ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
2人の『覇者』が増援の前に立ちはだかり、その惨劇は続く。
「安心しろ。これが最後だ。お前に『正義』を問うのは」
命の選択を迫っているとは思えぬ声色。ヴァレッタやディース姉妹でも、このような状況で、このような声色は出せまい。当然だ、それは言葉通り神の視点を持つ者にだけ許された問題なのだから。
「だから早くしろ。どうか俺を萎えさせてくれるな。でなければ──そら、『女』が死ぬぞ?」
「!?」
息も絶え絶えに、まさしく今にも殺されそうなアスフィを見て目を見開くリュー。すぐにでも駆けつけたい。だが、そうなればこの邪神は号令を出し、民衆を残らず殺すだろう。だけど、でも…………!?
「しぶとい。全く以ってしぶとい! だが、その生き汚さこそ冒険者たる所以か」
オリヴァスの嘲りが聞こえた。民を守るために1秒でも長く生き動こうとする女を貶める笑い声。
彼が手を振ると魔剣の魔法がアスフィを焼いた。
「くぁ!」
「良いザマだ。血を流し、腹を焼かれ、声もあげられない。その壮絶な姿を絵画に閉じ込めておきたい程だぞ、
民衆を守ろうとする彼女を、他者の盾となり命を削る献身的な姿を生贄と蔑むオリヴァス。暴力に酔い、愉悦に狂う狂人の笑い声が観客であり枷である民衆の耳朶を打つ。
「目を背けるなよ愚かな民衆! 今より用意する贄を見て存分に泣き喚け! お前達が都市に絶望を轟かせろ!」
絶望は伝染する。ましてやこの闇に覆われたオラリオでは、容易く希望を奪われる。オリヴァスはそれを良く理解していた。民の悲鳴が、冒険者の死が、この都市に深く突き刺さり息の根を止めることを。
「や、やめてぇ…………やめてえ!!」
「嗚呼………誰か、誰かぁ…………!」
力なき民衆はその光景に震え、涙を流し、ここに居ない誰かに助けを乞う。その光景にリリウスは…………
「彼奴等は馬鹿なのか?」
嘲りも抱かず疑問を口にした。アスフィに助かってほしいと願うくせに自分の身は差し出さない。あの場に飛び込みアスフィを守るということは、自分を危険にさらすと言う事と同義だからだ。
自分は危険な行為をしないくせに、他人にそれを強要する。やはりリリウスは、人を助ける意味を理解出来ない。
「くははははははははっ、ひひひひひひっ! 馬鹿め、同志達に阻まれる冒険者達の声が聞こえないか!? 助けは来ない! 希望など降ってこないぞ、冒険者! そしてオラリオ!!」
あの光景が辛いと言うなら、命をかけてまで止める意義があるとそう吠えるなら、動けばいいのに。でも笑ってるオリヴァスはムカつく。
まだ視界が回転している。立とうとして再び転んだ。
「おいおいリリウス・アーデ、お前はリオンの答えを聞くまで待てって。民衆を殺すぞ?」
「…………………」
エレボスの言葉に舌打ちするリリウス。
リオンは割れたステンドグラスの先に見える死にかけの友を前にただただ絶望に沈んでいくばかり。
「さぁ、決めろ。ここが岐路だ。なぁに、誰も見ていないさ。見ている獣は吹聴する意味を知らない。意味のないことをする程暇でもない」
たしかに、リリウスはこの光景を、この場で起こる契約を誰かに言うつもりなどない。民衆が死ぬとアーディの代わりを出来ないが、まあ民衆など腐る程いる。何よりあの場の民衆はそもそも冒険者の助けの手を振り払った者達だ。
「一か百か。友か不特定多数か。お前がどちらを切り捨てたかなんて、誰も知りやしない。だから、選べ」
何処までも残酷に選択を迫る声が響く。リューは思わず己の胸をおさえた。そうでもしなければ早鐘を打つ心臓が破裂してしまいそうだったから。
「リオン、お前の『正義』は?」
耳に絡みつく男の声。魂に沈み込むような神の声。
「私は…………私は!!」
囚われ、縛られ、ただ深い地下の闇に沈むリューに道標を示したのは、小さな、掠れた声だった。
「────来るっ!」
リューが顔を上げる。リリウスが視線を向ける。
オリヴァスが鬱陶しそうに、まだ言葉を発せたアスフィを見下す。
「………やって、来る」
「…………何?」
「希望は………彼女達は、来る…………
妖精が、絶望とは違った理由で息を呑み邪神も女の行動に目を見張る。
「リオン………? 【アストレア・ファミリア】だと? 正義の使者が都合良く現れるとでも!? 何を根拠に! 盲信の類だ、正気の沙汰ではない!!」
「だって、彼女達を信じなければ………
死にかけていたはず。彼女の命は風前の灯。なのに、その目に宿る光にオリヴァスが気圧された。
「誰よりも正義に殉じ、誰よりも献身を尽くし、誰よりも傷付いてきた! 誰よりも平和を願ってきた!
そんな彼女達を信じられないなんて、嘘だ! その嘘を肯定してしまえば、私はもう何も信じられなくなる!!」
「愚かな願望だ! 『正義』などという幻想に縋りおって! 周りを見ろ、お前に同調する民は何処にもいない!! 顔を見れば解る! 奴等こそが『正義』を信じられなくなった張本人だろうに!!」
「「「…………っ!!」」」
その場には【アストレア・ファミリア】に石を投げた者達が居た。酒場の娘に止められるまで、自分の妹より幼い少年を役立たずと罵った男が居た。
避難を促す冒険者達を信じられぬと、手を振り払った者達が居た。
「拒絶された『正義』が、そんな民衆を救うとでも? ありえんわ! 今頃、失望と絶望に打ちひしがれているだろう!!」
「現実に失望し、絶望して………それでも彼女達は、最後には赦すでしょう」
「…………なに?」
「かけがえのない友に、赦すこともまた『正義』だと、教えてもらったから」
リオン、赦すことは『正義』にならないかな?
それは、あるスリを、一人の『悪』を赦そうとした少女の教え。アーディが『正義』にならないかと問いかけた言葉。
その言葉に、民衆達が目を見開く。
「正義に傷つき、正義を自問し、今も迷い続けているなら……それこそが『正義の証明』だ。『正義』であり続けようとする、正しき者達のあり方だ!」
だから、来る。
彼女は、来る。
アスフィの言葉は、死にかけた少女が呟くただの妄言で、ならば何故そうなるまで『正義』が来ないのかと一笑に付せてしまえるものだった。
「リオンは、やってくる!」
リオンは、己でも気付かぬ内に涙を流していた。
「世迷い言を………! もういい、時間の無駄だ! この女を殺せ、同志達よ!!」
少女の言葉を笑い飛ばすことも出来ない
リューはしかし、走り出していた。
アスフィに凶刃を振るわんとした
「ぐあああ!?」
「なに!?」
「リオン!!」
吹き飛ばされる男の悲鳴。
驚愕に彩られたオリヴァスの声。
やはり来たと笑う、アスフィの声。
その全てに答えず、リューは犇めく闇の者共に切り込み、二つ名の如く、疾風となって駆け抜ける。
「たった一人で! 馬鹿め! 死にに来たか!」
オリヴァスの言葉通り、リューにはこの状況を打開するすべはない。オリヴァスなら或いは討ち取れるかもしれないが、それで民衆の死が避けられるわけではない。
岐路を飛び出した少女を見て、邪神はすぐさま号令を飛ばすだろう。そうして多くの命が散らされる。
迷いを抱えたまま、何が出来るのかと衝動の言いなりの体に叫ぶ心。
「そこだ、死ねえ!」
「リオン!!」
死兵が突貫する。遥か格上の相手を、己の命と共に闇に沈めようと駆け出し、撃鉄装置を起動させた。
無慈悲な炎が…………
「………えっ?」
鎧だけは立派な、頬の痩けた男が火傷を負い倒れる。息はある………鎧のおかげだろう。
「貴方は………どうして………」
「………死んじまった、あのガキに……何が返せるだろう、って………」
男はアーディに赦されたスリだった。
男は、友を失ったと叫ぶリューの言葉を聞いていた。
「ずっと、考えてたら………体が勝手に、動いちまった………」
「──────」
「なぁ………俺は、『正義』を返せたか?」
その問いの返答を聞くことなく、男は地面に倒れた。
男は『悪』だった。小悪党と呼ぶ程度の、
リオン、『正義』は巡るよ──
彼女を失い忘れていた言葉。彼女が教えてくれた一つの答え。
真の答えじゃなかったとしても、間違っていたとしても、彼女達の正義は巡る。
アーディが赦した男がリューを救ったように、自分達の『正義』は次の誰かに、巡っていく。
リューは今、それを確信した。
「………アーディ…………ありがとう」
言えなかった言葉。言いたかった言葉。それをようやく、リオンは口に出した。
「民衆が、庇っただと………? 守られる事しか出来ない存在が、身を挺して!? 『正義』を、信じたと言うのか!?」
「リオン……アーディ………!」
アスフィはその光景に、涙を流し2つの名を呟く。一つはリオン。一つは、彼女に答えを遺したアーディ。
「…………神エレボス、私の答えを聞かせてやる」
教会を睨み、割れたステンドグラスの向こうでどんな表情をしているのかも解らぬ神にリオンは叫んだ。
「『正義』は巡る! 数多の星の輝きとなって、違う誰かに受け継がれていく!! たとえ私達が力尽きたとしても、『正義』は決して終わらない!!」
その声は、その言葉は、民衆に、冒険者達に響く。
「だから、私は今を尽くす。お前がどんな理不尽を叩きつけたとしても、最後まで絶望に抗い、この身が燃え尽きるまで戦ってやる! 一人でも多くの者を救い、『正義』を託す!」
地下世界の神、原初の幽冥……深き闇より見据える神は、その宣誓を聞いた。
「『正義』を途絶えさせないこと! それが私の『答え』だ!!」
「綺麗事をぬけぬけと! 貴様の夢物語など叶えさせてたまるものか!」
正義の宣誓に悪が叫んだ。
「そもそも状況を見て言え! 事態は好転などしていない! 貴様等の亡骸を辱め、民衆を殺戮する定めは依然変わってなど──」
否定するように、状況を見れない小物が吠える中、その声は響いた。
「状況? 変わってるわよ。だって、私達全員プラスアルファが揃ったんだもの!」
神々がよく口にする言葉を呟き現れた少女の姿に、オリヴァスは再び目を見開いた。
「ば、馬鹿な………貴様等は、まさか!?」
「正義、参上!!」
現れたるは『正義の乙女』達。【アストレア・ファミリア】………正義の女神に従う乙女達が包囲を突破し現れた。
「……戦場の音色が変わった」
敵が都市内に散らばり
果たしてそれは、今を救えても世界を救えるほどか………。
「我々がいなければ冒険者の進攻も阻めんとは、呆れるを通り越して嘆かわしい」
アルフィアはそう呟くと背を向けた。
「いいのか、我々に背を向けて、何をしでかすかわからんぞ?」
「たくさん助けて、たくさん切り込めばいいの? それなら、私、出来るよ?」
この場所なら襲撃地点もリヴェリアの魔法で狙える。リヴェリアなら民衆を避けある程度の数を焼き尽くせるだろう。間の街は、どうせ既に焼かれた街だ。
「…………邪神の下らぬ問答に付き合ってやった。私は私で、問いかけたい事がある」
しばし考え、アルフィアは歩き出した。リヴェリア達に背を向けたまま、警戒一つもしない。
「…………いや、そうだな。お前も聞いておけ」
「何だと?」
「神の言葉を借りるなら、そうしなければ民衆を殺す」
「っ!!」
「貴様……!」
アイズとリヴェリアが息を呑む。アルフィアはしかし取り合わない。
「何を、聞けばいいの?」
「全てを削ぎ落とし、獣に堕ちた者の本音。確かに存在した感情の音………
「アリーゼ、皆!」
「リオン、迎えに来たわよ!」
勝手に飛び出し、帰らず彷徨い、するべき事をしなかったリューに、しかしアリーゼは笑顔を向けた。
「よぉー、家出エルフ。散々迷惑かけやがって、アタシ達になにか言うことはあるか?」
「わたくしは謝罪ではなく、誠意を示して頂きたいですねぇ…………暫くお前の仕事は、我々の下僕だ、ぶぁーかめ」
「ライラ、輝夜。ええ、いくらでも借りを返しましょう」
「【アストレア・ファミリア】……! いや、まだだ! たかが一つの派閥が現れただけ!」
正義の派閥の登場に狼狽えながらも、オリヴァスは己を鼓舞するように叫ぶ。事実として、数の優位は変わらない。
「フフン! 人の話は聞くものよ? 言ったでしょう? プラスアルファ!!」
「うん、そうだね」
「………………え?」
聞こえた少女の声に、リオンは目を見開き、耳を疑う。
仲間達の陰から歩み出てきた姿に、これは都合の良い
「いい言葉だったよ、リオン。私もなんだか、誇らしいや………」
「……………ぁ」
「でも、細かい話は後。周りの人達も助けないといけないし………」
「そうね、皆戦闘準備! もう誰かが傷付くのは終わり! 誰かを泣かせる貴方達を、しっかり倒してあげるわ!」
正義の乙女達が剣を構え、リューの眼の前の少女も片腕で剣を引き抜いた。
「頑張ろう、リオン! まずは、皆を助けてから!」
「っ……………はい、