ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
押し負けた。
倒せなかった。
体が動かない。血が止まらない。視界が赤く染まり、端が黒く暗く闇に沈み始める。
(…………勝て、なかった)
師が、お前なら勝てると言ってくれたのに。
期待に応えられなかった。
「…………ちくしょう」
咆哮が聞こえる。勝利を謳う咆哮。
漆黒の巨人にとってベルは最早敗者であり、勝者は自分。
だからこそとどめも刺さない。それ以上の脅威………リリウスに痛めつけられたからだろう。
「【繋ぐ絆、
「……………ぁ?」
歌が聞こえた。
「【どうか力を貸し与えてほしい】──【エルフリング】」
現れる巨大な
「【──我が名はアールヴ】」
妖精の王女の回復魔法。攻撃、防御、回復の3つ全てを持ち、それぞれ三段階に変化する下界においてもとびっきりのイレギュラーが持つ、回復魔法の第三段階。
アミッドやヘイズに劣れど、それでもオラリオ最高の魔導師の治癒魔法。ベルとついでに桜花の傷を癒す。
「………レフィーヤさん」
「………ベル」
傷は癒やした。それでも、破れた服から覗く肌は泥と血で汚れている。
頑張っていた。凄かった。勝てなくても、死なないだけで十分じゃないか。
頑張りましたねって言いたい。 もう良いですよって言ってあげたい。
でも………でも、違う。だって、自分はこの子の
「………た………立って、ください」
自分は、彼を奮い立たせなくてはならない!
「……え。でも」
「でも、何ですか。貴方はまだ立てる…………貴方はまだ戦える。だから…………立ちなさい。戦いなさい………決着はついてない。あれは、貴方が倒せと言われて、貴方が倒さなきゃいけないモンスターです」
ついさっき負けたばかりの相手に、なんともひどい言葉を投げかけるものだ。でも、嫌だ。
強化種の
「貴方は、私の
「信じて、くれるんですか?」
負けたのに、と声を漏らすベル。
「信じるわけないでしょう!? そもそも、あれ明らかに普通のゴライアスより強いです! それを、Lv.2に倒せとか正気なんですか貴方の師匠は! ミノタウロスの群に私を突っ込んだフィルヴィスさんだってドン引きに決まってます! 勝てる訳ありません!」
フィルヴィスに並行詠唱の練習として中層でミノタウロスの
フィルヴィスは強くて綺麗で尊敬しているがあれは今でも若干恨んでいる。
「だけど………信頼に応えたかったんでしょう?」
「………………」
「貴方の師匠は無茶苦茶です。死ねって言ってるようにしか思えません……信じられない。でも………それに応えようとした貴方を、私は信じる」
その言葉は不思議と胸に刺さる。
厳しいか優しいのか良くわからない言葉。嫌いだって言ってたのに、信じてくれる人。
腕に力が入る。上半身を浮かせる。
腰に力を入れる。上半身を起こす。
足を曲げて、上半身を持ち上げて、立ち上がる。
(あ、本当にいっちゃうんですね………)
逃げても誰も責めないのに。彼の師匠も嫌だと言えば代わると言ってたのに………本当に、馬鹿なんですから。
心の中でそう罵倒しながらもレフィーヤは笑っていた。
その背中になんて声をかければいいんだろう?
励ますのは違う。
奮い立たせる必要はもうない。
心配も………なんか違う。だから………。
「勝ちなさい、ベル・クラネル」
リィィンと響く鈴の音に掻き消されそうな小さな声に、ベルは振り向かない。別に良いですけど、聞かせたかった訳じゃないので。
「オオオオオオ!!」
「フッ!」
ゴライアスの剛腕を斬り飛ばすアイズ。
存外、その皮膚は硬い。それに加えて再生能力。
「リル──」
とん、と中央樹の幹に着地したアイズは風を纏いながらその技名を唱えようとする。ロキ曰くそうすると必殺技の威力が上がるらしい。
「…………?」
と、ゴライアスが不自然に振り返る。不思議に思ったアイズは、しかし遅れて気付いた。
響く壮厳な大鐘楼の音色。
白い光に包まれたベルを、ゴライアスは警戒している。敵と見ている。
「ウオオオオオオ!!」
「【フツノミタマ】!!」
光る剣がゴライアスを突き刺す。それ自体は直接的な攻撃力は持っていないようだが、その剣を中心に地面が陥没しゴライアスが膝を突く。
「……重力の檻!」
重力魔法。己の体重を何倍にもされた巨人は重力の結界から逃れようと力任せに藻掻く。
規格外の身体能力は、事実力だけで結界に押し勝とうとしている。
「ぐ、うぅ!」
そもそも階層主をLv.2で少しの間だけでも拘束できる彼女の魔法が優れているのだ。結界を突き破りベルへと駆け出すゴライアス。
このままいけば、ベルの
「お前等! 死にたくなかったらどけええええ!!」
ベルとゴライアスの間にいる全ての冒険者に向かい叫ぶのはヴェルフ。振り上げられたるは紅の魔剣。
溢れ出た魔力は炎へと変質し周囲を照らす。
「────火月いいいいい!!」
放たれる真紅の業炎。燎原の炎がモンスターを一掃し草原を灰に変えながらゴライアスの身を包む。
「オオオオオオ!?」
「クロッゾの魔剣………」
「
剣に宿す魔法は正規魔法に大きく劣る。Lv.5の椿が作るならともかく、余程の材料と労力を注ぎ込まねば中層では牽制程度にしか役に立たない魔法が黒いゴライアスを苦しめる。
超速再生など間に合わない。
再生するたびに肉体を焼きながら灯る火。代価は、その身を砕かせる魔剣。
破格の代価。クロッゾを有していたラキアが連戦連勝の戦いを続けた理由の一端どころか要因をエルフ達は改めて目に焼き付けた。
(──3分)
スキルの
今のベルが溜められる最大の
炎を纏いながらもゴライアスはベルを睨み駆け出す。距離はまだある。
だが、
「づああああああ!!」
妖精が癒やし、冒険者が繋いだ。
受け取ったのはベル。だから、応える!!
咆哮と共に剣は振るわれた。思い起こされるのは、見て覚えろと何度も放たれたあの光!
未だ頼りない身体で、それを再現する!
開いた距離。ナイフが届くはずもない空間を駆け抜けるは
丘を斬り、城を斬り、数多の怪物を消し飛ばした【
未熟も未熟。されど距離を殺し、怪物の咆哮を切り裂き、怪物の肉体を両断する。
駆け抜ける光の波濤は背後の巨大な中央樹を切断し迷宮の壁に爪痕を刻んだ。
「──────!!」
魔石を切り裂かれたゴライアスの上半身が下半身からずれ落ちながら溶けるように灰へと還る。残された下半身も灰の山へと変わり『ゴライアスの硬皮』がドロップアイテムとして残される。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
響くのはゴライアスの咆哮にも勝る歓声。冒険者達が上げる勝鬨。それを聞きながら緊張の解けたベルはその場で倒れる。
「ベル!?」
「…………か、勝った」
「…………………ええ、貴方の勝ちです。流石は私の
照れたように笑うベルに、レフィーヤもその場で腰を落としはぁ、と息を吐いて緊張を解いた。
凄いものを見た。
冒険を見た。
深層にて、『
成る程、こんな光景を見て、自分達が諦める訳には行かないと思うわけだ。
「ベルくぅぅぅぅぅん!!」
ドップラー効果でヘスティアの声が遠くなっていく。シャバラの背に乗りベルの迎えに行くヘスティアと違い、ヘルメスはその場で瞳を爛々と輝かせていた。
「ああ………ああっ、嗚呼!」
終わったかとマーダに布を巻いていたリリウスは唐突な叫び声にビクッと震えた。毛虫の玩具を投げられた猫みたい。
「見たぞ! このヘルメスがしかと見たぞ! 貴方の孫を、貴方の置き土産を!」
「わふう」
「なー?」
気持ち悪いね、と呟くシュヤーマに同意しておく。
「大成する器ではない!? 馬鹿を言うな、貴方の目もとうとう腐ったか!?」
これを見てみろとここに居ない誰かに物申すように大仰に手を振り目の前の光景を示す。
「喜べ
「クウウン?」
「ああ、関係ないよな?」
ファミリア関係ある? と尋ねてきたので無いと断言する。ベルが何処の派閥の子供であったとしても、ベルはベルだろう。何も変わらないと、数多の派閥を練り歩いたリリウスが保証する。
「あぁ、
神託って適当なんだね、とシュヤーマが言うので、専門じゃないなら黙ればいいのにとリリウスが呟いた。
「これほどの英雄の器が一つの地に揃ったことが、有史以来あっただろうか!? いや、ない!」
ドゴッとリリウスの蹴りがヘルメスの腹にめり込む。カフエと空気を吐き出し倒れるヘルメスの頭を踏みつけるリリウス。
「有史以来ない? お前今、エピメテウスの軍勢とアルフィア達馬鹿にしたか?」
後、フィアナ騎士団も参戦したという大穴に至る道を切り開く戦いと、アルバート率いる傭兵軍も今の英傑達にまるで劣らぬ器が揃っていたはずだ。
神のくせにそんな事も忘れやがって。まあベルが英雄候補であることには同意だが、と妖精の膝枕で眠るベルを見るリリウス。
時代は確かに動くだろう。英雄レースは始まっている。
世界が救われるなら、リリ達が安心して過ごせる世界になるなら、別に誰でもいいが……。
「それでも、勝つのは俺だ」
オラリオの、何処か。
「…………ああ、ああ………困りましたわ。中々、上手くいかないものですわね」
はぁ、と悩ましげに吐息をこぼす美しい少女。2つに結わえられた髪は左右で長さが異なり、時計の針を思わせる。
「仕方ありませんわね。せっかくの英雄の都……英雄のお力をお借りするとしましょう。確か、フェルズさんに会えばいいのでしたか?」
コツコツと時計の秒針のように規則正しく石畳を鳴らしながら歩く少女の影がその場に残り、白い腕がヌルリと這い出してくる。
「この日は確か、まだダンジョンでしたわねえ。では、わたくし達………そのフェルズさんだけでも探してくださいな」
それにしても、と嘆息する少女。
「蛇のようにしつこい方ですわね。何度邪魔しても、何度も何度も………まあ、だからこそリリウスさんに丹念に焼いてもらえるかもしれませんが」
「ヘクチ」
帰り道、神が長居するのは危険と、護衛として【ロキ・ファミリア】からアイズとレフィーヤが追加されたベル一行と救出部隊。
道中見つけたダンジョン内の温泉でリリウスがクシャミした。
「風邪かい、リリウス君?」
「俺は『悪食』に目覚めてから風邪引いたことないよ」
誰かが噂でもしているのだろう。と、隠れていたモンスターの肉を食べるリリウス。チョウチンアンコウのようなこのモンスターが出す粘液はお湯と混ざると布などを溶かす力があった。
アミッドにお土産として持って帰ってやろう。血で張り付いた服を取るのに利用できそうだ。
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