ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「で、伏線とやらは張り終えたのか?」
「ん〜?」
王都に来て数日。リリウスは花の香りがする泡風呂の泡を掬い齧り付く。
アフロディーテは何の話だっけ? と首を傾げ、ああ、と思い出す。
「そうね。準備終わったわ」
パシャッと泡が蹴り上げられ白磁の如き白い足が露わになる。
浴槽の端であくびをしていたシャバラ達が慌てて離れる。
彼らも風呂は結構好きだが、泡風呂は流石に嫌いらしい。リリウスは退屈そうに石鹸を食い始めた。
「ペッしなさいペッ」
「ゔえ」
「古いアニメみたい」
「あにめ?」
口からシャボン玉を吐くリリウスは神々の単語に首を傾げる。
「ま、伏線自体は張り終えたけど、使わないに越したことはないわ。品がないもの」
パチンと飛んできた泡を割るアフロディーテ。
「こっちへいらっしゃい。明日は祭りだし、髪を洗ってあげる」
「…………………」
因みにアフロディーテの体を洗ったのはリリウスだ。神の体からは老廃物など出ないので洗う意味などあるのか疑問だったが、果物くれたので大人しく従った。
「ワフウ………」
リリウスに体を拭いてもらい気持ちよさそうに目を細めるシュヤーマ。シャバラも先を妹に譲り順番待ちしている。
「その子達も貴方の戦いについて行って、もうランクアップ出来るのだから大したものよね。1年………とても才能があるのね」
ダンジョン産モンスターの群や、彼等を支配出来るだけの上級冒険者級の
まあその為にはヘルメスを呼ばなくてはならないのだが、どうにも忙しいらしい。
具体的には都市街の
理由は【アストレア・ファミリア】が場合によっては全滅していたかもしれないという出来事があったからだとか。
ギルドのスパイから偽情報を握らされたとしても、第一級を含む【アストレア・ファミリア】がそう簡単にやられるとは思えないが、相当の
「今はオラリオなんていいじゃない。新しい
翌日、
天より現れた青銅の鎧が英雄の身を包み、数多の怪物を討ち滅ぼした伝説に因んだ祭り。
王都の各所に巨大な青銅の鎧が飾られる。
匂いは、良く解らない。そもそも最初の町でさえ、現れるまで匂いに気付けなかったのだ。
「2、3個砕くか?」
「物騒なこと言うんじゃないわよ。衛兵に囲まれて牢屋に閉じ込められるわよ」
と、アフロディーテが諌める。
「俺なら出れる」
「まあそうね。でも、
つまり神の予想では、どのみち今日騒動が起きるのか。その混乱に乗じて城の地下に忍び込もう。
「時が来たな」
陰気ながら整った顔立ちの男が一人の男に言う。
人並み外れた陰気なイケメン。彼がこの国の主神であるデイモスである。
「ああ………」
デイモスに答えるのは、鍛え上げられた体を持った神の眷族。この国の最強の男。将軍マルス。
「王都以外の
「…………そうか」
拳を強く握りしめるマルスに、デイモスは笑う。
「この神が許そう。お前は、お前の望みを叶えるがいい。その果てに広がる恐怖を、俺は堪能しよう」
「祭で浮かれると口も軽くなるな」
リリウスは串肉を串ごと食いながら呟く。
神デイモスに関しては殆ど分からなかった。そもそも国民は名前しか知らない。
だがマルス将軍は有名だった。その人間性も素晴らしいとのことだ。
何でも戦場から戻れば酔っ払いに妻子を殺されており、しかしすぐに国の為に戦場へ向かったのだとか。
「それが本当なら大した善人ね」
「まあ少なくとも、いたぶって殺す類の人間の匂いじゃなかったな」
それに、自分を押し殺すタイプの人間にも見えなかった。
「名声が欲しかった可能性もあるけど」
「ないな。そういう奴は知ってる」
自分の為に他者を害し名声を欲しがる冒険者など山ほど見てきたし、より大きな何かのために名声を求める奴も一人知っている。
あれはそのどちらでもない。名声は結果として手に入れたのだろう。
「あの雰囲気はむしろ…………」
と、そこでシャバラ達の毛が逆立ちリリウスも振り返る。
ずん、と音を立て鎧が動く。住民達は演出だと思ってるのか歓声を上げる中、
「あら、思ったより早い。きっとデイモスの仕業ね」
アフロディーテが不愉快そうに眉毛を寄せた。同時に、巨人は吠える。
「ウオオオオオオオオオ!!」
鉄の拳が石造りの建物を破壊した。何が起きたか解らぬといった民衆達は、しかし直ぐに悲鳴を上げた。
「国へ攻撃だと? チッ。シャバラ、シュヤーマ、アフロディーテを守れ」
と、リリウスは壁を足場に駆け上がり巨人の兜を蹴りつける。青銅製の鎧は容易く砕け、幾つもの目や口が歪に並んだ醜悪な顔が露わになる。
「オ、オオオオオオオ!!」
外殻を失いドロリと歪む腐肉の怪物。
元が何のモンスターかは解らないが、かなりのモンスター………それから
「……………馬鹿力が」
空中で踏ん張れず吹き飛ばされるリリウス。幾つもの建物を砕いて、無傷で立ち上がり……
「………ん」
影が差したので上を見上げれば、別の巨人がリリウスごと建物を叩き潰す。
「…………!?」
瓦礫に埋まる手首が切り飛ばされ、何かが上ってくる。30
そんな小さな影が、巨人の腕を切り飛ばす。
「お、おおおおお!?」
腕は無数の触手のようになって再生。鎧に包まれて形を定められていただけで、これが本来の形。
鞭のように振るわれる腕を回避したリリウスは再生速度に僅かに驚愕する。
これまでの特濃ポーションの回復速度とはまるで違う。エリクサーでも買い揃えたのか?
「ゴアアア!」
「あ?」
ゴボッと腐肉の表面が泡立ち、現れたのは
ゴバッと吐き出される炎。リリウスは雷で頭を焼くが………。
幾つも首が生えてきた。取り込んだモンスターの力を利用できるらしい。
「う、うわあああ!」
「誰かああ!?」
「逃げて、早く逃げて!」
「お母さあああん!!」
悲鳴が各所から悲鳴が聞こえる。街が燃える。
まるで大抗争の再現。違うのは街を守る戦力がなく、襲っているのは巨人ということ。
「ウオオオオオ!」
「ガアアアアアアア!!」
「お兄ちゃん!」
「馬鹿、逃げろ!!」
瓦礫に足が挟まった兄を助けようとする妹。その叫びに巨人が反応し………
リリウスが巨人を蹴り飛ばした。
「……え、誰?」
「あ、あの…………」
「……………」
兄の足を挟む瓦礫に釣り針を刺し、ハンマーのように巨人へ叩きつけた。幸いというか、折れてはいないようだ。
「邪魔だ、消えろ」
「っ! あ、ありがとうございます!」
兄妹は頭を下げると走り去る。
「う〜わ。よくもまあここまで用意してたわね。一体、何年前から準備してたのかしら」
「10年ほど前だよ。ゼウスとヘラの失脚から………面白い泉の話を聞いてね」
高い塔から街を見下ろすアフロディーテの疑問に答えたのは一柱の神。アフロディーテは目を細めにらみつけた。
「久し振りね、デイモス。相変わらず、下界の子供達が怯える姿が好きなのね」
「あの方とは違えど、戦争の一部を司る神がこの光景を嫌うのかい?」
「
ピリッと空気が張り詰める。天体の一つを司る女神の神威にシャバラのみならず神も震える。
「ふ、ふはは! 美の女神といえど、この広い街で、何ができる! フレイヤのように、規格外の眷族がいるわけでもあるまいに!」
「黙らっしゃい! フレイヤの名前を出すんじゃないわよ! だいたいフレイヤなんて、ヘラがいた頃首輪をつけられてた小娘でしょうが!」
「いや、あんたもヘラに逆らえないんじゃ…………」
それも天界にいた頃から。
「べ、別に怖くないし! 怒ったヘラなんて、ブチ切れたヘファイストスの方が怖いもの!!」
「あんたがオラリオに行かない理由って…………」
「違いますうう! べ、別に怖くなんてないんだからね!」
「さっき怖いって…………」
見てくれは美しく、高い神格を持つ大神か処女神以外なら神ですら支配する美の女神なのに、相変わらず小物臭いというか。
「と、兎に角君が何をしようと意味はない。人々の悲鳴、怪物の咆哮………君の『声』も、『姿』も、誰にも届かない!」
「そうね。だから下準備してたのよ」
「………………は?」
「古き
だから、と取り出す石鹸。アフロディーテが旅芸人達に、この街で売らせた石鹸だ。
とても人気で、様々な浴場が大量に発注していた。
「材料は普通の石鹸同様貝殻なんかの素材に加えて、
「貝殻に、海水…………まさか、いや……そ、それは反則だろう!?」
「別に
女神の神威に当てられた石鹸がシュワと溶け、泡が広がる。花の香りに紛れた、潮の香り。
「
「まっ………」
街の空気が、空間が、世界そのものが塗り替えられる。シュヤーマは目を閉じ、前足で器用に耳を塞ぐが意味はない。
人もモンスターも、声を聞かず、姿を見ずとも、空間そのものが女神の『美』を伝える。
「…………!?」
前兆を感じ取ったリリウスは本能的に髪を黒く染め、4本の角を生やした。
「
「…………潮の香り? いや、春?」
海の香のような、花が咲き乱れた春のような……言葉に出来ない。
妙な表現だが、強いて言葉にするなら
いや、炎が燃える音はある。風も吹いている。だが、人もモンスターも動物も等しく声を殺す。
代わりに響くは女神の声。聞こえるはずがない距離にいる者達に、叫ばずに声を届ける。
──
瞬間、モンスターは青銅の彫像の如く固まったまま、人々や動物が逃げ出す。怪我した者を抱え、瓦礫に埋まった者を総出で救い、街の外へと逃げていく。
「アフロディーテ!!」
「ま、神の鎧を使ってる連中は直に目覚めるでしょうね。欠片とはいえ神の鎧………本気の『魅了』ならともかく、あくまで避難が目的だし」
事実だろう。その証拠にデイモスは魅了されていない。彼女がその気になれば今にでも跪き足を舐めただろうに。
「あ、でもリリウスは呼び戻さなきゃ。シャバラ、シュヤーマ、起きなさい」
アフロディーテの言葉にハッと正気を取り戻す二匹の猟犬。
「二人共、リリウスを探しに………」
「アフロディーテ、これはお前がやったのか?」
「……………は?」
アフロディーテは、リリウスがモンスターの力を使うとは聞いていた。それが毒を使うモンスターとも説明を受けたが、何というモンスターなのかは聞いておらず、何なら使うところも実は見たことがない。そんなものなくてもリリウスは
だから、初めてその姿を見る。
本来ならその服も白衣だったのだが、リリウスの髪を素材に使ったからか今は黒く染まっている。彼の髪同様に。
そして感じるこの力の波動に、あの角。神の力を無効化している事といい。
「…………ベヒーモス?」
「? ああ、言ってなかったな」
大地の王者。三大
その力を人間が振るっている。
「…………………」
ダンジョンの神の力に対する
彼ならば、ややもすればあの『炎』を……………。
「────!?」
と、その時地面が激しく揺れる。
やがて轟音とともに城が砕け、瓦礫が飛び散る。運の悪いことに城の中から逃げてる途中だった者達は瓦礫に押しつぶされた。
「は、はは! そうだ、まだ、まだあれがあった! さあ、アレスの鎧よ! マルスよ! 全て滅ぼしてしまえ!!」
全長
リリウスが地下で見た鎧と同じ意匠、同じ破壊痕。だが大きさだけが三倍になっている。
神々が意図して人に与えた
アレスの青銅鎧が数千年ぶりに起動した。