ついに来た夏の選手権大会予選1回戦。河内学院大学付属高校側のスタンドにはさすがに鳴り物は持ち込めこそできなかったが吹奏楽部やチアリーディング部、記事作成のために来た新聞部のメンバーが訪れてきた。これも宮坂が各部活に触れ回っていった甲斐あってのものだ。
「初戦からこんなことをいうのもアレだけどね、今日までみんな私とともに公式戦のスタートラインに立たせてもらってありがとう」
「おいおい、何やねんいきなり」
「まだ試合も始まっていないからやめてくれよ」
「まぁまぁ、私はぶっちゃけいうと野球なんてルールも知らないしましてややったことなんてない。そんな私が監督でも信じてついてきてくれたよね。野球のルールも大雑把だけど人並みに覚えてこれたし、ノックのやり方や打撃投手のコツ…野球のことを知らない私に教えてくれた。こんな私だけど、勝たせてくれるかな?」
「当タリ前ダヨ!」
「ハルクが言ってくれてるんや。姉さんに勝たせてやらなならんやろ!」
「うん、よく言ってくれたね。ありがとう」
整列を前に、梶原監督から選手・マネージャー一同にお礼の言葉が贈られた。たとえどんな人材的な層が薄かろうがここまで一緒にやってこれたならきっと多分、素晴らしいを作ってくれると思いからだ。
「向こうの観客席を見てみなよ。興邦高校の応援団…みんないろいろむさ苦しい雰囲気だけど私たちを応援してくれる人はいないと思う。私たちを倒して古豪復活ののろしを期待しているのかな…そんなところだね」
「けれど、ワイらはその火種を消し去るんやな」
「うん。逆に私たちが新世代の野球を見せてあげようよ!」
「「おぉ!!」」
先攻 河内学院大学付属高校
1(二) 小原紗友里 右/左
2(右) ハルク・パワード 右/両
3(左) 孤崎千振 右/右
4(捕) 野村達也 右/左
5(一) 鈴木一心 右/左
6(三) 一本芯音 右/両
7(中) 大木夏鈴 右/右
8(遊) 柴吉寧々子 右/左
9(投) 大野健太 右/右
後攻 興邦高校
1(右) 太田 右/左
2(遊) 塩屋 右/右
3(一) 川田 右/右
4(投) 巨深 右/右
5(捕) 巽 右/右
6(左) 鈴木 右/右
7(中) 前田 右/両
8(二) 加島 右/左
9(三) 藤原 右/右
試合開始のサイレンが響くと、ウグイス嬢のアナウンスがこだまする。
「先攻・河内学院大学付属高校のスターティングオーダーをお知らせいたします。1番、セカンド、小原紗友里さん。2番、ライト、ハルク・パワードくん……」
女性選手の名前が呼ばれるたびに相手の男子校スタンド側の声がざわざわする。相手は新設校だという話は聞いてはいたけれど、まさか女性選手もいるとは…その試合の河学スタメンには5人の女性選手。彼女たちが纏う美しい白をベースとしたユニフォームはまぶしく光る。
対する、三塁側ベンチの古豪・興邦高校。かつての甲子園常連校も、今や少子化の煽りを受けて部員減少に喘ぐ男子校だ。しかし、彼らがマウンドに送り出してきたのは、弱体化したチームにあって唯一無二の「暴力的なまでの異形の人物」だった。その男の名前は2年生の
最初の1球目が投じられた。ズバァンとミットを響かせるストレートは球威こそ確かに高いものの、コールされたのは…
「ボール!」
およそ小原の視線の高さとほぼ同じ。どう見てもボール扱いだ。
(くそっ、ストライクゾーンが…小さすぎる!)
高身長の巨深からしてみれば上からたたきつけるようなストレートがあろうとも、小原のストライクゾーンはまるで、3階から覗いたビー玉くらい小さい。同じような感覚で2球目・3球目と投げ込むがやっぱりボールカウントが嵩む。さすがに四球を与えて出塁させるわけにはいかないと思ったのか苦し紛れに置きにいった4球目の棒球同然のストレート。そんなストレートを小原が見逃してくれるはずはなかった。
パァン!と破裂するような音が響くと三塁線レフト方向に白球は飛んで行った。身軽な小原は快足を飛ばして二塁まで進塁することに成功したのだ。新設校のベンチやスタンドは大いに沸きあがる。
「2番、ライト、ハルクくん」
コールされたハルクは体格こそやせ型だが身長は192㎝の大柄ものだ。ぱっと見では1年生とは到底思えない。ここで、40㎝くらいの身長の変化が視覚的なバグが発動する。ストライクゾーンの急激な変化に、巨深の感覚は完全に狂わされていた。先ほどの低いゾーンの残像が残り、今度はハルクに対して球が甘い高さに浮いてしまう。
「モラッタァ!」
風切り音のなるほど勢いのいいフルスイングを以てバットが当たると、まるでライフルから放たれた弾丸のようにセンターの頭上を襲った。興邦のセンター・前田が必死に背走するが、打球はワンバウンドでバックスクリーン直撃のフェンスへと激突する。二塁の小原が悠々とホームインする隙にハルクが二塁を蹴り飛ばして驚異的なストライドで三塁まで突っ切る。前田がクッションボールの対応に苦労しているうちにハルクは三塁まで踏破してしまった。
この速攻であっという間に1点を奪うことに成功してしまった。