ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
市壁に立つハルモニアは、夕日に照らされ燃えるように赤く染まるオラリオを見下ろす。
燃えるような………そう、燃えたのだ。あの時、村は……
「私の歌が、村の皆を………殺した………」
歌に誘われハルモニアを食らわんとする邪竜が村を焼いた。ハルモニアが歌ったから、邪竜が現れた。その事実がハルモニアの心をずっと蝕んでいた。
「神様のお人形に縋って、ごまかして………ずるずると生きてきたら、今度は、この街の人達を……」
あの邪竜は、ここに現れる。今度こそハルモニアを喰らい、更なる力を手にする為に。
「……………もう、遅いかもしれないけど。私がちゃんと……舞台から、降りれば」
現れるのは止められずとも、途中でハルモニアが居ないことに気付きオラリオから去るかもしれない。少なくとも更なる力を手にするのは避けられる。
鋸壁に乗り上げる。この高さなら、ハルモニアなら簡単に潰れて紅いシミに変わるだろう。
「…………きれい」
この景色にそんなものを作ってしまう事は、少し胸が痛む。
「これが、私の
悪くない幕引きだ。最期にもう少しぐらい、この景色を目に焼き付けて………。
「ハルモニアさん!」
「…………ベル?」
声をかけられる。振り返ればベルがいた。あの後も、ずっと探し続けてくれていたのだろう。
「降りてください! 貴方がいなくなったら、悲しむ人が沢山いる!」
「……こないで、こないでよ、ベル……もう、そんな目でみないで………」
自身を見つめる
「ぜんぶ、うそなの………偽物なのっ………神様が生み出した、仮面の私………」
そうあれと命じられ、そうだっただけだとハルモニアは言う。
「つらかったんだよ? くるしかったんだよ! 本当は、胸の奥がずっとグジュグジュいってた!!」
「……………ハルモニアさん」
「ねぇ、みて? かっこわるいでしょ? かわいくないでしょ? きもちわるい、お人形みたいでしょ? もう、どうすればいいか………わからないのっ!」
だって今までずっと、アフロディーテに言われるままにしてきたから。言われるままの我儘な歌姫を演じ続けてきたから。
「ベルと、アイズみたいに………わたしはつよくないんだよっ!!」
ただのか弱い少女として涙を流すハルモニアに、ベルは口を開く。
「…………それは嘘だ」
「待ってくれ、アフロディーテ!」
一方、ベルの主神もハルモニアの主神と再び接触していた。
「なぁ、君は本当に………ハルモニア君を『魅了』したのかい?」
「…………………」
「誰も彼も騙す女優になれだなんて………そんな底意地の悪い『魅了』を、本当にかけたのかい?」
処女神は美の女神に対するカウンター。美の女神が問題を起こせばとりあえず頼られる。ヘスティアは面倒くさがりで、アテナやアルテミスの方が働き者で美の女神との交流は少ないが、アフロディーテは
「…………わけない…………」
ヘスティアを無視して歩いていたアフロディーテの足が、そこでとまる。
「するわけないでしょう!」
心の底からの叫びにヘスティアは思わずビクリと震えた。
「私もフレイヤ達と一緒! 美しいものが好き! そんな美しいものが、くだらないことで輝きを失うなんて許せない!」
『魅了』をくだらないと言い切る『美の女神』は存外多い。アフロディーテもその
「ハルモニアはね、天界の
主神はその眷族の最初の
「なら化物ごときがあの子の輝きを奪うなんて、絶対に………認められるわけないじゃない!」
だからアフロディーテは『魅了』をかける『フリ』をした。幼いハルモニアの心を守るために。
「『魅了』されたと思い込んだハルモニア君は、それが自己暗示のたぐいだとしても………君が望む女の子を演じ続けてきたんだ。強く、眩しい『女優』を。君が夢見ていた『歌劇の女王』を……」
「…………っ」
「本当の嘘つきは、ハルモニア君じゃない。君だ、アフロディーテ」
アフロディーテの『優しい嘘』のおかげでハルモニアは今日まで笑って過ごすことが出来たと、ヘスティアは微笑む。
「そして君は今でも………彼女が立ち上がって、奇跡の歌を聞かせてくれると信じてる。凄惨たる『かつて』からの復活を……」
「──腹が立つわ。ええ、腹が立ってしょうがないわ、ヘスティア」
やはり処女神のヘスティア達と美の女神であるアフロディーテの相性は最悪。
「何でもかんでも見透かしたように上から物を言って! 私は昔っから、アンタのことが大っ嫌いなんだから!」
「………そっか。でもボクは、『君達』の事が、好きだぜ? 気付いているかい、アフロディーテ? 舞台の上で、強くあろうとするハルモニア君は………
「………………!!」
リリウスは市壁の一つを見つめる。
零能たる神はもちろん、生半可な眷族では及びもつかない五感を以て、その光景をただ静かに見守ることにした。
「ハルモニアさんが強くないなんて、嘘だ」
ベルは弱々しい姿を晒すハルモニアに、そう断言した。
「もしそれが嘘だったとしても………貴方の嘘は、皆に夢を与えるぐらい綺麗で、すごいものです」
「………やめてよ。そんな目で、みないでよ………」
まっすぐと、向ける目。キラキラした、眩しいものを見る目。
「『その目』のせいでわたしは、ずっと舞台から逃げられなかった………!」
嘘っぱちの自分に、皆が期待なんてするから。
「それは、皆が期待するぐらい……貴方が眩しかったから。嘘なんかじゃ」
「………っ! きらいっ………きらいきらいきらいきらい!!」
尚も自分から目を背けないベルにハルモニアは子供の癇癪のように叫んだ。
「ベルなんてきらいっ! みんななんて、大っきらい!! あたたかな目がきらい! 私を応援する声がきらい! こっちを見上げながら泣いて、ばっかみたい! 一つ演じて見せたら、ちっちゃな子みたいに『もっともっと!』って! 本当に欲張り!」
「そうですね。欲張りで、自分勝手で……僕達はずっと、ハルモニアさん達に夢を見てる……」
「そうよ! みんな勝手な妄想を、わたしたちに押し付けてる! 本当に、いい加減にして! それで好きだとか、愛してるだとか、口当たりの良いこと言って! 平気で他の役者にも浮気をするし! 口を開けて間抜けな顔して、みんな………野菜みたいに………瞳を宝石みたいに、キラキラさせちゃって………私、うんざりしてるの!」
その目を向けられるから、罪悪感で死にそうだった。皆が憧れを向けてくるから、次を楽しみにしてくるから、何時までも舞台から降りられなかった。
「………………舞台は、嫌いですか?」
「…………わからない」
「………みんなの笑顔は?」
「……悲しむよりはいい」
「それじゃあ、『歌』は?」
その質問に目を見開き、ハルモニアは空を見上げる。やがて観念したように閉じた目から何時の間にか止まっていた涙が一雫零れた。
「…………大好きよ」
口から溢れるは、ハルモニアの本心。口にしてしまった。声に出してしまった。押し殺していた思いを、もう止められなかった。
「ずっとずっと夢見てた。誰かの歌じゃなくて………私の歌で、皆を笑顔に出来たらって………私の歌が、まだ自由だった………あの頃みたいに、穏やかな旋律で、皆と繋がれたらって………」
「それなら………」
「………でもダメ………ダメ、なの……私が歌ったら、また沢山の人が不幸に」
「…………飽きた!」
と、不意にベルが演技がかった声で叫ぶ。
「毎度毎度同じ筋書きに、陳腐な涙。きっと天におわす神々も退屈している!」
「それ………その『演技』………私の」
「悲劇のヒロインなんて時代遅れ! それなら『貴方』が『旋律』を! 歌を捨てる必要なんてない! さぁ、歌姫よ! 共に行こう! 貴方の
そう言ってベルは、物語の英雄のように
「………へたくそ」
「………すみません」
「へっぽこ役者、大根っ、超三流………私の方が、ずっと上手い!」
「はい。ハルモニアさんじゃないと、駄目なんです。だから………もう一度、舞台の上に立ちませんか?」
演技をやめて、本当の顔で笑いかけるベル。
「舞台の上の貴方は最強だって。誰よりも凄くて、眩しいって………もう一度、
「…………なによ、それ」
赤く腫らした目元を歪めて、ハルモニアは微笑む。
「『推し』に注文押し付ける
歌姫はベルの手を取る。
「私を何時もおかしくさせる。貴方達ファンの
「ハルモニアさん………」
「私の心残りと一緒に………思いっきり、歌ってみる。だから──」
「──みんなを守って、私の
「貴方の涙に誓って」
「すごい数の冒険者………この人達皆、竜と戦うために?」
ハルモニアにとって絶望の具現。滅びの象徴たる邪竜と戦うために、立ち上がった冒険者がこれほど居るのだ。
「はい。みんな、もう戦うって決めてます」
と、アイズ。もちろんアイズも戦うつもりだ。
「…………………」
「来たのね」
冒険者達を再び眺めるハルモニアにアフロディーテが声をかけた。
「アフロディーテ………」
「ようやく腹をくくったってこと? ま、もし無理でもその時は『魅了』するけど。これ以上、時間をかけるわけには──」
「バッカじゃないの! 余計なことしないでくれる?」
「………なっ」
アフロディーテのまるで煽るような言葉に、ハルモニアは小生意気に笑って返す。
「そっちが変な
「は、はあああああああ!? なーんですって〜〜〜!?」
「そこで耳をかっぽじって聞いてなさい! 私の歌を! 今日が、本当の私が産声を上げるリサイタル!」
言いたいことを伝え終わったのかハルモニアはアフロディーテへ背を向けた。
「ほら、そこをどいてどいて! 行くわよ、ベル、アイズ!」
「わわっ、ハルモニアさん……!」
ハルモニアはベルとアイズを引き連れズカズカ歩いていった。
「……………良かったじゃないか、アフロディーテ」
「……………『魅了』して歌わせて、事件が解決したとしてもあの子は
「だろうな」
「………わかってるよ、アフロディーテ」
リリウスとヘスティアが理解を示す中、アフロディーテも微笑みを浮かべた。
「ああ、帰ってくる………帰ってくるのね!
「ど、どどどどうしようベル!? あの憎たらしい顔を見たら、何時もみたいにやっちゃった! もう、引き下がれない、よね? は、吐きそう………」
「ええぇぇぇぇ………」
「あぅぅ…………ベル………歌う時、ちゃんと横にいてね? 私をちゃんと守ってよ? いなくなったら許さないからね? うううぅぅ………! ああああーー! アイズ、頭撫でてよしよしして! 自己肯定感高めてぇ!」
「よしよし………えっと、子供っぽく、なってる?」
「リリウス? どうしたのよ、何とも言えない顔をして」
「ボクには何時もの無表情に見えるけど」
「………………親子だなぁ、と」