ダンジョンで飯を食うのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
涙を流すように大量の目玉を零す沼の王。
そこ以外にも無限に存在する瞳は、この国で起きていることを見通している。
だがやはり、意識を向けなくてはならないのはリリウスだろう。
正真正銘、この場において最強。無限の回復がなければ直ぐにでも消し飛んでいた。
「キャハ!」
巨大な腕を振るい、虫でも叩き落とすかのようにリリウスを吹き飛ばす。直ぐ様『精霊の加護』を纏わせた『悪夢』が襲いかかり………
「【傲慢なる悪意の王。血の河を啜れ、肉を貪れ】」
紡がれる詠唱。効果は単純な、狂化魔法。
「【ラーヴァナ】」
『悪夢』が吹き飛ぶ。
赤い瞳が周囲を睨み、特に鎧の大男と灰色の女達を念入りに破壊する。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
理性を捨てる代わりに得る、
「ガアアア!」
「ギィ!?」
リリウスを叩き潰そうとした拳が弾け飛び、傷口からリリウスが入り込む。捕食しながら登ってくるリリウスを再生する肉で圧殺しようとすれば腕の一部が吹き飛んだ。
「ッ! オレヲ、クウナ!!」
ゴポリと肉が泡立ち現れるワイヴァーン、ヘルハウンド、インファントドラゴン。火精霊の加護を持つモンスターの一斉砲火。
「カアッ!!」
その炎は咆哮一つで掻き消される。
「【火ヨ、来タレ。猛ヨ炎。汎ユル罪科ヲ焼キ払エ。代行者タル我ガ名ハ
「…………!!」
紡がれるモンスターの詠唱。放たれるは、短文詠唱に相応しくない業火の大槍。だが、無意味。
リリウスは取り込んだ火精霊の力で威力を減衰させ、氷精霊の力で更に激減させる。
そのまま魔法を喰らう牙で噛み砕いた。
「ウウ!!」
「ッ!!」
追撃しようとしたリリウスに、無数の骨の杭が伸びてくる。沼の王の一部だ。骨だけ増殖させたらしい。
脊椎が鞭のようにしなり襲いかかった。
「「インドラ」」
ドゥルガーの力を引き出し、雷を放つ。防御が間に合わず神経が焼かれた沼の王は、しかしすぐさま回復して魔法を放つ。
「…………すごいなぁ」
商人からもらった英雄譚のどんな描写でも見たことがない、精霊と英雄の戦い。神話を切り取ったかの如き光景に、タルヴィは息を漏らす。
あの人が沼の王がああなる前に現れていたら、何か変わっただろうか? もう、今更考えても意味のないことだが。
「エサダ」「ニエダ」「アハハ」「ムダナノニ!」
夢想の間と呼ばれる、『巫女』の魔法を高める部屋にも沼の王の体が侵食していた。
本来なら巫女も守人も関係なく襲う沼の王は、なまじ知恵を手に入れたからか、リリウスに言わせるところの『毒と知っても喰らいたくなる極上の餌』を前に舌舐めずりしている。
「うん。ちゃんと、美味しくなるよ………」
タルヴィは微笑む。そして、その
「【燃え盛る木の巨人。編み込まれし
それは、『巫女』が発現する魔法ではない。タルヴィだけが発現させた魔法。
「【贄の
「【ベルティナ・ウィッカーマン】!!」
瞬間、リリウスと沼の王が止まったのは余りにも埒外な魔力を感知したからだ。
視線の先に映るのは魔力で顕現した木々。中央には、炎? いや、可視化するほどの
「タルヴィの魔法は燃焼魔法」
と、ヴェーラは語る。
「燃焼? 炎か? だが、Lv.1の彼奴じゃ」
「炎じゃねえよ。魔力の底上げだ」
「魔力の………それで、強化した沼の王にも通じると。ですが、一体何を燃やして………」
「命」
「「「────」」」
「タルヴィの魔法は、命を燃やして魔力に変える」
【ベルティナ・ウィッカーマン】。
生命力を魔力に変換する燃焼魔法。変換効率は覚悟の丈で変動。
想いを条件とした、類を見ない強化魔法。
復讐心を糧とする能力増幅のスキルがあるが、強化幅は命すら使用するタルヴィが上。
「ア、アア?」「ナンダ?」「チガウ?」「コレハナンダ?」
「大丈夫だよ。これは、味付けだもん。ちゃんと、食べられてあげる」
命を燃やし、膨大な魔力を纏うタルヴィは炎の中で微笑む。命を賭して世界の平穏を願う聖女のように。
「【解き放て血の縛鎖。来たれ、冬の天秤】」
「ッ! キャハ!」「キタ!」
紡がれるは巫女の
「【踊れ雪の
「【
発動するは、毒の結界。沼の王の一部はブルブルと震える。
「ウ マソウ!!」「クイ タイ!」「クワセロ」「グワゼロオオ!!」
毒に侵されながら伸びてくる触手はタルヴィに近付く程に黒く染まり溶け崩れる。それでも、喰らおうとするのをやめない。毒に汚染された肉を捨てない。
「アアアア! クワ、セロ!!」
美醜の巨人の腹が裂け、臓腑が触手のように伸びる。触れられないタルヴィを夢想の間ごと引き寄せる。
「これで、良かったんだよね………」
源泉に近付き肉の再生速度が上がる。このままタルヴィも完全に食われるだろう。だけど、タルヴィの毒は沼の王を確かに侵している。後は、リリウスが弱った沼の王を殺してくれるはず。
「…………っ!」
意識が、薄れる。
暗くて、寒くて………寂しい。これが死。でも、別にいい。これで皆が生きてくれれば…………
「この、クソ女が!!」
「…………え?」
沼の王の腹を割いて、リリウスが猛毒の結界に飛び込んでくる。命を代償とした魔法はリリウスの『耐異常』や
「な、なんで!?」
「なんでもクソもあるかバカ女! 自分を食えだの言ったかと思えば、何を勝手に!」
「だ、だって………」
「いいんだな? これがてめぇの死で」
「──────ぁ」
その時になって、タルヴィは冷静に周りを見る。無数の目玉が存在する肉塊。こちらを覗く、美醜の巨人。
「…………ゃ」
「聞こえねえ」
「いやだ………」
「聞こえねえ!」
「いやだ!!」
涙を流しながら、タルヴィは叫んだ。
「いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ! 死にたくない! もっと、ウスカリに色んなことを教わりたい! まだ読んでない英雄譚が読みたい! ベルテーンの皆と遊びたい! リダリと………お兄ちゃんと居たいよ!!」
本気の、本音。何時か死ぬからとずっと諦めてきて。そこに自分が居ない未来を想像してたくせに、少し皆と旅をして、家族がいると知って、簡単に崩れた覚悟。
それすら誤魔化して無理やり覚悟を作った少女は、本物の死を目前に堰を切ったように泣き出す。
「私、死にたくないよぉ!!」
「……………そうかよ」
リリウスは呆れたように言う。と、巨大な手が振り下ろされた。
「ガ、ギ………ナン、ナニ、ガ………チガウ。キケン、オマエ、キケン!!」
タルヴィを餌ではなく脅威と判断した沼の王。腐肉の体から無数のモンスターが生まれ、タルヴィを抱えたリリウスに向かい触手が伸びてくる。
それらは、全て防がれた。
「…………リダリ」
「………聞こえた」
「ええ、聞きました。役目を捨てた、貴方の声を」
「っ!」
怒られると思ったのか、俯くタルヴィ。だが………
「…………良かった」
「………え?」
「その言葉を、聞きたかった。その言葉を、言わせなきゃならかったのに」
「すまねぇ。本当に、ずっとお前に背負わせて……」
「姫様……!」
「申し訳、ありませんでした!」
「……………皆、ボロボロ」
ここは源泉。沼の王の中心。当然、此処に来るまで触手やモンスターに襲われたのだろう。なのに、騎士ですらない連中までいる。
「ごめんなさい姫様!」
「今度は、俺たちが守ります!」
「武器を取れ! 今こそ贖罪の時だ!」
そんなやり取りには興味ないリリウスは視線を沼の王に戻す。と…………
「………………」
「あ?」
何だ、こいつ、
「ギ、グギ………ガアアアアアアアア!!」
「「「────!?」」」
咆哮の質が、先程までとは違う。敵意ならざる怒りを含んだ咆哮。
「ナンデ、チガウ! オマエラチガウ! オマエラ、キタナイ! キレイジャナイノニ!」
脅威であるはずのリリウスを無視して、毒に侵された体でベルテーンの民を狙う沼の王とその配下達。
「させるか!」
「リリウス、本体を!」
モンスターは【アルテミス・ファミリア】が対処した。傷を負っているが、彼女達も『悪夢』を乗り越えて来たのだろう。
リリウスは振り下ろされる沼の王の拳を殴り潰す。
「…………どれだけ命を喰らおうと、お前は満たされねえ。どれだけ体を広げようと、お前がいる限り美しかった泉は戻らねえ」
ヴェーラは言った。沼の王は元々ただのモンスター。数百年前ということは、ダンジョンの地上の出口が閉ざされた後の、弱体化していく世代のモンスター。
誰でも勝てるようなそんなただのモンスターが、偶然泉に落ちたと。
偶然ではなかったのだろう。少なくとも、そのモンスターにとっては。
死に場所をそこにしたかったのだろう。綺麗と感じたから。
「ダマ レ! ダ マレ!! キレイナ ノ ゼンブ、オレノモノ!! オマエラハ、ケガレテシマエエエエ!!」
「生まれ変わって出直せ、ガキが」