ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「ええ、本当にごめんなさいね。うちのバカ女優が。ええ、ちゃんと連れ戻すし、それが無理ならきちんと有料席分の料金は返済するわ」
「ああ、いえ………き、気にしないでください」
「そう? 悪いわね」
ニコリと微笑むアフロディーテに対して相手の商業系派閥の主神はダラダラと汗を流す。アフロディーテの膝に座り来客用のクッキーを食っている少年が原因だ。
「………美味いな。これ、帰りの際、金で買えるだけ」
と、金を渡すのは【
英雄でこそあるが過去には荒れに荒れていたと聞く。彼の機嫌を損ねるわけにもいかず、絞れるだけ絞り取りあわよくば一夜の夢を見ようとしていた商業神は返金と謝礼金を受け取るだけで済ませるしかなかった。
「流石元とは言え私の眷族最強! 交渉がスムーズに進むわ!」
「圧力交渉じゃあないの?」
リリウスと言う世界最強に交渉の席に立たれ相手は可哀想なぐらい顔を青くしていた。
「損をさせるわけじゃないもの。常識の範囲内での交渉しかしないならリリウスに怯える必要なんてないでしょう?」
アフロディーテはちゃんとハルモニアを連れ戻す予定だし、それが敵わないなら金だって払う気がある。そこで満足しておけば良いのだ。
「それで? ハルモニアの方は?」
と、リリウスの肩にスパルナがとまる。キィキィと鳴くスパルナの言葉にリリウスはふむふむと頷く。
「アイズを護衛、ベルをガイドにオラリオを観光中だとよ」
ついでに自分の側に控えるに相応しい格好をさせる と着替えさせたとか。第一級を護衛に、今を騒がすルーキーの案内。何処のブルジョワだ。
「それで未だ捕らえた報告がないわけね」
【アフロディーテ・ファミリア】の中に第一級の冒険者の相手を出来る者などいない。返り討ちに遭うだけだ。
「いかがいたしましょう? ハルモニア様に手を出した兎野郎は許せませんが、相手があの【剣姫】では、逆立ちしても勝ち目が………」
「ここはもう、リリウス君に頼るしか………」
「リリウス君に勝てるやつなんていないしな☆」
ベックリンとサンドロの言葉に膝に乗ったリリウスは逆さまにアフロディーテの顔を見る。
「いいわよ別に。あの子が手段を選ばず私の計画から逃げるっていうのなら、こちらも手段は選ばない。ハルモニアが何を考えていようとね」
あまり……というかかなりやりたくなさそうだな、とリリウスは思った。とは言えやると決意を決めたアフロディーテを邪魔する理由はリリウスにはない。
「さ。計画まで時間もあるし、話題を変えましょう? ええと、何処まで話したかしら?」
「リリウスを学区に通わせることにしたあたりですよ、アフロディーテ様」
「そうだったわね。それで、リリウスってば有名人だから正体隠すために獣人の女装をさせて──」
「女装!? メイド服に続いて、学区の女子制服!?」
なんか今日のアーディ、様子がおかしいな、とリリウスは思った。
「やっぱり可愛かったですか!?」
「この私が見立ててあげたんだもの。当然でしょう! あんた達!」
「は〜い! アフロディーテ様!」
サンドロとベックリンが紙とペンを用意し素早く動かす。そういえば【アフロディーテ・ファミリア】の眷族の一部は『ちぇき』なる写生技術を習得し、光景を切り取るとか。
素早く描かれたのはメイドリリウス、
「全部ください! 3枚ずつ!」
「一枚1000ヴァリスよ」
「はい!」
「そしてこれは
上半身裸で槌を持ったリリスの絵を出すアフロディーテ。
「エッチなのはいけないと思います!」
「じゃあいらない?」
「いります!」
今日のアーディ(以下略
さて、くだんのハルモニアはそれはもう自由を満喫していた。
各国の都を渡り歩いたハルモニアからしても豊穣の女主人の料理は最高らしい。
ハルモニアを神々の言葉で『推し』ているベルの姿にシルやアイズが嫉妬したりした。ベルも中々罪深いが、ハルモニアも今回は結構罪深い。
「バベルって、改めて見上げると、すっごい大きいわね」
「私も…………小さい時、思いました」
「小さい時? アイズ、貴方って何時からダンジョンに潜ってたの?」
「…………7歳ぐらい?」
「嘘でしょ!? そんな時からなんて」
その言葉にベルもハルモニアも目を見開く。なお、過去の【ソーマ・ファミリア】はもっと小さな子供がダンジョンに潜らせられ命を落としてたりする。
「………モンスターが怖くなかったの?」
「……怖がるより、やらないといけないことがあったから」
「………突き抜けてるのね。やっぱり第一級冒険者って。私達役者とも違う、別の次元に生きてる」
感心したように笑うハルモニアに、ベルは首を傾げる。なんだろうか、まるで何かを羨むかのような声色だった。
「………ハルモニアさん?」
「舞台から降りれば、私はただの小娘。貴方達、『本物』とは──」
『いい? 貴方は傲岸不遜で、生意気な悪女になるの』
女神は語る。女神は命じる。
『歌が歌えないくせに『歌姫』を名乗り、誰も彼も虜にする『女優』に。貴方は今から未来永劫、舞台から離れられなくなる。貴方は、何があっても──』
「あの、どうかしたんですか?」
過去に戻っていたハルモニアの意識が現在に戻る。何でもないわ、そう誤魔化す。
「とにかく、私達みたいな人間は、得意な舞台で好き放題やっていればいいの。謙虚も謙遜も捨ててね。まあ引退しちゃった私が言っても、説得力はないわね。今の私は正真正銘、我儘だけの小娘なんだし」
「………ベル」
踏み込むべきは自分ではない、そう判断したアイズはベルを見る。ベルも頷く。
「僕が聞きます。僕に、やらせてください」
そして切り出す。
「あの、ハルモニアさん! 舞台を急に引退したのって、歌のことで、悩んでいるから………だったりしますか?」
「!!」
「アイズさんが教えてくれたんです。ハルモニアさんは『歌姫』なのに、歌っていないって………」
それを聞いた時は『推し』の引退宣言にショックを受けていたベルはそんな理由ないから引退宣言ごとこれは夢だ〜、などと思っていたが、冷静になれば第一級のアイズが聞き間違えるとは思えない。
「あんなに凄いお芝居が出来て、舞台への誇りもあって、なのに引退するなんて………何か理由があるんじゃないかって………」
「……やっぱり冒険者って、ズルいわね。いいえ、すごいわ。今まで誰にも気づかれなかったのに」
「ハルモニアさん………」
「確かに、私は歌を歌えない。どうしたってね。役者は誰も彼も虜にするために、誰も彼も騙す。だけど……私のこの『嘘』は惨めで、滑稽で、そろそろ自分だけは騙せなくなっちゃって………正直、しんどくなっちゃったのよね」
誰もが愛せる女優。誰もが称賛する歌姫。しかし、それは嘘で塗り固められたものである事を、他ならぬ本人が1番理解できてしまう。
「それが、引退の理由なんですか?」
「そうよ。だからもう『嘘』をつくのはやめて、『歌姫』じゃない別の私に──」
「──馬鹿言わないで」
ハルモニアの言葉を遮るように紡がれる美しい声色。振り返ればその声に相応しい美がそこにあった。
「アフロディーテ!?」
「師匠!?」
「アーディさんも………」
アフロディーテと、その横にはリリウスとアーディ。
「馬鹿を言うんじゃないわよ、ハルモニア。舞台から逃げるなんて、そんなの本当に『笑えない喜劇』。全てを失った………惨めな小娘だった貴方を、どうして私が眷属にしたと思っているの?」
「………!!」
アフロディーテの言葉にハルモニアが顔色を変え怯えるように後退る。
「舞台に戻りなさい」
「…………うるさい」
「喝采を浴びなさい」
「………黙って」
「栄光を掴みなさい」
一歩、一歩と俯き声を漏らすだけのハルモニアに近付くアフロディーテ。とうとう彼女の目の前にアフロディーテが迫る。
「──ふざけないで!」
烈火のごとく怒りを顕に叫ぶハルモニア。
「私はあんたの人形じゃない! 富と名声を稼ぐ道具でもない! 女神を飾るアクセサリーじゃないの!!」
恐らくはずっと溜め込んでいた全てを吐き出すようにハルモニアは叫びを紡ぐ。
「いいわ、言ってあげる! 私はあんたの下にいるのが嫌だった! 窮屈なのよ! 私の『かつて』を知る女神なんて!」
「その『かつて』は『この時』の為にあったんでしょう?」
「……えっ?」
「『女優』の時間は終わりよ、ハルモニア」
「歌いなさい。貴方の命を尽くした『歌』を………ここで」
その言葉にハルモニアは目見開く。
「そっ………そんなの出来る訳ないでしょう!! なんで? どうして、そんな事言うの!? 私の『歌』がどんなのか、あんたは知っているのに──」
恐怖、混乱、悲壮……………絶望。様々な感情が降り混ざったハルモニアの顔を見て、アフロディーテは目を細める。
「………動かないわね、梃子でも。それじゃあ、歌えないのなら歌わせてあげる……」
翡翠の瞳が怪しい桃色の輝きを宿す。神の気配が、『神の美』が溢れ出す。
「──『歌いなさい、ハルモニア』」
「────ぁ」
「ベル、見ちゃダメ!」
「アイズさん!?」
アイズは目を閉じながらベルに距離を取らせる。
「貴方達は対象外、捻じ曲げるつもりはない」
警戒するアイズ達を一瞥するだけですぐに視線をハルモニアに戻すアフロディーテ。
「さぁ、ハルモニア?」
「いやっ、いや……私は、あんな『歌』───! …………」
拒絶するハルモニア。しかしすぐにハルモニアの表情が消え失せる。
「ハルモニアさん………? しっかりしてください! アフロディーテ様っ、一体何を!?」
「『計画』の時よ。今から始まるのは
「
「俺はアフロディーテに従うだけだ」
人形のように表情をなくしたハルモニアがアフロディーテの前に出て、口を開く。紡がれるは美しい歌声。
「!! これは……これが………ハルモニアさんの歌…」
「きれい……」
思わず状況を忘れ聞き入ってしまう歌声。美の女神の『魅了』の如く心を奪う。
「どうしてこんなすごい歌を、今までハルモニアさんは………」
「…………来る」
アフロディーテとリリウスが同時に顔を上げる。遅れて気付くのはアイズ。
「ベル、構えて!」
「アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
大気を揺らし現れたるは黒い鱗を持つ竜。長い体をうねらせ、睨むはハルモニア。
「ハルモニアさんを狙っている!? させない!」
ズン、と地面に降りてきた竜を見てリリウスは首を傾げる。思ったより弱い?
「当然でしょ? あんなのただの
されどそれでも竜。ゴバッと上空へ吐き出される炎が放物線を描き降り注ぐ。リリウスが竜を蹴りつける。
「アアアアアアアアアア!!」
深層の怪物すら爆散させるリリウスの蹴りを食らった竜はしかし原型を保ち吠える。リリウスが頭蓋に踵を落とし地面に顎を埋める。
やはり頭蓋は砕けない。ギョロリとリリウスを睨む。
「『不滅』…………」
滅びを否定する『肉体』失き竜。魔石すら存在せぬ不滅の邪竜の欠片はリリウスの力をもってしても滅びない。
「じゃあ凍れ」
「────!?」
突き刺さる二本の剣。傷口から広がる黒い
「アアアアアアアア!!?!??」
初めて威嚇でも怒りでもない苦痛の咆哮を上げる竜はそのまま黒い氷に閉じ込められる。リリウスは黒い氷像となった竜をオラリオの外まで投げ飛ばした。
「その氷ってあれでしょ? 不滅相手に大人気ないわねえ。よくやったわ!」
と、アフロディーテ。ベルもアイズも何が起きているのかさっぱりである。
「た、倒せたんですか?」
「いいや? 殺せてない」
「そりゃ
天の炎がその力の大半を失いエピメテウスに刻まれた神の恩恵で強化されている今は、残念ながら『あれ』を滅ぼせるだけの存在は今にも過去にも存在しない。
「あ、ああ…………ああぁぁぁ!?」
と、突然ハルモニアが叫びだす。思い出したくない記憶を思い起こし蒼白となった顔に絶望を刻む。
「いやぁ………!! いやああああああああああああああああ!!」
叫び、バタリと糸が切れた人形のようにその場に倒れた。
「ハルモニアさん!?」
同時刻。51階層、カドモスの泉。
「クウ………」
「ああ、来たな」
「ガルルル………!」
普段なら
「さて、俺はお前と違い補給に困るからな。早く本番を始めろよ、リリウス」
業火がモンスターを焼き尽くした。
「俺より古き英雄、『カドモス』の名を奪った原初の邪竜を今度こそ殺すために」
一枚は観賞用、一枚は保存用、最後の一枚はアリーゼ達に渡す布教用。