ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
目を覚ます。装備はなくなり、服の下に隠していた小型武器もない。靴も脱がされ、ボロ布に着替えさせられていた。
「……………」
手足は鎖で椅子に縛り付けられている。既視感………【ガネーシャ・ファミリア】に捕まっていた時と同じ。違うのは、ダンジョンの何処か。中層だろうが、モンスターの気配は無い。
「よぉ〜、起きたか【
ぼんやりと光る苔以外の光源はなく、闇の奥から声が聞こえた。ヴァレッタだ。
「気分はどうだあ?」
「がっ!?」
唐突に、なんの脈略もなく腹に突き刺さる剣。ゴボリと口から吐き出される血。ヴァレッタはケタケタと笑いながら剣をグリグリと捩じ込み、リリウスは腹の中に焼いた鉄をねじ込むような激痛に叫ぶ。
空気がまじり赤黒い泡が口から溢れた。激痛と貧血で意識が飛びそうになる中、眼の前に差し出される肉。
リリウスは本能で喰らいつく。捕食行動により、吸収された肉は直ぐ様リリウスの傷を癒やす糧となる。
「ヒヒ。大したスキルだなぁ………聞けば長けりゃ一ヶ月はダンジョンに潜るんだったかあ? なるほどなぁ、このスキルがその秘密か!」
嬌笑しながら手首を切り落とすヴァレッタ。
リリウスは激痛に顔を歪めながらも、拳のない腕でヴァレッタを殴り付けるが躱される。
「ヒヒ、怖え怖え」
そのまま片手で顎を掴まれ無理矢理口を開かされ、血の滴る肉を流し込まれる。初めて食う肉。だが、恐らく爬虫類系の下層モンスター。
リリウスが手首を鎖に繋がれたままの手首に接触させると再びくっつく。
と、今度は指を潰される。爪が割れ、肉が潰れ、骨が砕ける。
「か、あ!?」
滴る血が熱を持ったかのように熱い。傷口を撫でる空気がヤスリにでもなったかのように痛みを与え続ける。
「知ってるかぁ? 人間、指先程度なら再生出来るんだよ。恩恵のない、ただの人間がだぜ? じゃあよう、冒険者の、それもそんなぐちゃぐちゃになった指を治せるお前なら何処まで生やせるんだろうなあ?」
「おい、フィン」
現在地上に文を送り、【フレイヤ・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】計4つの派閥の増援待ちだ。
「なんだい、【
「お前、何処まで読んでた?」
何を、とは言わない。眼の前の奸智の勇者はそれだけで察すると解っているからだ。当然フィンも何のことかなど尋ねない。
「ヴァレッタまでは予想していた。ディース姉妹が新しい玩具を探していたことまでは、読めなかった」
「だけど、親指はうずいていたんじゃねえのか?」
「そうだね」
「…………なあフィン、お前……彼奴を今回殺させようとしたわけじゃねえよな?」
この男ならそうしてもおかしくないという確信。そうしてほしくないという切望。そんな感情のないまぜとなったライラの言葉に、フィンはまさか、と肩を竦める。
「彼はLv.3への
「それってつまり人を喰う凶悪な
「偏った皮肉だね。君らしくもない」
フィンの言葉にライラは頭をガリガリとかく。自分でも、らしくはないと思っている。だけど………
「彼奴はまだ、ガキだぞ」
「そうだね。だが、上級冒険者だ。少し意外だね、君は正義の派閥だろ?」
リリウスは人食いに忌避がない。人が食事をとるのと同じ価値観でモンスターや獣どころか人すら喰らう。それは、正義の味方としては討つべき存在だろう。
「だが彼奴は
「…………解っているさ。だが、もう生まれてしまった子供だ」
「………………」
「彼を助けるつもりはある。それは本気さ」
ならいい、と背を向けるライラ。フィンはそれと、と付け足すように呟く。
「ライラ、彼は9歳ほどだ。彼が生まれたのは、9年前。放置したのは、僕らだ。君達じゃない。あれは僕等の罪の証だ。どうしようもなく落ちぶれない限りは、救うさ」
「
「…………そうだね」
そろそろ皆が来る頃だ、と歩き出すフィン。ライラは19階層への入口へと振り返る。
「食い放題とか言われて、入ったりするんじゃねえぞリリ坊……」
攫った理由は痛めつけるためだろうが、人すら喰う事を知られたら勧誘されるかもしれない。殺して食い放題という理由で乗らないといいのだが。
結論から言うと、リリウスは指程度なら再生できた。ただ流石に手や腕は生やせない。
食事という作業が必要とはいえかなりの効果な自己治癒スキル。
とはいえ、うっかり食事を忘れると殺してしまいそうだ。まあ、金がかかるポーションやエリクサー買ってきて遊ぶより余程長く遊べる。
だからヴァレッタは斬って刺して焼いて潰して抉って割って貫いて削って砕いて壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊した。
「んじゃ、あたしは行くぜぇ。ああ、安心しろよ。ここは、何か知らねえがモンスターが生まれねえんだ」
ヴァレッタはそう言うと去っていく。辺にはイモムシの群れのように散らばる指。モンスターが生まれないと言っても、匂いに誘われて寄ってくる可能性はあるだろうに………。
「!!」
椅子ごと倒れ、落ちた指を舌で引き寄せ歯で挟み口の中に持っていく。自分で自分を喰うのは初めてだが、不味い。とはいえなにか喰っておかないと敢えて残された傷が塞がらない。
「……………」
「あらあら、すごい血の匂いねお姉様」
「そうねヴェナ。ヴァレッタったら、一体どれだけ遊んだのかしら」
ディース姉妹。鏡の写しの鏡像のようによく似た
倒れたリリウスを覗き込んでくる顔は幼さを感じさせ、そのくせエルフとは思えぬ露出の多い踊り子のような煽情的な格好をしている。
女を花と例える者達は、きっとこんな風に美しい女を見たことがあるのだろう。そんな色香に騙され欲の捌け口にしようとする男を殺す、甘い香りの人食い花なのだが。
「ねえねえ、貴方達
「ヴァレッタもよく鼠共っていってるわ! チューチュー!」
無邪気な少女のように、無垢な妖精のようにキャイキャイ燥ぐ姦しい女どもにリリウスは無視して食事を再開する。
「ごっ!?」
「「無視するなんて、ひどい子!!」」
蹴り飛ばされた。プンプンと擬音がつきそうな軽い怒りで、殺さないよう加減されているもLv.5の力で。
「げふ、おえ!!」
原型を僅かにとどめただけの指が吐き出される。それでもディース自体を無視してズリズリと地面を這いながら吐き出した指を再び食おうとするが、椅子ごと立たされる。
「それでね、貴方のお友達を連れてきたの!」
「かわいいでしょ? 小さくて貴方にそっくり!」
そう言って見せてきたのは鉄の壺に入った鼠数匹。
「それでね、神様に聞いてみたの! 仲良くさせるにはどうしたら良いのかって!」
「物知りの神様だもの、教えてくれたわ! あのね、お腹に逆さまの壺を乗っけて底を焼くの!」
「「鼠が熱から逃れるためにお腹の中に入るの!!」」
「!!」
ぞぶりと腹にめり込む鉄の棒。表面に生えた棘が中の肉を、内臓を引き裂く。
「!!!?」
ただの鼠ではLv.3の体を傷つけられないからだろう。先に穴を開け、その上にひっくり返した壺を乗せる。腹の上に乗る冷たい小さな手足の感触。
「可愛い声で鳴いてね!」
「死なないように気をつけるから!」
と、壺のそこに火を付ける。腹の上の鼠達が慌ただしく動く感覚。鉄が熱を持ち、肌を焼く。
「あっが、ああああああああああ!!」
熱に耐えきれなくなった鼠が腹に空いた傷口に鼻先を突っ込み鋭い歯で肉を噛み千切り奥へ奥へと入り込もうと暴れる。邪魔な肉を、内臓を食い破り腹の中へと沈んでいく。
子供の悲鳴に、妖精達は楽しそうに笑う。
肉が焼かれ中身が食われる激痛による獣のような絶叫と、鈴を転がすような美しい笑い声が響いた。
「ああ良かった、生きてる!」
「途中から痙攣するばかりで叫ばないんだもの、心配したのよ!」
無垢な妖精達は死にかけの溝鼠に笑い掛ける。
子供が悪意なく靴の先で死にかけの鼠を掃けるように転がしながら顔を覗き込む。
「クソエルフ共が」
そうして、リリウスは禁句を口にする。怒りを買う彼女達の地雷…………ではなく、何よりも喜ばせる言葉を。
美しい姉妹はそっくりな顔で、目を見開いて輝かせる。
「「そう、私達
白魚の指と褐色の指がリリウスの頬をなで、爪が頬肉を抉る。
「嬉しい嬉しい嬉しい! あなたは私達を正しく呼んでくれるのね!」
「皆私達を酷い呼び方するのに! なんていい子、恋をしてしまいそう!!」
「自然と笑みが浮かんでしまうわ!」
「ほら、貴方も笑って!」
頬を引き裂かれ、口まで到達する。歪な笑みを浮かべさせられたリリウスはエルフという単語が彼女達を喜ばせたのだと気付き………。
「
呼び方は、変えない。それは此奴等に媚びたくないというプライド。それにそもそも、どう言い換えればいいか解らない。だって此奴等はエルフなのだから。
高潔で清純で誇り高い。だから残虐で悪辣な彼女達は同胞に嫌われ妖魔と呼ばれるが、リリウスにとって寿命と耳が長い
ディース姉妹はルンルンと楽しそうに帰っていった。また来るわ、そう言い残して。
「あぐ!」
折角の肉を食おうとするも壺をひっくり返す際溢れた鼠共が奪っていく。動かない指なら兎も角、すばしっこい鼠は縛られたままでは捕まえられない。
腹が減った。何か食いたい。と、足音…………
「………【
「覚えているか、お前が食った、私の夫を!!」
「私は友が食われた!」
「私の息子が、吊るされた足がちぎれ、死んだ!」
彼等は来世でまた家族で食卓を囲むと誓った家族、共に好きなだけ殺そうと誓った殺人鬼、神の甘言に惑い家族ごと闇に落ちた愚か者。
そして家族が、友が、恋人が、親友がリリウスに殺された者達。
「愚かしくも秩序を重んじる罪人の中でも、お前は一番罪深い!!」
「ここで死ね!」
「「「死を! 死を! 死を!」」」
後でヴァレッタ達に殺されたとしても、リリウスの死を望む者達。動けぬリリウスを殺しに来たのだ。
髪を掴み、ナイフを首筋に這わせる。
「最期に言い残すことはあるか………」
「……………キヒ」
ガブジュ。
ナイフを構えていた腕が食い破られる。激痛に思わずリリウスを投げ飛ばす女。リリウスは手首の肉を
今度は足の拘束を解く。皮膚が肉ごと剥がれ、骨と脂肪が見えた。
「ひっ、ひい!!」
魔剣の炎が放たれる。神経がむき出しの足を焼くが、リリウスは痛がる素振りも見せずズタボロの足で岩肌を蹴り
「ふぅ……んん………!」
ぞぶりと己の腹に文字通り手を突っ込む。取り出されたのは体内で再生する肉に潰された鼠の死骸。
自身の血で汚れたそれを口元に運ぶと噛み砕き飲み込む。
「に、逃げ………!」
現在この場所にいる人数は、6人。ただし、その場から出ていったのは一人だった。
武器もなく大樹の迷宮を彷徨うリリウス。
空を飛ぶハーピィやガン・リベルラに襲われながら、こちらから攻撃すれば逃げられる。
Lv.1の集団とLv.2下位の一人ではやられた傷を全快させるほどの栄養にもならなかった。
「はぁ………はっ、くそ…………」
カチカチキチキチと音を鳴らすデッドリー・ホーネットやマッドビートルの群。あと1人分ぐらい補給できれば、此奴等一匹喰って逃げるだけの体力を取り戻せたのに、使えない。
「ギィィィィ!!」
「ぐっ!!」
素早く動くデッドリー・ホーネットの針が腕に突き刺さる。反撃しようとするも空に逃げられ、背後からマッドビートルが体当たりを喰らわせる。
小柄な
ここで死ぬのか? 死にたくないから力を求めたのに。ああクソ、あのいけすかねえ勇者なら………ライラみたいに知恵があれば………
そんな事を考えながら意識が遠のいていく。腹が減った。来世では腹いっぱい飯が食える王族にでも生まれたいな………。そう、諦めかけた時だった。
何かに掴まれ、身体が浮かび上がる。
視界の端でモンスター達が慌てて追おうとしてくるが、速度が桁違いだ。どんどん離されていく。
やがて太い木の枝の上に落とされた。
殆暗い闇に包まれた視界に移るのは、鳥の足。先程聞こえた羽音………おそらくハーピィ。モンスター共から獲物を奪ったと言ったところか………。
「もしもシ、地上のお方………大丈夫ですカ?」
「…………………」
どうやら幻覚が見えているらしい。醜悪なはずのハーピィの顔が美しく見える。なんか喋ってるし………。
「私にでキる事ハありマスか?」
「……………腹が減った」
「それは大変デス!」
まあモンスターにこんな事言った所で、食われるのが落ちだろう。ただ、あのクソエルフ共やイカレ女に殺されるよりは、この美しい怪物に食われる方がマシか。
そんな事を考えながら、リリウスは意識を失った。