ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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ヴリトラ

 斬撃は通らない。魔法は火力を与えるだけ。

 打撃は、まあ効くがこの巨体を殺すのにどれだけ打ち込めばいいのやら。

 

「ゴアアアアッ!!」

「ッ!!」

 

 吐き出される炎。絡みつく焼夷体液(ガソリン)を孕んだ炎は、触れればアウト。だが………

 

「グギイイ!!」

 

 体に纏う紅い炎は、勢いこそ増せど蒼炎よりも容易く黒風(かぜ)に剥がされる。それに気付いたのか粘性の高い焼夷体液(ガソリン)を纏い直すヴリトラ。

 

 リリウスは髪の色を白く戻し、雷を叩き込む。炎に殆ど流されたが…………

 

「カッ──!」

「成る程、物理防御と魔法防御は両立不可か…………」

 

 とはいえ、並の攻撃等そもそも効かぬモンスターの王たる竜の耐久。魔法吸収(マジックイーター)の炎だって、並の冒険者ならそもそも近づけない。

 

 スキル由来の黒風(かぜ)と精霊由来の魔法を持つリリウスだからこそ出来る手段だ。思い上がりでもなんでもなく、普通の冒険者相手には『無敵』と言っても過言ではない。

 

(切り替わりに必要な時間は2秒。そこを狙うか、炎でも食いきれない上、奴を潰せるだけの魔法でも放つか…………)

 

 前者ならともかく、後者ならアルフィアの第3魔法かリヴェリアの第三階位の攻撃魔法なら可能。対近接特化の絡みつく炎も、焼け死ぬ前に殺してからゆっくり専門の薬で焼夷体液(ガソリン)を分解すれば良い。

 

 ザルド辺りならやれるだろうが、生憎とリリウスの『力』はあそこまで埒外ではない。

 と、階層を照らす黄金の光が紅く変わっていく。再び魔力喰らう炎の蛇と化したヴリトラが雷の柱から飛び出してきた。

 

 受けているダメージからして、一度炎を消している。先程もそうだった。切り替えの瞬間は必ず炎が消える。

 

 だが、まだ情報が足りない。ならば………

 

 

 

 対するヴリトラは、生まれて初めての難敵に戸惑っていた。

 前世の記憶など最後の瞬間抱いた思いだけ。目の前の獣を、決して侮らず今度こそ『敵』として戦い、喰らうという渇望のみ。戦い方の記憶があるわけではない。

 

 というか、その僅かな記憶の中戦った獣もここまで多彩ではなかったと確信している。

 自分が多くの同胞を喰らい力をつけている間に、かの獣もまた力をつけた。ならば………

 

 

 

 引き出しを全部引きずり出して、その上で叩き潰して食い殺す!!

 

 

 神の眷属とダンジョンのモンスター。奇しくも互いの頭に浮かぶ言葉は同じ。

 

 精霊の魔力を喰らい、より紅く燃え上がる炎を纏うヴリトラ。

 暗く黒く染まり、岩も水晶もモンスターも侵し溶かす黒風(かぜ)を纏うリリウス。

 

 巻き込まれてたまらぬと逃げ出すモンスター。

 ぶつかり合う2匹の頂点捕食者。

 

 撒き散らされた猛毒の炎風が哀れなモンスター共を骸も残さず消し飛ばした。

 

「チッ………」

 

 他と比べて軟そうな腹を狙ったが、12発撃ち込んで拳が砕けた。毒風(かぜ)の濃度を薄め、26階層に続く横穴を破壊し落ちてきたレイダーフィッシュの腐肉を喰らう。

 

 クソまずいが風を消すわけには行かない。

 仮にも下層。経験値(エクセリア)としてはまともな足しにならずとも、一時的な強化にはまあなるが………。

 

「「…………………」」

 

 ヴリトラ、リリウス、両者がほぼ同時に目を向けたのは吹き飛んだ衝撃で潰れベッチャリと壁に張り付いて、ヴリトラのせいで灼熱の階層となった27階層の壁に焼かれ悪臭を放つカリュブディスの死体。

 

 飛び掛かるのは同時。互いの意図を察してリリウスは黒風(かぜ)を、ヴリトラは炎を相手に向かって放つ。

 

 吹き飛ばされた余波が健気にも流れ続ける滝を焼く。

 27階層が灼熱の階層なら、25階層は蒸気の雲が覆う霧の階層。26階層が飲まれるのもそう時間はかからないだろう。

 

 まだ階層の端にまでは影響はないが………。

 

 さっさとケリをつけるかとカリュブディスに取り付くリリウス。熱して中途半端に乾いて粘土状になったドブでも食ってる気分。だが、仮にも神殺しの怪物。

 

 カリュブディスの死骸が灰へと還る。魔石を喰らうヴリトラと口の中の灰を吐き捨てるリリウス。互いに再び相手を睨む。

 

 毒の濃度よりも風速を特化させた黒風(かぜ)を纏い、ヴリトラに迫る。ヴリトラも同時に突進を仕掛けていた。

 

 大質量の肉体は、ただ振るうだけで雑多な上級冒険者すら滅ぼしうる武器。Lv.6かつ白兵戦主体で、神殺しの怪物の肉を食らって尚リリウスが吹き飛ばされた。

 

「ッッッ!!」

 

 だが、ヴリトラも激痛に呻く。額の鱗が砕け、頭蓋骨にも響く一撃。

 リリウスは空中で体勢を整え着地する。

 より高温かつ絡みつく蒼炎で身を守っていればダメージを与えられたか? だが、そうすると魔法が来る。

 

 知能があるがゆえに判断に迷うヴリトラは、結局紅色の炎を消し蒼炎を纏う。リリウスの魔法はそもそも、こちらの命を脅かすには至らない。

 

「チッ………」

 

 再び蒼炎を纏うのを見て、リリウスもまた怪物の猛毒から精霊の力に切り替える。互いにコンディションは100%以上。

 邪魔は何処にも────

 

「ロフィナ姉様………! ロフィナ姉様ぁ………!」

 

 岩陰。まだ炎にも蒸気にも焼かれていない場所で、肉塊に縋り付いて泣くエルフ。

 放たれる蒼炎に対して、リリウスが放つは厳冬の如き冷気。立ち込める極寒の白い霧と高熱の蒸気、その2つを突き破り、ヴリトラの尾が叩きつけられた。

 

「…………………?」

 

 その結果に誰よりも困惑したのは、ヴリトラ自身。ずっとずっと焦がれていたあの獣が、あの程度、避けられぬはずがない。なのに、何故?

 

 何が邪魔をした? 誰が、この至高の時間に水を差した!?

 

 ギョロリと縦に裂けた瞳孔が固まるエルフを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 何故こんなことにと聞けば、間違いなく一人の冒険者の命令無視が原因。そこから始まった。それに続く冒険者達。

 命令を聞けという最初の命令を無視して指揮から離れる冒険者を、彼女は止めなかった。

 

 戦い抜くことこそ誇り高き生き方であると、彼女は少なくともそう思い飛び出し…………『絶望』を漸く理解した。

 

 時に手合わせをしてくれた先達はハーピィの爪で引き裂かれた。

 最も強い団長は湖に落ちた仲間を引き上げようとして、飲まれた。

 冷たい岩に縋り生きながらえようとして、しかし落ちた自分に手を伸ばした副団長は共に多くの冒険者を取り込む緑肉に飲まれ、そして…………そして!!

 

 それをされた副団長は、意味のない声を発し蠢くだけの肉塊になった。他の冒険者も同じ。それをされた者は例外なく肉塊に成り果てた。

 

 なのに、どうして、私だけ!?

 

 困惑する事しか出来なかった妖精は、副団長だったものに縋る。団長を飲み込んだ怪物を、瞬殺し、自分達を飲み込んだ緑肉を焼き滅ぼす怪物と、毛嫌いしていた小人族(パルゥム)との戦いにも気付かず。

 

 

 

 

 それに気付いたのは、すぐ近くでリリウスが精霊の力を使ったから。

 胸の奥に埋め込まれたそれが反応し、振り返るとリリウスが吹き飛ばされるところだった。

 

 蛇竜は何故かフィルヴィスに怒りの目を向け、大口を開く。

 

「っ!? た、【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 それはほぼ反射。モンスターに対する冒険者の本能。

 皮肉な事に、胸に埋め込まれた()()のおかげで発動する魔法は普段以上。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 現れたる清浄の盾。純白の障壁が炎を防ぐ。それでも伝わる熱量で焼け死にそうになり………しかし、負った傷は治っていく。

 

「……………!」

 

 まさか生き残るとは思っていなかったのか、僅かに身を震わせ動揺を露わにするヴリトラは、しかし、ならば時間をかけて壊すと殺意をむき出しにする。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!!」

 

 魔力の気配に、ヴリトラは赤い炎を纏った。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 それも、やはり彼女本来の力ではありえぬ威力。だが、効かない。

 精霊の砲撃すらその威力を弱め、竜鱗にて防ぐヴリトラからすれば、そよ風ほどにも感じ…………

 

「!!?」

 

 視界を覆う閃光。響き渡る轟音。雷が、紅炎の魔法吸収(マジックイーター)でも消し切れぬ威力で落ちた。

 

「あのヒトデの匂いに紛れていたが、焦げ臭いぞお前」

 

 人魚の血を啜りながら、リリウスは再びヴリトラの前に現れる。

 

「上がりすぎると、自分の炎に耐えられねえな?」

 

 そもそも精霊の魔法を食らった時点で炎の温度は蒼炎より上。焼夷体液(ガソリン)を元にした蒼炎より剥がされやすいからといって、リリウスが与えるダメージで解くのが、そもそも過剰な反応だった。

 

 ヴリトラの鱗が、肉が自身の炎に焼かれていく。と、リリウスはこちらを見ているエルフに気付いた。

 

「……………殺してくれ」

「ああ?」

 

 会話しながらもヴリトラに意識を向けている。

 逆にヴリトラは、先程のように水を差されたくないのか苛立つようにエルフを見つめながらも動かない。

 

「頼む、殺してくれ………こんな、こんな穢れた体で生きるなど」

「穢れ……? ああ、なるほどくだらねえ」

「は? 何を………」

「マリィ!」

 

 と、リリウスはエルフを掴むと26階層に向けてぶん投げた。

 

「邪魔が入った。場所を変えるぞ」

「……バショ………」

「……………あ?」

「ソコォ、ジジ、ジゴグゥゥ?」

 

『来いよ、地獄はこっちだ』

 

 どうやら喋れたらしい。まあ人の顔をしている奴等はともかく、人と声帯が異なる蜥蜴人(リド)石竜(グロス)も喋れてたな。

 

「まあ、………来いよヴリトラ、地獄はこっちだ」

 

 と、ヴリトラが開けた炎に蒼く照らされた縦穴に落ちるリリウス。ヴリトラもそれに続く。

 

 28階層。下層の『安全階層(セーフティポイント)』はヴリトラが通った際の炎に一部が焼かれている。

 

 リリウスの魔法を警戒し、己の身を焼くヴリトラの炎に周囲が焼けていく。

 

「ヴリトラ?」

「ああ、お前の名前だ」

「オマエ、ハ?」

 

 名前という概念を理解している? やはり異端児(ゼノス)は謎が多いな。誰に言葉を教わるのか……。

 

「………リリウス」

「リリウス…………リリウス………!!」

 

 咀嚼するように、噛みしめるようにリリウスの名を繰り返すヴリトラ。

 自らの肉を焼く代わり、制限なく火力が上がる紅い炎が反応するように蠢く。

 

 対し、リリウスが選ぶは敢えての精霊の力。その中でも攻撃力に優れた雷をマーダに付与する。

 ソーマが友の異名を借り名付けたその技の名は──

 

雷帝(シャクラ)……金剛槍(ヴァジュラ)!!」

「オオオオオオオオ!!!」

 

 炎が雷を飲み込み燃え上がる。飲み込みきれぬ雷が逆に炎を焼き、鱗を砕く。

 『安全階層(セーフティポイント)』に相応しくない轟音と閃光が駆け抜ける。打ち勝ったのは、果たして。

 

「──────オオオオオオオオッ!!」

 

 ヴリトラの咆哮が響き渡る。瓦礫の中に倒れるリリウスを見て、焼き尽くしてしまわぬよう炎を消し大口を開く。

 

 今度こそ勝った。

 今度こそ喰う。

 

 パキリと、音が聞こえた。ガシャッとリリウスが砕け散る。

 否、それは氷。目を見開くヴリトラの頭上、漆黒の獣が毒牙を剥き出しに駆ける。

 

「!!?」

 

 頭蓋を砕くほどの衝撃。圧力で片目が飛び出し、吹き出した血が獣を赤く染め、獣の牙が額の肉を食い千切る。

 

「キュアアアアアア!?」

 

 自身の頭を岩盤に叩きつけるヴリトラ。罅割れた頭蓋では消し切れなかった衝撃が脳を圧し激痛に悶えた。

 

 岩盤で潰されたリリウスは肺に溜まった血を吐き捨て死角から襲いかかるも、()()()()()()()

 四ツ目の蛇竜。何処までも異形なモンスターが炎を吐こうとして、体が固まる。

 

「────!?」

 

 傷の痛みだけではない。もっと別の、頭から溶けるような熱く、解けるような痛み。

 ボヤける視界に映る漆黒の風の渦をみて、ヴリトラは察した。

 

 ああ、また負けた。

 せっかく知った互いの名前も大して呼ばぬまま。次こそ、ちゃんと覚えていたいなあ…………。

 

 

 

 

 

 

 28階層に風が吹き荒れ、灰が散った。

 

 

 

 

 同時刻、26階層の一角。

 

「モシ、モーシ。大丈夫、ネエ?」

 

 美しい人魚がずぶ濡れの妖精をツンツンとつついていた。




最後のは果たしてナニィちゃんなんだ!?
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