ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
『本当に不幸なのは幸福であることを知らぬことだ』と、昔の英雄だったか詩人が言ったらしい。
神々は感心し、人々は己を見つめ直した。
一部は言葉通り幸福な人生を送りながらそんなわけがないと憤慨した。
一部は………見当違いにもほどがある言葉に鼻で笑った。
本当に不幸なのは
リリウス・アーデは知っている。
ただ産まれただけで、多くの子供は親に愛されることを。
リリウス・アーデは知っている。
この世界において大半の子供は、親が死んでも周りに守られる者が多い事を。
リリウス・アーデは知っている。
この世界に正義が存在することを。
リリウス・アーデは知っている。
ただ嘆くだけで、逃げもせず蹲っていても救って貰える者達が居ることを。
リリウス・アーデは知っている。
自分は多くのものが当たり前だと思っているその殆どを持っていないことを。
リリウス・アーデは、何も持たぬから失う事だけは知らずに済んでいる。
モンスター達も興奮………いや、困惑している。地の底から響く轟音に怯え暴れ………リリウスが解体して食っている。
目的は下層より来る『
「あの剣、すごい。沢山の人が、たくさんの武器で切ったみたい」
転がるモンスターの死体を見ながら呟くアイズ。武器による負傷は、その武器の特徴をよく示す。その上で、万能包丁マーダで斬られた傷は様々。
扱いが難しそうなのに、良く使いこなせる。
「………ジャガ丸くんのお兄さん」
「ジャガ丸くんのお兄さん?」
「ジャガ丸くんのお兄さん………」
戦闘した端から食事による回復を行えるリリウスを先頭に進んでいると、不意にアイズがリリウスに声をかけてきた。
その呼び方にアリーゼは困惑しリリウスは近づいてきたモンスターをぶっ殺しながら鸚鵡返しした。
「この前は、何も知らないで怒鳴ってごめんなさい」
人とモンスターの区別をつけなかったリリウスに叫んだ時の事だろう。
「気にするな、ジャガ丸くんの娘」
「ジャガ丸くんの娘?」
「ジャガ丸くんの、娘………!」
妙な呼称に困惑するガレスと、何処か嬉しそうに復唱するアイズ。
「お前にとって人間は人間と言うだけで味方と見るに十分で、俺にとってはそうじゃなかっただけだ」
「………………」
「それが大体の連中からすりゃ間違ってるのも自覚はしてるがな」
「…………………………」
「お前と違って、親に恵まれなかった」
自分は恵まれなかったと、そう言った。
普段のリリウスならそういうものだとでも言っていただろうが、まあここにいる連中はどうせあの時の本心を聞いている。
ドワーフは影が薄いからいたかいなかったか憶えてないが。
「あっちも親代わりか?」
と、リヴェリアに目を向けるリリウス。
「じゃが丸くんのお兄さん……………」
「なんだ?」
「私が、お母さんになってあげる」
リリウスは振り返ったまま固まり壁に激突し、リヴェリアはすっ転んで顔面から地面に落ちた。
「「「リ、リヴェリア様ー!?」」」
「リリウス!!」
「リリ坊!?」
リヴェリアにエルフ達が駆け寄りリリウスにアリーゼとライラが駆け寄った。
「…………とりあえず進みながら話すぞ」
流石Lv.5の、生粋の戦士。壁にめり込んでいたのに傷一つない。
「で、どう寝惚けりゃさっきの言葉が出てくる」
「? 起きてるよ?」
「アイズ、何故いきなり母になるなど言い出したんだ………」
天然なアイズにリヴェリアが尋ねる。アイズはうん、と語りだした。
「ジャガ丸くんのお兄さんは、淋しいと思う。私も、お母さんが彼奴に………! ……ここに来た時は、凄く、寂しかった」
「……………………」
「でも、リヴェリア達のお陰で寂しくなくなった」
「アイズ………」
「だから、私もジャガ丸くんのお兄さんに淋しい思いをしてほしくない」
「それで、母親に?」
コクリと頷くアイズ。突飛も突飛。突飛すぎて説明されても意味がわからない。
「そもそもお前俺より年下だろ」
「………………!」
はっ、と驚愕の表情を浮かべるアイズ。考えもしなかったらしい、この馬鹿は。
「淋しいのが辛いなんてのはてめぇの主観だろうがぁ。俺に押し付けんじゃねえ」
「でも、ジャガ丸くんのお兄さん、泣いてた」
魔法で理性が緩み、見たくもない光景を見てしまい、改めて自分が惨めになってアルフィアに問われた時だろう。
口では何と言っていても、あれがリリウスの本心だ。本当は誰かに助けてほしかった。本当は誰にも傷つけられたくなかった。
本当は、自分達が不幸であることを知っていた。
「…………だから、私が元気づけてあげたかった」
「…………孤独を感じてるのは俺だけじゃねぇ。偶々お前の目に俺が入っただけだ」
「うん、そう。
「…………………」
子供のくせに、存外核心をついてくる。
「あ、ゴライアス」
「こんな時に!!」
と、17階層にて階層主と遭遇した。超大型の『
ガレスとリヴェリアが動こうとして、止まる。途轍もない悪寒。
リリウスの髪が黒く染まり、歪な角が右側頭部から生える。
渦巻く黒風。冒険者に気付いたゴライアスが叫び…………その声は猛毒の風に飲み込まれた。
「──────────!?」
皮膚も肉もグズグズに溶けるゴライアス。リリウスはあの時ほどの力が出せない事に舌打ちし、角が灰へと崩れ髪が白く染まると今度は瞳が金色に染まりアイズが目を見開く。
リリウスの体から炎が溢れ、右掌に集まる。投石のような動作で放たれた炎弾はゴライアスを焼き尽くした。
「今の、詠唱がなかった…………スキル!?」
魔法とは詠唱によって完成していく。詠唱が長いほど、強力な力を有するものだ。逆に、だからこそとても希少なレアスキルであっても属性攻撃は
だが、その力は明らかに
「なんてこと、私のアイデンティティが!!」
「やかましいぞ団長。しかし、何だあれは………第一級とはこうも埒外なのか」
「…………………」
じっと、アイズがリリウスを見つめる。その目には困惑が浮かぶ。ただし、彼女の困惑理由は他の面々とは理由が大きく異なるが。
「………ジャガ丸くんのお兄さん……貴方は、私と同じなの?」
「? 何の話だ?」
「せ──」
「アイズ……」
「!!」
アイズが何かを言おうとしたが、リヴェリアの言葉に慌てて口を押さえた。
「………母親ね」
リリウス・アーデにとって血の繋がりを理由に金と労力を要求してくる二人組の片割れでしか無かったが、世間一般の母と子の関係はアイズとリヴェリアのようなものだとは、理解している。
その理屈で言うなら、リリウスにとっての母親に近いのは…………。
灰色の女を思い出しながら、18階層に飛び込む。
そこには地獄が広がっていた。
「………何だよ、コレ」
18階層に存在するはずの美しい森や泉はなく、煌々と輝く炎により赤く染まった世界。マグマの川が流れている。
吸い込む空気すら熱を帯び、息を吸うだけで肺が痛む。
リリウスは幾つか熱の脅威から逃れられそうな場所に目を向け、そのうち1つを見て目を細めた。
「これは、まさか………いや、これではまるで…………」
「ああ、まさしく『竜の壺』! 深層域と同じ状況になっている!」
未だゼウスとヘラしか到達していない深層の領域。そこに住まうある竜は、階層を無視して攻撃を放ってくるという。
今まさに噴火のごとく地面が吹き飛んだのは、邪魔になる岩盤を吹き飛ばしたからだろう。火達磨になったモンスターが半狂乱で突っ込んてくる。
リリウスは飛びかかり食らいつく。
Lv.5の生粋の白兵戦士の耐久力に加え、氷と炎の精霊の力もある。ただ燃え広がっただけの炎なら最早リリウスを焼くことはない。
「まだ『
と、リヴェリアが陣形を組ませようとした時だった、不意にリリウスがその場から飛び退く。
「余計なことはするな」
灼熱の『地獄』の中に響く、冷淡な声。底冷えするような緊張が一同に走る。
「この景色の延長こそが神時代の終焉。五月蠅く、醜く、暴悪な、全ての終末に相応しい儀式」
現れたのは灰色の髪をなびかせた黒衣の美女。
「だからこそ、雑音はみな静寂へと還れ。抗う意義など持たせるな」
「【静寂】のアルフィア!?」
「う、うそっ……どうやってダンジョンへ!?」
バベルの、ダンジョンの入口は【ガネーシャ・ファミリア】達が押さえているはず。それを超えれたという報告はない。
なのに、どうやって…………。
「私が答える義理はない。が、お前達は驚いていないな、道化の眷属」
アルフィアは瞳を閉じたまま、それでも正確に【ロキ・ファミリア】に顔を向けた。
「それと、お前もか…………」
「…………折角のモンスターを倒されれば、士気も下がるだろ、万一に備えるのは当然だ」
そこに最強の戦力を据えるのも、また同じ。
以前リド達から聞いたことがある、母ちゃん、つまりダンジョンが怒った時があると。
リリウスは今回の件と神がダンジョンを憎んでいるという情報から、『
その上で、今の
「『
フィンもそう予想したから、敢えての少数を送り出す事を選んだ。気に食わないが、おそらく勇者とリリウスの考えは似ていた。
「私ではなく、ザルドが配置される可能性も十分にあった」
「皆無だ。五月蝿い地上と、騒がしいダンジョンならあんたはダンジョンを選ぶ」
「…………………ふん」
自分がこちらに回った理由を言い当てられ、つまらなそうに鼻を鳴らすアルフィア。
殲滅力という意味ならアルフィアの方が数の多い地上に向いているだろうが、其れでも確かにダンジョンを選んだ。
「『最悪』が現れるまで、もう間もなく。喚かず、動かず、哭かず、沈黙の
傲慢な女王の言葉に誰もが息を呑む。
「破壊も、慟哭も免れる。悲憤も、喪失も味わわずに済む。
次の瞬間、リリウスのマーダを指で受け止めるアルフィア。
「知るか」
雷光が、赤く染まった18階層を黄金に染める。
「…………雷? じゃあ、さっきの火は?」
「………ザルドの言っていた力か。解らんな、本当に解らん。お前は、なぜここにいる」
距離を取り雷から逃れたアルフィアは問う。リリウス・アーデは、この中で一番戦う理由がない。
都市を守る気などサラサラなく、守りたいものなど抱えて逃げてしまえるだけの力がある。なのに何故、わざわざ死地に赴いて
「恩人に恩を返すのと…………」
アーディを思い浮かべるリリウス。
『……………あれ? リリウス、なんだか何時もと違って獣臭くない?』
『アルフィアに洗われた』
クシャリと髪を掴むリリウス。
「…………お前が嫌いだから、願いを踏みにじりに来た」
「…………いいだろう。ならば、途絶えろ。闘争の雄叫びも、生命の音も、等しく終演を辿れ。それこそが、今の私が贈る唯一の慈悲だ」