ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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エイプリルフール 問題児たちと冒険者が異世界から来るそうですよ?

 リリウス・アーデ。迷宮都市最強の冒険者であり、つまりは例外中の例外たる『神の娘』を除いた全人類で最も神に近付いた少年。

 

 かつて彼に見向きもしなかった世界は今や彼に注目し、ファンレターだの贈り物だと商人からの心ばかりの粗品が届く。

 

「………………」

 

 だが、それは異質。

 面倒だからとリリウスは団員に食料の贈り物と食品券や食事の誘い以外は弾くように命じて、厳選された物だけがリリウスに渡されるのだ。

 

 だと言うのにその手紙はリリウスの部屋にあった。

 リリウスの部屋からリリウスやシャバラ達以外の匂いはしない。強いていうなら三日前、新しい神酒(ソーマ)を持ってきたソーマの匂いが残っているぐらいか。手紙からはソーマの匂いはしない。

 シャバラ達同様匂いがあって当たり前のリリウスの部屋を出入りするドゥルガーはソーマの酒を飲むために今は部屋にいないし、やはりドゥルガーの匂いだってしない。

 

「差出人はなし…………」

 

 取り敢えず中身の確認。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』

 

 なんのことだろうか?

 箱庭………そう言えば以前ウラノスが遊戯(ゲーム)をした外世界の神が見守る世界は四方世界…………(ボード)なのだったか。ならこれも、どこぞの神からの招待状? ウラノスに聞けばわかるだろうか?

 

「また俺が行かなきゃ駄目なのか、これ…………」

 

 ウラノスの動かせる戦力………と言うか人類側の戦力として最強は自負するまでもなく自分だ。だから前回もリリウスがウラノス側の(プレイヤー)として選ばれたわけだし。

 

「まあ行くか」

 

 対価としてまた美味い飯でも奢らせればいいか、とリリウスは判断。その意を受け取ったのか、部屋が光に包まれる。

 

 

 

 

 

「……………お」

 

 気付けばリリウスは空にいた。

 世界の果てが見える。直線ではなく円を描いている。四角い盤ではなく円盤。円の中心には光の柱。

 

 あ、怪鳥。

 

 また異世界に来たようだ。前回は厳密には2つの世界の間につけられたゲーム盤らしいが。しかし世界に満ちる創造主たる神々の残滓、ブラフマンが異様に濃いな。

 

「にゃああああああ!!」

 

 と、猫の叫び声が聞こえた。三毛猫だ。そしてオスだ。

 いい年したオヤジが、飼い主らしき少女も悲鳴の一つ挙げてないというのに情けないものだ。どうやら落下予想地点には湖があるようだ。

 

 因みに、素人が狙い通りの場所に落ちるなど普通なら出来ない。仮に湖に着水できた時でも陸から離れたど真ん中な可能性もある。

 

 そうならないよう誘導する措置がされ、更に自由落下速度によりコンクリートより硬い水に叩きつけられるのを防ぐ緩衝材も用意されている………乾かす用意がないことを除けば十分な措置がされているこの状況なのだが…………リリウスは己に干渉する魔法を吸収する特性がある。

 

「……………ん?」

 

 なので、一人だけ風の影響をもろに受けリリウス以外にも落下していた他3名からそれていく。そのまま地面に落下した。

 

 

 

 

 

(えええええええええ!?)

 

 その様子を茂みから眺めていた女は声に出さず心の中で悲鳴を上げる。湖の、それもすぐに陸地に移動できる浅い場所に落とすと聞いていたのになぜか一人だけ緩衝材もない陸地に落下した。

 

「……………死んだかしら?」

「どうかな。見ろ、人型に穴が空いてる。つまり、ここに落ちた奴はあの高さからの落下で原型を保つ硬さってことだ」

「漫画みたい………」

 

 そして、無事湖に落ちた3人は落ち着いた様子で小さなクレーターとその中心の穴を見下ろす。ヒョコ、と小さな白髪の幼児が現れた。

 

(え、子供? ジ、ジン坊っちゃんより小さいんじゃ…………)

 

 と、困惑する女。召喚された者達は、物陰に隠れている彼女の困惑など気にするわけもなく会話を始めた。

 

 

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。お前達にも変な手紙が?」

「そうだけど、まずは『オマエ』って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

「……春日部耀。以下同文」

「よろしく春日部さん。次に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と、三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれ、お嬢様」

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様…………最後にそこで毛づくろい始めた幼児。お前は?」

「誰が幼児だ。俺はもう酒も飲める年だっての………まあ生まれた時から飲んでたが。リリウス・アーデ………お前等は………今回のプレイヤーか?」

 

 髪の毛についた泥を落としているとヘッドホンを付けた少年に声をかけられた。リリウスは恐らくはプレイヤーなのだろう少年達に尋ねるが全員訝しげな顔をする。前回の四方世界側の住人同様そちら側の神から知らされていないタイプだろうか?

 

「さ、酒も飲める年? いや、でも生まれた時からって。駄目よ、子供の体で飲酒なんて」

「俺は17だ」

「マジで。俺とタメ? ああ、でも言われてみりゃ骨格が幼児じゃなくて俺等の世代をそのまま縮めた感じだな」

 

 と、十六夜が興味深そうにリリウスを眺める。リリウスは気にせず泥を落とし終えた。そして茂みに飛び込む。

 

「あ、ちょ!? い、いきなり何を!? あ、やめ! か、噛まないでくださぁい! 黒うさぎは食べ物じゃないのですよ!」

「噛む? あの子、気付いてたのね。あ、子供じゃないのだったわね」

「そういうお嬢様もな。お前もだろ?」

「風上に隠れてたら嫌でも分かる」

「へぇ? 面白いなお前」

 

 と、茂みからリリウスが再び現れる。服の襟を咥えられぐったりしたうさ耳をつけた女を連れて。

 

「うぐぐ、離してくださぁい。貴方から、なぜか『月の兎』として逆らってはいけない雰囲気が………」

「んえ」

 

 ペッと口を開きうさ耳を離す。

 

「コスプレ?」

「こす………? なんだその種族。兎人(ヒュームバニー)じゃないのか」

「ヒュー………なに?」

「……ああ。まあ、いい。黒うさぎだったか? さっさとルール説明しろ」

「は、話が早いんだか通じてないのか………」

「認識をすり合わせんだろ」

 

 

 

 この世界は箱庭と呼ばれる世界。様々な修羅神仏、悪鬼、悪魔、妖怪、精霊が跋扈している。

 箱庭に於いてはギフトと呼ばれる特殊な力を競い合うギフトゲームが存在している。

 ゲーム参加の為にもコミュニティに所属してもらう。

 

「嫌だね」

「属していただきます!」

 

 ゲームは金品、土地、利権、名誉、人材など様々な物をチップに行われ、勝者は賭けられたチップを全て手に入れられる事が出来る。戦争遊戯(ウォーゲーム)みたいだ。

 因みにギフトゲームで得た報酬は箱庭の法の対象外。早い話、人権を賭けてしまい負ければその瞬間からその人間はモノになる。

 

「さて。皆様の召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございますが、ここから先は我らのコミュニティで話させていただいてもよろしいですか?」

 

 と、話をきり上げようとする黒うさぎ。だが不意に十六夜が遮った。

 

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

「どういった質問です? ルールですか? ゲームそのものですか?」

「そんなことはどうでもいい。俺が聞きたいのは…」

 

 十六夜は一度言葉を切り、見下すような視線で不敵に笑い、言った。

 

「この世界は…面白いか?」

「YES! ギフトゲームは人を越えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 

 その言葉に十六夜は満足したようだ。

 

「さっきから黙ってるけど、お前は良いのかリリウス…………何食ってんだ?」

「リス。脳が美味い」

「……………なんで食ってんだ?」

「? 腹が減って、そこに獲物がいたから。で、質問だったか? じゃあ2つ」

 

 と、リリウスが黒うさぎに向き直る。

 

「はい、どうぞ!」

「俺何時元の世界に戻れる」

「…………………へ?」

「前回のゲームみたいなもんかと思ったが、どうにも違うみたいだ。帰りたいんだが」

「えっと、いや、その…………ええと。ほ、本気ですか? こ、困りますよぉ! 手紙にも書いてあったでしょう!?」

 

 確かに『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て』とは表記されていたが…………。

 

「彼奴等普通に冗談で使うからな」

 

 ほんと、全能だからって好き勝手世界の全てとか簡単に使うんだ神々(彼奴等)

 

「こ、こちらとしては永住させるつもりでお呼び致しましたので、ご用意が…………」

「少なくとも返す手段自体は存在するんだな? ならいいや。次に、お前等のコミュニティの名前は?」

 

 一応世話になるらしいし、とリリウス。黒うさぎの表情が変わる。

 

「くしっ」

 

 と、水に濡れて身体が冷えたのか耀がクシャミを一つ。

 

「…………一先ず場所を移すか」

「よ、よろしいので?」

「まあ、だいたい現状に予想はついたし」

 

 

 

「ちょっくら世界の果て見てくるぜ」

「待て待て。勝手な行動すると苦労詐欺に怒られるぞ」

「なんか発音へんじゃね? 止めてくれるな。黒うさぎにも言うなよ?」

「仕方ない」

 

 と、リリウスが増えた。飛鳥と耀が目を見開き十六夜がへぇ、と感心する。ルンルン案内している黒うさぎは気づかない。

 

「俺はガキのお目付だ。黒うさぎのリーダーの対応は俺が見てろ」

「任された。こっちも任せろ俺」

「お目付かよ。タメだろ、俺等。ま、ついてこれんなら好きにしな」

 

 と、十六夜が森の中へと駆けていく。第一級冒険者の中でも上位の速度だ。つまりリリウスなら余裕で追いつける。

 

 

 

 

 そしてやってきた世界の果て。滝があった。

 中々壮観だ。リリウスは木の葉を持って水面で揺らす。虫が落ちてきたと勘違いした魚を捕まえ丸齧り。と、水の中から気配。

 

『ほう? この様な果ての地に人が来るとは珍しい』

「蛇」

「蛇だな」

 

 巨大な白蛇。見上げるほどの巨体。鱗は美しく、水滴とともに光を反射していた。

 

『よく来たな人の子達よ。貴様等は水神の試練を挑みに来た者達か?』

「だってよ、どうするリリウス?」

「俺はいい。もとより俺より弱いのに、蛇相手。瞬殺。神々の言葉を借りるなら『相性げーのぬるげー』。楽しみたいなら十六夜やれよ」

「どんな神だよ」

 

 と、十六夜が笑う。リリウスからすれば神とはそういうものなのだが。

 

「そういやこの蛇も神とか名乗ってなかったか?」

「聞き間違いだろ。精々中位精霊程度だぞ」

「よくわからねえが弱いってことか?」

「うん」

 

 と、リリウスと十六夜が本人………本蛇を前に好き勝手。プルプル震える蛇を見て怒ってるな、と他人事なリリウス。

 

『貴様等ぁ! 好き勝手言いおって、そこまで言うなら、我が試練を超えてみるがよい!』

「面倒。お前程度が用意できるものなんてたかが知れてるし」

「まあ待てリリウス。本人が弱くたって宝持ってる可能性もあるんだぜ?」

「宝ねえ………いらねえよ。そもそも弱いものいじめで得る宝になんの価値があるってんだ。まだ本体の方がマシ」

『…………いいだろう。貴様等が勝てば、全てをくれてやる!!』

「……………お前の身体も?」

『最期がそんな戯言とはな…………貴様程度小童に出来るのなら、やってみろ!!』

 

 水が渦巻く。大蛇のようにうねる3本の巨大な水柱。飲み込まれれば容易く振り回され人間など簡単にバラバラにされるだろう。

 

 魔力を感じない。水という存在が彼女に従っている。存在そのものが格下の存在に対する絶対的な命令権を持つ…………なるほど、神というのも騙りではないようだ。

 

『くらえええええ!!』

「よっと」

 

 ピシャアアアアン!!

 

 ゴロゴロと大気が唸る。音速で空気が膨張する程の熱量が発生した証拠だ。

 黒焦げになった白蛇の巨体が倒れ、水が飛び散る。

 

「クソ。今日はよく濡れる日だな」

「俺は濡れてないがな」

 

 リリウスの周りに落ちる水滴は凍りつきリリウスの体を濡らさず落ちる。

 

「こっちのほうから…………十六夜さん、ご無事ですか!? って、なんでリリウスさんまで!?」

「あ、黒うさぎ」

「それは………水神!? なんで黒焦げに」

「倒した」

 

 と、リリウスは白蛇によっていく。さすが神を名乗るだけあり、白蛇は体こそ動かせないが意識はあるようだ。

 

『…………くっ。全てを捧げるという約束だ』

 

 そういうと白蛇の体が光る。

 

「好きにしろ!」

 

 と、和服の女になる白蛇。リリウスは首を傾げた。

 

「…………元の姿に戻れよ。食うところが減るだろ」

「……………食うってそっちの意味かよ」

「はっ!?」

「此奴俺殺そうとした。俺が勝った。だから食っていい」

「はは、獣の道理だな。言葉が通じる相手も食えるのかよお前」

「? 言葉が通じるだけなのに?」

「だ、駄目ですよリリウスさん! お腹が空いてるなら、黒うさぎが後でご飯あげますから!」

「おー、だとよ。あのでけえ蛇の姿を飯にしようとしてたお前の腹を満たせるほどの資金が黒うさぎにあるといいなあ」

「うっ!?」

 

 黒うさぎが固まる。

 

「知ってる。とはいえ、最悪土でも何でも物体があるなら良い。お前等のボスの態度次第だがな」

 

 

 

 

 さてその頃、白の芸術(アルスワイス)で作られたリリウスの分身はコミュニティのリーダーであるジン=ラッセルという少年に箱庭の案内を受けていた。外から見たら屋根があり、しかし中から見れば空が見える。何でも日光に直接当たれない種族への配慮だとか。箱庭には吸血鬼がいるらしい。

 

 オープンカフェテラスに案内され、席に着く。オリジナルなら店のメニュー全部持ってこさせただろうが残念ながら分身には食事の機能はない。

 

「リリウス君?」

 

 飯を食う気がない、にしても何やら興味なさげなリリウス。ジンの話を聞く気すら無さそうだ。

 

「いらっしゃいませ〜。ご注文はどうします?」

「えーと、リリウス君は食べれないのよね? 紅茶2つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとコレと」

「ニャー!」

「猫に実際ねこまんまやるのは味噌の塩分過多で死ぬんじゃねえの? ただでさえオヤジなのに」

「大丈夫ですよー。うちは猫のお客様専用のねこまんまもありますから。では、ティーセット3つにねこまんま一つですね」

 

 飛鳥とジンがん? と首を傾げる中、耀は信じられないものを見るような目で2人に問いただす。

 

「三毛猫の言葉、わかるの?」

「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お年の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらきますねー」

「にゃにゃあ、ふにゃう。にゃうにゃー」

「やだもー。お客さんったらお上手なんですから♪」

 

 猫耳の店員は嬉しそうに尾を揺らしながら店内に戻る。

 

「初対面の相手に尾の甘噛の約束とか…………」

「え? え? 何、どういう話の流れなの?」

「箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外にも三毛猫の言葉が分かる人が2人も」

「にゃー」

「ちょ、ちょっとまって。貴方達もしかして、猫と会話できるの?」

 

 と、飛鳥が動揺しながら尋ねると耀はコクリと頷く。

 

「もしかして猫以外とも意思疎通が可能ですか?」

「うん。生きているなら誰とでも話ができる」

「相手がこちらの意図を汲む程度の知恵があるなら、こっちも意図を汲める」

「それは素敵ね。じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」

「うん。きっと出来………る? ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど…………ペンギンがいけたからきっと大丈夫」

「大鷲とカラスだな。昔は彼奴等に餌場教えてもらってた」

 

 まだリリウスが何でもかんでも食えるわけじゃなかった頃、カラス達にカラスの力では開けられない鉄の扉などを空けてやる代わりに場所を教えてもらっていたっけ。残飯だろうとリリウスからすれば腹のなかで消化できるだけマシだった。

 

「イルカとも友達」

「俺はシャチ舎弟にしてるからイルカと話したことはねえな」

 

 おー、と耀が仲間を見るような目でリリウスを見てくる。

 

「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において、幻獣との言語の壁というのは大きいですから」

「そうなんだ」

 

 一部の猫族や黒うさぎのような神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば会話は可能らしいが、幻獣というのは独立した種なので同一種か相応のギフトがないと意思疎通が不可能らしい。

 

「そう…………春日部さんとリリウス君は素敵な力があるのね。羨ましいわ」

「俺別に動物と話す力なんて持ってないけど?」

「え、でも?」

「環境によるものだ。『あ、あのクソヤロウ、今日俺のこと殺す気だな』とか『あのカラス、美味い残飯食える時間知ってるな』とか、観察している内に…………そもそも同種間で意図を持って伝えるための声ならそれは言語だ。なら異国の言葉を理解するのとさして変わらん」

 

 と、言い切るリリウスに飛鳥はん? と固まる。何やら聞き逃がせない言葉を聞いたような。

 

「さっきの猫おやじの言葉なら『かわいい』が『にゃにゃあ』で、そこに耳と尻尾をつけると『にゃにゃあ』って感じで、『メス』が『ふにゃう』で年下に言う感じで『ふにゃう』。その他約束を取り付けて。にゃにゃあ、ふにゃう。にゃうにゃー」

 

 【アストレア・ファミリア】のお姉ちゃんズやアーディがいたら胸を押さえて蹲るだろう。

 

「おー、すごい。三毛猫がよく発音できてるって」

「てかそのオヤジの名前三毛猫なの?」

 

 と、その時だった。

 

「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺のコミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリの黒うさぎは一緒じゃないんですか?」

 

 上品ぶった品のない声がジンの名を呼ぶ。振り返ると2メートルを超える大男。はち切れんばかりの筋肉がタキシードをピチピチに張り詰めている。こんな絵に描いたような『似非紳士』が実在するのかと、リリウスはちょっと感心。ちょっとね、ちょっと。

 

「僕等のコミュニティは〝ノーネーム〟です。〝フォレス・ガロ〟のガルド=ガスパー」

 

 不快さを隠そうともしないジン。名無し(ノーネーム)………神々が好みそうな事だが、コミュニティの名前とするにはどうにも。

 

「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの名と誇りを奪われて良くも未練がましくコミュニティを存続させるなどできるものだ………そう思いませんかい、お嬢様方」

 

 お嬢様なら自分には関係ないな、とリリウス。無論そこに含まれている自覚はあるが。

 許可もなく席に座るガルドをリリウスは横目で見たあと、机の上でぐでーとしだした。

 

 ガルドは六百六十六の獣の傘下である「烏合の衆の」フォレス・ガロ。ジンに言葉を挟まれ紳士の仮面をあっさり捨て獣の本能むき出し。

 

 紳士で通っている自分を怒らせるなと騙れば、ジンは森の守護者だった時なら礼儀を返してやったと皮肉を返す。

 

「そういう貴様こそ過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうが! 自分のコミュニティが置かれている状況がどういうものか、理解できてんのかい?」

「はい、ちょっとストップ」

 

 二人の剣呑な雰囲気に飛鳥が割って入り、改めて質問する。まずジンには、コミュニティが置かれている状況について。

 

 ジンは言葉に詰まる。黒うさぎと口裏を合わせて隠していたことを教えろと言われているからだ。ジンの対応を待っていたリリウスは、その態度を見て完全に興味を失った。分身のくせに欠伸とかしだしたもん。

 

 説明しないジンに代わりガルドが答える。

 まずコミュニティには旗印と名が存在する。旗とは文字通りコミュニティを証明するものであり、それをかけて勝負することはコミュニティの存在そのものを賭けると言う事。負ければ取り込まれ、事実ガルドはそうやってコミュニティを巨大化させてきたと自慢を挟む。

 

 そしてジンのコミュニティは数年前はここら一帯でも有力な派閥だったのだが、魔王と呼ばれる主催者権限(ホストマスター)という特権階級を悪用する災厄により一夜にして滅ぼされ、名と旗印と人員を奪われた。

 

 旗印と名前がないということはつまり己の身分を証明出来ないということ。そんな相手にわざわざ何かをかけて戦ってくれるものもいなければ、信用し力を貸すものだって余程の物好きか彼等を知る者。

 

 新しく名前を申請し直せばいいのだが、仲間達が帰ってくる場所を守りたいのでそれは出来ない。ガルドの過去の栄華にすがる亡霊とはそういう意味だ。リリウスは分身なので食べることの出来ないねこまんまをジーと見つめる。飯が奢られると知っていれば本体で来たのに。あ、分身の思いを受け取った本体が全てを差し出してくれた親切なでけぇ蛇を食おうとしてる、と本体をちょっと覗いた分身は羨ましく思う。

 

「単刀直入に言いましょう。もしよろしければ黒ウサギ共々、我ら"フォレス・ガロ"に加入しませんか?」

「な、何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」

「黙れ、黒ウサギの審判稼業で食い繋ぐだけの寄生虫が。何も知らない相手なら騙しとおせると思ったか? そっちがその気なら……俺も箱庭の住人として仁義を通させてもらうぜ」

「ん、今どういう状況?」

「ガルドさんからコミュニティ加入のお誘いを受けたのよ」

「へー……」

「でも、結構よ。だってジン君のコミュニティで間に合っているもの」

 

 と、飛鳥はガルドの誘いを断った。予想してなかったのか固まるガルドとジン。

 

「春日部さん、リリウス君はどうする?」

「どっちでもいい。私は友達を作りに来ただけだから」

「あら、それじゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?」

「……うん。飛鳥は私の知る女の子と違うから大丈夫かも」

『お嬢、良かったな〜。お嬢に人間の友達ができてワシも嬉しいわあ』

「なんか訛ってんだよなあ、この三毛猫」

「し、白髪のあなたは?」

「俺? 俺はどっちもやだよ。お前等二人、両方嫌いだし」

 

 と、リリウスがあっさり言う。

 

「ぼ、僕もですか?」

 

 ガルドと同等に扱われているのが納得いかないと顔で訴えるジン。リリウスはああ、と頷く。

 

「お前が金も人も足りてねぇのは見てわかんだよ。乾いた土の匂いに、大人もいない子供ばかりの匂い。汲んでから時間が経ったであろう水の匂い………水源もねえな?」

「匂いでそこまでわかるの?」

「俺は鼻がいいんだよ。で、そこの虎に言われた時も何も言えず俯く。自分達の状況が人に断られるような場所って自覚あんだろ? で、だ。虎」

「は、はい………」

「お前はノーネームに所属していた過去のある奴を雇うか?」

「…………こうして事情を知らなければ、私なら雇いませんね」

 

 そりゃそうだ。ノーネームとは箱庭に於いて敗者の証明。さらに言えば、魔王に狙われた存在。そんな派閥の残党の一員をどうして所属させようか。よほど有名だったならともかく、無名なら絶対に加入させない。

 

「つまりてめぇのコミュに入った時点で選択肢は消える。てめぇもそれ理解してっから黙ってた」

 

 笑顔で接して勧誘し、いざ本拠に連れて行ってから『我がコミュニティにようこそ、見ての通り崖っぷちで明日の食事も知れないけど、君達次第だから頑張ってね』と笑顔でのたまうカスをリリウスは子供だからと甘く見ない。リリウスが甘くなる子供はリリウスに意図的に不利益を齎そうとしない子供だけだ。

 

 ジン=ラッセルと黒うさぎが取るべき対応は『崖っぷちの私達を助けてください』と、誠意を見せることだった筈なのだ。

 

「あれだな。冒険思い出す前のフィンの同類。ユウシャサマの頭を弱くしたのがお前だ。なんでそんな奴の下につかなきゃならねえんだよ」

「言いすぎじゃないかしら。まだ子供よ?」

「子供だろうと組織の長だ。つまりコイツは自分の下につく全てをそういう存在として見ていいと言ったようなもんだ。自分に不利益がないからと擁護はやめろ。俺は常々腹減ってんだぞ」

「な、ならば私のコミュニティに」

「女子供の血の匂いが鼻につく」

 

 ガルドはその言葉に固まり、飛鳥が目を見開いてガルドへと振り返る。

 

「……な、なにを…………」

「直接食ったのは相当昔だな。定期的に食ってる奴と頻繁に接触してるが………」

「こ、これ以上勝手なことは…………!」

()()()()()

 

 ガチンとガルドの口が強制的に閉じられる。外からの力で口を押さえたのではない。口を閉じたのは、ガルド本人の筋肉。リリウスは飛鳥を見る。

 

「………いろいろ気になるわね。言い訳は聞きたくないの………()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ガルドの意に反して口が動く。告げられた言葉に騒ぎを聞きつけた猫耳店員も不快な顔をした。

 

 ガルド=ガスパー。多くのコミュニティを傘下にした彼の手腕は…………なんてこともない、コミュニティの女子供を攫い人質にして勝ちの決まったゲームを強制したのだ。そして人質は当然解放しない。旗印を奪っても、仲間が無事ならと意を決されても困るからだ。

 

 そうなると泣き喚いて五月蝿い人質をとどめておかねばならず、最初の子供の泣き声が癪に障り食った。次も同じ。もう面倒なので攫ったその日に腹心の部下に食わせ続けた。

 

()()

 

 再び噤まされるガルドの口。ガルドの目だけは飛鳥を忌々しげに睨んでいる。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いた様な外道がいるなんて、流石は箱庭と言うべきかしら……ねえ、ジン君?」

「彼の様な悪党は早々いませんよ」

「お前も負けてないぐらいクズって自信持っていいぞ」

「……………それで、この外道を箱庭の法で裁く事は出来るのかしら?」

「難しいですね。コミュニティから人質を取ったり、身内となった人間を殺すのは違法ですが……彼が箱庭の外へ逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 手に入れた全てを手放し放浪する。それもそれで罰ではあるのだろうが、そんなものでは納得しない飛鳥。拘束が解かれれば飛鳥に襲いかかり、耀に押さえつけられたガルドに向かいゲームを提案した。

 

 

 

 

 

「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリーで戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」「聞いてるのですか三人とも!」

「「「腹が立ったから後先考えず喧嘩を売った。反省も後悔もしていない」」」

「ムカついたけど俺は喧嘩売ってないし参加しないぞ」

「このお馬鹿様! お馬鹿様! お馬鹿様!」

 

 黒うさぎがハリセンで3人の頭を叩こうとしてリリウスの分身は回避する。

 

 常に腹が減っているリリウスは余計な運動をしたくないので、ダンジョン以外でシャバラ達のような足代わりがいる時は基本的に運ばれている。今も隷属させた白雪姫というらしい水神におぶさっている本体と分身がハイタッチ。分身は氷の粒となって散った。

 

「どうしてこんなことに………」

「ごめん。僕も、どうしても彼奴が許せなくて」

「因みに俺は騙そうとした黒うさぎ達許してないからな」

 

 と、リリウス。黒うさぎがうぐ、と固まる。

 

「とはいえ行先がないのも事実。水神とほざくシロに稼がせるのも飼い主としてシャバラ達に顔向けできねえし…………()()()()()()()、ジン=ラッセル」

「……………」

「住処と飯を寄越せ。それでノーネームに籍を置いて働いてやる。ただし縛ろうとしたらお前を殺す」

「あなたを雇う必要なんて…………!」

 

 その目に浮かぶのは強者に対する嫉妬だ。リリウス達は知らぬ事だが、呼び出された4名は人類最高峰のギフトを持つとされている。そんな存在の一人に自分の苦労が分かってたまるかと、そう思っているのだろう。

 

「机の上に書類広げて頭抱えてるだけで何かした気になってる奴が俺にその目を向けるな。てめぇからは必死に生きた人間の匂いがしない。死に物狂いで未来を掴もうとした人間の気配がしない。他に頼る、という手段を思いつき実行したなら、まずはそれをやりきれよ、中途半端なクソガキが」

「あ、貴方に、何がわかるっていうんですか! 強いギフトを持つ貴方に、僕達の苦労なんて………」

「『お前』の苦労だ。そして、俺が知る必要もねえ苦労だ。お前だって俺の力借りるかわりに毎日大人に骨折られろって言われても困るだろ」

「なんじゃその具体例」

「? 相手の苦労を知れってんだろ? 俺の過去」

「主様を…………どんな魔境じゃ」

 

 白雪姫は戦慄した。

 

「あ、あの! 黒うさぎは、そこそこ貯蓄もあります! コミュニティのために貯めたお金ですし、ですのでどうか………いえ、すいません。頼める立場ではありませんね」

「………………」

 

 リーダーはともかく部下はやれるようだ。子供と大人だから、などと言うなら今すぐ黒うさぎがリーダーをやるべきだろう。

 

 

 

 

 その後一同は各々が持つギフトを鑑定するために箱庭の東西南北上層下層すべてに精通する超巨大商業コミュニティ『サウザンドアイズ』に向かう。

 

 道中桜が咲いていた。リリウスは咲いている所を見たことないが、技量鍛錬に付き合ってもらってるタケミカヅチのホームの庭に極東から持ってきた苗から育てた桜の木があったのを思い出す。

 

 その際に各々が全く違う時代、世界から来たことが分かった。歴史や文化が異なる世界らしい。

 

 さて、そんな会話をしながらたどり着いたサウザンド・アイズの支店は今まさに店仕舞い前。慌てて駆け寄る黒うさぎににべもなく、名を尋ねられ困っているところに現れた和装ロリこと白夜叉が黒うさぎの胸に飛び込み水路に落ちたりしつつ案内された部屋にて白夜叉はふむ、と白雪姫を見る。

 

「おんし、そういう趣味じゃったか」

「俺が勝って非常食として手に入れた」

「まだ非常食扱い!?」

「なんと、水神を倒したのか!? その娘は、私が昔神格を与えたんじゃがなあ」

 

 つまり白雪姫より強いのかと聞けば当然と答える。白夜叉は東側の階層支配者(フロアマスター)。東側の4桁以下のコミュニティに並ぶ者なき最強。

 

 そう聞いた十六夜達が喧嘩を売ろうとしたが軽く流され『挑戦』と『決闘』どちらを選ぶかと、複数の世界を見せながら問う。

 

 これには参ったと十六夜は対等の決闘を諦め試練の挑戦を選ぶ。耀と飛鳥も特に否定しない。

 

「あ、俺決闘で」

「は?」

「ほう?」

「主様!? いや、まて、ここで主様が死ねば妾も自由の身に?」

「踊り食いするぞ蛇」

 

 リリウスは一歩前に出る。

 

「報酬は元の世界への帰還」

「私に勝てると思っておるのか?」

「昔戦った神モドキより遥かに強いな。万に一つだ………」

「万に()()とな」

「………()()()()ならワンチャンあるかもな。だから決闘」

 

 まずは3人の試練。

 内容はグリフォンの背に乗って湖畔を一周するさい降り落とされないこと。

 

「これ貸してやる」

 

 リリウスは獣毛を取り出した。何の毛だったか………深層のドロップアイテムではあるのだろうが。

 

 耀は無事試練を乗り越え、グリフォンの空を駆ける能力を得た。

 

「あれってギフト必要なのか」

 

 素で空中を駆けるリリウスはそう呟いた。因みに耀のギフトは父から貰った木彫りの効果らしい。

 系統樹と言うらしい。

 

「進化の系統樹? 生き物は神がそう存在させたのに進化なんざあるのか?」

「そういう世界もあるのじゃよ」

「あれ? でも、幻獣の類は独立した種なんだろ? その理屈で言うなら系統樹に含まれねんじゃ」

「竜種以外は系統樹の変化から生まれるんじゃ。まあ、それでも幻獣を組み込めるのは相当な腕だぞ、この製作者」

「フェルズとどっちが上だろう」

「誰じゃフェルズって」

 

 一先ず試練を超えた3人にはギフトカードというアイテムを与えられた。各々が所有するギフトが見れるらしい。

 

 十六夜は正体不明(コードアンノウン)

 耀はノーフォーマーとゲノムツリー。

 飛鳥は威光。

 

 

 

 

 

「さて、それでは決闘を挑む勇者よ。それが蛮勇か、勇猛か、確かめさせてもらうとしようかの」

 

 白夜叉とリリウスの決闘。世界は切り替わり、マグマ沸き立つ荒野。決闘を挑まれるなど久方振りでテンションが上がっているのか白夜叉は待ちの構え。

 

 万に一つ………リリウスはそう言った。一万回やれば9999回負ける。そんな相手………チャンスがあるとすれば、最初の一撃!!

 

「……………む?」

 

 白夜叉が最初に気付く。

 世界が、宇宙に満ちるブラフマンが収束していく。

 

「これは、まさか…………」

「ブラフマシラーストラ・ヴァジュラ!!」

 

 リリウスが槍のように放った剣が光りに包まれ雷を走らせながら白夜叉に迫る。神々がその力を振るえる箱庭に満ちた膨大な宇宙的エネルギー(ブラフマン)

 

 光に触れた大地を瞬時に消滅させながら突き進む必滅の矢。それを前に白夜叉は……………

 

 

 

 

「きゅう」

「まあ、こんがり」

「かか。残念じゃったの……私は白夜の星霊。ブラフマンダストラと言わずとも、せめてその位階の縁に手をかけてから挑むべきじゃったな。しかし私が所有するゲーム盤を見事に消滅させおって」

 

 開幕ブッパ。ブラフマンに満ちた箱庭にて放たれたリリウスが知る最大威力のブラフマシラーストラは、白夜叉に手傷こそ与えたものの命に届かず、それでも挑んだが一方的にボコボコにされた。こうまで一方的なのはアルフィア以来か。

 

 せめてドゥルガーがいればもう少し戦えたのに。

 

「リ、リリウスさん大丈夫でございますか!?」

「飯が欲しい」

「意外と余裕あんな。さっきの茶菓子なら、ほらよ」

「もむもむ…………たりねえ」

 

 くるりと寝返りを打つと地面を食べ始めるリリウス。黒うさぎ達が驚愕する中、火傷が癒えていく。

 

「ふう。負けた………」

「なに、決闘こそ敗れたがこの私をここまで楽しませた人間はお前が初めて。褒めてやろう」

 

 と、白いギフトカードを取り出す。

 

「見ていい?」

「気になるわね」

「ブラフマシラーストラってことは、インド系のギフトか?」

 

 と、十六夜達3人も覗き込んでくる。

 

リリウス・アーデのギフトカード

 

月神恩恵(ソーマ・ファルナ)

正神恩恵(アストレア・ファルナ)

美神恩恵(アフロディーテ・ファルナ)

維持神第七化身権利(ヴィシュヌ・アバター=ラーマ)

神王審議中(インドラしんぎちゅう)

ラーヴァナ

ラーフ・シュールパナカー

サンサーラマンダラ

狂餓禁食(プレータ・ナンディン)

天喰餓鬼(マハーグラハ)

精霊喰種(スピリット・イーター)

獣王化身(ベヘモット・アヴァターラ)

氷結心殿(スリュムヘイム)

滅蛇者(ヴリトラ・ハン)

時食みの指輪

 

「ぶっふ!?」

 

 黒うさぎが吹き出した。

 

「殆どインド系の中、アストレアとアフロディーテが混じってんのかよ。後この氷結心殿(スリュムヘイム)は北欧か?」

「ソソソ、ソマ、ソーマ!? チャンドラ様!? え、その恩恵!? あば、あばばば! ししし、しかもインドラ様!」

「私としてはヴリトラ・ハンだな。インドラの持っておるあれと同じなら、もっと気配が違うだろうが」

「これは怪物、蛇、人類への脅威及び強い竜(りゅう)に対して特攻が入るスキ………ギフトだ。なあ、ヴィシュヌとインドラってなにこれ」

 

 ソーマ、アストレア、アフロディーテはわかるとしてほか2名は名前を知ってるだけで接点がないはずだが。

 

「ふむ。これは………ヴィシュヌの化身(アヴァターラ)の名を名乗ってよいという、あくまで認められた証だな。名乗る権利でしかない。これ自体に何か特別な加護はない。インドラは………お主を判断しようとしておるな。こちらも証明であって加護はない」

「なんの?」

「ヴィシュヌ同様己の名の一つを名乗ってよいかとか、眷属にするかとかじゃないか? 知らんけど」

「で、黒うさぎは何でバイブモードに」

 

 黒うさぎはすごく震えてた。ガクガクを通りこしてブブブブと。

 

「く、黒うさぎは『月の兎』なのですよ!? 月の主権を持つチャンドラ様の恩恵に、兎を月に導いたインドラ様に目をかけられるお方にどんな顔すれば!?」

「つっても別の世界だし」

「とはいえラプラスの紙片に刻まれる以上同位存在には違いあるまい。こちらのソーマやインドラ達もいずれお主に気づくだろうな。気に入られるかもしれんぞ?」

「俺が好きなアフロディーテはアフロディーテだけなんだがな」

「ほほう? ふむ、いい趣味をしたわっぱじゃの」

 

 美と愛欲の女神を好きとは、と白夜叉はウンウン頷く。男たるものそうでなくては。

 

 

 

 

 そしてノーネーム本拠。3年前にやられたとはとても思えぬ風化し荒れ果てた土地。白雪姫が水樹なる植物の苗を取り出し、水路の中心となる場所にセットすれば水が溢れ出す。これで遠い道のり、重い水を汲んでくる必要がなくなったと子供達は大喜び。

 

「ところでジン=ラッセル。子供達の中で名を変えない意味をちゃんと理解しているとお前が言い切れるのは何割だ」

「っ! そ、それは…………」

「本当、お前」

 

 子供達がそれでも、とジンの思いを肯定しているならともかく、十にも満たない子供達は自分達の現状が改善可能であることを把握しないまま現状を維持しか出来ないジンを信じ従っていたらしい。まあ教えてもよく解っていないだけかもしれないが、それを良しとしたのはジンだ。でなければ言葉に詰まらない。

 

 リリウスはジンの評価を更に下げた。

 

 さて、食事。当然と言えば当然だがあまり豪華でなく量も少ない。リリウスなんて食器も噛み砕いて食べ始める。

 

「あ、あの………」

「?」

 

 そんなリリウスに声をかける狐耳の少女。

 

「わ、私お腹空いてませんので、どうぞ!」

 

 そう言って差し出される少女の食事。少女の腹がきゅう、となる。

 

「リ、リリ!」

「リリ?」

 

 ジンが慌てて止める中リリウスは狐人(ルナール)に似た種族の少女を見る。

 

「ゲームに参加できない私達は、皆さんをささえるのが仕事だから。ジンが言ったんだよ?」

「そ、そうだけど」

「いただきます」

 

 あっさり食いやがった。こういうのは普通いらないという流れなのでは? という視線を向けられるも無視してリリウスはジンを見る。

 

「……………止めるより先にまず代われよな」

 

 そう言うと食堂から出ていった。

 

 

 

 

「な、な、なんですかこれはあああ!?」

 

 翌日明朝、誰よりも早く起きて朝食の用意をしようとした黒うさぎは、窓の外を見て叫ぶ。

 

「なぁに、五月蝿いわよ黒うさぎ」

「どうかした?」

「そ、そそ、そと、そと!!」

「「?」」

 

 十六夜は昨日の夜子供をさらいに来た連中に脅しで放ったクレーターでも見つかったかと外を覗く。

 

「…………なんだこりゃ」

 

 何ということでしょう。土地は死に、枯れた大地が広がっていたノーネーム本拠の大地が、一部とはいえ復活し草木が茂っているではありませんか!

 

 誰もが困惑している中、地面の一部が盛り上がる。

 

「ぷは」

 

 ボコッと地面から出てきたのはリリウスだ。

 

「お前が何かしたのか?」

「埋まってた」

 

 リリウスの住む世界にて精霊とは神が遣わした力であり、世界の守護者。精霊が住み着けば森や大地、水源が豊かになる。そしてリリウスは微精霊とはいえ複数の精霊を喰らいスキルとして刻み、位階を上げたことによりその存在は上位精霊に近い。そんなリリウスが一晩埋まればさもありなん。

 

「リリとか言ったな」

「は、はひ!」

「借りは返した」

 

 リリウスはそう言うと食堂に向かおうとして、樹の実に気づいて木に登る。自由か此奴は。

 

「律儀な奴」

 

 たかがパン一つの礼が死んだ土地の復活とは。それなりに広いノーネームの敷地の1割程度だが、住居の周りと農園の一部に自然が戻ったのは大きいだろう。

 

「あ、リリウスさん。食堂に入る前に体洗ってくださいね」

「………………」

 

 リリウスは黒うさぎの言葉に大人しく風呂場へと向かう。

 

「…………律儀な奴」

 

 

 

 さて、その日はガルドとのギフトゲーム。

 人、虎、悪魔の霊格を持つワータイガーのガルドは、吸血鬼に噛まれ人種が鬼種へと変質し理性なき獣となったガルド。さらに指定の武器でしか殺せないという自らの命をルールに組み込み箱庭の加護を得て絶対的な防御を得る。苦戦するもなんとか勝利したが耀が負傷。

 

「【ディア・フラーテル】」

 

 リリウスが治した。

 

「所持ギフト構成を他人の物と同じにするなんて、なんてギフト………」

 

 リリウスは魔法を発動した際白夜叉が刻まれてないな、と曼荼羅を眺める。手に出来たら有用だったのだが、まあただ強いだけならリリウスは何度も会ってきた。

 

 

 

 

 十六夜達がガルドに奪われた旗印を他の派閥に返しジンの名を宣伝させに行っている間、リリウスはノーネーム敷地の地面に埋まっていた。白雪姫はなんかそう言う動物みたいだ、と思った。

 

 自身を圧倒する実力、白夜叉に手傷を負わせたヴェーダの奥義、ギフト構成の切り替えによる回復要員………色々出来ることの多いリリウスは、箱庭に於いて様々な存在が欲しがる。というかブラフマーストラ使える時点で5桁以下は欲しがるだろうし4桁以上も興味を持つ。

 

「主様は、何故ノーネームに?」

 

 雇わせてやる、とは言っていたが食えるからという理由で食器まで食うほど飢えているのなら、もっと別のコミュニティに自分を売り込む事だって出来たはずだ。そしたら自分だってノーネーム所属にならなかったのに、と思う白雪姫。

 

「いずれ帰るなら影響の少ないコミュニティがいい」

「それはどういう………」

「あ、いた」

『おう坊主』

「ん?」

 

 耀と三毛猫が現れた。

 

「怪我、ありがとね。すごいね、全然痛くない」

『感謝するで。ほんま助かったわ』

「アミッドはすげぇんだ」

 

 Lv.2の頃から蘇生一歩手前と言われ、今やLv.4。そしてリリウスはそんな規格外の魔法をLv.9の位階で扱う。死んでないなら余裕で治せる。

 

「凄いね、小さいのにね」

「頭撫でるな。噛むぞ」

 

 と、その時。

 

「ああ、ここにいたか」

 

 小動物にも水神にも、数多の獣の特性を持つ耀にも認識されることなく唐突に、人が現れた。

 

「あ、ソーマ」

 

 

 

 

「そそそそそそそそそそ粗茶です」

 

 ガタガタ震えながらも一滴もこぼさずお茶を出す黒うさぎ。

 

「ほほ、本当にチャンドラ様!」

「ソーマだろ?」

「俺の持つ名の一つだ。月を司る側面が大きい………」

 

 因みに団員にチャンドラという名の男がいるのは偶然らしい。リリウスはソーマの荷物をあさり酒のつまみと神酒を見つけペロリと舌を出す。

 

「白夜叉と同じ、星の神格持ちにゃ見えねえなあ。本当に強いのか?」

「あまり強い言葉を使うな。こっちの俺の影響を受けて殺し合い(ヤンチャ)してた頃に戻りかけてる」

 

 そう言えばガネーシャがソーマも昔はブイブイ言わせてたとか言っていたっけ。人が飲めばそれだけで不死を得る………不死の霊薬としてではなく豊穣神などが用意した作物で、酒として極めた結果そうなってしまった本物の神酒(ソーマ)を欲したブイブイ言わせてた頃のインドラと月と太陽の関係上ソーマと仲が良かったスーリヤが殺し合い、酒造り邪魔されてムカついたソーマが両方ぶち殺そうと弓を持てば騒ぎを聞きつけ近づき難い者(ドゥルガー)と恐れられていた頃のカーリーがやってきてはシヴァが混ざる。この世界のソーマことチャンドラはその頃のソーマに近く、同位体故に影響を受けるのだとか。

 

「というかどうやってここに?」

「ウラノスに頼んで送ってもらった。偶に他所の神と交流するからな、彼奴等」

 

 等………フレイヤなんかもお誘いを受けるらしい。

 

「意外だな。暇人共がこの世界知ってたら、こっちに来そうなもんだが」

「まあ、俺もそうだが大抵()()()()()()()()()()。後、やはり自分達が創った世界で、創った子供達が見せる未知のほうが好きな連中も多い。でもまあ、案外いるんじゃないか? 送還されて下界にいけなくなった奴とか……」

「席?」

「今回は此方の存在に俺の眷属が勝手に連れて行かれた。此方の『俺』を通して連絡を試みて、此方から開いて貰って席を半分ほど借りた」

 

 なので神の力の使用には抵触しない。そしてこちらの世界に使用禁止のルールがないからソーマが開ける。

 

「数多神仏がいるから少し時間がかかるがな。まあ、時間戻してお前が消えた時間に帰ればいい」

「? 神でも時間は戻せないんじゃないのか」

「此方は俺達の世界より世界そのものが緩い。時も操れる」

「そーなのか」

 

 まあリリウスの世界は神々が好き勝手に力を振るえば壊れる世界。修羅神仏の遊戯盤たる箱庭に比べて繊細なのだろう。

 

「そういうわけで数日世話になる」

「は、はひ! 何もないところですがごゆっくり!!」

 

 黒うさぎはガチガチに緊張していた。

 

「リリウス君にギフトを与えたのなら、さぞ強い神様なのでしょうね」

「でもそうは見えない」

「与えたと言っても、俺達の世界で神が我が子に与えるのは言ってしまえば成長補助のギフトだ。此奴の強さは此奴自身が戦い、死にかけ、乗り越え、勝利した果てに掴み取った強さ。貰っただけと蔑むのは許さん」

 

 ソーマの横に座り酒粕アイスをペロペロ舐めるリリウス。ソーマはリリウスの頭を撫でた。

 

「だが此奴自身の可能性がインドラ(クソ野郎)のヴァジュラの名を冠したのは今も納得してない」

「あだだだだ!」

 

 Lv.9のリリウスが頭を掴まれ痛がった。神の力を封じられていないのは本当らしい。文字通りの人外の握力はリリウスを逃さない。

 

「あ、悪い」

「頭の形が変わると思った」

「………リリウス自身の可能性ね。目をかけられてるのはそういうわけか」

 

 と、十六夜が面白そうにリリウスを見つめる。

 

「リリウス死にかけたの?」

「ああ。弱かったし………死ななかったのはアミッド達のおかげだな。耀治した魔法の本来の持ち主」

 

 などと会話していながら、次のギフトゲームについての話になる。

 何でも十六夜がジンの名を打倒魔王コミュニティの象徴として担いだ際に、代わりに仲間がかけられたギフトゲームに参加することになったらしい。

 

 で、そのゲームが延期されたらしい。既に賞品として宣伝された吸血鬼の美しさに目をつけたどこぞの金持ちが巨額の資金を提示したらしい。

 

 サウザンドアイズは群体コミュニティ。末端傘下は名を汚すことに躊躇いがないらしい。

 

「クソメガネみてぇだ」

「耳が痛いな」

 

 金のために派閥を破落戸の集まり同然にし、闇派閥(イヴィルス)とも交流を持っていたザニス。それを団長に据えたのはソーマが彼等に興味を持たなかったからだ。

 

「しかしペルセウスね………リオンの友達だったか」

 

 神が授けた二つ名だ。名の意味は万能者。オリュンポス系の神の同位体の傘下なのだろうか?

 

「大規模派閥の旗印を借りられる立場になれるほど認められておいて、金に走るとは俗っぽいというか」

「仕方ありません。サウザンドアイズに招かれたのは今のメンバーではなく、彼等より前のペルセウスですから」

 

 そうか、と興味なさそうなソーマ。リリウスはそう言えば暇つぶしで読んだノーネームの本にあったな、と思い出す。

 

「また次回に期待するか。ところでその仲間ってどんな奴なんだ?」

「…………………」

 

 リリウスはふと窓の外からこちらを見つめる金髪赤目の少女と目を合わせる。ペロペロ酒粕アイスを舐め続ける。

 

「そうですね。一言で言えば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良く、湯浴みの時に濡れた髪がキラキラと星空のように輝くのです」

「あんな感じ?」

「え?」

 

 黒うさぎがリリウスの言葉に窓の外に目を向け、金髪の少女はニコリと微笑んだ。

 

 

 

 元ノーネーム所属、レティシア。

 実はガルドに鬼種の恩恵を与えたのは彼女だったりする。そもそも彼女はノーネームとしてコミュニティを再建するということは反対派。黒うさぎ達を説得するつもりだったのだが、神格級を倒したとか白夜叉に手傷を負わせたとか聞かされた。十六夜と黒うさぎは酒粕を使ったパウンドケーキを食べるリリウスを見る。

 

「そうか。彼が………ジンより小さいのに立派な子だ」

「……………」

 

 ガブ。

 

 リリウスは己に向かって伸びてきた手に噛み付く。

 

「レティシア様!? リ、リリウスさん放してください! レティシア様は食べ物ではないのですよ!?」

「大丈夫だ黒うさぎ。怖がらせてしまったかな?」

「いや、これは此奴のクセだ」

「クセなのか」

「姉を名乗る連中が飯を食わせまくったせいで、目の前に差し出されたものには反射的に噛み付く」

 

 基本的にリリウスはこの世の万物が食事の対象なので。付き合いが長ければ食うものじゃないと判断するが。

 

「慣れてない相手が撫でるなら背後からだ」

「子供の扱い方を聞いている気がしないのだが……」

「ちゅー………」

「…………血を吸ってる?」

「リリウスは人の血肉も食べれるからな。ほらリリウス、酒粕使ったケーキだ」

「んあ」

 

 レティシアの味見をやめソーマの出した菓子を食い始めるリリウス。レティシアの手には歯型がしっかり残っていた。

 

 さて、レティシアの不安である戦力だが、リリウスは迎えが来た以上近々コミュニティから去る。飛鳥と耀は人としては破格のギフトのようだがまだまだ未熟。その不安を解消させてやる、と十六夜がレティシアとゲームすることになった。

 

 互いに一撃。立っていた方の勝ち。

 シンプルな決闘は、十六夜の勝利。レティシアが投げた音速の投擲は十六夜の拳によりランスが鉄塊と散弾になりレティシアに第三宇宙速度で襲いかかり、黒うさぎが払い落としながらレティシアのギフトカードを奪う。

 

 記されていたのは幾つかの武具と神格を失いただの純血種であることを示す純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァパイア)のみ。合意がなければ奪えぬ筈の肉体に宿りし恩恵を失っている。それはつまり、彼女は自ら恩恵を差し出したと言うこと。結果、彼女の力は全盛期の10分の1以下となっている。

 

 一先ず屋敷に戻ろうとする一同。不意にリリウスが窓から飛び出し空を走る。開いた外套、そこに生まれた影から引き抜かれるは漆黒の刀。

 

 『調和』の力を持つ竜刀・鈴鳴。

 第五元素の輝きが禍々しき光を切り捨てた。

 

「魔法や呪詛相手に有効そうだな」

 

 切れ味を確認したリリウスはうん、と刀を鞘にしまった。

 

「ゴ、ゴーゴンの威光を切った?」

「なんだよその剣。ギフトカードにあったか?」

「時食みの指輪の中に収納されてる」

 

 などと会話している間に光が放たれた方向から翼の生えた靴を装着した騎士の集団がやってきた。リリウスはアスフィの靴を思い出す。

 

「馬鹿な、石化していない!?」

「構うな! すぐに捕獲しろ!」

「例のノーネームもいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら構わん、斬り捨てろ!」

 

 オマケ扱いされたことに不機嫌そうに、それでいて獰猛に笑う十六夜。リリウスは何度か経験はあるが、毎度思うが自分達がした何かを無効化されてるのに侮れる連中の頭に脳は詰まっているのだろうか?

 

「取り敢えず、(ひと)の縄張り荒らして謝罪もなしか」

「ふん。こんな下層に本拠を構えるコミュニティに礼を尽くしては、それこそ我等の誇りに傷が付く。身の程をしれ名無しめ! この剣の錆になりたいか!?」

「神話となった祖に倣い、弱者らしく身の程を弁えて息を潜めて忍び込めばいいものを………」

 

 リリウスの言葉にペルセウスの騎士達はなんだと、と激昂する。

 

「矮躯な小僧程度が、名無しに所属するだけあり身の程知らずめ! その頭にはさぞや小さな脳が詰まっていると見える!」

「空っぽのお前等よ………り………」

 

 リリウスの声が不意に絞む。恐れをなしたのだと騎士達は勘違いし見下したような笑みを浮かべようとして…………。

 

「おい」

 

 圧倒的な神威が場を包む。リリウスは一足先に感じ取り言葉をつぐんでしまっただけだ。

 

「祖の威光に縋るだけの、何もなしていない無能共が、誰の眷属()を侮辱している」

 

 彼等を睨みつけるのはソーマ。月光の如き神威の光を纏い、傲慢に、高慢に命じる。

 

「頭が高い。地に這い(こうべ)を垂れろ、身の程知らずのクソガキ共」

 

 その通りになった。

 空にいた彼等は地面に押さえつけられる。飛鳥の威光とも異なる。なにせ彼等は空から地に落ちた訳でなく、何時の間にか地に伏せていた。

 

 落下の瞬間はなく、激突の衝撃はなく、神の威を以て世界の今を決める。

 道理が蹂躙され摂理が捻じ曲げられ因果が裏返り世界を従える、全能なる超越存在(デウスデア)

 

「は、は……………!?」

「し、神格持ち………こんな、桁違いな」

「なぜ、の、ノーネームにこれほどの神霊が………」

 

 夜を支配する星空の王、月。その主権を持つ絶大なる神格の威圧は存在だけでペルセウスの騎士達の魂すらすり潰そうとする。彼等が言葉を発せるのは、ソーマの慈悲。

 

 リリウスはこれがソーマの言っていたヤンチャしてた頃の自分に近い同位体の影響か、と珍しく好戦的なソーマをみる。あ、でもこれ自分のために怒ってくれているのか。

 

「よし、リリウス。箱庭を去る前に、お前を舐め腐ったコミュニティを完膚なきまでに滅ぼせ」

「ええ」

「チャンドラ味が出ている今の俺がやると、そのまますり潰しかねん」

「そりゃそうだけど」

 

 

 

 

「というわけで死ね」

「ソーマ、チャンドラ味? が出てる出てる」

 

 ルイオス・ペルセウスとかいうペルセウスの子孫へ不遜に命じるソーマ。神威が漏れ出てないだけマジだろう。

 

「はあ? 名無しのコミュニティの雑魚が何ほざいてるわけ?」

 

 そのせいで舐められているが。

 

「取り敢えずペルセウスには条件満たせばゲームを強制的に挑めるって聞いてな。今俺の分身が攻略してきたから少し待てソーマ」

「さっきからソーマとかチャンドラとかさ、名を騙るにしても命知らずなんじゃない?」

「…………此奴馬鹿なのか?」

 

 と、ソーマは白夜叉に尋ねる。確かにソーマは神威を抑えているがそれでも全能者たる神だ。あくまで怒りで漏れる神威を抑えているだけで、それが高位の神であることはわかるだろうに。

 

「何を今さら………双女神の旗に泥塗っておいて今の立場でいられると勘違いしている祖先のすねかじりが馬鹿じゃないわけないだろ」

「言ってくれんなあ、ガキ。なんだっけ? 分身がどうとか言ってたけどさあ、ノーネームの雑魚があの試練を突破出来るとでも?」

「記憶力ないのかお前?」

「………は?」

「してきたって、そういったろ」

「ただいまー俺」

「叩き起こして叩き潰して来たぞ俺」

 

 新たに居間に入ってくる二人のリリウスと、後ろに控えるのは鎧の男と黒衣の魔女を象った白の芸術(アルスワイス)

 

 二人のリリウスが掲げるのはゴーゴンの首……ペルセウスのマークが入った紅と蒼の宝玉。

 

「どーだ、俺のほうが早く倒したぞ」

「いいや俺だね」

「なんかこのリリウス君達、子供っぽくて可愛いわね」

 

 飛鳥が得意げに宝玉を掲げるリリウス達を見つめる。

 

「後ろの女を同時に出すと何故かそうなるんだ。バグだろ」

「いや、これはリリウスの母に甘えたかった思いが無意識に反映された結果だな」

「母親に?」

「実の親が相当なクズだったからな。幼少期甘えるどころか虐待されていたリリウスにとって本当の母のように思っていたのがその女だ」

「…………………」

 

 と、ソーマ。リリウスは無言。

 

「これがリリウスのお母さん? 美人さんだね」

「…………母じゃない」

 

 リリウスは白の芸術(アルスワイス)を消した。

 

「というわけでペルセウス。俺は今からお前に決闘を申し込む。これ、ゲーム内容と報酬は最初から定まってんだっけ………準備期間中レティシアはどうするか。別に俺が勝つから逃さねえけど、納得しないだろ?」

「当たり前だろクソガキが!」

「かといって、俺達だってレティシアを賭けられない以上ゲーム開催前に売られても困る」

「ふむ、ならば私が預かろう」

 

 と、提案する白夜叉。

 

「その間何を着せても、文句はあるまいな?」

「え? あ、うん」

「まて、白夜叉。お前私に何をするつもりだ!?」

「よいではないかよいではないか」

 

 リリウスはそういうことで、とルイオスを見る。

 

「ふん。いいだろう、たかが4人で何が出来るか、見せてもらおうじゃないか」

「? 俺一人で潰すけど? ソーマがそうしろって言ってたし」

「ああ?」

「それに十六夜はともかく飛鳥と耀じゃお前の持ってんのの相手に不安だし」

「あら、私達が足手まといになるって言いたいの?」

「え? うん。飛鳥、俺なら喋る前に100回は殺せるし」

 

 

 

 

 さて、ペルセウスとのゲーム当日。

 

『ギフトゲーム名 FAIRYTALE in PERSEUS

 

ノーネームゲームマスター リリウス=アーデ

ペルセウスゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

クリア条件 ホスト側のゲームマスターの打倒

敗北条件  プレイヤー側ゲームマスターによる降伏。

      プレイヤー側ゲームマスターの失格。

      プレイヤー側が上記の条件を満たせなくなった場合。

 

舞台詳細・ルール

・ホスト側ゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

・ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

・プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿()()()()()()()()()()()

・姿を見られたプレイヤーは失格となり、ゲームマスターへの挑戦権を失う。

・失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行できる。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

              “ペルセウス”印』

 

 契約書類に同意すると空間が歪みリリウスは門前へと追いやられる。白亜の宮殿の周囲は箱庭から切り離され、未知の空域に浮かぶ。

 

 

 

「ペルセウスの伝説の再現か。不可視のギフト持ってねえと厳しいな」

「やっぱり今からでも私達も行くべき?」

 

 と、十六夜と耀。

 

「リリウス君のサンサーラ・マンダラの中に透明化のギフトはある?」

「ない。が、リリウスの知り合いに2名透明化のアイテムを持っている奴がいたな。リリウスは持ってないけど」

 

 飛鳥の言葉にソーマが答える。ならばどうするのか。普通に考えれば、ハデスの隠れ兜をレプリカだろうと持っている誰かから奪えば、姿()()()()()()()()()()()いいはず。そのためには手に入れる要員と手にする要員に分かれなくてはならないが。

 

 神の鏡越しに不安そうな黒うさぎ。

 

「…………耳をふさげ」

 

 ソーマの言葉に十六夜、飛鳥、耀が耳を塞ぎ、黒うさぎが困惑し…………

 

『おおおおおおおおおおおおおおお!!』

「うさっ!?」

 

 映像越しでも伝わる大絶叫。黒うさぎが耳を押さえる。

 

 ビリビリと大気を揺らす大音波は白亜の壁に亀裂を走らせる。

 

 

 

 

 

「………………よし」

 

 白亜の宮殿内に動いている者の音はしない。最奥の方は最初から何も聞こえないが、ルイオスの性格的に五月蝿いのは嫌だとか言う理由で防音のギフトに守られているのだろう。

 

 リリウスは気絶したペルセウスの構成員達を無視して時折武器を摘み食いしながら最奥へとたどり着いた。

 

「は? もう来たのかよ。たく、使えない奴等だな。あとで全員粛清だな」

「? コミュニティがなくなるのに、何の権利で?」

 

 黄金の翼を生やした靴で見下ろしてくるルイオスに、リリウスは心の底から不思議そうに問う。

 

「何はともあれ、ようこそ、白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。あれ、この台詞言うの初めてかも」

「優秀な騎士達にお守りされてたんだな」

 

 リリウスが規格外だっただけで、彼等もオラリオでは第2級程度の力はあったのだろう。

 

「そうかよ。なら、その勘違いを正してやる。目覚めろ、アルゴールの悪魔!!」

 

 と、ルイオスがチョーカーについていた装飾品を外す。星の光のような褐色の光が広がり、甲高い女の声が響く。

 

「ra………Ra、GEEEEEEEYAAAAAAAAaaaaaaa!!」

「あ、蛇」

 

 ピシャアアアアンと落雷が女に落ちる。

 体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いた女が雷に焼かれた。

 

「ra、GEYAAAA!!」

「!!」

 

 が、健在。アルゴールはリリウスを睨みつける。と、リリウスは空を見上げる。

 

「ん?」

 

 巨大な岩が振ってきた。リリウスはヒョイと躱す。

 

「空を飛べない人間って不便だよねえ。落ちてくる雲も避けられないなんてさ」

 

 これ雲なのか、とリリウスは思った。

 眺めていると飛んできた炎の矢を回避しルイオスへ蹴りを放つ。防御の上からルイオスを吹き飛ばした。

 

「ちっ、空を駆けるギフトを持っていたか!」

「ギフトがなきゃ空を駆けられないとは不便なものだな」

 

 ト、トトン、と気体を構成する粒を踏みながら減速し地上に降りるリリウス。そのリリウスはアルゴールが迫る。

 

「空から見えたぞ。お前は、なるほど人を滅ぼす程の力を持つ星霊だろうな」

 

 再び落雷。ルイオスがハッ、と笑う。

 

「馬鹿の一つ覚えか! さっき効いてなかったのをもう忘れたのか!?」

「Ra………AAAAA」

「なっ、アルゴール!?」

 

 今度は通じていた。残念ながら操られているだけで、十分な知性がある彼女を怪物認定は出来ないが。

 まさか開口一番に『アルちゃん、ちょー美人だし!』と叫ぶ相手を話の通じない怪物と思う程リリウスの判断は緩くない。いや、どうも理性もなく、ただの口癖のようだが。

 

「まあ、二段解放で十分か」

 

 雷で麻痺しているアルゴールの頭を踏みつける。グリグリと鉄板仕込みの靴裏でアルゴールの頭蓋を踏みつける。一部の女神が喜ぶと噂だ。バベルの美の女神とか。

 

「さすがに弱すぎるな。お前、十全に使いこなせてねえな?」

「LAAaaaAAAAAAAA!!?」

 

 バチバチと追撃の雷により神経を焼かれ叫ぶアルゴール。ルイオスは憤怒の表情を浮かべるが言葉に詰まる。事実、彼が使役するアルゴールは先代が使用してきた時にも劣るのだ。

 

「アルゴール! 宮殿の悪魔化を許可する! 其奴を殺せ!」

 

 リリウスの周りを走る雷で近づけないルイオスが叫ぶと途端に白亜の壁が黒く染まり、壁は生き物のように脈を打つ。宮殿全体に広がった黒い染みから蛇の姿を模した石柱が数多襲う。

 

 『魔』の恩恵を与えられ魔性と化した宮殿そのもの。

 

「もう生きて返さない! この宮殿はアルゴールの力で生まれた新たな怪物だ! 貴様にはもはや足場一つ許されない! 貴様の相手は魔王とその宮殿の怪物そのもの! このギフトゲームの舞台に、貴様の逃げ場はないと知れ!」

「…………【月を喰らい太陽を飲め暴食の化身】」

 

 蛇蝎の如く迫る怪物を切裂き殴り殺し踏み潰すリリウスは詠唱を唱える。

 

「【首となっても歯を突き立てろ。肉親(だいしょう)を糧に我が身は千の姿を得る】」

 

 高笑いし勝利を確信するルイオスは気付かない。

 

「【貪り喰らえ、千変(かて)の傷を喰らい我が傷に、我が牙を以て汝に傷を】」

「【ラーフ・シュールパナカー】」

 

 リリウスの口元を黒い靄が覆い、万物万象を噛み砕く牙が魔と化した宮殿を食らった。闘技場が世界からごっそり消滅する。

 

「……………は?」

 

 ベロリと唇を舐めるリリウスを見て、ルイオスは呆然と声を漏らす。この闘技場には常時防備用の結界が張られている。物理的にもギフト効果でも……それを、こうもあっさり!?

 

「…………成る程、これが『魔の恩恵』か」

 

 スッとリリウスの右目の下に線が走ったかと思うとギョロリと瞳孔が縦に裂けた異形の目が開き、リリウスの髪が薄紫に染まる。感じる気配は魔性そのもの。宮殿全体に広がっていた魔を凝縮したかのような濃密なる魔の気配。

 

 人種・精霊種・怪物種が混じったリリウスに新たに加わる魔種。まあ、これは一時的にだが。

 アルゴールを思わせる灰翼を広げたリリウスはそのままアルゴールを蹴り飛ばす。

 

「くそ! もういい、アルゴール! 終わらせろ!」

 

 ルイオスの叫びと共に放たれる褐色の光を放つ。天地に至るすべてを灰色に染め上げる星霊の力を…………リリウスは握り潰した。

 

 傷を癒し、病を消し、死の淵から救う精霊の奇跡。それを己の身に付与し石化の呪いに抗い、纏う奇跡を通して呪いに触れたのだ。

 

 アルゴールが純粋な星霊として顕現していたなら不可能だったろうが、ルイオス程度に操れる存在へと落とされたアルゴールなどリリウスの相手にもならない。

 

「ま、参った…………」

「ん?」

「石化も、アルゴールの力も通じない。勝てるかよ、クソ! なんでノーネームにお前みたいのが!」

 

 どうせ勝てないならと投了するルイオス。リリウスを睨むことも出来ず、地面を睨む。

 

「…………じゃあ次は旗印かけて勝負な。次、名前もらう」

「は!? ちょ、ちょっと待てよ! お前等は吸血鬼を!」

 

 奪った旗印と交換するのだと思っていた。だからすぐに戻ってくると投了したのだ。誇りも何もないことだ。

 

「完膚なきまでに潰せと主神の命令なんでな。まあ、神とは総じて理不尽。怒らせたお前等の不徳を呪え」

 

 ルイオスは今となってようやく気付く。自分達のコミュニティが崖っぷちであるということを。

 

「それが嫌なら、祖の栄光に縋り騙り続けただけの、英雄としての意地を見せろ」

「……………負けない…………負けられない、負けてたまるか!! 奴を倒すぞ、アルゴォォォォォル!!」

「意気や良し。派閥の長として、死中に活を求めるか。まあ、それぐらいしてもらわねえとソーマがお前を殺せっていうからな絶対」

 

 轟雷が落ちる。黒焦げになったアルゴールとルイオスが灰翼と黄金の翼を散らしながら地面に倒れる。

 

「意気に免じて、命は取らねえでやる」

 

 

 

 

 

 

「「「それじゃあこれからメイドさん貸してね」」」

「………………何の話?」

「レティシアだよ、レティシア。ほら、所有権って今御前にあるだろ? でもお嬢様が金髪のメイドが欲しいってよ」

「メイド………?」

「ええ、だからレンタルしてほしいの」

 

 と、飛鳥。ここ数日でリリウスの扱いは分かった。アップルパイを差し出す。

 

「いいよ。レティシア、飛鳥達のメイドやって」

「何言ってやがりますか貴方達は!?」

「………箱庭のルールに則っているだろ」

「チャ、ソーマ様!?」

 

 月の神の言葉に月の兎たる黒うさぎは言葉に詰まる。

 

「で、白雪とレティシアだったか? 持って帰るのか?」

「いらない」

「それはそれで傷つくよ、主殿」

 

 と、レティシア。

 

「お前はゲームで勝ち彼女を手にした。どう扱うかはお前次第だが………此方の俺は箱庭のあり方を尊重しろと言っている」

「ソーマらしくないな」

「…俺の在り方の一つ(チャンドラ)だからな。この世界を楽しむ者として、異界の眷族(我が子)にもこの世界の在り方を受け入れて欲しいんだ」

「酒勧める時みたいな? じゃあ…………十六夜と飛鳥と耀に預ける」

「「「いいの?」」」

「向こうでやることあるから帰るけど、終わったら改めて俺の物を受け取りに行く。それまでノーネームの世話になれ」

 

 でもジン=ラッセルと黒うさぎには渡さない。ジン=ラッセルは実は未だ所属状態にしてから現状を明かすという行為をしようとしたことを謝られてない。少なくともリリウスは。

 リリウスに謝ったのは黒うさぎだけなのだ。その黒うさぎはレティシアをメイド扱いとか無理そうだし。

 

「当たり前です! 箱庭の貴族をメイドなんて!」

「でも白夜叉がメイド服着せた時、こっそり『フフ、こういう格好も、悪くないんじゃないか?』と鏡の前でポーズとってたって言ってた」

「主殿!?」

「後ちょっと露出の多いタイプのミニスカメイド服で『白夜叉め………と、年を考え……いや、でもこれも中々………』と言ってたって」

「主殿ぉ!?」

「と、衆目の下で言うのが決めてなかった『決闘』の勝者の命令だって白夜叉が」

「白夜叉ぁ!」

 

 

 

 

 

 

 それから、ノーネーム新規加入の歓迎会。ソーマは居ないが誰も気にしない此方のソーマ(チャンドラ)から受け取った神、悪魔、妖精、妖怪、精霊達の酒を飲んでくると部屋にこもっているのだ。ここでも引きこもってる。

 

「……………流れ星」

 

 会場は外。その理由がこれらしい。

 星座を掲げるコミュニティ『ペルセウス』が敗北したことにより星空からペルセウス座が消える。

 

 空に浮かぶ星々ですら箱庭を盛り上げるための舞台装置。そう言えば何時だったかアフロディーテからオリュンポスの神々は気に入った英雄や人間、その功績を星座にするとか聞いたな。

 

「おう、リリウス」

「十六夜」

「空について聞いたか? 一先ず俺はあの空に俺達の旗印を掲げることにしたぜ」

「そうか」

「お前が戻ってくる前にやれたら最高だがな。ま、その前に戻ってきたら手伝えよ」

「戻ってこなくともよいがな!」

 

 と、白雪姫。彼女もノーネーム預かりとなっているが、明確にリリウスにノーネームに尽くせと言われたわけではないのでこのまま隷属を有耶無耶にさせたいのかもしれない。

 

 

 

 

 

「もぐもぐ………」

 

 ファミリアの残り少ない資産を使い行われた歓迎会。これから暫く苦労するだろうが、あの三人はきっと楽しむのだろう。

 

「リリウス。酒だ」

「ソーマ? 引きこもりをやめ…………なんでボロボロ?」

「お前の神王審議中(スキル)について、此方のインドラに八つ当たりしに行った。此方の俺や他の神まで交じって疲れた…………」

 

 それは、さぞ星々が幾つあっても足りないような戦いが繰り広げられていたのだろう。

 

 

 

 

 リリウスは精霊を取り込み周囲の環境を整える特性があるが、取り込んだ精霊の中に豊穣神の分霊は居らず、またどちらかというと冬の大精霊の力が強い。

 

 土地こそ復活したものの農地として使用するには堆肥を用意したり、色々準備が必要だろう。あと単純に狭い。

 飯の借りを返したリリウスは当然手伝うわけもなく、日がな一日賞品が食料のギフトゲームに赴いては自らの食料を確保する。ソーマは与えられた部屋に引き篭もり酒を作っていた。

 

 この前此方の自分と此方のインドラ達と殺し合い(喧嘩)してきて、界渡りにちょっと時間を要するようになってしまったのだとか。まあ、向こうで消えた時間に戻れるので関係ないが。

 

「主殿、今日は珍しくホームにいるのだな」

「どれだけ食っても翌日に果実が取れる柿の木を手に入れたからな」

 

 ギフトゲームで猿を暗殺(殺してない)して手に入れた柿の木。呪文を唱えると翌日には実が溢れる。

 

「早く実がなれ、柿の木よ、ならぬと鋏でちょん切るぞ」

 

 ザワザワと柿の木が怯えるように揺れる。これで明日も柿の実がなる。

 

「箱庭はいいな。機会があれば無限に米が湧く俵も狙ってみたいがギフトゲームがやってなかった」

「それは、我々もぜひ欲しいな。白雪が喜びそうだ」

「しら……………ああ、蒲焼」

「いい加減、彼女の名も覚えてやったらどうだ?」

「白焼き姫」

「うむ。近付いたな、偉いぞ主殿」

 

 レティシアは基本、子供相手にはきっちり礼儀を取るように言うしっかりした優しくも厳しい性格だが、主であるリリウスは叱るわけにもいかないというか存分に甘やかせると言うか、とにかくリリウスに甘い。

 

「ほら、昼寝をするなら樹から降りなさい。落ちたら……主殿なら大丈夫だろうが、下に子供達が来たら危ない」

 

 柿を食い終え欠伸をするリリウスは音も立てず樹から飛び降りる。

 

「ああ、ほら。髪の毛に枝が絡まってる」

「ん〜?」

「そっちじゃない。こっち………仕方ない、そこに腰掛けて寝ていなさい。私が髪を梳かすついでに取ってやろう」

 

 と、リリウスの髪に櫛を通すレティシア。

 年上の女性に髪を解かされ、懐かしい気分になるリリウス。そのまま船を漕ぎ出し………。

 

「リリウスさんはいらっしゃいますか!?」

「んぁ?」

 

 黒うさぎがやってきた。

 

「ああ、良かった。リリウスさんはいらっしゃいますね。それなのに、あの問題児様がたはー!」

 

 何やら怒っている黒うさぎ。どうやらまた十六夜達が何かしたらしい。それもおそらく三人で。

 基本その日の飯を求めてギフトゲームをしているリリウスは、食事の時ぐらいしか会わないので仲間外れにされたようだ。

 

「あの、念の為聞きますが十六夜さん達見ませんでしたか?」

「昨日、書庫であったな」

 

 食料目当てに参加するギフトゲームはただ強さを競う以外にも知恵比べ、謎解きなどもある。なので書庫の本も読んでいるのだ。

 

 冒険者の動体視力とリリウスの知能をもってすればどっかの誰かが描いたパラパラ漫画を見ながら本の内容を記憶することも可能。

 

「後、確か飛鳥が『ちょっと北で行われる祭りに行ってくるわ。黒うさぎには伝えるからお土産期待しててね』と………」

「どうして早く黒うさぎに言ってくれないんですか!?」

「落ち着け黒うさぎ。主殿だって、それが無断かどうかは判断できないだろう」

「後、耀が『実は黒うさぎ、私達に隠してたんだ。酷いよね、だから、罰。内緒だよ』と」

「なんでその時言ってくれなかったんですか!?」

「そもそも自分の為にゲームしてる俺はともかくノーネーム支えてる3人に隠し事すんなよ苦労詐欺」

 

 と言いつつ、実は大食いだとか先に樹の実を見つけるだとかゲーム自体に食事が含まれるゲームの賞品を要らないと子供達に上げてるのを知っているレティシアはその度にほっこりしてたりする。

 

「だ、だってお金がないんですもん!」

「金?」

「主殿。北側の境界線はここから約980000キロだ」

「最高速度維持しても80分はかかるな」

「………秒速200キロ」

「雷の速度だな」

「まあ実際空気抵抗含めた障害物とか、買い食いでもう少しかかるか。そもそもそんな長時間最高速度維持できねえし」

 

 当たり前のように空気抵抗を障害物に含めているリリウスであった。あと移動時間に買い食いするであろう時間も含めている。

 

「まあ、とにかくだ。そう言った長距離移動にはやはり金が必要なのだよ。それも莫大な」

「ところでその祭りって、ただチラシ見ただけじゃ流石の十六夜達もいかねえよな?」

「お、お誘いは来ていたのです」

「ノーネームに? 酔狂な奴もいたもの…………白夜叉か? なら、招待者として白夜叉に頼めばよかったろ」

 

 絶対面白がってただで連れて行ってくれる。

 

「それは………! うぐぐ、これ以上あの方に借りを作ると黒うさぎの露出度が…………!」

「あ〜………」

「まあまあ、黒うさぎ。この際もう諦めたらどうだ? 帰ってくるのを待とうじゃないか」

「そういうわけには行かないのですよ!」

 

 と、黒うさぎが手紙を見せてくる。

 

『黒うさぎへ

北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。

貴方も後から必ず来ること。あ、後可能ならレティシアもね。リリウス君も来てくれると嬉しいわ。

私達に祭りのことを意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合

3()()()()()()()()()()()()退()()()()。死ぬ気で捜してね。応援しているわ。

P/S ジン君は道案内に連れていきます』

 

 へー、としか思わんね。金が無いと最初から言えば十六夜辺りが提案してくれたろうに。

 

「とにかく三人を追いますよ!」

「えー、やだ」

 

 と、リリウス。

 

「え!?」

「俺とレティシアは叶うなら、だろ? 別段聞いてやる理由なくない?」

 

 そう言って自室に戻ろうとするリリウスの服の裾をクイクイレティシアが引っ張る。振り返り、レティシアを見上げるリリウス。レティシアは上目遣いで首を傾げるリリウスに視線を合わせるように少し膝を曲げる。

 

「主殿。共に祭りを回りたいという、私の願いを聞いてもらえないだろうか」

「主を上手く利用しようなんて、小狡い所有物だな」

「う、む………だが、な。共に回りたいというのも本音だぞ? 此方にはない食文化や酒も」

「何をしてる黒うさぎ、レティシア。北に向かうぞ」

 

 自分と見て回るより食文化が勝ってちょっと不服なレティシア。

 

「って、北にでございますか? 捜したりなんかは」

「時間的にもう白夜叉と接触してんだろ。面白がってもう北に転移だとかしてる可能性が高い」

「ふむ。箱庭の貴族である黒うさぎなら、境界門の起動には金がかからないだろう。私達はサウザンドアイズの支店で白夜叉に……」

 

 と、その時。

 

「何をしている?」

「ソーマ。どうした? またボロボロに」

「『あの子も、私が喚んだんだけど』とか生意気な小娘が喧嘩売ってきてな。小娘の割に、中々強かった………」

 

 ソーマが言うなら箱庭でも屈指の実力者なのだろう。

 

「それで? 何の話だ。酒と聞こえたが」

 

 リリウスはソーマに説明する。黒うさぎはお先にいきます、と先に問題児達を捜しに行った。

 

「そういうことなら俺が送ろう」

「出来るのか?」

「ああ。まず、レティシアをギフトカードに納めてこれを身体に巻け」

 

 と、縄を渡してくる。

 リリウスは取り敢えず言われた通りにする。

 

「なあ、これで何を………」

 

 ソーマは縄の端を結び付けた矢を弓に番える。

 

「…………え?」

 

 矢が放たれる。

 

「エ?」

 

 轟音と共に雪原を抉りながら突き刺さる弓。慣性の法則で遅れて地面に叩きつけられるリリウス。

 

「E?」

 

 キョロキョロと辺りを見回す。赤壁(あかかべ)と炎とガラスの街。リリウスは取り敢えずレティシアをギフトカードから出す。

 

「む、ここは………目的地の北だな」

「神の矢を放ったからには既に突き刺さってると聞いたが、それにしたって危ないな。俺でなかったら大怪我してたぞ」

「大怪我というか普通なら…………うん」

 

 地面に刻まれた矢が勢いを殺した結果生まれた峡谷を見てレティシアは何も言うまい。

 

 一応、矢が刺さったのは外門の外。縄にくくられたリリウスが街に入るように調整もしていたらしい。

 

「凄まじいな」

「神は全能。人が行える程度のことは埒外レベルで行える。そんな全能達が、得意分野というのだからそりゃそうだろと………街へ降りる。十六夜達の確保はレティシアの好きにしろ」

 

 リリウスはノーネーム存続に興味がないが、レティシアは別だ。十六夜達は今のノーネームに必要だろう。

 

 

 

 

 

「すげぇ、あの子、あんなに小さい体でもう五人抜きだ!」

「ぷは………おかわり」

 

 リリウスは酒を飲んでいた。

 ソーマの土産となる酒でも探そうと酒場に入れば『ここは嬢ちゃんみたいなガキが来るとこじゃねえぞ』と絡んできた男達と、飲み比べすることになったのだ。一人倒れるごとにリリウスに飯を奢る。ギアスロールもない口約束なれど守る程度には律儀な連中だった。

 

「お、おじょうひゃん、のむ、にぇ〜…………」

「俺はお嬢ちゃんじゃない」

 

 最後の男もぶっ倒れた。テーブルに置かれた掛け金で注文したリリウスは店から出ていく。あ、十六夜と黒うさぎが追いかけっこしてる。時計塔がぶっ壊れた。

 

「ヤンチャだな」

 

 主神に光速染みた矢で移動させられたリリウスはその程度は呑気なものだ。

 

「もぐもぐ………んぐ?」

 

 リリウスはふと足を止めステンドグラスを見る。別段飴細工みたいでうまそうと思った訳では無い。理由の半分でしかない。

 

「……これ、さっきも……? ああ、これ(ページ)か。複数枚のステンドグラスが1つの本なのか」

 

 数多並ぶ工芸品にリリウスは殆ど興味を示さない。示す価値のある力を宿すステンドグラスを先程も見かけていたのだが、同じ力を感じる。そしてステンドグラスの色ガラスの配置、ケイムの形など、それぞれが意味を持つ。向こうの世界で言う魔導書(グリモア)に近い。

 

 フェルズ達が作る向こうの魔導書(グリモア)と同じなのかは知らないが。

 

「へえ………」

 

 と、そんなリリウスの呟きに反応する幼女。幼女と言ってもやはりリリウスより背が高いが。

 

「審美眼とでも言うのかしら? 分かるのね」

「ん? ああ、まあ………」

「貴方も魔導士(メイジ)?」

「俺の知る限り一番の魔術師(メイジ)に才能あるとは言われたが、弟子入りは断った」

 

 だって絶対制作中に材料食っちゃうもの。

 セシルの合金鑑定の手伝いをする時も実はちょっと摘み食いしたりしていた。

 

「そこのお嬢ちゃん達、よかったらうちでゲームしていかないかい? 13歳以下限定のゲームだ。賞品はカボチャのお菓子だよ」

「ヤッホホー!」

「俺は17才だが?」

「え、そうなの?」

 

 店員は驚き幼女も自分より小柄なリリウスの体をまじまじ見つめる。

 

「……………不思議なこともあるものね」

「お前はどうする?」

「カボチャは匂いが嫌い」

「好き嫌いとは贅沢なやつだ」

 

 少女の嫌いな食べ物らしいカボチャ頭の生きたギフトは落ち込んだ。リリウスはカボチャ頭………ジャック・オー・ランタンをじっと見つめる。どうやら展示品の一つらしい。

 

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟…………ベルの専属鍛冶師の魔法がそんな名前だったか。ジャック・オー・ランタン………原典はカブではなかったか。因みにオラリオでも収穫祭で仮装をすることが神の気まぐれで行われる。

 

 収穫を祝うから野菜なのだろうか?

 

「…………ジュルリ」

「おっと、お客さん。残念ながら私は食べ物ではありません。展示物ですので………こちら無料で配っているお菓子になります」

「ん………」

 

 菓子の入った籠に手を伸ばすとヒョイと躱される。

 

「ワタクシ、この通りカボチャ頭ですので! 子供相手には言ってほしい言葉があります! ヤホホホ!」

「トリックオアトリート」

「ヤホホ。どうぞ!」

 

 リリウスはお菓子を受け取った。2つだ。つまりそういうことなのだろう。

 

「ん」

 

 と、少女に渡す。

 

「…………………」

「……………なんだ?」

 

 そのまま去ろうとしたのだが少女が付いてくる。

 

「貴方、所属は何処?」

「無所属。ゲームする為に籍を置いてるところはあるが、あくまで雇われ。寝床と籍を景品の一部と交換中」

「そう。なら、私のコミュニティに入らないかしら?」

「そういうのはリーダーに確認取れ」

「リーダーは私よ」

「………………近い内に箱庭から出る」

 

 それはもう決定事項だ。

 

「そう、まあいいわ」

 

 やけにあっさり引いた。本気でなかったのだろうか?

 

「それはそれとして、せっかくの祭りだもの。エスコートしてくださる?」

「なんで?」

「祭りを回る予定だったのだけど、各自自由行動にしてしまって暇なのよ」

「……………………………………………」

「途中見つけた景品がお菓子なんかの小さなゲーム、案内してあげる」

「早く行くぞ。チンタラすんな」

「……………此奴」

 

 

 

 好きに作って評価が高かったらもう一つオマケの飴細工。リリウスは海竜の封印(リヴァイアサン・シール)を作って優勝した。ガリガリと舐めずに噛む。

 

 少女はヴォーパルバニーの形をした飴をペロペロ舐める。

 

「器用なのね」

「これでも上級鍛冶師(ハイスミス)だからな」

 

 『鍛冶』が発現する程度にはものづくりをしてきたのだ。

 

「そろそろいくわ」

「そうか。じゃあな()()()

「……………名乗ったかしら?」

「あ? あ〜………」

 

 どうやら無意識に呼んだらしい。どちらにしろ彼女の名前を知っていた事に違いはないが。

 

「どうして?」

 

 リリウスは鼠と笛吹のステンドグラスを指差す。彼女達に関係するステンドグラスらしい。

 

「あのステンドグラスに、斑模様の服。ならお前は『ハーメルンの笛吹き男』に取り込まれた属性の鼠使いの道化師(ラッテンフェンガー)。そのモデルの一つとされる鼠が運ぶ死病(ペスト)………病魔への恐れが信仰で病そのものが悪魔になったパターン?」

「秘密よ」

「あっそ」

 

 興味なさそうなリリウスにそれはそれでムッとするペスト。

 

「詳しいのね?」

「たまたま読んだ本の内容にあっただけだ。俺、基本的に一度読んだ本は忘れないし」

 

 理解が難しかったりすれば読み直すが………基本的な知識なら一度読めば思い出すだけで事足りる。

 今回ノーネームの書庫にあった中でたまたまハーメルンの笛吹きに関する書もあったのだ。積まれた本の上の方にあったし、十六夜やジンも読んでいたのだろう。

 

「…………やっぱりうちに来ない?」

「じゃあなと言ったぞ」

「一方的に名前を知る気?」

「…………リリウス・アーデ」

「…そう。ね、リリウス? …………私の名前も、ステンドグラスも、この後私達が開催する予定のギフトゲームのヒントに繋がるのだけど」

 

 成る程、それが他派閥の人間がゲーム開始前に偶然解いたとなれば側に置きたいのも当然だろう。

 

「ゲーム開始まで黙ってくれるとありがたいわ」

「飯おごってくれたらいいよ」

「まだ食べるのね」

 

 と、不意にリリウスが顔を上げる。

 

「急用が出来た」

「ちょっと………」

 

 ペストが文句を言う前にリリウスの姿が空気を揺らすことなく消えた。

 

 

 

 その頃、飛鳥はネズミの群れに追われていた。

 小さな可愛らしいはぐれの精霊、ラッテンフェンガーなるコミュニティに所属しているらしい彼女を街で見かけ、追いかけ、仲良くなった飛鳥なのだが、共に展示物を見ていたときに襲われたのだ。

 

 ただの鼠の群れなら何の問題もないのだが、何故か飛鳥の支配が効かない。何万というネズミの群が飛鳥………厳密には精霊に襲いかかり………小さな影が飛び込んで吹き飛ばす。

 

「もぐ…………」

「リリウス君! …………よね?」

 

 咥えられたネズミがジタバタ暴れる中、リリウスは器用にネズミの向きを変え頭を噛み砕き飲み込む。飛鳥はちょっと引いた。

 

 疑問を口にするのはリリウスの姿。髪が黒く染まり、瞳の色が紅と金に変化している。その金の瞳もよく見ると時計だ。

 

 トン、とリリウスが地面を蹴ると影が広がる。鼠の群が影へと沈む。

 

 ガリゴリボリボリゴリグチャベキペキクチャクチャクチャ……………ゴクン。

 

「………術者は………逃げたか」

 

 リリウスは大空洞の奥を見てそう呟く。と、その時。

 

「飛鳥! 無事か!? って、主殿?」

 

 そこへやってくる金髪の美女。深紅のレザージャケットに、拘束具を彷彿とさせる奇形のスカート。

 

「その姿は?」

「お前こそ」

「私はこれが本来の姿だよ」

「俺は狂三お姉ちゃんの力の姿」

「………姉上殿? 成る程、主殿の姉上は時間に関係するギフトを持っているのか………と、それより、飛鳥、無事か?」

「え、ええ……」

 

 レティシアがリボンをつけ直すと縮み、メイド服姿に。リリウスは、身体から曼荼羅が現れたかと思うと曼荼羅が消え、髪と瞳の色が元に戻る。

 

「あすか!」

 

 と、飛鳥の胸元からとんがり帽子の精霊が飛び出してきた。胸の中に隠していたのだ。ノーネームでは飛鳥と黒うさぎにしか出来まい。

 

「あすかっ! あすかぁっ………!」

 

 どうやら相当懐いているようだ。今日のところは連れて帰ることになった。

 

 

 

 

 サウザンドアイズ支店に向かうと店員に風呂へ叩き込まれる飛鳥。鼠に噛まれた傷など、支店の温泉であっという間に治ってしまった。

 

 ギフトを頼りにされ呼び出されたのに鼠に自分のギフトが通じなかった事などを考え込んでいると怪我したと聞いて心配した黒うさぎが飛び込んできたり、白夜叉にセクハラされたりする。

 

 その後レティシアと耀もやってきた。

 

「主殿、しっかり肩まで浸かるんだぞ」

 

 レティシアは湯に浮く岩に座り足湯しながら酒を飲むリリウスをそう嗜める。

 

「あやや、リリウスさんってばこんな時にもお酒ですか。ん?」

「温泉卵も食べてるね。本当に、食べるのが好きなんだね……………ん?」

「まあ、昼間鼠なんて食べちゃってたしちゃんとしたものを食べたほうが………………ん?」

「………………ん?」

 

 黒うさぎ、耀、飛鳥が首を傾げ、リリウスも三人の様子に首を傾げる。

 

「「って、なんで貴方が女湯に!?」」

「おー…………」

 

 黒うさぎと飛鳥が首まで湯に沈め耀もそっと胸元を隠す。

 

「? 店員に入れって」

「ふむ。もしや主殿を女と勘違いしたのかもしれないな」

「まあ妹と同じ顔だしな」

「そうだとしても、疑問を持ちなさいよ」

「俺ぐらいの年なら問題ないだろ?」

「私より年上でしょ貴方」

「? そうか、ここは箱庭か」

「リリウスのとこでは、リリウスの年齢でも一緒は普通?」

「都市の憲兵と正義の女神の眷族のリーダーが普通って言ってたからそうなんだろ」

 

 因みにその後アーディはシャクティに連れて行かれ、アリーゼはリオンに連れて行かれたので結局その時とその時はガネーシャとハシャーナやアストレアや輝夜と入った。

 

 

 

 その後風呂から上がるとリリウスは与えられた寝室に向かう。何でも、今回は北のフロアマスターの一人が代替わり。サラマンドラの新たな首領、11歳のサンドラを快く思わない勢力が魔王と組んだ可能性があるらしい。

 

 その魔王について話すとのことだが、それはノーネーム所属の十六夜達の問題であり籍を借りるだけのリリウスに魔王打倒の志はない。

 

 興味がないので眠りについた。レティシアは寝かしつけに行った。

 

 

 

 さて翌日、人造、霊造、神造、星造を問わず製作者が存在する創作系ギフトを競う〝造物主達の決闘〟。

 

 月の兎たる黒うさぎが審判を務める。ものすごい歓声だ。リリウスは店で買った山盛りの食事をモシャモシャと食べている。

 

「時にリリウス。黒うさぎのスカートは、中身が見えないようになってんだがどう思う?」

「? ズボンの方が安上がりだな、としか」

「解ってねえな。お前それでも男か? 女のパンツ見たくねえのかよ!」

「? 見せてもらえば?」

 

 何が言いたいのかさっぱりだ、という風に首を傾げるリリウス。リリウスは別に見たいと思ったことはないが、多分頼めば見せてくれる相手が何人かいる。

 

「解っておらぬな、お主等」

 

 やれやれ、と呆れる白夜叉。十六夜は何だと、と振り返る。

 

「それはつまり、黒うさぎのスカートの中身を見えなくすることに意味がある、と?」

「考えてもみよ。おんし等人類の最も大きな動力源はなんだ?」

「飯」

「エロか? 成る程、それもある。だがそれを上回るのが想像力!」

「絵に描いた餅」

「未知への期待! 知らぬ事から知る事こそ渇望!! 至ることの出来ない苦渋! その苦渋はやがて己の裡においてより昇華されるッ!! 何物にも勝る芸術とは即ち──己が宇宙の中に宿る!」

「なっ、己が宇宙の中に、だと!?」

 

 十六夜は新たな境地に衝撃を受ける。

 

「……………???」

「し、白夜叉様? 何か、悪いものでも食べたのですか?」

「見るな、サンドラ。馬鹿が伝染る」

「主殿。ほら、こちらも美味しいぞ。あーん」

 

 首を傾げるリリウスと困惑するサンドラ。それぞれの保護者は変態共から気を逸らせることにした。

 

 耀の対戦相手は〝ウィル・オ・ウィスプ〟。アーシャ=イグニファトゥス。そしてジャック・オー・ランタン。飛鳥がテンション上がっている。

 

「昨日の………」

「知っているのか、主殿?」

「街回ってる時に菓子くれた」

「そうそう、リリウス君。私達ノーネームも、自分達でハロウィンをやってみないかって話になったのよ」

「ハロウィン。くり抜かれるカボチャの中身……ポタージュ、パイ、煮物にカボチャサラダ…………」

 

 リリウスの視線がジッとジャックを捉える。気のせいか、ジャックが肩を揺らした気がした。

 

 

 

 

 ゲーム内容は大樹の根の迷宮からの脱出。

 途中まで優位に進んでいた耀だったが、アーシャがこのままでは負けると判断し、ずっと本気を出さなかったジャックがやる気になる。

 

 天国にも地獄にも行けぬ、生と死の境界を彷徨う不死の怪物ジャック・オー・ランタン。操る炎は正真正銘地獄の炎。

 

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟リーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥスの最高傑作たる本領を発揮し、炎の檻に耀を閉じ込めた。

 

 結局、耀は降参し、勝者はアーシャ=イグニファトゥス。とはいえ実質ジャックのおかげ。本人も納得してないのか再戦の約束をする。

 

「…………相手が不死でも、殺せないのが悪いのが箱庭だ。今回は相性が悪かったな」

 

 と、レティシア。リリウスは成る程、と呟く。

 

「なら、ああして侵入された時点でサラマンドラが悪いのか」

「何?」

 

 空を見つめるリリウスの呟きにレティシアが視線を追えば、空から降ってくる無数の黒い紙。

 主催者権限(ホストマスター)が実行された証。

 

『ギフトゲーム名 〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

 

・プレイヤー一覧

・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

・ホストマスター側勝利条件

全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 "グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

「魔王が……………魔王が現れたぞおおおおおお!!」

 

 響く絶叫。リリウスはふと境界壁を見た。

 

 

 境界壁・上空二千メートル。境界壁の突起に佇むは4人。

 

 露出が多い白装束の女。その手には二の腕ほどの長さのフルート。

 

「プレイヤー側で相手になるのは…………サラマンドラのお嬢ちゃん含めて4人ってところかしらね、ヴェーザー?」

「いや、3人だな。あのカボチャには参加資格がねえ。特にヤバいのは吸血鬼と火龍のフロアマスター。後、事のついでに偽りのラッテンフェンガーも潰さねえと」

 

 答えるのは黒い軍服の男。ヴェーザーと呼ばれた男は身の丈程もある巨大な笛を持っていた。

 

 3人目は人ですらない。陶器のような材質で作られた滑らかなフォルムと全身に開いた風穴。全長五十尺はある巨兵は、まるで笛のよう。

 

 最後に白黒の斑模様のワンピースを着た少女。

 

「ギフトゲームを始めるわ。貴方達は手筈通りにお願い」

「おう、邪魔する奴は?」

「殺していいよ。ああ、でも……」

「?」

「私より小さな白髪の子供。子供…………じゃないんだっけ? その子は殺しちゃ駄目よ。私のだから………また飴を作らせるの。他は好きにして」

「イエス、マイマスター♪」

 

 と、飛び降りようとしたその時。雷鳴が響く。

 

「BUUUUUM!?」

「シュトロム!?」

「んん? 中身が空。泥人形か、これ…………あむ」

 

 砕けたシュトロムと呼ばれた巨兵の破片をガリガリと捕食する白髪の少年、リリウス。

 

「てめぇが一番乗りかぁ!」

「待ちなさいヴェーザー! そいつ、マスターの言ってた………!」

「殺しゃしねえよ!!」

 

 振り下ろされた笛を片手で受け止めるリリウス。ヴェーザーの目が驚愕で見開かれた。

 

「ヴェーザー………なるほど…………130人殺し規模の()()()()の擬人化が、英雄(おれ)を相手しようなんざ身の程知らず。せめて大災害になって出直せ」

 

 ミシリとただ指を添えられているだけにしか見えない笛が軋む。慌てて引こうとするも動かない。と………

 

「BUUUUUUUM!!」

 

 頭部の半分ほどが砕けたシュトロムが暴風を巻き起こす。リリウスの小さな身体が浮き上がり、文字通り踏み場のない空中に投げ出されたリリウスの髪が黒く染まり角が生える。肉体が一回りほど大きくなった。

 

「死ね」

 

 吹き荒れる黒い風はシュトロムの起こす風を押し返し、ペストが放った黒い風とぶつかり合う。

 

「ん?」

「あら?」

 

 そして互いに消滅。リリウスは己の腕に黒い風を纏わせ首を傾げる。

 

「マスター?」

「………ラッテン、ヴェーザー、下がりなさい。私と同じ、死の恩恵を与える死神。それも……」

 

 と、溶け崩れた境界壁の一部を見る。

 

万物(形あるもの)に死を与える、破壊に寄った死の恩恵」

 

 ヴェーザーとラッテンと呼ばれた女はペストの言葉に従い境界壁から今度こそ飛び降りた。

 あ、十六夜が跳んできてる。ヴェーザーにぶつかるなあれ。しかし…………

 

「ただ数千年生きて世界を殺し続けた獣の力なんだがな……………箱庭で変質したか」

 

 箱庭において〝功績〟と〝信仰〟は大きな意味を持つ。

 数千年君臨し、大地を殺し、夜を作り、数多の英雄を滅ぼしたベヒーモスは〝死の功績〟と〝恐怖と畏怖と言う名の信仰〟を持って神獣へと昇華した。後リリウスは食う側だがもしもリリウスが食われた場合、食った相手を乗っ取り復活する不死性もあるかもしれない。

 

「貴方、やっぱりうちに来ない? 魔王(こちら)側でしょう、どう考えても」

「力は所詮力だ。力に生き方を縛られるなんて馬鹿らしいだろ」

 

 力の言いなりなら、リリウスはとっくに人類を食い尽くしている。

 

「そう。まあいいわ………だって、私は貴方達を従わせに来たのだもの」

「……………やってみろ」

 

 バチチと雷光が輝き大気を焼く。

 死そのものである風同士は打ち消しあってしまう。ならばそれ以外で押し切る。

 

「あまり、なめないでくれるかしら?」

「!!」

 

 黒い風とは別の何かが衝撃波となってリリウスを襲う。一瞬聞こえたのは、怨嗟の声? 似たような経験をした記憶がある。

 

 そう、たしか穢れた炎もこんな感じの気配を放っていた。厳密には穢れた炎に取り込まれた数多の魂が放つ悲鳴。

 

「…………お前、霊群(レギオン)か」

「…………………いけないわ。ますます欲しくなるじゃない」

 

 その身が数多の魂の集合体だというのなら、【ラーフ・シュールパナカー】は悪手だ。

 

 かと言って、神格を持たない力は打ち消される。

 神殺しは………ダンジョン生まれの神殺しの怪物は厳密には神の力の無効化であり、神以外が神格を与えられた場合は破壊できるが神そのものには攻撃の無効化以外の効果が薄いと白夜叉が決闘の後教えてくれた。

 

「凍れ!」

「!!」

 

 巨大な黒い氷塊が生み出される。氷そのものは容易く破壊され、砕け散らばる無数の氷に隠れながら接近し、フロストペインで肉体の防御力も無視して切り裂く。

 

「…………私の風を突破した?」

 

 確かに切り裂いたが傷が癒えた。ペストは悪霊群として呼ばれた存在に神格を与えた訳ではなく、神格を持つ悪霊群として箱庭に顕現したようだ。

 

対抗法の確立された(戦い方が解った)病魔が一定以上の信仰? 近しいガワを被せたか」

「ええ、ハーメルンの笛吹と黒死病を運ぶ鼠………共通する異名、死神。それが私。それで? 貴方に魔王を殺す(星を砕く)手段はあって?」

「ブラフマーストラ!!」

「ちょ──」

 

 ブラフマンを練り上げ放たれる一撃。山河を消し飛ばす一撃はペストを飲み込む。咄嗟に防御するべく纏った黒い風はそのまま消し飛ばした。

 

「やってくれるじゃない!」

 

 が、神の命には届かず。

 傷を癒しながらリリウスを睨みつけるペスト。

 

 白夜叉に手傷を負わせたブラフマシラーストラなら或いは……だがあれは白夜叉の持つ膨大な神気を利用した結果。ペストは神霊の格として白夜叉に大きく劣る。というか弱体化のために神格得てるだけでおかしいのにあの強さの白夜叉がおかしいのだ。

 

「それに比べりゃ、お前はまだ理不尽じゃない」

 

 どの神も片手間に大陸を消し飛ばせる力を持つリリウスの故郷と異なり、箱庭において神とは場合によっては神格などなくとも討ち倒せる。白焼き姫………もとい白雪姫がいい例だ。

 

「そういうのは私にまともにダメージを与えてから言わないと滑稽よ」

「痛くはあっただろ。なんなら死にたくなるまで続けてやろうか?」

「出来るものならね!」

 

 ペストの死の風を黒風で打ち消しつつ、リリウスは魔力を練る。

 

「【偉大なる英雄の悟りを以て殲滅し奉る(オン・マカボダラ・ヴィーラ・ソワカ)】!」

「っ! 真言(マントラ)? 何の神の力を借りる気かしら?」

 

 当然答えるわけもなく、詠唱を続けるリリウス。

 

「【英雄の偉大な影を身に刻み(ノウボウ・タリ・タボリ・ハラボリ・)勝利をもたらしたまえ(マカヴィーラ・ロハ・ウン・ケン)】」

「ちぃ!」

 

 軍神(インドラ)月神(チャンドラ)を始めとした護法十二天でなくとも規格外の神霊が集うのがインド神話。仮に太陽神(スーリヤ)だった場合は最悪の一言に尽きる。

 

「【天・下・地の三界の先、智慧界へ至る(オン・バザラ・ダト・バン)】」

 

 邪魔するべく死の風、怨霊達の怨嗟の声、或いは直接止めにかかるも当たり前のように空中を駆けるリリウスを捕らえることは若き魔王には不可能。

 

「【神々よご(ナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウン)照覧あれ(ケン・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン)】」

 

 最大規模の死の風による面制圧。死神の力を切り裂くは神殺しの氷魔の剣。

 

「【偉大なる英雄達の物語を(マハヴィーラ・ラーマーヤナ)】」

 

 詠唱が完結した。

 

「【サンサーラ・マンダラ】」

 

 周囲の景色を歪めるほどに溢れていた魔力が集まり形を成す。背中に背負われる曼荼羅。

 

「十二天じゃ、ない?」

「ああ、俺の守護仏尊達だ………無比絢爛宝蔵天女」

 

 曼荼羅がリリウスに吸い込まれ、リリウスの髪が金に染まり瞳が翡翠色に変わる。フワフワだった髪はサラリと流れ、放たれるは強大な神威。

 

「神気………? でも、攻撃的な神ではないようね」

「ああ、だって群れだろ? お前」

 

 リリウスはスッと目を細めペストを見つめ微笑み口元に指を添える。それだけで、ペストの中に響く無数の怨嗟の声が止んだ。

 

「!? 皆!?」

「流石、神格を得た八千万の死者の群の代表。この程度じゃ誘惑出来ねえか………まあ、これだけは明確にオリジナルの弱体化だしな」

 

 リリウスの虚無顔デコピース。ペストの中の怨霊達が大盛り上がり。さっき黙ったと思ったら今度は五月蝿い。

 

「この………! 私達を誘惑するな!!」

 

 ペストが攻撃を放つが明らかに動きが鈍い。当然身体能力だけなら下界にいる間のオリジナルより上のリリウスに当たるはずもなく、リリウスの蹴りがペストの腹へめり込む。

 

「がっ!!」

 

 建物をいくつも破壊しながら吹き飛んでゆくペスト。紛いなりながらも愛と性と美に豊穣。そして戦の女神の性質も持つ神格の一撃は確かにペストに届く。

 

 リリウスは己を見つめ、再び曼荼羅を出現させる。

 

「寂静浄土………」

 

 と、まさにその瞬間。激しい雷鳴が鳴り響いた。【サンサーラ・マンダラ】を発動しているのでリリウスではない。

 

「そこまでです! 〝審判権限(ジャッジマスター)〟の発動が受理されました! これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一時中断し、審議決議を執り行います!」

 

 〝疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)〟を掲げる黒うさぎ。

 

「プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します──」

「………ここまでね」

「ん」

 

 ペストはまた後で、というと先に降りた。リリウスも飛び降りようとして、不意に気配を感じて振り返る。

 

「…………………え」

 

 

 

 

 レティシアは主の姿を探す。

 耀が倒れ、飛鳥も行方不明。大幅に弱体化したとはいえ、元魔王のアルゴールを圧倒したリリウスがあの短時間で遅れを取るとは思えないが。

 

 と、見知った白を見つける。

 

「! 主殿、無事だった………か…………?」

 

 灰色の髪の女の膝の上にいた。片手を腹に回し体をささえ、反対の手で頭を撫でている。

 

「…………なんだ、お前は?」

 

 レティシアの視線に気づいたのか、目を開けぬまま顔を向け問いかけてくる灰髪の女。

 

「わ、私は……そういう貴方は?」

「保護者だ」

「なっ!?」

 

 自称保護者の女はリリウスの頭を撫でるのを止めることなく答えた。レティシアは改めて女の顔をよく見る。以前、リリウスが分身と共にペルセウスの試練をクリアさせた白の芸術(アルスワイス)の氷像。だが、前回と雰囲気が違う。

 

「そういうお前はなんだ」

「保護者だ!」

「そうか。私は母だ」

「……………母じゃない」

「主殿はそう言っているが?」

「だがこの子は嫌がっていない」

「………っ!!」

「……………………」

 

 レティシアはリリウスを見るが確かに照れてこそいるが嫌がっている様子はない。そう、照れている。自分が膝に乗せた時は何も気にしていないのに!

 

 そう言えば大人の姿で膝に乗せたことはなかった。リリウスは母の似姿の氷像を作ると同時に作った分身に甘えたがる本音が出るという。大人のお姉さんとして甘やかすべきだったか?

 

「今より魔王との審議決議に向かいます。同行者は5名です。まずは〝箱庭の貴族〟である、黒うさぎ。〝サラマンドラ〟からはマンドラ。向こうからの指定で、〝ノーネーム〟所属リリウス・アーデ」

「ん?」

 

 リリウスは突如名前を呼ばれ振り返る。

 

「…………ノーネーム?」

「誰だ?」

「何処のコミュニティだよ」

「決勝に残っていたところじゃないか?」

「信用出来るのかしら?」

「その他にハーメルンの笛吹きに詳しい者がいるならば、交渉に協力してほしい。誰か立候補者はいませんか?」

 

 どよめきこそ起これど手を挙げる者はいない。そんな中、十六夜がジンの首根っこを掴み持ち上げた。

 

「〝ハーメルンの笛吹き〟についてなら、このジン=ラッセルが誰よりも知っているぞ!」

「………………は? え、ちょ、十六夜さん!?」

 

 十六夜はここぞとばかりに『ノーネームのジン=ラッセル』を喧伝する。魔王討伐を目的とした名を奪われしコミュニティとして、今ここで多くに名を示すつもりなのだろう。

 

 まあ、リリウスは積まれていた本の上に有ったのを読んでハーメルンを知ったのだからジンか十六夜が読んでいたのだろう。そんな努力など他のコミュニティが知っているわけないが。

 

 当然不安と不満が渦巻く。それでも魔王と交渉の場に立とうとする者は現れない。

 

「行くぞリリウス」

 

 リリウスを抱える灰髪の女。ダラリと抱えられた猫のように体の力を抜くリリウス。暴れることなく運ばれていく。

 

「ようリリウス。お前だけ名指しだな。魔王と戦ってたからか? 俺も戦いたかったぜ」

「そうか」

「ところで、そちらの女性は?」

 

 十六夜は姿に見覚えがあるが、ジンは知らないので尋ねる。

 

「アルフィアだ。【サンサーラ・マンダラ】がなんか変質してこうなった」

 

 死者を呼ぶ魔法なんて、我が事ながらなんて規格外。まあ箱庭だからだろう。天の扉を開き天界に帰った魂を呼び出せる魔法なんてあるわけないのだから。

 

「あの、でもその方って………」

 

 黒うさぎが恐る恐る尋ねようとするも、その前に交渉の部屋に着いた。

 

 

 

 

 大祭運営本陣営・貴賓室。

 十六夜もついてきており、アルフィアも含め7名。5名と言う話は何処に。

 

「ギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟の審議決議、及び交渉を始めます」

 

 厳かな声で黒うさぎが告げる中、リリウスとアルフィアはマイペース。頭を撫でるアルフィアと気持ちよさそうに身を捩るリリウス。ペストはそんなリリウスをジッと眺める。

 

「まず〝主催者(ホスト)〟に問います。此度のゲームですが──」

「不備はないわ」

「だろうな」

 

 言葉を遮るように吐き捨てられた言葉をリリウスは即座に納得した。

 

「貴様、どちらの味方だ!」

 

 サンドラの兄マンドラが叫ぶがリリウスはチラリと見た後すぐに興味を失う。

 

「味方もクソもあるかよ。ルールに則りゃあの白夜叉でさえ封じれるのが箱庭だ。なら、ルール違反をしてねえ以上時間の無駄だろ」

「私達からすればそうでもないけどね」

「…………逸ったのは何処の馬鹿だ」

「白夜叉」

「生まれながらの最強はこれだから。神の慢心、人の付け入る隙だな」

 

 十六夜の言葉にリリウスはそう吐き捨てた。

 

「そうね。中断されるのも予想のうちよ。けれど、だからこそ断言してあげる。私はリリウスの言うように不備なく、ルールに則ったゲームメイクをしている。それなのに無実の疑いでゲームを中断させられて………言ってること、わかるわよね?」

 

 涼やかな瞳でサンドラを見つめる。サンドラは対照的に歯噛みした。

 

「不正がなかった場合、主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」

「そうよ。新たなルールを追加するかどうかの交渉はその後にしましょう」

「……………わかりました。黒うさぎ」

「は、はい」

 

 不正がある前提で詰めていた黒うさぎは明らかに動揺する。箱庭の中枢に繋がるうさ耳をピクピク動かしながら確認を取り始める黒うさぎ。

 

「なあ、お前何時魔王と知り合ったんだ?」

「喰い歩き中、たまたま」

「どうして何も言わなかったんですか」

「魔王かどうかなんて知らなかったしな。そもそも魔王の侵入は〝サラマンドラ〟。ゲームの開催は白夜叉の不徳だろ。俺にあたるなジン=ラッセル」

 

 などとジンを睨むリリウスは現在女の膝で撫でられている。己の不徳と呼ばれションモリ落ち込むサンドラとギロリとリリウスを睨むマンドラ。

 

「そもそもここ箱庭においては、ルールの穴を突かれる方が悪いのだろう?」

 

 と、アルフィアが言う。

 例えば空を飛べというギフトゲーム。飛べないです、と言えば飛べないのが悪い。今回で言うならハーメルンの伝承を知らないのが悪い。

 

「だが、白夜叉の件はどうなる。()()を明記しておきながら()()出来ぬなど。これは看過できん。そこには明文化された要因が必要なはず」

「しかし記されていたのは『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文のみ、か」

「ん? いや、明文化されてんだろ」

 

 マンドラと十六夜の言葉にリリウスは首を傾げながら呟くとどういう意味かと視線で尋ねてくる。口を開こうとした所で、タイミング悪く伏せていた黒うさぎが気不味そうに呟く。

 

「箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な方法で造られたものです」

 

 これで参加者が一気に不利になる。

 

「当然ね。じゃ、ルールは現状を維持。あ、でもリリウスが答えを教えるの、なしよ」

「……………ありなのか?」

「………今回、非はこちら側にあります。これだけの参加人数で、ただ一人の口を噤ませる程度は向こうからしても割に合いません」

「取り敢えずゲーム再開の日取りだけど」

()()()? 日を跨ぐと?」

 

 意外そうに問うサンドラ。リリウスから答えを聞けなくなったとはいえ、答えを出した人間がいる以上解かれる謎掛けの筈。だと言うのに時間を与えるなど不意打ち気味にゲームを開始した魔王らしくない。

 

「ジャッジマスターに問うわ。再開の日取りは最長で何時頃になるの?」

「さ、最長ですか? ええと、今回の場合ですと…………一ヶ月でしょうか」

「じゃ、それで手を──」

「待ちな!」

「待ってください!」

 

 ジンと十六夜が同時に声を上げた。かなり緊迫した声だ。

 

「……………何? 時間を与えてもらえるのが不満?」

「いや、ありがたいぜ? だけど場合によるね。俺は後でいい。おチビ、先に言え」

 

 ジンを旗印として利用するつもりの十六夜はここでもジンを立てるらしい。

 

「はい。主催者に問います。貴女の両隣にいる男女はラッテンとヴェーザーだと聞きました」

 

 後シュトロムという巨兵もいたが、リリウスが食べちゃった。

 

「なら貴女の名前は黒死病(ペスト)ではないですか?」

「ペストだと!?」

 

 とある世界の十四世紀に始まった寒冷期に大流行した人類史上最悪の疫病。敗血症を引き起こし、全身に黒い斑点が浮かんで死亡する。

 

 因みにグリム童話のハーメルンの笛吹きに現れる道化はまだら模様。そして黒死病を運ぶ鼠を操る。この2点から、ハーメルンの130人の子供達は黒死病で亡くなったという考察も存在する。

 

「へえ、その言い方からしてリリウスに聞いたわけじゃないのね」

「マスター、名乗ったんですか?」

「当てられたのよ。会ったその時に」

「分かりやすかったし」

 

 つまり、正解。苦々しく顔を歪める一同。

 

「それで、二人目の正解者さん。よろしければ貴方のコミュニティの名前を聞いても?」

「……………ノーネーム。ジン=ラッセルです」

「そう。貴方がリリウスの言っていたノーネームに所属していたというレッテルを貼って逃げ場をなくしてから働かせようとしていた詐欺師、ね。小狡いだけあって、頭いいのね」

「ほう? あの勇者の同類………いや、あちらには一応はあった勇気も、知恵も大きく劣るな」

 

 と、アルフィアは呟いた。というかリリウス、ジンの事をそう他人に説明するのか。

 

「でも確認を取るのが一手遅かったわね。私達はゲーム再開の日取りを左右できると言質を取っているわ。もちろん、参加者の一部には既に病原菌を潜伏させている。ロックイーターのような無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」

「…………っ!」

 

 彼女の撒いた呪いが黒死病と酷似するなら発症までは最短2日。一ヶ月もあれば力のない種は死滅するだろう。

 

「俺体内に侵入した病原菌や毒素は直ぐに分解して栄養にするし、呪いの類も効かないんだよね。ましてや今回は死につながる病だし」

「そう言えば貴方、死の恩恵を与える神格を持っていたわね」

 

 そんなもんまで持ってんの、と十六夜がリリウスを見る。

 

「ジャ、ジャッジマスターに提言します! 彼等は意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります! もう一度しんぐぅ!?」

 

 サンドラが再び審議を提言しようとしたその口にリリウスが指を突っ込み黙らせる。口を押さえなかったのは後ろから押さえるならともかく前からだと後ろに引かれるだけで逃れられるな〜という極めて合理的な理由だ。

 

「もぅ、ぐぅ!?」

 

 親指が顎下を押さえ、人差し指と中指がサンドラの柔らかく小さな舌を押さえ言葉を封じる。えずくサンドラ。しかし尋常じゃない力で逃げられず呼吸が苦しく頬を赤らめ涙を浮かべる。

 

「貴様、サンドラに何をする!?」

 

 お兄ちゃんソード! 妹に手を出す輩は許さない!

 

「リリウスに何をする」

 

 お母さんパンチ! 音の魔法より速いんだ!

 

「おうぃあわ!?」

「少し黙れ小娘。ゲーム中断前にばら撒いていた病の説明責任なんてあるわけねえだろ。また有利な条件引き出されたいか?」

「おぐぅ!」

 

 グッと余計な事を抜かす口を押さえるリリウス。力が加わり苦しげに呻くサンドラ。なんだかいけないものを見ている気がするジン。ペストの目をそっと塞ぐラッテン。ほう、と見つめる十六夜。アワアワする黒うさぎ。お兄ちゃんの意地で立ち上がる膝ガックガクのマンドラ。

 何このカオス。原初の混沌(カオス)もびっくら仰天の余り過去に繋がる穴開けちゃいそう。

 

「既に後手に回り、交渉の経験も足りない。ならせめて口を閉ざして少しでも不利を増やすな。わかったか?」

「────!!」

 

 コクコク頷くサンドラ。リリウスはサンドラの口から指を抜くとぬらりと輝く涎をジンの外套で拭き取ってアルフィアの膝の上に戻った。あまりに自然な流れにジンもあれ? と反応が遅れた。

 

「…………ここにいる人達が、参加者側の主力と考えていいのかしら?」

「後耀ってのがいるぞ。ジャック相手じゃなけりゃ優勝出来たのにな」

 

 まだ未熟なところはあるが。

 

「なら提案しやすいわ。ねえ皆さん。ここにいるメンバーと白夜叉。それからそのヨウって子。それらが〝グリムグリモワール・ハーメルン〟の傘下にはいるなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」

「なっ」

「私、貴方達が気に入ったわ。サンドラは可愛いし。リリウスは強くて頭が良くて可愛いし「当然だろう」「アルフィア、ちょっと黙って」後、まあジンも小狡いみたいだし魔王(私達)側じゃない?」

「私が捕まえた赤いドレスの子も良い感じですよ、マスター♪」

 

 ラッテンの言葉にノーネームの面々が反応する。

 

「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安いものでしょ?」

 

 愛らしく小首を傾げて微笑むペスト。()()()()()()()()()()()()と笑顔で言ってのける。

 

「……………これは白夜叉様からの情報ですが、貴方達〝グリムグリモワール・ハーメルン〟はもしや、新興のコミュニティでしょうか?」

「答える義務はないわ」

 

 即答だったが、だからこそ不自然さを浮き彫りにし十六夜が畳み掛けた。新興コミュニティ故に優秀な人材を欲している。一ヶ月もあればせっかくの人材の大半は死に至るだろう。それを惜しんだからこそこのタイミングで交渉してきたのだ。

 

()()()()()? 言っておくけど私達には再開の日取りを自由にする権利がある。一ヶ月でなくとも…………20日。20日後に再開すれば病死前の人材を」

「ならば発症した者を殺す」

 

 マンドラが膝をガクガクさせながら言う。

 縦令(たとえ)サンドラだろうと箱庭の貴族、己自身であろうと殺すと言い切る。

 

「別に治せるけどな、俺」

 

 と、リリウスが言えば視線はマンドラからリリウスへ。

 

「死病だろうと致命傷だろうと不治の呪いだろうと、患者が生きているなら必ず癒す(殺す)。俺にはそういう神格もある」

「……………あなた、死神じゃないの?」

「それは死の恩恵を与える獣を喰い殺して得た力だ。まあ癒やしも俺の神格じゃないが」

 

 と、リリウスの身体が光り、曼荼羅が現れる。

 

「現在十。それが俺が扱う守護仏尊の数だ」

「10の神格の使役!? って、まさかそちらの方も!?」

 

 そう言って灰髪の()()を見る黒うさぎ。ずっと気になっていたが聞き出せるタイミングがなかったのだ。なんか怖いし。

 

「母だ」

「リリウスさんは、神霊の子だったのですか? あれ、でも人類最高峰のギフト保持者で…………半神? 人の男性との子供?」

「私が男に体を許すか」

「ええ………」

「勘違いするな。私は箱庭において、【サンサーラ・マンダラ】(リリウスの魔法)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「……………神格を、与えられた? え、信仰の結果ではなく、神格の付与!? 人間が!?」

 

 十六夜以外の、箱庭で育った者達が驚愕の視線をリリウスに向ける。

 

「鶏が先か卵が先か、だったか? ()が先の私達の世界ならともかく、お前達の世界では珍しくもないだろう」

「……………詳しいな」

「全知………とまでは言わんが大概は知っている。お前の神だからな」

 

 リリウスの世界では発生した全能の神霊達が下界を生み出した。対して外の世界では人類の信仰が神霊を発生させるらしい。

 

「王だのが己の血統を正統と言い張るために神の子孫を名乗り、英雄の強さに納得するために祖に神の子を混ぜる………つまりは()()()()()()()()()。人類がやってきたことだろう」

 

 理屈としては確かにそうだ。神の血統を自称する王は、必然的に祖先が神と交わり神の子を産んだ………祖先の何処かに神の子がいた事になる。

 

「で、ですがそれは後に人類史に刻まれる王や英雄の………」

「なら当たり前だろ。あまた英雄英傑と称される者達が集う英雄の街………リリウスは()()()()()

 

 そのリリウスが彼等は神であると定めたのだ。歴史の王達が我が祖は神であると定めたように。

 リリウス程の存在が言うのだからそうなのだろう、と人が神を定める。それがリリウスの魔法だ。

 

「必然、リリウスが扱う守護仏尊全てに神格が宿る」

 

 それは静寂を司る神であり、暴食を司る神であり、英雄神で正義神で氷神で美の女神で竜神で火神で癒しの神で時の神。

 

「つまりあれか。『ま、まああんたほどの実力者が言うなら』って世界を納得させるわけか」

「よく分からん言い回しだがそうだ」

「でもこの前使ってた時は………ああ、そうか。あっちは生きてるのか」

「………話を戻していいかしら?」

 

 ペストが口を挟む。

 

「でも、へえ…………一つの世界の人類の頂点。神を定める権限を持った人間。素敵ね、あなた。ますます欲しくなるわ」

「色目を使うな小娘」

 

 目を細めリリウスを見つめるペスト。アルフィアはペストから隠すようにリリウスを抱き寄せた。リリウスは目を見開き固まる。

 

「けどリリウス、治療は駄目よ」

「なっ!? そんな要求、通るとお思いですか!?」

「治療行為の制限は無理でしょうね。あくまで1個人の行動の制限よ?」

 

 治療したいなら好きにすればいい。リリウスにしか治療出来ないと言うのなら、やっぱりそれは治療出来ないほうが悪いのだ。

 

「どうかしら、ジャッジマスター?」

「……………………受理されました」

 

 まあ通るだろうな、とリリウスは思った。不備・不正のないゲームを行って異議を唱えられ中断されたのだ。本来ならルールの追加すら許されるが、ペスト側の提示は再開期間の先延ばしだけ。なら1個人の行動の制限ぐらい許されるだろう。

 

「黒うさぎ、ルールの改変はまだ可能か?」

「へ? ……………あ、YES!」

 

 黒うさぎも何かに気づいたようにうさ耳をピンと立てる。

 

「交渉しようぜ魔王様。俺達はルールに〝自決・同士討ちを禁じる〟と付け加える。だから再開を3日後にしろ」

「却下。2週間よ」

 

 まだ長い。

 最終的には主催者側の許可がなければ参加できないが、代わりにグリムグリモワール・ハーメルンの引き抜きに応じなくていい黒うさぎを参加者に加えること、再開から24時間後に()()()()()()()()()()()()()()()()()という条件を付け足し1週間後に再開する流れとなった。

 

 再開から24時間以内にクリア出来なければペスト達が総取り。

 

「ねえ、リリウス? 貴方、私に勝てると思う?」

「まあ、お前パンドラよりは弱いし」

 

 条件さえ揃えることが出来れば勝つ手段はあるだろう。

 

「というか勝てないと思いながら戦うバカがいるかよ」

「そう。決めたわ………貴方を手に入れた暁には、箱庭から抜けるなんて許さない。玩具にして上げる」

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

 

・プレイヤー一覧

・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ(箱庭の貴族を含む)。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊 白夜叉(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)。

 

・プレイヤー側・禁止事項

・自決及び同士討ちによる討ち死に。

・休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。

・休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より500М四方に限る。

・リリウス=アーデによるゲームクリア条件の開示。

・リリウス=アーデによる感染者の治療。

 

・ホストマスター側勝利条件

・全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

・休止期間

・1週間を、相互不可侵時間として設ける。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 "グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

 

 なんとも主催者側…………魔王に有利な条件である。

 幼いフロアマスターへの不安は不満へと変わる。

 

 それは四日目の出来事。ケバブ串を片手にモシャモシャと〝カボチャ印〟のお菓子を食べているリリウスが歩いているとこれ見よがしにギアスロールを見ながら聞こえるように呟く声。

 

「ふざけるな、何のための交渉なのか」

「やはりノーネームなんぞに任せたから」

「ふん。大方、魔王に媚びでも売ったのではないか?」

 

 リリウスとペストの戦いが派手だったのもあるのだろう。相手がリリウスでなければ病の感染及び戦力にしたい駒の観察でそこまで派手に暴れず、魔王の実力も不明故に余裕があったろう。

 

 少なくとも山河を消し飛ばすリリウスのブラフマーストラに耐えられる耐久力とリリウスを建物ごと吹き飛ばした攻撃力は証明された。後、多分万物(形あるもの)を殺すリリウスの風がペストの風と混同された可能性も高い。

 

 当然、恐怖が強ければ不安は増し、魔王と交渉に向かった結果に不満を叫ぶ。

 

「クソ、なんでこんなことに………!」

「病だとよ。お前も感染してんじゃねえか!?」

「お前こそ!」

「あの白髪のノーネームも、黒い風を使っていなかったかしら?」

 

 そうして、不満の捌け口を探すのが人間だ。祭りが中断され使用されなくなった足の速い出店の食料を分身に集めさせ食ってるリリウスに視線が集まる。視線に気付きながらも気にしないリリウス。

 

「おい!」

 

 あ〜、と食おうとしていたケバブ串が蹴られた。リリウスの握力の方が上なので男は足を押さえた。

 

「…………なんだ?」

「こ、交渉の末こんなにしておいて、良いご身分だな!」

「ああ。なかなか最良の結果だしな。俺というより十六夜と…………まあジンの交渉力の結果だが」

 

 そこは認めてやる。

 

「最良だと!?」

「ああ」

 

 元々向こうは一ヶ月を予定していて、それでも死者が出ないギリギリを引き出せたのだ。それ以上は精神的にも長続きしない。『死の7日間』のように内部で争い合うのが目に見えている。そして今回、それを修復している時間はない。

 

「というか交渉の場にも行かなかった奴が後から文句言うな」

 

 ノーネームなど信用できないと言ったくせに、ならばと立候補もせず、魔王の前に立つこともなく、後から文句を言う輩の声に何の価値もない。

 

「ほざけ! そもそも貴様だけなぜ名指しなのだ! 大方、ノーネームとは謀りで魔王の配下なのであろう!」

 

 そう言って一人が剣を抜けば何人かが剣を抜く。

 

「通告されたルールも読めねえ馬鹿か」

「ふん。貴様は同士ではないだろう!」

 

 

 

 

 

「そこまでです!」

「…………ん?」

 

 騒ぎを聞きつけ、フロアマスターとして駆けつけたサンドラに振り返るリリウス。顔を5倍ほどに腫らした女の襟を掴んでいた。周りには同じような怪我をして倒れる参加者が数名、遠巻きに眺めるだけの者達が数名。

 

「リリウスちゃん!? あれ、どういう状況、ですか?」

「フ、フロアマスター! 早く其奴を殺して下さい! ま、魔王の仲間だ!」

「と、喧嘩を売ってきたので買った」

「で、でもここまでしなくても………」

「? 何故俺が此奴等に気を遣わなきゃ?」

 

 そもそも仮にリリウスを魔王の配下と思っているのなら反撃されない前提で攻撃する方が悪い。

 

「でも、同士討ちは……」

「討ち取ってないからな」

 

 皆ちゃんと息がある。

 

「何を悠長に、早く殺せよ!」

「こんな事になったのはあんたのせいだろ!」

「だからこんなガキがフロアマスターなんて、不安だったんだ!」

「──っ!」

 

 敵意を向けられた幼い少女は、フロアマスターに選ばれる程度の実力を持つ彼女なら、今突っかかってくる連中程度息吹一つで焼き尽くせるが、それでも彼女は少女なのだ。

 

「…………」

 

 そして、そんな年下の少女が涙をため、こぼさぬように耐える姿にリリウスははぁ、とため息を吐き彼女の前に移動した。

 

「キャンキャン吠えるなやかましい。それでも股ぐらに玉ぶら下げてんのかてめぇ等は」

「「「…………………は?」」」

 

 その暴言に空気が凍る。

 

「…………さ、下げててたまるかぁ!」

 

 女が叫んだ。でも殆ど男なので続けるリリウス。

 

「じゃあお前はいいや。それ以外はあれか。そのナリで、ぶら下がってる玉は小人の小指の先よりも小せえのか」

「だ、誰が小人の小指より小さいだぁ!? んなわけねぇだろ!」

「どちらにしろ、魔王相手に怯えガキ相手に強がる奴の玉なんざ相応に縮こまってんだろうよ」

「上等だ! だったら見せてやる!」

「み、みせなくていいです!」

 

 ズボンを下ろそうとする男にサンドラがヒャーと両手で目を覆い叫んだ。

 

「そんだけ元気が余ってんなら魔王に備えろ。無駄な体力使うな、使わせんな」

「そ、備えろだと……良くも、そんな事が…………!」

「まあ、あのガキに病を撒き散らさせたのは俺の不徳だ。そこに責任は感じてやろう。で? お前等はどうする? キャンキャン吠えて何かした気になって、震えて魔王が去るのを待つか?」

 

 何もしなければ、魔王に総取りされるだけ。理不尽な厄災。それこそが魔王だ。言い返せずに俯く男達。

 

「あ、あの………」

「……………………………チッ」

「え、舌打ち?」

 

 サンドラはちょっと泣きたくなったが、別にサンドラに舌打ちしたわけではない。

 

「…………お前達に誇りを問う。その胸に宿る思いは何だ? 諦観か? 恐怖か? 絶望か? それとも、屈辱か?」

 

 無意識に胸を押さえる。

 

「魔王の最初の要求は一ヶ月後の再開。次に、あの場にいた者達の勧誘。お前達など魔王に、毛ほどの興味も抱かれていない」

 

 バッと顔を上げ、しかしサンドラが来るまで怯えるだけだった彼等がリリウスに文句を言える筈もなく再び力なく地面を睨む。

 

「何故顔を伏せる。勝ち目がないと諦めたからか?」

「何故顔をあげない。魔王が恐ろしいからか?」

「このゲームには勝てないと、絶望したか?」

「………………お前達は悔しくねぇのか。名乗る名に誇りはねえのか。背負った御旗に誇りはねぇのか?」

 

 名と旗印に、ようやく顔をあげる一同。

 

「あると言うなら示せ!」

「ど、どうやって!」

「ゲームに勝て!」

 

 端的な一言。だが、箱庭において名と御旗と誇りを守る絶対のルール。

 

「敵は魔王。八千万の死の功績を持つ病の悪魔。だが、それがどうした? 勝つ以外に道があると思うな! 要らぬと断じられたお前達の名の、不要と見向きもされなかったお前達の御旗の誇りを取り戻すのは、ゲームに勝利したその時だ!」

「でも………勝てるのかよ! 白夜叉様は封印されて、フロアマスターだって、まだ子供じゃないか!」

「そうだ、うちの娘よりも小さいぞ!」

「………………!」

「だが彼女は逃げなかったぞ」

 

 俯くサンドラを背に隠すのを止め横にずれるリリウス。

 

「俯くな。顔を上げろ」

「…………!」

 

 自分にだけ聞こえるように呟かれたその声に慌てて顔を上げるサンドラに集まる視線。一歩引きそうになるもその場で踏み止まる。

 

「ああ、確かに彼女は強いだろう。龍の血筋、フロアマスター。だが子供だ………そんな子供が、魔王と戦うとここに立っている」

「は、はい! 今回の件は、我々〝サラマンドラ〟の不徳故。だからこそ………私が必ず………!」

「それで? お前達はこの子に任せきるか? それとも、『魔王のゲームに挑む』なんて、ノーネームやガキでも出来る事もお前達には難しいか?」

「「「────!!」」」

 

 その言葉に、俯き続けていた者達も顔を上げた。

 

「名無し風情が、我等の誇りを侮辱するか!」

「つまり!?」

「お前達に出来て、私達に出来ないことなんてないわ!」

「ならば!?」

「戦う…………魔王のゲームに、挑んでやる!」「やってやるぞ!」「負けてたまるか!」「そうだ、俺だって戦える!」

「ならば意地を見せろ! 意志を示せ! 魔王の仕掛けるゲームで、奪われるくせに奪えるものなんざ何もなくとも!」

 

 負ければ隷属させられるくせに、勝っても得られるのは魔王の身柄。それも巻き込まれたどのコミュニティが得られるかは解らないし、なんならそのまま魔王は消滅するかもしれない。それでも

 

「示した誇りは語り継がれる! 戦列に加わった者の名は刻まれる! 御旗を掲げ見せつけろ! 祭りを邪魔した魔王(クソ野郎)に、お前達の強さを見せつけろ!!」

「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」

 

 魔王を恐れ、中に敵を作ろうとしていた者達が何時の間にか魔王へと敵意を向け直す。仲間をボコボコにされた怒りも何時しか忘れ、魔王へ挑むという興奮に飲み込まれる。

 言葉で誘導し、望む方向に歩ませる最悪の詐欺師。リリウスが舌打ちしたのは自分自身だ。

 

 だが、そもそもそれしか残された道がない。

 

「我等を率いるはフロアマスターサンドラ! 幼きフロアマスターと舐め腐った新参魔王に負けてなるかと、戦うことを決意した火龍! 率いられるお前達も同じ思いというのなら、恐れる事など何もない! 勝つぞ!」

「火龍の御旗に集え(つわもの)よ! 今この時だけのお前達のリーダーは誰だ!」

「「「サンドラ! サラマンドラ! サンドラ!! サラマンドラ!!」」」

 

 このゲームの間だけの自分達の代表。担ぐべき旗印の名を叫ぶ。熱は伝播し、戦う意思が統一されていく。

 

 

 

 

「慣れないことはするもんじゃねえな」

「さ、さっきのあれは一体!?」

「魔王相手にすんだ。意思統一は必要だろ」

「でも、私よりリリウスちゃんや………リリウスちゃんのリーダーのジンだって………」

 

 暗い顔に見える劣等感。人目のある場所でその顔をしなかっただけマシか。

 

「ジン=ラッセルはない。十六夜なら立てるだろうが、俺の中ではない。少なくともお前以下だ」

 

 同じ幼きリーダー。勤めを果たしきれてないとしても、そもそも突然後継になったサンドラと十六夜に言われるまで書庫に籠ることもしなかったジンが同格など烏滸がましい。ジンが騙そうとした相手であるリリウスは、許さないという権利もある筈だ。

 

「私は………」

「確かにお前は魔王との交渉で感情的に動こうとして危うく更に不利な状況を作るところだった」

「うう………」

「若く力だけでフロアマスターに選ばれて、経験も知識も足りねえくせにフロアマスターなのだからとやる気を空回りさせるガキだ」

「ううう……………」

「だが、ガキだ。自分の意志でそこに立つと決めたくせに何もしねえ詐欺師じゃなく、据えられた場所で必死に立とうとしている。なら支えるのは大人の役目で、今回お前を立てた俺も、支える義務がある」

 

 再び俯きかけたサンドラの額に指を添え顔を上げさせる。

 

「不安だと言うなら周りに頼れ。周りがお前にそうしろと言うなら、手を貸せとわがままを言って良いんだよ、ガキなんだから」

「………………でも、子供に頼るなんて」

「ああ、俺お前より年上だから。17才だ、俺」

「…………………………………………………………………………え?」

「後、男な」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 ちゃん呼びからそうだろうと思っていたが、やはり年下の女だと思われていたらしい。

 

「リリウスちゃ………さん?」

 

 

 

 

 

 さて、その頃の魔王達。

 捕らえていた飛鳥に逃げられ、拠点にしていたはずの展示場に置かれていた〝ラッテンフェンガー〟の名を騙るコミュニティの作品である鉄の巨人も消え、ちょっとした騒動はあったが今は特に本気で探すこともなく展示物を鑑賞したりしていた。

 

 ふと昔話になり、ラッテンとヴェーザーはペストの知らないかつての主、〝グリムグリモワール〟の魔王について話し、楽しそうに話す2人にペストが嫉妬したり………。

 

 中々に楽しく会話していた。そんな中

 

「成る程成る程。流石は魔王、多くの命を今まさに奪わんとする疫病神が、楽しそうに話す」

「「「────!?」」」

 

 不意に響く声。3人同時に振り返ると、1人の男が美術品に腰を下ろしていた。人間離れした美貌をもつ褐色の男は、鍛え抜かれた筋肉を持ち一目で只者ではないと判る。

 

「何者かしら? ここにいるということは、参加者ではないのよね?」

「まあなあ。現時点、の通達がされた後に来た。〝主催者(ホスト)〟のお前が認めない限り、俺に参加資格はねえよ。だからまあ、安心しろ。弱いものいじめに来たわけじゃねえ」

 

 ピリッと3人の空気が張り詰める。

 

「くく。しかし来てよかったぜ、箱庭。向こうじゃ送還されてサボった分働かされるところだったんでなあ、逃げてきたらあのガキがいるんだもんよ!」

「…………あのガキ?」

「昔は目ぇつけてたんだが、何時の間にか真っ当になっちまってたんだがな? 聞けば白夜叉のガキに手傷を負わせたっていうじゃねえか」

「白夜叉に…………?」

 

 それは聞き逃がせないと問い返すペストに、やはり男は笑ったまま見下ろす。

 

「答えなさい!!」

「…………ふっ!」

 

 ペストが放った黒い死の風を文字通り一息で吹き飛ばす男。それどころかペストの小さな体躯を壁諸共吹き飛ばした。

 

「マスター!」

「てめぇ!」

 

 ラッテンが壁に空いた穴からペストを追い、ヴェーザーが笛を振り下ろす。自然災害の化身であるヴェーザーの一撃を、男は指一本で止めた。

 

「そう吠えるな。味方だぜ、俺は一応」

「味方、だと?」

 

 瞬間、男から放たれる圧倒的な神威。星を包み破壊する暴風雨。自身の遥か格上であると、ヴェーザーは瞬時に理解する。

 

「あのガキ…………リリウス。俺はあのガキに箱庭に残って欲しい。お前はあのガキを支配したい。ほら、利害は一致してるだろ?」

「……………貴方は、何ができるの?」

「許可をやる」

 

 

 

 

 

「にゃー、にゃん。にゃ〜う」

「そうか…………」

 

 6日目。

 リリウスは街の猫達からここ最近の鼠の様子がおかしいと言う情報を貰った。まあ、やはり監視ぐらいはするか。逆に此方はラッテンのせいで監視を送れない。リリウスは動物と話せるだけで、支配出来るギフトはないのだ。

 

「リリウス……」

「アルフィア?」

 

 お礼に撫でろ、と言ってくる猫の腹を撫でてやっているとアルフィアがやって来た。

 

「そろそろ魔法を解け」

「え…………」

「魔王に備えるのだろう。なら、余計な魔力を使うな」

「…………………でも」

「……………元より私は死者だ。元の世界に帰るお前には、不要な幻。お前は、あの子供を支えるのだろう?」

「………………ああ」

「いい子だ」

 

 アルフィアはそう言ってリリウスの頭を撫でる。

 

「そこの小娘」

「こ、こむ!? 私は1000年近くは生きている。貴様に小娘呼ばわれるされる謂れはない!」

「なら婆」

「ばっ!?」

 

 リリウスは似たようなやり取り視たな、とエルフの女王を思い出す。

 

「お前を保護者と認めてやる。この子を頼んだ」

「………………なに?」

「私は死者。世界に刻まれた幻。死者が生者の足を引くなど、あってはならない。私はこの子の力でいい」

「………母上殿」

「お前に母と呼ばれる道理はない」

「あ、はい」

「……………この子は、私達の弱さが生んだ被害者。私達の敗北が残した闇に飲まれた子供だ。大人に頼るべき時期に頼れず、親の愛も受けてこなかった。なのに、私を母のように慕ってくれた。いい子なんだ…………任せたぞ」

「ああ」

「ではな、リリウス。ゲームが再開したら呼べ。そして次は、無意味にとどめるな」

「……………………………うん」

 

 リリウスの体から曼荼羅が現れ、消えていく。アルフィアの姿は幻のように消えた。

 

「…………主殿、大丈夫か?」

「ん………」

「…………その、今日は良かったら私が添い寝してやろうか?」

「………………ん」

 

 

 

「リリウスさん!」

 

 リリウスの与えられた部屋に飛び込んでくる黒うさぎ。

 

「んぅ? 黒うさぎか………どうした?」

「あ、あれ? レティシア様? 嘘、部屋、間違えた?」

 

 しかし部屋の中にいたのは大人姿のレティシア。

 

「主殿なら私の横で寝ているぞ」

「レティシア様!? リリウスさんはまだ子供ですよ!?」

「何の勘違いをしている。それで、用件は?」

「ええと、謎が解けたと報告を。正解かどうかは応えられずとも、反応から同じ考察をしたかは分かるだろう、と」

 

 

 

 

 

 ハーメルンの笛吹き男。鼠を操る道化…………という属性は、実は後付けなのだ。

 後に流行った黒死病が斑模様のネズミ使いのモデルとされているが、ハーメルンで実際に起こった子供達の失踪事件と時期が合わない。

 

 つまりペストとラッテンは偽りの伝承であり、子供達を飲み込んだとされるヴェーザー河による水害が、少なくとも呼び出された中では本物のハーメルンの子供を殺した功績を持つ。

 

 他は童話ハーメルンの道化師であり、真実のハーメルンではない。

 そして白夜叉の封印方法は偽りの伝承の一つであるペスト…………太陽の寒冷期に流行した黒死病の化身たる彼女が〝主催者権限(ホストマスター)〟を使う事で()()()()()()()()黒死病流行期間を再現する。偽りの伝承、その文こそが明記されていた白夜叉の封印方法なのだ。

 

 リリウスは『だから言ったろ』と肩をすくめた。

 

 そして彼等がいかにしてルールを掻い潜りゲームを始めたか。簡単だ、彼女達は参加者ではなく()()()。十六夜達とは別の〝ノーネーム〟名義で自分達を顕現させた魔導書であるステンドグラスを持ち込んだ。だから参加者は主催者(ホスト)になれない白夜叉のルールを無視したのだ。

 

 つまりゲームのクリア条件、『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』とは疫病、鼠使いのステンドグラスを破壊し、河の氾濫のステンドグラスを掲げるというものだ。

 

 現在動ける者は約500名。

 

 作戦方針は、〝サラマンドラ〟と3体の悪魔にジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟とリリウスで当たる。リリウスをノーネームの中に数えなかった事にリリウスはウンウンと頷く。

 

 残りのメンバーは130枚のステンドグラスの捜索、及び指揮者に連絡し保護か破壊。

 

「リリウスさん!」

「サンドラ?」

 

 演説が終わり、黒衣の魔女と()()()()()を控えさせたリリウスの下へと駆け寄る。

 

「ありがとうございます。士気がここまで維持できたのは、貴方のおかげでもあります。〝サラマンドラ〟の首領として──」

「ガキが妙な気ぃ使うな。ありがとうの一言で良いんだよ…………」

「ですが………」

「じゃああれだ。祭り再開したら美味い飯屋を教えろ」

「ご飯、ですか?」

「ああ」

「はい! おすすめの店、たくさん教えますね!」

 

 サンドラは笑顔で答え去っていった。それを見て笑うのは黒鎧の顔面傷だらけの男。

 

「なんだ坊主? お前も隅に置けねえな。いや、お前の守護仏尊としての神格与えられたからオラリオについても知ってるが………うん、あの女共はな。いい女ではあるんだろうが食う側というか…………俺としてはお前はやはり食われるより食う側に──」

 

 ドゴォ! と轟音を立て男が吹き飛び壁にめり込む。

 

「下世話な話をするな。殴り飛ばされたいか」

「も、もう殴っている。だいたいお前なあ! 今の、俺じゃなかったら死んでるぞ!」

「だが相手はお前だろう」

 

 まさにその通り。

 

「なあ、お前ほんとにこんな女が母親で良いのか? デメテルとかアストレアとか、マシな女いるだろ」

「……………知り合った女で、誰を母親と思えと言われたら、俺はやっぱりアルフィアが良い」

「そうか」

 

 頭を押さえられ地面に埋められる男は、その言葉に微笑んだ。あ、踏まれてさらに埋まった。

 

「そろそろ始まるぞ」

「あ、うん」

「お前も何時まで埋まっている。ささっと出てこい」

「お前なあ………ほんと、死んでも変わらんな!」

 

 

 

 

 

 ゲーム再開の合図は地響きと共に。

 境界壁から削り出された宮殿は光に飲み込まれ、プリズムと共に参加者のテリトリーを包む。

 

「なっ………何処だここは!?」

 

 天を衝くほどの境界壁は跡形もなく消え去り、見たこともない別の街並みが宮殿の外に広がっていた。

 木造の街並み。パステルカラーの建築物。

 

「まさか、ハーメルンの魔導書の力………………ならばこの舞台は、ハーメルンの街!?」

「……………………」

 

 事前に知られたステンドグラスの再配置と、後はバフの効果もあったりするのだろうか? まあいい。勝てば関係ないのだから。

 

 

 

 

 

 十六夜とヴェーザーの戦いを見据える黒鎧の男。ふむ、と顎に手を当てる。

 

「必要なら手を貸すべきかと思ったが、中々やるな小僧」

「其奴はどうも! 一つの世界の頂点(リリウス)の人生に影響を残して神格を得た剣士に褒められるとは光栄だね!」

「俺は別に、二人同時でも構わんぞ!」

 

 神格を得たというヴェーザーが棍を振るうと星の地殻変動に比する衝撃が両者を襲い、黒鎧の男は斬り捨てた。

 

「地殻変動、か。舐めるなよ、俺達が戦ってきた怪物共は、ただの歩みで山を潰し、ただの(よじ)りで島を壊す破波(はば)を生む。丘を絶ち、城を切り、山を裂く()()()()()()()()。たかだか130の死の功績の悪魔が神格を得た程度で、同じく神格を得た俺に勝てると思うか」

「はは。あんた、リリウスの師だったりすんのか?」

「まさか。まだろくに剣の振り方を知らなかった頃のあのガキが、勝手に技を盗んだだけだ」

「つまりあのガキも山程度は斬るのかよ」

 

 ヴェーザーが「小せえのにとんだ化物だな」と苦笑する。

 

「だが、山を斬る程度じゃマスターは討てねえぞ」

「舐めるなよと言ったぞ、悪魔。あのガキが討つは、世界を滅ぼす黒竜だ」

 

 

 

 ハーメルンの街、ブンゲローゼン通り。130の子供達が攫われた街道。ステンドグラスの発見の報告を受けたジンは元の街並みとハーメルンの街を照らし合わせ、隠されたステンドグラスの位置がそこまでズレていない事に気づく。

 

「はーい、其処まで♪」

 

 屋根の上に立つのはネズミを操る神隠しの悪魔ラッテン。久藤飛鳥が行方不明になる前に対峙した悪魔でもある。

 

「飛鳥さんをどうした!?」

 

 ジンの叫びをラッテンは笑いながら聞き流す。仰々しくお辞儀をして魔笛を掲げる。

 

「ブンゲローゼン通りへようこそ皆様! 神隠しの名所に訪れた皆様には、素敵な同士討ちを御体験していただきます♪」

 

 笛の音とともに現れる〝サラマンドラ〟の火蜥蜴達。ラッテンに操られ攫われた者達だ。

 

 捜索隊が臨戦態勢を取るが、ジンが青ざめる。

 

「だ、駄目です! 参加者を相手取っては、」

「そんな事を言っている場合か!? 魔王の配下に操られている以上、倒すしかない! それが同士への手向けになる!」

「違います! 改正されたルールに目を通してないのですか!? ここで同士討ちになれば、()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 同士討ちを禁ずるルールが追加された今、操られているとはいえ同士を討てば失格となる。ただでさえ人員がこれ以上減少すれば捜索に支障が出るだろう。

 

 その様を眺めながらラッテンはケラケラ笑う。

 

「そうねぇ。でも殺さなかったらいいんじゃない? 殺さないように手加減しながら、自分も殺されないようにすれば、ほら。万々歳ってやつよ」

 

 艶美な唇を歪ませジン達を見下す。ラッテンは躊躇なくフルートを振るい命令を下す。

 

「さあ! 仲間同士戯れてご覧なさいな!」

 

 屋根から一斉に火球を吐き出す火蜥蜴達。緊張が走る。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 笛の音を掻き消す鐘の音が響き火球が潰れ街並みが破壊され火蜥蜴達は潰れた柘榴のように赤い染みを残す。

 

「「「同士達ぃぃぃぃぃ!?」」」

「ええええええ!?」

「何っ!?」

「五月蝿い」

 

 鐘の音を響かせたのはアルフィア。一応仲間である者達の声にも煩わしそうに美しい愁眉を歪める。

 

「は、話聞いてました!? 同士討ちをしたら、失格に!?」

「……………は、あっはっは! 驚いたけど、厄介そうな貴方はこれで失格ね!」

「何を言っている」

「はぁ…………?」

 

 高笑いするラッテンに疑問を問いかけるアルフィア。ラッテンが困惑した瞬間、一瞬で距離を詰めたアルフィアの蹴りがラッテンの腹にめり込む。

 

 細身から放たれたと思えぬ一撃がラッテンを屋根から路上に叩き落とす。

 

「私達を誰だと思っている? 一つの時代………否、歴史が始まってから()()()()()()()()。小五月蠅い豚に女神に男神………殺せない日々。()()()()()()()()()()()など、とうに熟知している」

 

 その言葉にジンは瓦礫に紛れた柘榴を見る。かろうじて生物である、ということが分かる程度の原型しか保っていないそれ等はピクピクと痙攣していた。生きていた。

 

「げ、ほ! ごほぉ! だ、だったらあ!」

 

 魔笛を口元に添え笛の音を奏でるラッテン。あれだけやって殺さないのは成る程流石だ。だが、ならうっかり殺してしまうまで物量で………!

 

「シュトロム!!」

 

 さらに呼び出される笛の巨人。味方を殺さぬよう加減したまま倒せる相手ではない。

 

「「「BRUUUUUUUUUM!!」」」

 

 巨人の群が体中の穴から大気を吸い込み放つ。嵐の中心のような猛風。黒衣の魔女へと迫り──消えた。

 

「…………え?」

 

 嘘のように訪れる静寂。黒衣の魔女は指一本動かしていなかった。

 

「な、何をしたんですか?」

「………………【静寂の園(シレンティウム・エデン)】。汎ゆる魔法を消す、静寂をもたらす私の魔法だ」

 

 一応は味方と判断してくれているらしく、説明してくれる。

 

「今の私に汎ゆる補助、回復も意味を成さない。そもそも不要だがな」

 

 だから、余計な手出しはするなと言う。

 

「だったら!!」

「「「BRUUUUUUM!!」」」

 

 ラッテンが笛を吹くと瓦礫を巻き上げるシュトロム。確かに、風そのものを消しても瓦礫の勢いは消えない。成る程、一つの正解だ。

 

「……………」

 

 ふっと、アルフィアの身を包む何かが消える。瞬間吹き荒れる暴風。それは押さえつけられていた彼女本来の魔力。

 

 トン、トンと何もない空中を駆けるアルフィアは、その破滅の名を唱える。

 

「【福音(ゴスペル)】──【サタナス・ヴェーリオン】」

 

 破壊。

 衝撃。

 滅音。

 

 背の高い建物と、並の建物よりも大きく浮いていたシュトロムの群が砕け散った。後序にハーメルンの街上空でぶつかり合っていた炎の雷と黒い風も。

 

「くっ!!」

 

 ラッテンは逃げ出した。建物の陰に隠れ、門を何度も曲がる。

 

 そもそもこの戦い、制限時間を過ぎれば自分達の勝ちなのだ。ならばわざわざ正面から戦う理由もない。

 

 人質を使いつつ逃げに徹するつもりだろう。殺さない程度に殺す、なんて真似、追いながら複数相手には出来ないはずだ。出来てたまるか。出来ないでくれ。

 

「貸せ」

「あ!」

 

 アルフィアは近くの〝サラマンドラ〟から剣を奪い取ると、一閃。光が奔り、()()()()()

 

 絵に描いた景色がそのまま切り落とされたかのように建物が、瓦礫が、新たに呼び出したシュトロムが斬れる。

 

「切断のギフト………!?」

「ただの技だ。逃げ足だけの野ネズミめ…………む?」

 

 そのままラッテンに向かい剣を振るおうとしたアルフィアは不意に止まる。

 

「…………雪辱か」

「アルフィアさん?」

「いずれ去るあの子の力が、出しゃばりすぎるのもよくないか」

 

 そう言って剣を〝サラマンドラ〟へ返す。魔女の一振りに耐えきれずボロボロになった己の得物に、男は悲しそうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

「…………今のはアルフィアの【サタナス・ヴェーリオン】」

 

 瓦礫から這い出したリリウスはグラグラする頭を正すように首をプルプルと振るう。

 

「リ、リリウスさん、大丈夫ですか!?」

「あうう…………せ、背中が」

 

 音の魔法のくせに音より速く迫るそれを察知したリリウスは、咄嗟に黒うさぎの背中を蹴りつけサンドラと共に範囲外へ落とした。結果、リリウスはまともに食らったが。

 

「なんなのよ、今の……」

 

 同じくまともに食らったペストはしかしリリウスより余裕がある。まあリリウスも空を駆けても受けないから吹き飛ばされただけで、魔法である以上殆どダメージは負っていないのだが。強いていうなら三半規管が揺れた。

 

「………貴方、本当に白夜叉に手傷を負わせたの?」

「白夜叉の保有する世界がすごかったからな。ハーメルン()の街は微妙だ」

 

 ピクリとペストが肩を震わせ黒い風を放つ。リリウスに意識を向けたペストに黒うさぎの疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)の放つ天雷とサンドラの龍角が放出する紅蓮の炎が襲いかかるも黒い風に防がれる。

 

「いい加減に、無駄だと分からないの?」

 

 神格級の攻撃を同時に2つ相手取りまだ余裕がある。

 

「流石、神霊。蒲焼姫と比べても偉い違いだ」

「……………美味しそうな名前ね」

「リリウスさん、白雪姫さんです」

「白雪姫」

「そう………」

「え、待ってください。今神霊って言いました?」

 

 うっかり話を流しそうになったがサンドラが慌てて問いかける。

 

「そうよ」

「えっ!?」

「十六夜さんから話を聞いた時、よもやとは思いました。貴方の持つ霊格は〝ハーメルンの笛吹き〟に記述された〝130人の子供の死の功績〟ではなく、十四世紀から十七世紀にかけて吹き荒れた黒死病の死者────()()()()()()()()()を持つ悪魔ではないか、と」

 

 サンドラの顔が蒼白に変わる。

 

「八千万の死の功績………!? それだけあれば、神霊に転生することも可能」

「無理よ」

「無理です」

「無理だろ」

 

 きっぱり否定され、サンドラは少ししょんぼり黙り込む。

 

「治療法はともかく早期治療、隔離、検疫で嘗て程の猛威を振るえない病が神格を得られるとは思えねえ」

「YES。最強種以外が神霊になるために必要な功績は〝一定数以上の信仰〟でございます」

 

 フィアナも、箱庭に呼ばれていたら神格を会得していたのだろうか、とちょっと思う。

 

 信仰の形は何も崇められるだけでなく、恐怖によって奉られる神仏も居る。密教の悪神にはよくあること。

 しかしペストは神霊に至る恐怖と信仰が集まる前に、後に医学に対抗され神霊に成り損ねた。

 

「…………………」

「だから貴女は自分に最も近い存在で、恐怖の対象として完成されている形骸を欲したのです。それが〝幻想魔道書群(グリムグリモワール)〟の魔道書に記載されていた、斑模様の死神!」

「? 違うぞ黒うさぎ」

「はえ?」

「その推論だと此奴は神霊に成り損なった〝悪魔ペスト〟になるが、此奴は悪霊群だ」

「そうよ」

「え!?」

 

 ついでに言えば、彼女は自分で来たわけではなく数多の魔王を従えていた魔王軍の長〝幻想魔道書群(グリムグリモワール)〟の魔王に召喚されたらしい。

 

 時間稼ぎがてらに教えてくれた。

 しかし、その魔王はペストの召喚を終える前に滅び儀式は凍結。何者かの悪意か、或いはただの偶然か、幾星霜の年月の果てに儀式が完成し現れたのが死神の形骸を被った八千万の悪霊群。

 

「私達が、〝主催者権限(ホストマスター)〟を得るに至った功績。この功績には私が…………いえ。死の時代に生きた全ての人の怨嗟を叶える、特殊ルールを敷ける権利があった。黒死病を世界中に蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源────怠惰な太陽に、復讐する権限が!」

「諸悪の根源はペスト菌じゃねえの?」

 

 初めて激情を見せたペストに対してリリウスは首を傾げた。

 

「後魔女の仕業と信じて猫を殺しまくって鼠の増加許した教会とか、というかそもそも鼠と蚤とか」

「………………貴方空気が読めないってよく言われない?」

「読まないんだよ」

 

 なんか増していた風の勢いが萎んだ気がする。怨嗟に飲まれていても意外に人の話を聞いているのかもしれない。

 

「だとしても、太陽の寒冷による凶作がなければ私達はまだ黒死病に抗えた!」

 

 栄養失調というのは、それだけ免疫に影響するのだ。リリウスだって恩恵を刻んだ肉体でなければあの環境だ、早々に病で死んでいただろう。

 

「黒死病で死んだ事を恨むお前等が、今度は黒死病で誰かを殺すのか」

「…………なんですって?」

 

 交渉の末に中止期間は1週間。だがペスト達が元々要求したのは一ヶ月。その間に、病魔の特性を持つ呪いは広まり多くが命を落としていただろう。他ならぬ()()()()()()()

 

 死にたくなかった、太陽(彼奴)のせいでと叫ぶ悪霊達。今度は悪霊(彼女)達のせいで、黒死病患者が死ぬのだ。

 

「それ、は…………」

 

 その指摘に狼狽えるペスト。言われるまで考えもしなかったのだろうか。

 

「そんな、ふうに………そんなふうに納得出来るなら、そもそも魔王にも、悪霊にもなってないわ!」

 

 黒い竜巻がリリウスのいた建物を破壊する。リリウスは別の建物に飛び移る。

 

「私達だって死にたくなかった! 冷たくなった子供の亡骸を抱えたくなかった! 近寄るなと、両親に火を投げられたくなかった! 罪の証だと石を投げられたくなかった! お互い苦しみながら励まし合っていた言葉が、何時しか独り言になんてなってほしくなかった! 治ったら何をしたいか、そんな事を考える事すら知らないまま死にたくなかった!」

 

 一人の死に際の怨念、ではない。複数の末期の未練と憎悪をペストは叫ぶ。 

 

「私は〝黒死斑の魔王(ブラックパーチャー)〟! 太陽に復讐するために箱庭に顕現した、八千万の死者の代表! 私は魔王………故にいずれ滅ぼされると知りながら、それでもこの道を選んだ。誰にも否定させない!」

 

──それでも………お前達が、望んでいないとしても………俺が望んでいるんだよ!! 英雄(おまえ)達に報いない世界に! お前達を、ただの愚か者だと嗤う世界(あいつら)に、復讐を!!

 

「……………そうか。自分一人じゃないものな。そりゃ止まれないか」

「…………何を」

「一つ訂正してやる、小娘」

「訂正?」

「いずれじゃねえ…………お前は今日ここで英雄(おれ)が滅ぼす。誰一人殺すことなく、ここで終われ魔王(黒死病)

 

 ジリッとリリウスの持つ剣から炎が溢れ、蛇の形を取る。何かを強請るようにリリウスに絡みつく炎蛇の顎下を撫でる。

 

「私を滅ぼすとは大きく出たわね。星も砕けぬ人間風情が………」

「この辺り、ステンドグラスはないな?」

「……………なに?」

「あれだけ派手に攻撃したんだ。お前が少しずつ誘導してんのも気付いてた」

 

 偽りの伝承にしろ真実の伝承にしろ、どちらも悪魔を顕現させる魔道書には違いない。ならば戦いに巻き込まれぬようにする筈だ。そして、ステンドグラスが無いのならばここに人は来ない。

 

「星を滅ぼす力がご所望だったな。嘗て世界を焼き滅ぼそうとした()………耐えれるものなら耐えてみろ。常勝英傑火天!!」

 

 リリウスの髪が蒼に染まり、肌が浅黒く変わる。全身を包むは炎。

 

「「「────!!」」」

 

 足元の建物が一瞬で赤く輝き飴細工のように融解する。途轍もない高熱………だけではない。

 

「この、炎…………まさか、原初の火?」

 

 汎ゆる神話において火とは特別な存在。闇を祓い悪を燃やす。罪人を焼き尽くし、聖人を焼く事はない。かと思えば原初の神すら焼き殺す。

 

 人に夜に生きる光を与え、鉄を鎔かす術を与え、美食を与える。

 恵みを焼き尽くす災害にして闇と冬から人を守る守護者。

 

 リリウスが纏うそれは、神から下賜されたかの如く神格を帯びた炎。それも、尋常ではない格。宣言通り世界すら焼き尽くしかねない力。

 

「────!!」

 

 尋常ならざる熱を前に、しかし誰一人冷や汗すら流さない。流れる前に蒸発する。

 

「熱っ!?」

 

 世界を焼き尽くす炎を前に呆然としていた黒うさぎが漸く肌をジリジリと焼く熱に気付く。それを見たリリウスが剣を振るうと黒うさぎとサンドラを炎が飲み込む。

 

「熱、くない? むしろ………」

「力が漲って………与える側…………炎の神格!」

「……………ふむ」

 

 前回はどうせ漆黒種には効かないと火力は抑えていたが、流石は大英雄の力。改めて、あの時の自分はよく勝てた。Lv.9へと至り、天の炎を再現する今の自分でさえ莫大な炎の力(リソース)に満ちていたオリンピアのエピメテウスに及ばない………と思っていた筈なのだが、今は違う。

 

 恐らくは〝功績〟と〝信仰〟。言葉通り、何百年も世界を守り続けた並ぶ者なき大英雄。万軍では足らぬ怪物の群れを滅ぼし、世界を飲み込む程の力を持っていたダンジョンをして、後出しせざるを得なかった絶対的な功績と、それに伴う信仰。後の世にて愚者と蔑まれようと、炎に刻まれた残滓達が崇め続けた古の希望。

 

 元より神以上に英雄が崇められる世界。エピメテウス本人が呼ばれていたら、果たしてどれだけの神格を得ていた事か。

 

「…………さて、ペスト。不条理も理不尽も筋違いも、全て自覚した上で魔王としてその道を進むと言ったな」

「リリウスさん?」

 

 雰囲気が、何処か変わった。

 何処かぼんやりしたところもあったリリウスの目が鋭くペストを射抜く。

 

「………だったら、何」

「なら退くな」

 

 その言葉にペストは自分が下がりかけていたことに気付く。

 

「箱庭に住まう招かれし英傑、君臨せし修羅神仏。それに喧嘩を売る道を選んだなら………構えろ」

「!!」

 

 剣を構えるリリウスに対して即座に黒い風を全身に纏い防御体勢を取るペスト。

 

「どれだけ強くなっても、あとから現れる相手が自分に勝る可能性を忘れるな。ほんと、マジで………」

 

 なんならすっかり存在ごと忘れてたオリヴァスだって、相性が良く(結構無理やり)【滅蛇者(ヴリトラ・ハン)】を最大解放して押し切ったが、それがなければ勝負はわからなかった。

 

「そして油断なく構えて────────死ね」

「──────────」

 

 空を奔る炎斬(えんざん)。攻撃の()()。即ち()()()()()()()()

 

「……………!」

 

 ペストの肉体が切り裂かれたことに遅れて気付く。

 鮮血の代わりに吹き出す炎。悲鳴のかわりに吐き出される黒煙。

 

「────!!」

 

 熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い痛い!!

 

 霊格ごと焼き尽くす規格外の炎。怨念も妄執も未練も等しく薪へと変え燃え上がる。死すら望み兼ねない激痛の中、ふとペストは気付く。

 

 ラッテンとヴェーザーの反応が消えた。文字通り焼き付く痛みの中でも、それに気付けた。

 

「……………ル、ドラ………!」

暴風神(ルドラ)?」

 

 黒煙を吐く口から紡ぎ出された名を黒うさぎの耳が捕らえた。何故ここで、かの神の名が?

 

「リリウスさん!?」

 

 残心。リリウスは油断なくペストへと斬りかかる。

 

()()()()()()!! この男を箱庭に縛ってやる! だから、勝たせなさい!」

 

 

 

「はっはぁ! 神をも殺す炎に焼かれながら、仲間の死を悟り、無駄にしないと吠えるか! いいな、いいね! それが間違いだと知りながら進む。面白ぇ!」

 

 ペストが叫び、リリウスが斬りかかるまでに1秒と経っていない。だというのに笑う男神の言葉は確かに紡がれる。

 

「これだから人間に恩恵を与えるのは止められねぇ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()など、彼からすればただの人間と大きな違いはない。全能ゆえに在り方を楽しむ。

 狂う様を嘆き笑い、懸命に生きる様を蔑み讃え、正しくあろうとする者を尊敬し侮蔑する………人類を己の尺度で愛する絶対者。即ち神、超越存在(デウスデア)

 

「さあ、其奴を隷属させて箱庭に縛るために、存分に破壊しろ。俺が許す!」

 

 暴風神ルドラは楽しそうに嗤っていた。

 

 

 

「…………あ?」

 

 ペストが放つ黒い風。あくまで『死』を解りやすく形にしただけのそれは本来なら雑多な風神の操る風に匹敵するかどうかの筈のそれが、リリウスの矮躯を吹き飛ばす

 

 黒髪を靡かせながら吹き飛んだリリウスが己の腕を見る。

 

 風の勢いが増した。名前負けしているシュトロムなんぞとは比べものにならない風圧。何より………()()()()()()

 

「──────!!?!!」

 

 骨が、ではない。皮膚に広がる亀裂は肉まで達し、しかし血は出る事はない。存在そのものを砕かれるかのような痛み。クランプスの黒氷すら及ばぬ激痛がリリウスを襲う。

 

「か、あ…………!?」

 

 嘗ての拷問、無茶ばかりの戦い。痛みに鈍くなった筈のリリウスをして身体が硬直する激痛。傷を癒したペストは、吹き荒れる黒い風の中心で静かに己の手を眺める。

 

「嵐の、神格………? そんな、黒死病がなぜ………いえ、まさか………()()()()()()()()!?」

「神格を!? それじゃあ、まだ強く………!?」

 

 白夜叉が白雪姫に与えた様に、ペストがヴェーザーに与えた様に…………高位の存在より与えられた神格は水害の悪魔を星の地殻変動クラスの災害に引き上げるのだ。元より神霊の悪霊群であるペストの力の増加は、如何ほどか。

 

「いいえ、力そのものは大きく上がってはいないのでございます」

 

 風の勢いは増した。存在の格も増した。確かに神一柱分は強くなったようだが、神霊が更に神格を得たにしては力の上昇が少ない。

 

「でも、リリウスさんを………!」

「ええ…………あの程度の力で、さっきまでのリリウスさんに傷を負わせられる筈ないのです」

「言ってくれるわね………」

 

 黒うさぎの言葉に不快気なペストは、しかしそれ以上強く言わないのは彼女も自覚しているからだろう。

 

「強さではなく相性………ジャンケンなどにおける絶対に勝てる属性でごさいますね」

「……………俺の世界の神だな」

 

 苦痛に呻きながらリリウスはペストを睨む。何時だったかウラノスが言っていた。神と人とモンスター。これらは三竦みの関係にある。

 

 力ある古代のモンスターは神の力を無効化するが、強さに目を瞑れば英雄(ひと)に討たれる。そして神は被造物である人間を支配する。

 

「許可……………破壊の許可………? 人類種への絶対的な特効!」

 

 黒うさぎが思わず叫ぶ。今この瞬間、ペストはリリウスが人類であるというだけで破壊出来るのだ。

 

「らあ!」

「!!」

 

 だが一方的に、というわけではないらしい。黒風で加速したリリウスが振るう剣に肩を斬られる。直ぐに癒しながらペストも漆黒の竜巻を放つ。破壊力が増した竜巻が街並みを蹂躙する。

 

「この姿なら少しは耐えられそうだ……」

 

 漆黒種の肉を喰らい手にした神殺しの獣の力。オリジナルのような完全無効化とは行かないが、これがなければ腕は砕けていたかもしれない。

 

「っ!!」

 

 少し勢いよく着地しただけで全身に亀裂が広がる。罅割れた腕のみならず、存在そのものが破壊されかかっている。

 

「あまり暴れないでくれるかしら。貴方は生かして従わせなきゃならないの」

 

 箱庭に縛る、とか言っていたか。ルドラ………リリウスの記憶には残ってない神だ。だがどうにも気に入られているらしく、そいつが自分のいる箱庭にリリウスを縛ろうとしいるらしい。

 

「でも、さっきのは痛かった。後で治してあげるから、一先ず手足を千切りましょう」

 

 と、リリウスに向かい迫る黒い風。

 しかしリリウスの前に金と灰の影が割り込んだ。

 

「……………」

 

 死を運ぶ暴風が灰髪の魔女が差し出した手に触れる前に音もなく消え去る。蠢く影の牙がペストを飲み込まんと迫る。

 

「リリウス、魔法を解け。魔力と体力を少しでも維持しろ。レティシア、リリウスを命に代えても守れ」

「当たり前だ!」

 

 消えゆくアルフィアの言葉に頷くレティシア。しかしこれは、下手に触れて良いものか。

 

「その子と白夜叉以外、もういらないの。消えなさい」

 

 嵐の如き業風が天を衝く。濃密な雲が積乱雲のようにハーメルンの街の上空で渦巻き振り注ぐ。

 

「チィ!!」

 

 直ぐ様リリウスの黒風(かぜ)がペストの風とぶつかり合う。

 

「邪魔を………!」

「する、さ。言ったろ、お前は誰一人、殺すことなく………終われと」

 

 死の恩恵を与える神の御業がぶつかり合い打ち消し合う。死は死なない。頓知のような、純然たる事実。

 

「づぅ!」

 

 少し力を使い過ぎただけで、存在が破壊されかけた肉体が激痛を訴える。だが、その程度で止まるならリリウスは英雄などと呼ばれていない。

 

「不愉快…………不愉快よ、貴方!」

「………………」

 

────父さんも母さんもモンスターや周りと一緒に平気で俺達を殺そうとして、寒くて痛くて怖くて辛くてお腹が減って………なのに、誰も助けてくれなくて!! 正義が全部救えなかったとしても、何で………なんで僕達なんだ!!

 

「羨ましくても………()()()()()()。ペスト」

 

 不幸を言い訳に、己が幸福に、或いはせめて不幸を帳消の為に他者を傷付けるのは駄目だろう。だってそしたら、()()()()()()()()()()()()

 

「本当に…………不愉快! その、全部わかったかのような目をやめろ!」

「わかるわけねぇだろ、馬鹿が………」

 

 リリウスを叩き潰そうと暴風が迫る。レティシアの影による防御も容易く突破するであろう風。リリウスは激痛に悲鳴を上げる肉体を無理やり動かし風を使おうとして、ふと気づく。

 

 木霊の少年。あの位置、あのタイミングでは弾けたリリウスかペストの操る死が彼を殺す。しかしこのまま何もしなくてもペストの風が………。

 

「DEEEEEEEEeeeeeeeeeN!!」

 

 迫る死の風は赤い鋼の巨兵が阻む。命あるものに死を与える死の風は、この永久駆動の鉄人形こそが天敵。

 

「飛鳥………?」

 

 その鉄人形を操るのは久藤飛鳥。どうやら新たなギフトを携え戦場に戻ってきたらしい。

 

「飛鳥さん! よくぞご無事で!」

「感動の再会は後よ! 前見て、前!」

 

 ペストの放った死の風が黒うさぎの眼前に迫り……………十六夜の蹴りが霧散させた。

 

「おいコラ、余所見してんじゃねえぞ駄うさぎ!」

 

 これにはペストもサンドラも年相応の顔を見せた。

 

「ギフトを砕いた…………貴方」

「先に断っておくが、俺は人間だぞ魔王様!」

「………………………え、えーと? あの人、ギフトを砕いたように見えたけど」

「さ、さて? 黒うさぎも十六夜さんに関して知らないことだらけでございますが…………」

 

 ギフトを砕くもののついでにペストを蹴り飛ばした十六夜。リリウス以外で初めて攻撃が通った。サンドラも黒うさぎもその出鱈目さに舌を巻く。

 

「リリウス! 状況!」

「風雨の災害の側面の神格を足された。それと、創造主から被造物への絶対権限…………俺以外にもそこそこ効くと思う」

「お前の世界の神が来てんのか」

 

 流石十六夜。話が早い。

 

「だが恐らくお前は問題ない。やられるのは純粋に地力だ」

「言うね」

 

 幾千万の死者の怨嗟の声が衝撃波となって瓦礫を吹き飛ばす。ペストはなおも健在。

 十六夜を空高く吹き飛ばしながら星を砕けぬ力は効かぬと、リリウスにも言った文句を告げる。

 

 万全な状態なら話は違ったかもしれないが、恐らくヴェーザーとの戦いでかなり傷を負っている。ザルドに必要なら手を貸せと言っておいたが………恐らくは正面からぶつかり合ったのだろう。

 

「そういう事ならこっちも………!」

「ちょ、ちょっとお待ちください十六夜さん! そんなボロボロの右腕で戦うより、ここは作戦を尊重してください!」

 

 十六夜はやる気のようだが黒うさぎが諌める。だが作戦はあるという。魔王を討つ作戦が。

 

「作戦あるなら、早くしろ。そろそろ、きつい………」

 

 リリウスが呻くように呟く。人死にを出させないと力を行使し、肉体が悲鳴を上げている。

 

「ご安心を! 今から魔王と此処にいる主力────纏めて、月までご案内します♪」

 

 そして一同は月へと移動した。

 

「………………………俺は?」

「主殿。無茶はするな………その身はもはや戦える身体ではない。何より、今のペストは天敵なのだろう?」

「………………」

 

 リリウスがあの世界の人類である限り、今のペストに砕かれかねない。

 

「一先ず私を食え。これでも吸血鬼だ、大概の傷ならすぐに癒える」

 

 文字通り食えば元気が出るリリウスに、此方も文字通りの意味で身を差し出そうとするレティシア。食べやすいように服を着崩し細く白い首元を見せるレティシアにリリウスは…………

 

「それだ」

「………え?」

 

 

 

 月面。月界神殿(チャンドラ・マハール)

 献身を認められ〝月の兎〟が招かれ、帝釈天と月神より譲り受けた神殿に移動したペスト達。

 

 ゲームステージから出れぬという縛りは、ハーメルンの街の超上空という事でクリア。つまり天体をギフトゲームの為に移動させたのだ。

 

 更には黒死病に終わりを告げる太陽の光…………黄金の鎧。太陽神(スーリヤー)の神格が宿る鎧が放つ陽光は、太陽の寒冷期に猛威を振るった黒死病を振り払う。

 

「舐めるな!!」

 

 だが、まだ終わらない。

 ペストがただの黒死病で死んだ怨霊群に死神の神格を被せただけの存在ならこれで勝利は確定したかもしれない。だが今、ペストは暴風神にして破壊を司るルドラより与えられた神格がある。

 

 そもそもが予想外。ペストが黒死病以外の神格を得るなど予想もしていなかった。

 

 災害の神格。神一柱分の強化は確かに絶大。リリウスを壊しきらぬよう加減していた先程までとは比べものにならない暴風が吹き荒れ、岩を浮かせ砕き、無数の礫が大地を抉る。

 

 死神としては弱体化している。風神としては微塵も揺らがない。

 飛鳥が黒うさぎから受け取った槍を直撃させれば勝てるのだろうが、そもそも当てられるのか?

 

 飛鳥の動体視力は一般人と大差ない。

 

「この、ままでは!」

 

 後一手、決定打まで一手足りない。と…………

 

「…………何?」

 

 ペストの髪がチリチリと逆立つ。パリパリと衣擦れが火花を弾く。

 

「静電気? いや、落雷の前兆現象か?」

「落雷? ここは月面で御座いますよ!? 雲も無いのに、何処から!?」

 

 ()()()()

 箱庭から昇った雷が、月面へと落ちた。

 

 帰還放電。戦闘中にペストに蓄積させた電荷を繋げ駆け抜ける雷の速度は実に光速の約半分。

 

 ペストを月面へと叩きつけたリリウスも尋常じゃないダメージを負いながら現れた。

 

「リリウスさん!?」

「が、あ…………この!!」

 

 破滅的な大爆発の中、しかし星を破壊するには至らずペストが衝撃で跳ね跳んだリリウスへと人類特攻の暴風を放つ。

 

「リリウスさん!」

 

 黒うさぎが慌てて割り込もうとするが間に合わず………リリウスは蹴りを放ち暴風を散らした。

 

 十六夜のようなギフトの破壊ではない。純粋な膂力で災害を払う。

 

「リリウスさん!?」

 

 しかしその風は触れただけで人類を壊す権限を創造主に与えられている。サンドラが駆け寄り、気付く。リリウスの足は健在。どころか、先程までの罅が癒えている。

 

「よおリリウス、どうやって攻略した?」

()()()()()()()

 

 バチッと雷光が奔りリリウスの背に現れる円を描く雷の球体とそれを繋ぐ円輪。膨大なエネルギーが月の空を奔る。

 

 だがその雷の輪よりも目を引くのは、()()()()()()

 

「…………鬼化(きか)している?」

 

 人の霊格が鬼種の霊格へと変化している。それも吸血種。つまり………

 

「レティシアに血を吸わせて鬼種化したのか」

「ああ。だから黒うさぎの鎧の光チリチリする」

「チリチリですまぬはずなのですが…………」

 

 恐らくレティシアの与えた鬼種の霊格がよほど相性が良かったのだろう。太陽の鎧の放つ陽光によるダメージを上回る再生速度。

 

「何処までも邪魔を…………!」

「するね。言ったろ、誰も殺せず滅べって」

 

 凄まじい雷がリリウスから溢れる。己の身すら焼く轟雷。吸血鬼の再生力で癒すも、故に延々と全身を襲う激痛に、リリウスは顔色1つ変えない。

 

「借りるぞ」

「あ………!」

 

 飛鳥が持っていた槍を奪い取るリリウスは雷を放ちながらペストに向かう。

 

 下手な雷神よりも激しい轟雷。更に、リリウスの髪が黒く染まり新たに生える角。太陽の影響を受けない死毒の風が吹き荒れる。

 

 リリウスの【滅蛇者(ヴリトラ・ハン)】に於ける雷は付与属性。普段は己の身に付与させているそれを風そのものに付与し、縦横無尽に奔る雷。積乱雲のなかに閉じ込められたかのような暴風と轟雷がペストを飲み込む。

 

 それでも星を破壊するには足りず、リリウスは槍に向かい叫ぶ。

 

「何が審議だ! いいから黙って俺に全部貸せ!!」

 

 インドラの槍が神々しく、それでいて荒々しく輝く。万の鬼雷(きらい)、億の天雷(てんらい)を束ねる勝利の運命(ギフト)が付与された槍が奔る。

 

 勝利にまで運命を曲げる必要などなく。放たれたその瞬間から変わることなき速度、エネルギー。死の恩恵と暴風の恩恵を焼き尽くし魔王と共に爆ぜた。

 

 

 

 

 

「あ〜あ。負けちまったか」

 

 ハーメルンの街にて、月を眺めながらルドラは肩を竦める。向こうのインドラに目をかけられているリリウスを、此方の帝釈天も面白いと目をかけたらしい。槍との相性も良かったのだろう。勝利のためにエネルギーを増す、なんて必要ない初っ端から星を穿つ威力を持っていた。

 

「いいねえ、面白え。ああくそ、あの時の真っ暗なくせにギラギラした目ぇ直る前に、俺の眷族にできてたらなあ…………今からでも遅くねえか?」

 

 元の世界に帰れなくして、魔王として擁立すればある意味素直なリリウスは向けられる敵意に敵意を返す。ここは箱庭。ゲームで勝利さえすれば眷族の意思など気にする理由もない。

 

 無論ルドラは嘗て好き勝手眷族にやらせていたように、大好きな人間がのびのび生きているのが好きだが………その迷いが明確な隙を生む。

 

「…………ん?」

 

 月が一瞬輝いたかと思うと、胸を貫く月光の矢。

 

「あらら、怒らせちまったか」

 

 此方のルドラとの契約条件は一度も死なぬ事。不死不滅の神を殺せる神造兵器ではないが、肉体的には一度死んだ。

 

「仕方ねえ、帰って仕事だな。あ〜あ、面倒くせぇ」

 

 ルドラの肉体が光に包まれて、その場から消え失せた。

 

 

 

 

 

「うまっ………」

 

 肉体的には傷はなくとも体力気力を消費して意識はあるがその場に倒れたリリウス。吸血種であることを思い出し血を与えればと黒うさぎが言えば、サンドラが立候補。龍の血を引くサンドラの血はリリウスの【狂餓禁食(ギフト)】も相まってリリウスを急速に癒していく。

 

「吸血鬼って処女童貞の血が好きっていうものね」

「漫画によっちゃ経験ありの血を嫌がったりもしてたな」

「そうなのか? レティシアに悪いことした」

「レティシアに?」

「童貞の血のほうが良かったんだろ?」

「え? ええ、そうだけど……………………え?」

「ん?」

 

 

 

 

 十六夜がちょっと話ししてくる、と何処かに向かった。今回の黒幕のところにでも行ったのだろう。

 ハーメルンの悪魔達を呼び出した魔道書たる百枚以上のステンドグラスが運び込まれることが何を意味するかなど、考えるまでもない。

 

 そもそも新人(ルーキー)マスターに相対するのがゲーム初めてやる新人(ルーキー)魔王なんて出来すぎている。まあここは箱庭。英雄が招かれる世界。で、あるなら分かりやすい物語は好きなのだろうが。

 

「あ、リリウスさん!」

「サンドラ………」

「約束、果たしに来ました。私お勧めのお店、今回の祭りで出店をやっているので案内しますね!」

「ああ、頼む」

 

 まあ、まだ子供の彼女に薄汚い大人の事情など知る必要はないだろう、と無意識に頭を撫でるリリウス。ただ店に案内するだけで頭を撫でてもらえると思ってなかったのか固まるサンドラは、しかしすぐに気持ちよさそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

 人種から鬼種へと転生したリリウスは、ソーマがポンと手を置くだけで人に戻る。これが超越存在(デウスデア)。全知全能なる神の御業。

 

「向こうには箱庭のような天幕はないからな」

「あったら人辞めさせたままだったのか」

 

 まあ、ソーマはそのへん適当だし。

 

「そうか。帰るのか」

「機会があれば遊びに来る」

 

 十六夜の言葉にリリウスはまだ見ぬ修羅神仏蔓延る箱庭の美食に思いを馳せる。

 

「出来ればノーネームのハロウィンの時期に戻って来なさい」

「リリウスのお友達の猟犬とかも一緒にね」

 

 飛鳥と耀。黒うさぎは何も言わない。残ってほしいと、そう言ってしまうかもしれない己を諌めるためだ。

 

 リリウス・アーデという存在はそれだけ魅力的な戦力で、その上土地の回復までやってくれたし。

 

「レティシア………本当に隷属を解かなくていいのか?」

「ああ。これは、主殿がゲームで勝った証で、私を助けてくれた証だからな。淋しくはなるがな」

「じゃあな……………ああ、いや。またな」

「ああ、また」

 


 

 

リリウスと動物

リリウスは動物の鳴き声を『言語』として理解している。意思があるなら伝わるし伝えられる。猫語も同様。にゃぅにゃあにゃんにゃー(そんな事よりお腹が減った)

 

魔性リリウス

アルゴールが魔へと変じさせた宮殿を食って変質した姿。右目が増えたりする以外にもベロの先端が裂けてたり背中に鱗が出来てたり小さな角が生えてたりする。後、ベロがちょっと長くなってるぞ。

 

鬼種リリウス

レティシアから鬼種を受け取ったリリウス。身体能力、魔力が大幅に上がるかわりに滅蛇者(ヴリトラ・ハン)から怪物特攻が消え、代わりに威力そのものが上がる。額右側に角が生える。

 

アルスワイスリリウス

実はアルフィアを象った白の芸術(アルスワイス)を自分の分身と同時に作ると性格が幼くなる。これはアルフィアにもう少し甘えたかったリリウスの思いが無意識に反映されてるから。

 

リリウスのギフト

実は箱庭に来た時点で幾つかのスキルが影響を受けて強化されてたりする。

 

月神恩恵(ソーマ・ファルナ)

 成長補助効果

正神恩恵(アストレア・ファルナ)

 成長補助効果(機能停止中)

美神恩恵(アフロディーテ・ファルナ)

 成長補助効果(機能停止中)

維持神第七化身権利(ヴィシュヌ・アバター=ラーマ)

 ラーマの名を名乗る権利。あくまで権利の証明。強いていうならリグ・ヴェーダの神々に目をかけられる。最終試練の際、これまで次第で最大級の神格を得る可能性も。ギフトでありステイタスには反映されない。

神王審議中(インドラしんぎちゅう)

 インドラが目をかけている証明であり、効果はなし。審議が終われば加護と武器が与えられる可能性も。ギフトでありステイタスには反映されない。

ラーヴァナ

 狂化魔法。

ラーフ・シュールパナカー

 万象捕食。

サンサーラマンダラ

 神懸魔法。箱庭に於いてはその概念が強化されており、死者枠を使用すれば………。

狂餓禁食(プレータ・ナンディン)

 変化無し。

天喰餓鬼(マハーグラハ)

 変化無し。

精霊喰種(スピリット・イーター)

 精霊の力なのでリリウスがいるだけで枯れた大地も復活する。

獣王化身(ベヘモット・アヴァターラ)

 千年以上生き、人々に恐れられ、数多英雄、民を殺し世界を侵した毒の王。箱庭にてその功績を讃え神獣へと変質し、死の恩恵を万物に与える。

氷結心殿(スリュムヘイム)

 変化無し。

滅蛇者(ヴリトラ・ハン)

 変化無し。

時喰みの指輪

 フェルズ作成。時喰みと書かれているがあくまで影に収納するアイテム。

 

十六夜

リリウス曰く良く解らない生き物。本気を出したことがないから出し方知らないんだろうな、と思ってる。

 

飛鳥

何となくギフトの正体を察している。子供好きの彼女は見た目や態度が幼いリリウスをうっかり子供扱いしかけることも。

 

耀

自分と同じように動物の言葉がわかる友達。何時かリリウスの猟犬と大鷲とシャチと話してみたいと思ってる。

 

リリちゃん

名前と行動でリリウスに認められたウカノミタマの眷属の末裔。デメテル・ファミリアに似た匂いがするなど、名前といい、何気にリリウス特攻。リリウスよりは背が高いので、年齢を勘違いしてお姉さんぶるシーンを入れるつもりがすっかり忘れてた。

 

ジン君

原作で十六夜と飛鳥が面白がり耀が気にしてなかったから許されたけど本人もガルドの言葉に言い返せない事をやらかしてた詐欺師。ガルドの言葉に被害者面した時点で子供に甘いリリウスでも彼の為に動く気にはならない。謝るまで許さない。因みに原作地の文によるとガルドとのギフトゲームが初めてらしい。つまりノーネームはマジで黒うさぎの審判稼業でしか食いつないでなかった。割とガチ目の疑問なんだけど、飛鳥に自白させられるまで嫌味な奴でも勢いに乗ったコミュニティのリーダーでしかないガルドにどの面下げてあの態度。

 

苦労さぎ

謝ったので許した。チャンドラ(ソーマ)の血を授かった眷族(血を引く子供)にどんな態度を取ればいいのか分からなかったがリリウスが気にするなと一言。

問題児達が来るまでノーネーム唯一の稼ぎの可能性が高く、問題児達が来てからも苦労する黒うさぎマジ苦労さぎ。多分アスフィやヘイズといい酒が飲める。お前もリリウスに頭よしよししてもらうんや。

 

白雪姫

怒りのあまりつい自分の全てを賭けてしまった水神。リリウスとは相性が悪すぎた。飯が食えないな〜、という分身の意識を受信したタイミングだったばっかりに食われそうになった。リリウスは当時の彼女の名前を『蒲焼』にしようとして黒うさぎに止められている。ノーネームに預けられている。

 

白夜叉

リリウスは彼女に挑むが敗北。神殺しの武具などで攻撃を消したりしつつも炎は消せても炎によって高熱となった空気は普通にリリウスを焼いた。最強の階層支配者は伊達ではない。因みに仮に神殺しの武具による致命傷を当てていたら神格が破壊された白夜叉が嘗ての強さを取り戻すというクソゲーが起きていた。

 

チャンドラ

月の神。ソーマの同位存在。ソーマがヤンチャしてた頃に近いらしく、箱庭にいる間彼の影響を受けヤンチャしてた頃に若干戻るらしい。

 

ペルセウス

リリウスを侮辱し神の怒りに触れた。主神の命によりリリウスに叩き潰された。

 

レティシア

リリウスが一人でペルセウスを潰したため所有権は十割リリウス。現在飛鳥の要望によりノーネームに貸し出されているリリウスのモノ。

リリウスがどうせ負ける前に金の回収だけでもと売買を決行されても面倒だからと発言したことにより白夜叉に預けられ着せ替え人形にされた。本人は鏡の前でポーズとったりしてた。可愛い。

お姉さんタイプなのでリリウスとの相性が良い。おい、誰だ現地母つった奴。

 

サンドラ

担がれた代表故に責任は周りにあるだろ、がリリウス評。基本的に子供に優しいリリウスなので優しくしましたともさ。ちょっと理想の男性像が頭良くてめちゃくちゃ強くて年上で自分より背が低い人になった以外は問題ない。誰だ現地妻つった奴。

 

ペスト

神霊ではあるが一時代の病の死者の怨霊群。命ある者に死の恩恵を与える存在なので、リリウスのベヒーモスの力に似てる。

リリウスを箱庭で暴れさせたかったルドラに嵐の神格を与えられた幼女。この後ジンに所有されるけどリリウスが居ないことに腹を立てるとか立てないとか。

 

ルドラ

リリウスの厄介ファン。幼少期のリリウスを見て『お、彼奴が表にいられなくなったらファミリアに誘ってみよ』と思っていたがアストレア・ファミリアやアーディにより失敗。天界に送還された後箱庭に遊びに来ていた。リリウスがブラフマシラーストラで白夜叉に手傷を負わせたと聞いてテンション上がりリリウスを箱庭にとどめようとペストに神格を与えた。

原作じゃ出番少ないがシヴァと同一視されるシヴァよりも古い結構凄い神様なんです。

 

ガルド君

死体はリリウスが美味しくいただきました。いや、別に美味しくはなかったかも。

 

〝カボチャ印〟のお菓子。ジャック・オー・ランタンが配るお菓子。とてもとても美味しい。

 

 

 

 

 

「まあ全部、揶揄節の嘘なのだが」

「ソーマ? どうした急に」

「他のコラボのように、個々の絆は本筋に残らない。此処の経験は本筋に反映しない」

「よく分からんが神々の言う『めたい』発言というのは解った」

「だが、まあ………或いは前世の友人と再び酒を飲み交わせた世界があるかもしれないように、この番外世界のリリウスが再び、今度は自ら箱庭に訪れる可能性も、あるかもしれない………」

「そして俺の話を聞いてないのも分かった」

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