ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「かはっ、ぐふっ………がっっ!!」
血が止まらない。口と、肩から鮮血が病人の様に白い肌を染めていく。
「ちょっ、リリウス!?」
「わざわざ話に付き合う必要が何処にある」
アリーゼ達が困惑する中、リリウスは口元の血を拭いながら呟く。
「ま、ったく………だ。下らぬ憐憫を向けるな小娘ども」
アルフィアもまた血を拭いながら現状唯一敵意を向けるリリウスを見据える。
「忌々しい。妹を殺したこの死の病さえなければ、『黒竜』を討てたのか?」
事実として、その病はアルフィアを蝕んでいる。
病が変質したスキル【
どんなに『技』と『駆け引き』、そしてかさ増しした魔力で圧倒しようとも、今のアルフィアの表面上の戦闘能力は高く見積もってもLv.5、或いは
「過去を思うと老いるぞ」
魔力を喰らい、傷を喰らい、アルフィアの肉を喰ったリリウスの方が、本来は上………の筈だ。
「っ!!」
Lv.5になって1週間。しかしスキルの力で一時的と言えどLv.5の中でも上位の
動きを流し、地面に叩きつけヒールがリリウスの喉を貫く。
「アルフィア………どうすれば、貴方を止められる?」
「まだ言うか………」
会話を選ぼうとするアリーゼに、リリウスが血を吐きながら呻く。
「…………『英雄』となれ」
緑と灰の
「『英雄』となり、私を打ち倒してみせろ! 貴様等が『未来』を求めるというのなら! 英雄の器を示してみせろ!」
静かに、高圧的に佇んでいた静寂の魔女とは思えぬ裂帛の言葉に、アリーゼ達は剣を握る手に力を込める。
「『正義』となる『次代の希望』とやらを証明し、この『悪』を納得させてみるがいい!」
「………アルフィア、貴方は」
「…………みんな、武器を。行くわ」
リューが声を漏らし、アリーゼが全員に声を掛ける。
「アリーゼ………」
「証明するわ。『正義』は巡り、『未来』に必ず光をもたらす事を。私達が築き上げてみせる『希望』を! かつての『英雄』に叩きつける!」
「………心得た」
「……アーディ、私に力を………あの『英雄』を乗り越える、『正義』を!!」
アリーゼの言葉に輝夜が答え、リューが地上のアーディを思う。
「貴方を倒すわ、アルフィア! 私達の───正義の剣と翼に誓ってっ!!」
「来い……」
アルフィアはそんな彼女達を見据え、叫ぶ。
「『英雄』の作法を教えてやろう、小娘共!!」
「し、るか……! 人の上で、話すな!」
リリウスが叫び、体を回転させた。ヒールの刺さっていた首の肉が千切れ血を吹き出しながら蹴りを放つ。
「ネーゼ!」
「さっきのでほとんど割れちゃってんだ、あまり無茶するな!」
アリーゼの言葉にネーゼがポーションを投げ渡す。受け取ったリリウスが飲み干し傷を癒やした。
そして直ぐ様アルフィアに向かい飛び出す。
「話聞いてた!?」
先程同様受け流すアルフィア。対してリリウスは、空中で体を回しアルフィアの追撃を防ぐ。
空に浮いたまま行われる反撃に対してアルフィアは僅かに体をそらす程度で躱し……
「【
「っ!!」
放たれる鐘音の槌。リリウスは両手を突き出し手と手の間に雷を発生させる。
熱せられた空気が音速で膨張し、轟音がそれ以外の音を掻き消す。大気が引き裂かれた落雷後特有の匂いが立ち込める。
「っ! 耳と、目が………」
雷光に目が焼かれ、雷鳴に鼓膜を打たれた【アストレア・ファミリア】。彼女達より近くで雷光と雷鳴を浴びたアルフィアは、しかし空気の動きだけでリリウスの動きを捉え手刀を振るう。
「くそ、漸く目も戻ってきた………」
聴覚が先に戻り、耳鳴りの代わりに剣戟の音や何かが高速で動く音は聞こえていたが視界が戻らず動けなかったライラが吐き捨てる。
「あの野郎、共闘する気ゼロか!」
ゼロなのだろう。なんなら邪魔とすら思っているかもしれない。
だが相手は埒外の怪物。事実圧倒されていたのだ。なのにたった一人でなど………
「…………は?」
戻ってきた視界に映るのは、アルフィアと戦うリリウス。一方的、ではない。まだリリウスが押されている。それでも、渡り合っていた。
「なんだ、そりゃ!? この局面で成長を、ってか!?」
「………違うわ。慣らしているのよ」
ネーゼが思わず叫び、アリーゼがその戦いを見ながら呟く。
「上がりすぎた
冒険者がランクアップ後に自らの肉体と精神のズレを治すのに時間がかかるように、一時的とは言え
大概の者なら上昇値は一律故にそれに慣れるだけだが、上限が無くとも繰り返し経験することによって慣れていくだろう。
事実リリウスも本来なら後者だ。ただ、アルフィアの血肉は………Lv.7の血肉はリリウスも未経験なほどの力を与えた。
厳密にはアンフィス・バエナでも似たような上がり幅だったが、あちらは多少のズレなど気にならないぐらい的が大きかった。
「慣らすって、この実戦でか!?」
それが出来ないから、普通の冒険者は普段より浅い階層で慣らすのだ。断じて一手誤れば死ぬような相手と戦いながら行うものではない。
「【
「かっ、はぁ………ぐっ!!」
「この、馬鹿者が! 一人で勝てる相手でもないだろ!」
「はあ!」
「ぐっ!!」
地面に転がるリリウスに再び魔法を放とうとするアルフィアだったが、視覚と聴覚を回復させた輝夜とリューが向かってきた。
「邪魔、だ。引っ込め………」
「なっ!?」
全身から血を流し立ち上がり、正義の眷属を邪魔と言うリリウスにリューが思わず瞠目する。
「クソ雑魚妖精! その女は任せた!」
「え、輝夜!?」
と、輝夜は踵を返しリリウスの下へ向かった。
「いい加減にしろ小僧! 意地を張っただけで勝てるなら、私達はとうにあの女を倒している!」
「意地とか、知るか! 俺が、殺す。俺しか、殺せない………だろ!」
事実としてアルフィアと【アストレア・ファミリア】に天と地ほどの差があるように、リリウスも彼女達より遥かに強い。強くなった。強くなってしまった。
「アストレア様に救われた私が何を、と思うだろうがな。今更でも、遅くても、お前に手を伸ばす奴はいる!」
「だからどうした。俺より弱いくせに…………」
リリウス・アーデは頼れる大人を知らない。ファミリアと言う狭い世界では屑ばかりで、外に目を向けて最初に目につく周りに騒がれる大人は虚飾にまみれ、他に目がつく頃にはそいつ等に何かして貰うより自分でどうにかするほうが早いほど強くなっていたからだ。
確かに輝夜が歩んできた人生は、リリウスにも想像出来ない苦悩があったのだろう。だが、一人で強くならず、共に歩める者が居た者の気持ちなど、察したくもない。
「私の手を取りたくないなら取らなくて良い。それでも差し伸べてくる手が鬱陶しいなら
「……………は?」
「ばぁ〜〜〜かめ! 何を惚ける? 今更、お前が素直に手を取るなど甘えた考えなどするか!!」
「え、そうなの!?」
アリーゼは手を取ってほしいらしい。
「………良いか糞餓鬼。ここで私達があの女に挑み、死んだとしても………
「……………」
「お前が、何を忘れ、何を守ろうとしていたのかは知らん。だが少なくとも、私達はお前にとって『死んでいい奴』だ。なにせ、自ら死地に飛び込む愚か者だぞ」
そう言い残して輝夜は再びアルフィアへと向かう。
しばし放心したリリウスは、直ぐに動き出した。もう、邪魔とは言わなかった。
『英雄』だった。
死の病に侵され、命の期限を残り僅かとし、儚く消える雪の結晶のように己の運命をすり減らして置きながら、その女は今もなお『英雄』だった。
正義の使徒が繰り出す数多の斬閃を往なし、鉄槌の如き砲火の雨をも無効化しながら、万喰の獣の牙や精霊の魔法を迎え撃ち、全てを薙ぎ払う福音を轟かせる。
ここに来て、まだ上がる。弱っていくはずのその体で、まるで命を燃やし力に変えているかのように追いつき始めた獣を突き放す。
『英雄』だった。
その力は、その強さは、その
「砲撃! 撃ちまくれ!! 魔法を途切れさせるんじゃねえ!!」
「攻めろ! 守るな! 真裸の斬り合いだ!! 怯めば死ぬぞ、逃げるは恥ぞ!! あの化物の全てに、我等の全力を以って応える!」
「背を見せてはならない、この相手だけは! あの『英雄』だけは、乗り越えなくてはならない!!」
全ての景色が加速する。
剣も、盾も、杖も、牙も、閃光も、衝撃も、炸裂も、咆哮も、雷光も。
意志さえも。
かつてない力を欲し、全霊を以て、正義の使徒と獣はかつての『英雄』に向かって加速する。
「【
繰り返されること三度。
体から魔力を引きずり出す
「
「【
全てが加速し、燃え上がるその光景は、流星の輝きにも似ていた。
「おお!」
雷の力に操られた砂鉄の濁流。並のモンスターなら肉をこそぎ落とす黒い濁流は、轟音を以てかき消される。
「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】──」
魔女は『第三の詠唱』を開始した。
「短文詠唱じゃない!
「しかも、あれって………」
「超長文詠唱!?」
速度重視の『音』の砲撃でも、『魔法無効化』の
「っっ──止めろぉ! 呪文を完成させるなぁ!!」
比類なき破壊がもたらされると直感した輝夜が叫び、真っ先にリリウスが飛び出しリューとアリーゼも群がる。
銀閃が交差すること七度。
炎の欠片と風の衝撃を生み出す斬撃の渦。決して逃れられない筈の正義の結界。
「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」
だが、止まらない。両腕をだらりと垂らした独特の構え。柳のように揺れ、攻撃の尽くを捌かれる。
斬撃が空を斬る。この人数を相手に行われる絶技と評せる『並行詠唱』。
「【神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】──っ!!」
リリウスの握るマーダの骨断ち………分厚いノコギリ状の部位がアルフィアの肉を抉り骨を削る。
「【箱庭に愛されし我が
「!?」
だが、止まらない。叫び出す程の激痛だろうに、その口から溢れるのは紡がれる詠唱。
より深くマーダで抉ろうとするリリウスの頬にめり込む魔女の拳。顎が叩かれ、脳が揺れ、剣を握る手に力が入らなくなった瞬間蹴り飛ばされた。
「【代償はここに。罪の証をもって
輝く魔力の光。詠唱完成間近………魔法ですらなくとも、観測できる膨大な魔力。
色は……灰。白く在れなかった女の心象風景のごとく、『灰色の雪』が降り注ぐ。
そして、天に掲げられたアルフィアの細い片腕が示す先、遥か頭上に現れたるは巨大な鐘。
「【哭け、聖鐘楼】!!」
終焉が打ち震える。決して未来に繫がることのない、『大鐘楼』とはかけ離れた音色が……神聖で、破滅的で、気高く、歪な、誰も救わず何人も守らない破壊の荘厳が、尽く滅却を予言する。
リューは時を止め、アリーゼは凍てつき、輝夜は絶句した。
離れていたリヴェリアとガレスも魔法の完成に苦渋を示し、風の暴流は怯みデルピュネすら臆した。
魔力の臨界。
頭上に浮かぶ灰銀の鐘が凄まじい輝きを放ち、罅割れ、爆砕する。
「【ジェノス・アンジェラス】」
破轟の極致。
海の覇王を滅ぼした、その時より遥かに極まった滅界の咆哮。
余波だけで
防御は敵わず、回避も許されない。
【アストレア・ファミリア】が終わりを悟った────その時。
「──待ってたぜぇ、てめえの『必殺』!」
ライラが飛び出し、盾を構える。
破滅の鐘音の前に、あまりにも頼りない姿。事実盾は容易く砕け…………
「「「なっ!?」」」
正義も悪も例外なく女達が驚愕し、真っ先に正体に気付くのはアルフィア。
「今のは、私の『
「何言ってんだ、しっかりもらいに──」
ライラの勝ち誇ったような笑みを無視して駆け抜ける閃光。雷を纏ったリリウスが大地を蹴り駆ける。
必殺を撃った反動で動けないアルフィアに迫る炎の拳。
疾走る
避けることは叶わず、炎の拳がアルフィアの腹に叩き込まれ、爆発した。
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