ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
【ソーマ・ファミリア】の一部は
繋がっていると言っても基本的に金のやり取り。故に先日も多くの団員が死んだ。
その苛立ちを
リリルカは、ここに兄がいなくてよかったと安堵した。絡まれれば返り討ちにして、そのいらだちは顔の似ているリリに向けられただろう。
「……………………」
「あの、チャンドラ様………いいんですか? 騒がなくて」
「騒がしいのは嫌いだ」
ドワーフの男チャンドラ。ランクアップどころかステイタス更新にすら金が必要で、その金を酒に溶かすこのファミリアでは数少ない上級冒険者。
何故か最近リリを気にかける。
「お前の兄に恩がある」
「…………私になにかしても、兄様への恩返しになりませんよ」
「……………………」
チャンドラは無言で酒を呷る。思い出すのはたった数年前の記憶。
リリウスが初めてランクアップした後の話。
チャンドラは強化種のインファント・ドラゴンに襲われた。Lv.2にも匹敵する、少なくともなりたてが相手する存在ではない怪物を食い殺したのがリリウスだった。
チャンドラはリリウスを知っていた。だが助けようとしなかった。酒を飲まされ、狂った子供に主人と同じく諦念を持ち、見捨てた…………そう、見捨てた子供だった。しかし子供がしていい目では無かった。
「……………………」
助けられた礼と、贖罪。ファミリアの内情を嫌悪しつつ、何も出来ぬと何もしなかった大人がチャンドラで、自分を守る為にファミリアの誰もが逆らえなくなるほど力を得る為獣に堕ちたのがリリウスだ。
「お前は兄が嫌いか?」
「さあ? でも、あの人が私を嫌っているのは知ってます…………」
「………………」
アーディが離れたと思ったら今度はアリーゼが抱きしめて来て、ライラは無言で頭をぐしゃぐしゃとかき回して去った。
ようやく解放され、屋根の上で街を見下ろしながら飯を食う。何かの骨だ。
『正義』は負けてないと、街を歩く人々が口々に言う。俺達を救ってくれると励まし合う。
「かわいそうにねえ。貴方も、あそこにいるべき子供なのに」
「!?」
不意に聞こえた声は、耳の中に滑り込み脳を溶かし魂を侵すような甘い声色。目を見開いて距離を取るリリウス。
「あ、あれ………どうしました?」
その声と打って変わって、困惑した普通の少女の声。鈍色の髪を持った少女だ。
「お前は…………………」
「名前を教えていませんでしたね…………あ、違いますねこれ。完全に忘れられてます」
訝しむリリウスに鈍色の少女ははぁ、とため息を吐く。
「お話しませんか、冒険者様」
「断る」
「じゃーん! ミア母さん特製、サンドイッチ〜!」
「手短に済ませろよ」
リリウスは美味い食べ物が好きだ。何でも食えるからこそ、美味いものが好きなのだろう。
「…………………」
「……………? 何つっ立ってんだ」
「え、だって冒険者でもない私が屋根の上歩いたら落ちちゃうかもしれません。手を貸してください」
気配を感じなかった事といい、本当にどうやって上がってきた? だが身のこなしを見る限り本当に今にも落ちそうだ。サンドイッチも路上に散らばるだろう。
仕方なく近づいて手を取った。少女はゆっくり腰を下ろした。
「はいどうぞ。因みに私のおすすめは【デメテル・ファミリア】の食材をふんだんに使った…………」
「話ってなんだ?」
「聞きたいことがありまして」
と、少女は微笑みリリウスを見つめる。
「あなたはどうして、この街を守るんですか?」
「報酬が出るから」
「う〜ん。でも、今はこうして元気に振る舞ってますけど、敗色濃厚だと思いませんか?」
片翼は隻腕となったが、2人の覇者は未だ健在。2人がオラリオを蹂躙したのは混乱のさなかだが、そうでなくとも出来たであろう事は想像するに容易い。
負けてしまえば報酬も何も無い。いっそ逃げて、オラリオが滅びたなら遠くへ逃げ勝利したら戻ってくるという選択肢もある。
「勝つ方法ならある。時間をかければ或いは…………」
「時間?」
「男は今も毒に侵されていた。アルフィア………女の方も、多分病気」
人もモンスターもダンジョンの鉱物や採取物を食ってきたからか、なんとなく解るようになった餌の状態。その勘に従うなら、間違ってはいないと思う。
「それでも五分だが」
「それって、報酬に見合わないんじゃ………」
「…………………」
確かにそうだ。あの2人と戦って、勝てる可能性が半分………
「俺は彼奴等が嫌いだ」
「でもそれって、正義の味方もでしょう?」
「……………………」
「こうして、正義を称える民も。だって、貴方はあそこにいるべき、助けを待ち続けた子供で、なのに救われなかった。彼等は貴方と違い、助けようと差し出された手を払い、それでも救われた」
「!?」
気づけばリリウスは少女から距離を取っていた。冷や汗を流し、女の一挙手一投足に警戒する。
女は先程の言葉を忘れたように立ち上がりリリウスの下まで歩き頭を撫でる。
「……………綺麗」
白い髪に指を滑らせ、その瞳はリリウスのすべてを見透かすようにリリウスを見据えた。
「傷つけられ、奪われ、汚され、落とされ、貶められて、憎んで怒って悲しんで妬んで嫌って否定して……それでも貴方の心の奥に輝く光は………ええ、とても奇麗よ」
それは恐らく、怖いという感情。眼の前の女が怖いと、何故か感じた。
「その目。兄の後ろに隠れていたあの子みたい。貴方達は色々似てるのに、そこは真逆なのね」
クスクスと笑う女の声が耳に響く。
「私のものになりなさい。そうすれば、貴方のすべてを満たしてあげる。貴方の心に引っかかっている──」
と、そこで女は言葉を止める。
「ここまでね。今日のことは、どうか忘れて」
何を思ったのか、そのまま屋根から飛び降りた。
「ここにいましたか、
代わりに現れたのはリューだ。代わり………?
「誰かと話していたのですか?」
「? いや、一人で飯を食ってた」
「サンドイッチですか………」
「やらん」
「別に取りません。寧ろ、私も謝罪としてなにか………食事が好きなら料理?」
と、何やら呟くリュー。飯の話なのに、リリウスの本能が何故か危険を告げていた。
「謝罪……?」
「………私は貴方を、殺そうとしました」
「俺の方が強いのに?」
まあ、確かにあのまま襲っていても恐らく返り討ちにあっただろう。
「それでもです。アーディから聞きました。崩れゆく施設からアーディを助けたと………」
「ああ………まあ、シャクティにも言葉足らずと言われた」
食ったと言っただけ。普通の人間は、それで食い殺したと思うらしい。
「それに、私は………」
貴方に戦えと、と言おうとしてリリウスがサンドイッチの入っていたバスケットを音を立て噛み砕く。
「戦えだのは今更だ。戦う理由は兎も角、俺も戦う気はあるし」
「…………そうですか」
「………………………」
「………………………」
しばしの無言。
「………すいませんでした」
「ん」
「アーディの事も、これまでの事も……貴方を、助けられなかったことも」
「助けに関しちゃ、今更
それは、いっそ残酷な言葉で、だけど濁さないのは彼らしいと思った。
「………私は私の『正義』を繋いでいきます。次に繋いだ者達が、貴方のような人にも手を差し伸べられるように」
「それは俺には関係ない」
そう、それでリリウスの過去が変わるわけではない。だが、リューは知らないことだがリリウスはエレボスに語っていた。そうしていけば少しはマシになるのだろう、と。
今更リリウスの過去は変わらないが、リューの『正義』は世界をマシにするとは、思っているらしい。