの弱々しい、まるでただの少女の声。

 闇に怯える幼子の声であった。地下世界の神は、闇を司る神は、しかし止まらない。

 

「耳を塞ぐな、娘。俺が酷い奴に見えるじゃないか。お前の『正しき選択』とやらを提示してみせろ」

 

 

「今一度問おう、お前達の『正義』とは……一体何だ?」

 

 

 答えは、返ってこなかった。

 

「私はっ………わたしはっ………!」

「どうした? 言ってみろ、答えられないか?」

 

 灰色の女は解っていたことだと、何も思わない。白い子供は何時もの調子はどうしたのかと首を傾げた。

 

「──ははははははははははははっ! これが『正義』! 絶望の淵では、叫ぶことも出来ないか! がっかりだ、星乙女(アストレア)の眷属! そして痛快だ! お前が『正義』を信じられないなら、このオラリオも『正義』の夢から覚めるだろう! この地には、『悪』が『混沌』を齎す」

 

 

「そんなお前に、再びこの言葉を送ろう」

 

 

「──脆き者よ、汝の名は『正義』なり」

 

 

「ッ!?」

 

 絶望の始まりの日に告げられた言葉に、目を見開くリュー。エレボスは、やはり少女をあざ笑う。

 

「そして愚かな者の名も、『正義』なり」

 

 何も言い返せなかった。『正しい選択』とは何なのか。『正義』の所在すらわからず、『悪』の悪意に押し潰される。

 

 『正義』を抱く心が、もろく崩れさる。

 

「……………………」

「『正義の卵』…………或いはひな鳥は答えを示せず、期待外れだったな。こうなるともう一人の娘の答えを聞いてみたくなったな…………アリーゼ」

 

 ここに居ない、『正義の派閥』の団長の名を呟くエレボス。

 

「どうだ、リリウス・アーデ? これが『正義』だ………なるほど、お前は自分で強くなるしかなかったのも納得だ」

「何を今更………」

 

 悪の言葉をリリウスは否定しなかった。それが余計に、リューの心を抉る。

 

「……………」

 

 と、不意にリリウスが振り返る。アルフィアもまた、目を閉じたまま顔を不快に歪めた。と、同時に響く爆音。

 

 

 

 

 

「弱り果てた獲物を前に、何を臆することがある? 好機を逸するぐらいなら、私が破壊をもたらしてやろう!」

 

 街中に現れた闇派閥(イヴィルス)を率いる男の名は、オリヴァス。これまでの嫌がらせじみた襲撃ばかりの中で初めて現れた幹部。

 

「貴様等の戦意を折ってやるぞ、オラリオ!!」

 

 静観を決め込んだエレボスに代わり、自らの手で破壊を齎さんとする悪。

 

「蹴散らせ! 殺せ! 民衆を殺し尽くし、このままギルド本部まで攻め落としてくれる!」

 

 

 

 

「襲撃!? しかも、あの数は!」

「やれやれ、オリヴァスの仕業か。控えろと言った筈だが………しかも、よりにもよって俺達の目と鼻の先とは」

 

 呆れたように首を振るエレボス。だが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「だが、余興を思いついたぞ。アルフィア、『周囲一帯』を守れ。後、そのガキを止めろ」

 

 エレボスの言葉に、アルフィアは駆け出していたリリウスに一瞬で追いつくと足を使い引き寄せ胸を叩き頭を掴み、脳を揺する。

 

「!?」

 

 呼吸が出来ず、脳も揺れ、リリウスはその場に倒れ伏す。

 

「ザルドも呼んで、この戦場に増援を許すな」

「私に雑音の増長を手助けしろと? ふざけているのか、エレボス? 眷族はおろか、私はお前の犬に成り下がった覚えはないぞ」

「そう言うな。一種の見世物だ。これが終われば、俺はもう余計なことはいっさいしないと誓おう。お前達の望み通り、計画を一気に進めてやる。今度こそ『絶対悪』を執行してやろう」

 

 計画? 望み?

 先程のアルフィアの態度からしてそれは…………ならばエレボスはアルフィアの真意を知った上で手を組んでいる?

 それが意味する事は………

 

「あまり、こいつの前で余計な話はするな。だがまあ、騙されてやる」

 

 そう言い残して立ち去るアルフィア。その背を見て、リューもハッと正気に戻る。

 

「無辜の民が………! 助けに行かなくては!」

暗黒の神(エレボス)の名において命じる。()()()()()()。俺の神意に逆らうのなら、すぐにアルフィア達を呼び戻し周囲を最悪の地獄絵図に変えてやる」

「…………………」

 

 どのみち何もしなければ結果は同じだろうと、ふらつく体を起こそうとするリリウス。

 天地が揺れる。壁に体を押し付けている? 違う、これは床だ。上はどっちだ!?

 

「お前もだ、リリウス・アーデ。お前達は、ここで見ていろ」




ちなみに口は悪いものの凶暴性が減ったのは、飢餓感に慣れたことと常に周囲を威嚇する必要がないぐらい強くなったのとアーディやアミッドのおかげ

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