ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
リリウスが会ったばかりで誰かを嫌いというのを、アフロディーテは初めて見た。嫌うこと自体は珍しくないけど。
「あの子に
「何を!? 突然嫌ったのはそちらの小娘でしょう!」
「え、ウスカリ、あの子、男の子だよ?」
「え? あ、え? …………えっと。その小僧でしょう!」
「だから、あんたら人に嫌われる様なことをしてるでしょ? リリウスは意味もなく人を嫌ったりしないわ」
と、リリウスを抱きしめよしよしと頭を撫でるアフロディーテ。因みにリリウスがイライラしてる時や、初対面の相手が撫でる時は後ろから回って撫でるのが正しい。じゃないと噛まれる。
「それでリリウス、この子達は何をしたのかしら?」
「時間を無駄にさせた」
「…………?」
「その女、死ぬつもりだろ。似た目を知ってる」
「「「!?」」」
リリウスの言葉に【アルテミス・ファミリア】とベルテーンの民達が驚愕する。ベルテーンの民達は、バレている事にだが。
「え? うん。良くわかったね」
その事に一切驚かない彼女は、国の為に死ぬことが当たり前だと思っているのだろう。だが、覚悟とも違う。この女には、覚悟がない。
リリウスは苛立たしそうに眉根を寄せる。あの灰色の女達のように命を以て未来を繋げようとしているようでいて、未来を見てない目。
この女はきっと、物心付いた時から
「
「え? あ、これって言っちゃ駄目だった?」
「いえ、悪いのは教えなかった我々です」
ベルテーンは元々国交がない。関わりの深い商人はいるが、民達は外へと出ない。つまり彼女は、生贄が世間からどう見られるかを教えられなかったのだろう。国を出る事になったのも、沼の王が突然活性化したからだし。
「リリウス殿。生贄というものが、外の国からどう見られるかは知っています。そのうえで、口を出さないでいただきたい」
ウスカリのみならず、リダリや兵士達も張り詰めた闘気を放つ。リリウスは無言で彼等を見つめる。
「『巫女』の一族は、一度だって逃げたことは無い。慈悲深く、我等を守ってくださった。その覚悟を、その想いを、踏みにじるなよそ者が!」
「覚悟? 慈悲? 寝言は寝て言え。その女、
現代まで残り続けた悪習だとでも思ったのかベルテーンの民を睨んでいた【アルテミス・ファミリア】と違い、リリウスは少女の本質を見据える。
「目的のために
「っ! 貴様………!」
「抜くか? 抜けよ、殺してやるぞ、あの女と似た目をする女も、その女を思ってるふりして刺し続けるテメェ等も!」
う〜ん、とアフロディーテは迷う。どうしよう、これ。全知たる神はだいたい理解した。アルテミスも理解したのか、少女に憐れみの目を向ける。でもやろうとしてることはきっと違う。
「あ〜ん? さっきから五月蝿えなあ」
と、不意に新たな声が聞こえた。振り向くと現れたのは一柱の女神。花の髪飾りをつけた、藍色の髪を持つ、目元に化粧を施した女神だ。アフロディーテはげっ、と声を上げる。
「ヴェーラ!?」
「ん? おお、アフロディーテじゃん。相変わらず美しいなぁ、見た目は良いから今も遊びまくってんの?」
「ああ!?」
「ヴェーラだと………ヘスティアの言っていた」
「ヘスティア? おいおい、あたしの嫌いな女神の名前出すんじゃねえよ。そういうお前は、知ってる。アルテミスだ。処女神だろ? 眷族にも貞潔押し付けるって有名な」
「は?」
「なんだこの女神、口が悪いな」
「え、あんたが言うの?」
腹が減って思考力が鈍ってる状態でも相手の心抉る言葉を吐きまくるリリウスがよりによって口が悪いと誰かに言うことがあるなんて。
「何だこのチビ? 強そうだなー。レベルは幾つだ?」
「7」
「「「!?」」」
ベルテーンの民達が驚愕の瞳をリリウスに向ける。
「おお、そりゃ、あたしの眷族なんて一秒でぶっ殺されちまう。おい美の女神様よ、しっかり掴んでろよ。怖くて話も出来やしねえ」
ケラケラと笑う神の態度は、愉悦で下界を振り回す愉快神の気配を漂わせている。対してリリウスはまるで測りかねるかのように首を傾げていた。
「で、何の騒ぎ? あたしはちょー強い援軍が来たってことしか聞いてねえけど、こいつで合ってる?」
シャアアアン! と威嚇してきそうなリリウスの頭に触ろうとして、リリウスが口を開いたので慌てて引っ込める。ガチン、と牙が鳴る。
「う、うん。でも、私が何か怒らせちゃったみたいで」
「タルヴィが? あ〜、なる程な。別にお前が原因じゃねえよ。いや、原因ではあるか? まあ怒った理由はお前がなんかしたわけじゃねえ。だろ?」
と、全てを見透かす神の瞳をリリウスに向けるヴェーラ。
「いいか〜、良く見ろ坊主。あの女は、お前の知り合いじゃない。お前を
「………何を当たり前なことを」
「でも、重ねてるんだろ? 結構好きだったのに、お前より多くを優先して、自分の命を捨てちまうような女と」
態度から、視線から、纏う空気、年齢から、神の全知と神の勘を以て相手を見定め、見極めるヴェーラ。リリウスを観察し、その女との関係を探る。
「ん〜、母親か?」
「
「マジか。ハズレた」
ヴェーラは本質を見抜くのが得意な神だ。嘘を吐き合える神々の間でも、ヴェーラは相手が嘘をつこうと嘘をつかないまま真実だけで巧みに心を乱す。冬を司る女神でありながら、その話術は弁舌の神にも引けを取らない。
その話術の強さは相手の本質を見抜く観察眼にあるのだが、今回はハズレてしまった。
「ま、ようするにこのガキは、生贄みたいに死んだ女と仲が良かったんだよ。だから、死を受け入れてるお前がムカつくのさ」
「違う」
「あん?」
「そのガキは、受け入れる以前の問題だろうが」
「………………あ〜」
確かに、と納得するヴェーラ。
「ヴェーラ、その子は、お前が造らせたのか?」
「そいつは『質問』か? ならあたしは答えよう。『違う』」
「じゃあ、教えたのは貴方?」
「『そうだ』」
2柱の女神の問いかけに、ヴェーラは怯むことなく答える。
「獣人を複数、血が濃くならねえように順番に混ぜるんだ。ヒューマンを介してエルフとかもな。そんで生まれるのがタルヴィ達みてえな『巫女』で、この一族には毒の結界が必ず発現する。沼の王にすこぶる効くな」
「では、その魔法を発動すると、死んでしまうと?」
「『違う』。
そうして毒で全身を侵し、泉との繋がりをズタズタにする事で沼の王を回復に専念させ、数十年間不活性化させる。
「これがベルテーンの歴史。でも、仕方ねえって奴だ。ベルテーンの民の病は健在。泉は必要なのに、沼の王は倒せねえ。たった一人の活躍で百の命が救われる。子供たちの大好きな英雄譚ってやつだ」
「……そうだよ。私は、ベルテーンの皆のために英雄になるの。そのために生まれてきたんだから、邪魔しないでよ!」
と、タルヴィはリリウスを睨む。リリウスはキョロリと視線を彷徨わせ、なら、と提案する。
「沼の王の代わりに、俺がお前を食い殺す。代わりに国を救ってやるよ」
「………え?」
「結果は変わらねえ。お前は死んで、国が救われる。それだけの話だ」
「え、リリウスちゃん? 何を言ってるの?」
「俺にはあらゆるものを喰らう力がある。弱者を喰っても
ましてやそれが、不死の如き沼の王すら数十年癒えぬ傷を癒せる程の毒魔法の使い手ともなれば。
「馬鹿を言うな! 倒せるなら、とっくにやってる! そうでしょう、ヴェーラ様!」
「ん〜………どうだろうな。泉の源泉と繋がってる限り、倒せねえとは思うが。まあ、Lv.7なら勝てるかもな」
「…………え?」
と、タルヴィが声を漏らす。
「…………
それは喜びではなく、喪失感。己の全てを否定されたかのような絶望。異色の目を見開く少女に、リリウスは舌打ちした。
「源泉ごとぶっ壊せばな」
「! それでは意味がないではありませんか!」
国を救う為に沼の王を倒したいのに、沼の王を倒したところで国が滅びては意味がない。そう叫ぶウスカリにリリウスは首を傾げた。
「お前等一族の短命は、泉に着いた途端発症したのか?」
「もちろん違う。何世代も子を繋ぎ、その果てに辿り着いたんだ」
「ならまた探すか、掘れ」
「他人事だと思って…………!」
と、ウスカリが叫ぶ。
「オラリオにてぬくぬく育った冒険者が! 腐った水の味も知らず、限られた命を繋ぐ我等の苦しみを知らず、戯言を抜かすな!」
「馬鹿かてめぇ等。命なんざ明日失ってもおかしくねえだろうが。だからこそ、自分で生き抜くんだろうが。仮に沼の王を封じて、それでどうなる? また時期を見誤るかもしれねえ。今度は生贄も間に合わねえかもしれねえ。今回だけと言い訳して、同じことを繰り返して………それの何処が生きるために抗ってるってんだ」
そもそも沼の王の活性化自体、
「まーな。真実しか告げねえあたしが告げてやる。弱らせりゃとりあえずまた眠りにつかせられるが、どれだけかは知らねえ。マジで解らねえ。1年後かもしれねえし、翌日かもなあ」
「「「!?」」」
つまりほぼ意味が無いかもしれないということ。何故そんな不確かな情報を、とヴェーラを睨むベルテーンの民。
「お前等は私に沼の王をもう一度弱らせる方法を聞いただけだろ? 期間までは聞かれちゃいねえよ」
「だとしても………!」
「あたしは真実を告げるが、真っ当に答えたりしねえ。んなもん百年近く付き合いあるんだ、知ってんだろウスカリ」
「っ!」
ヴェーラの言葉に固まるウスカリ。つまり彼女はそういう女神。
「じゃあ、私………なんの為に」
「…………沼の王。王、ね………臣下もいねえ王とはお笑い草だと思ったが、存外いたらしい」
「なんだと…………?」
「何回も食って毒と知っても、また食いたくなる極上の家畜を育ててくれる畜産家ども。育てるのが上手で、家畜も食われること以外に己の意義を見いだせない。なあ、おい、お前だお前」
と、リリウスはリダリに視線を向ける。
「よくもまあ、こう育てたものだな。お前が一番近いだろうに」
「…………っ!!」
この2人の関係は血縁。タルヴィは知らないが、リダリは知っている。自分と彼女の関係を。そのうえで、彼は役目を選んだ。
「俺はお前等が嫌いだ。大嫌いだ。だから、てめぇ等の頼みなんざ聞いてたまるか」