日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十四話『天竺牡丹』 急

 (よう)()に通電された木が光を放ち、薄闇を照らす。

 木の内部では煙状になって吸引された()殿(でん)が悲鳴を上げている。

 

『あがあああああッッ!!』

「体内から爆破する能力が(あだ)になったね、()殿(でん)! 体内でも起爆する為に酸素を奪ってしまう能力のせいで、貴女(アンタ)を閉じ込めているこの木は深刻な酸欠状態にある! これだけの高圧で通電しても発火しない程に! 貴女(アンタ)自身が起爆出来ない以上、貴女(アンタ)に脱出の目は無くなっている!」

 

 このまま()殿(でん)が絶命するまで通電し続ければ(ふた)()(よう)()の勝利である。

 だが、その条件は言葉程簡単ではない。

 というのも、強大な(しん)()を持つ()殿(でん)を相手に有効な規模の高圧電流を浴びせ続けるには、(よう)()の全力を振り絞らなければならない。

 最初、(よう)()()殿(でん)を無理矢理起爆する為に力を溜めたのもそれが理由だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 (よう)()は尋常ではなく疲労している。

 それもその(はず)、今の(よう)()は既に何十秒も、一分を超えて全力疾走するに等しい芸当をやってのけているのだ。

 (ちな)みに、五輪陸上競技の徒競走最短距離である百メートル走ですらも本当の意味で全力疾走出来るのは半分の距離にも満たないと()われている。

 

『ぐううううぎいいいいいいいっっ!!』

 

 ()殿(でん)のダメージも小さい筈は無い。

 (よう)()の電撃は、たった一発一瞬浴びせるだけで(おり)()(りょう)を戦闘不能に追い込んだように、全力で長時間掛け続けるようなものではないのだ。

 通電され続ける()殿(でん)の悲鳴は()まないが、それは逆に異常なことである。

 

「しぶといんだよこの(ばけ)(もの)(ばばあ)っ! さっさと(くたば)れぇぇぇっっ!!」

 

 (よう)()は木の根を力一杯握り締め、全身全霊を込めて通電し続ける。

 既に二分、三分……五分以上もこの我慢比べは続いている。

 ()殿(でん)の悲鳴はか細く、断続的になっていった。

 だが、攻撃を受ける()殿(でん)(ただ)されるがままでいた訳ではなかった。

 

『早く……早くっ……!』

「な、何をする気だ!?」

 

 か細くなった()殿(でん)の悲鳴が謎の言葉を(ささや)いていることに(よう)()が気が付いたその瞬間、通電していた木が炎上した。

 炎はあっという間に人間大の木全体を焼き、立ち上がった煙から()殿(でん)が分離してそのまま人間の姿に戻った。

 

「くっ……逃した……。何故(なぜ)……?」

「間に合うた……流石(さすが)(この)()も死ぬかと思た……」

 

 それぞれ死力を尽くした(よう)()()殿(でん)は双方その場で崩れ落ちた。

 ()殿(でん)は木の中に吸引されていた状態で、それでも可能な限り元の姿に戻ろうとした。

 当然そのようなことは不可能なのだが、この試みは拡散状態での能力に因る酸化還元効果を徐々に弱め、木の中に少しずつ酸素を戻したのだ。

 

 とはいえ、(よう)()()殿(でん)(しん)()と体力を使い果たしている。

 更に、炎上した木も倒壊した。

 既に倒れ伏している(ふた)()にも余力は無い。

 

「はぁ……はぁ……。()殿(でん)に……止めを……」

 

 ただ一人、鍛練を積んでいる(よう)()だけが辛うじて立ち上がり、動くことが出来た。

 一方、強力な(しん)()を失えば単に若作りなだけの老婆でしかない()殿(でん)(あお)()めて(ろう)(ばい)する。

 

「ああ……あああ殺されてまうっ……! お、お助けぇ……!」

「そうさ、(あたし)は武術を身に付けている。それは本来、力弱き者が強き者の暴力に対抗する為の手段だ。体力を使い果たした状態でも、貴女(アンタ)みたいなか弱い老婆の命を()ることなど()(やす)い」

 

 (よう)()()殿(でん)の完全に迫り、立ち上がれず地に手を突く()殿(でん)を見下ろした。

 

「と、(とお)(どう)(きよう)! 聞こえてますよね(とお)(どう)卿ぉ! (この)()をお助けください! 早うこの場から(この)()を逃がしてぇっ!」

 

 ()殿(でん)はこの空間を作り出した(じゆつ)(しき)(しん)()の主である(とお)(どう)(あや)()に助命を嘆願した。

 その言葉に(よう)()の表情が(こわ)()った。

 もし(とお)(どう)()殿(でん)を逃がし、代わりの六摂家当主を()()せば二人は一巻の終わりである。

 そんな彼女たちに向けてか、薄闇の空間に別の女の声が響き渡る。

 

『聞こえておるぞ、()殿(でん)卿。我はこの空間内の全ての()()りを把握しておる』

「と、(とお)(どう)卿! 良かった、早くお助けをぉ!」

『全て聞いておったぞ。貴様が国賊であったという下りも全てな』

 

 (とお)(どう)の言葉に、()殿(でん)は青褪めた。

 一方で(よう)()はこの展開を予測していたのか、特に表情を変えずに冷めた目で()殿(でん)を見下ろし続けている。

 (わざ)(わざ)()殿(でん)の過去を(ばく)()して挑発したのは、六摂家当主達から()殿(でん)を見放させるという狙いもあったのだ。

 

「ご、誤解です(とお)(どう)卿! あの時代は仕方無かったんです! まだ生まれてない(とお)(どう)卿は()(ぞん)()ないかも知れませんが、か弱い乙女が生きる為に残された唯一の手段やったんですよ!」

(くど)い! 他の者ならいざ知らず、貴様がそう言って通じるものか! (どう)(じよう)()公爵家や()()(なわ)子爵家を始め、ヤシマの賊共に協力した旧華族の名家を次々と()(つぶ)したのは(きのえ)卿と先代(たか)(つがい)公爵、そして貴様ではないか!』

 

 弁解の言葉を必死に並べる()殿(でん)だったが、怒りの(とお)(どう)は取り付く島も無かった。

 全ては()殿(でん)が自分自身で()いた種である。

 ベタな話ではあるが、敵を平気で裏切って味方になる者、()してやそれを繰り返す者は、味方として信用を得られないのだ。

 

『思えば(いち)(どう)卿と違い、貴様は決して自分からヤシマ時代の過去を語ろうとしなかった。帝を裏切った過去を知られると我らが許さんと(わか)っておったのだろう』

「そ、そんな()()(たい)なぁ……。過去はそないでも、今は誰よりも(じん)(のう)陛下の()()に尽くしてきたやないですかぁ……」

(くど)いと言っておる。そう偽りなく自負しておるなら、その場の叛逆者程度、己の力のみで始末してみよ。そうすれば、過去の件は不問にしてやるわ』

「ううぅぅぅ……っ!」

 

 完全に見放された()殿(でん)はただ(うつむ)くしかなかった。

 (よう)()は冷たく溜息を吐いた。

 

「さて、自分の立場が解ったら覚悟を決めなよ、婆さん。もう充分生きただろ?」

「あ、あのぉ……」

 

 年貢の納め時を告げる(よう)()だったが、一方で()殿(でん)はまだなにか言いたげだった。

 作り笑いを浮かべた顔を上げ、今度は(よう)()に嘆願する。

 

(この)()の過去を御存知なら、もう一度(どう)(じよう)()家と寄りを戻せませんかねぇ?」

「は、はぁ?」

 

 (よう)()は我が耳を疑ったという様にあんぐりと口を開けた。

 人間はここまで恥という概念をかなぐり捨てて都合良の良い言葉を吐けるのかと、誰が聞いてもそう思うだろう。

 

「ほ、ほら! (この)()の力は充分に味わいはったでしょう? 味方に付けられたら、この上ない戦力になる思うんですよねぇ」

「言うに事欠いて貴女(アンタ)って(ひと)は……。この流れで貴女(アンタ)を信用する人間が何処(どこ)に居るんだ……」

「そないなこと(おつしや)らんといてぇ……。大局的に見たら、この場で(この)()を殺すよりも取れる利益いうものが色々あるでしょう?」

「確かに、親父だったら革命の為なら一時的に利用するなんてことも考えるかもね……」

 

 ()殿(でん)の作り笑いの表情が柔らかくなった。

 (よう)()の言葉に希望を見たのだろう。

 だが、それは(まやかし)である。

 

「でもごめんね。(あたし)、親父と違って革命とか、蚊程も興味が無いんだ。だから、(あたし)達の命を狙ってきた貴女(アンタ)を見逃す理由は無い」

「うぐぐ、そうですかぁ……」

 

 ()殿(でん)は顔を(しか)めた。

 観念したかに見えたが、すぐにその表情は歪んだ笑みに変わった。

 

「でも、時間稼ぎに付き合うてくれたんは感謝しますよぉ!」

「何っ!?」

 

 ()殿(でん)は再び煙状の拡散状態となった。

 これ以上の戦いを想定していなかった(よう)()はうっかり息を吸ってしまい、()殿(でん)に体内への侵入を許してしまう。

 

「し、しまった!」

『ははははは! (しん)()の恢復を待っとったんにも気が付かんかったか! 再び拡散状態になれるだけの力は戻ったで! 起爆は出来んけど、このまま体内の酸素を奪い尽くして殺したる!』

 

 まさかの逆転に、(よう)()(ばん)()(きゆう)すである。

 だがその瞬間、前方に小さな光が(きら)めいた。

 

「き、来た! 助かった!」

『な、何言うて……?』

 

 刹那、一筋の(せん)(こう)(よう)()の体を貫いた。

 同時に、(よう)()の体は帯電して火花を散らす。

 

『ギャッ!!』

 

 (よう)()の口から煙が吐き出され、黒焦げになった()殿(でん)の姿を(かたど)った。

 先程まで以上にボロボロで、()(はや)虫の息である。

 

「もう一人……居たんか……。おの……れ……」

 

 ()殿(でん)は力尽きて倒れ、そのまま息絶えた。

 (よう)()の後方では、一人の青年が(ふた)()に飲み物を与えている。

 

(かげ)()、助かったよ」

「危なかったね、姉さん」

 

 椿(つばき)(よう)()の双子の弟・(どう)(じよう)()(かげ)()が姉のピンチに駆け付けたのだった。

 彼の(じゆつ)(しき)(しん)()には、どれだけ離れた場所に居ても姉の元へ一瞬にして飛来する能力と、自身の体を雷光と化して相手にぶつける能力がある。

 それを利用して、空間の隔たれた場所からこの場へ飛んで来たのだ。

 

「ん……」

 

 (ふた)()の目に生気が戻った。

 (かげ)()(ふた)()に与えたのは(とう)(えい)(がん)の成分を極めて薄めて水に混ぜた恢復薬で、(さき)(もり)(わたる)()(どう)()(しん)(たい)の操縦訓練を終えた時に()()(はた)()()()から毎回(もら)っていたものと同じだ。

 僅かな(しん)()と体力を恢復させる効果がある。

 (ふた)()に薬を飲ませた(かげ)()は、(よう)()の許へも歩み寄って同じ物を小さなカップで差し出す。

 

「本当は(いち)(どう)(すえ)麿(まろ)と共に閉じ込められていた。異空間だったから、飛んで来るのに時間が掛かった」

(かげ)()、無事で良かったよ」

 

 薬を飲んだ(よう)()は、無機質な声と無表情で状況を告げた(かげ)()を抱き締めた。

 再開を喜び合う姉弟の脇で、(ふた)()は二人の抱擁を少し(うらや)ましげに見詰めていた。

 そんな彼女の方へ、抱擁を終えた二人は同時に振り向いた。

 (よう)()(ふた)()にも声を掛ける。

 

(ふた)()も、生きていてくれて本当に良かった。(あたし)(ひど)い人間だから、弟の(かげ)()以外はどうでも良いと思っていたんだよ。でも、貴女(アンタ)だけは違ったようだ。離れ離れになってから、貴女(アンタ)のことだけはずっと気掛かりだった。突然離れ離れになって、出来ればもう一度会って話がしたかった」

 

 (よう)()は潤んだ目で(ふた)()を見詰め、柔和な(ほほ)()みを浮かべている。

 それは()殿(でん)の様に不気味な作り物ではなく、本物の情が(こも)った真実の微笑みだった。

 (ふた)()の両目に涙が(にじ)む。

 

(よう)()さん、その言葉が聞けただけで良かった。(わたし)(よう)()さんを置いて脱出してから、あの日々は一体何だったのかと、ずっと悩んでいたんだよ」

(ふた)()、本当にごめんね」

 

 今度は(ふた)()(よう)()が互いの体を抱き締めあった。

 立場は違ってしまっても、互いを思う心は今もなお確かに続いていると、そう示す抱擁だった。

 そんな二人の様子に構わず、やや空気を読まない(かげ)()が報告を続ける。

 

()()へ来るまでの間、他の空間での様子を少しだけ見てきた。()(どう)士糸(あきつら)は撃破済み、()殿(でん)(ふし)()はたった今絶命、残るは(とお)(どう)(あや)()(いち)(どう)(すえ)麿(まろ)だが、この二人を相手にする戦況はかなり厳しい。(たか)(つがい)(よる)(あき)(さき)(もり)(わたる)(うる)()()(こと)が撃破済みと、彼を始末した()()さんの報告にあり。(きのえ)()(くろ)に動きは見られない。六摂家当主の現状は、以上」

 

 淡々と、(かげ)()(ふた)()(よう)()に現状だけを告げた。

 (よう)()との抱擁を終えた(ふた)()は、彼に疑問をぶつける。

 

「ねえ、この空間から出る方法ってあるの?」

「この空間は(とお)(どう)(あや)()の能力。彼女に能力を解かせるか、彼女が絶命すれば出られる筈」

「多分、()(どう)()殿(でん)がしくじった今、(とお)(どう)幼女体型婆(ロリババア)は自分か(いち)(どう)をこっちにも差し向けなければならないと考えてる筈だ。自分の始末が付いたらこっちに来るかもね」

 

 (かげ)()の話に拠ると、どうやら(とお)(どう)の相手をしている者は苦境に立たされているらしい。

 ということは、その相手が殺されれば今度は()(ちら)に牙を()いてくるかも知れない。

 そうなれば、此方の体力と(しん)()さえ恢復していれば、逆にチャンスとなって訪れることを意味する。

 

「で、でもそんなの駄目だよ! 誰かが殺されちゃう!」

 

 (ふた)()の懸念は当然だった。

 仲間が死んでも自分達が生きて出られれば良し、とは出来ない。

 そんな彼女の願いに対し、(よう)()は冷淡だった。

 

「さっきも言ったけど、(あたし)はどうでも良いね。(あたし)が心配するのは(かげ)()貴女(アンタ)だけだ」

「そんな……」

 

 顔を伏せる(ふた)()を尻目に、今度は(よう)()(かげ)()に尋ねる。

 

「因みに(かげ)()()(はな)さんは?」

「今、(まゆ)(づき)()()()と共に(とお)(どう)(あや)()と交戦中」

「そうか。(まゆ)(づき)さんはなあ……。あの人、脱走者じゃ一番役に立たないし、六摂家当主相手に一人じゃ確かに厳しいね」

 

 (まゆ)(づき)()()()に対する(よう)()の認識は脱走前で止まっている。

 故に、(まゆ)(づき)が目覚めた(じゆつ)(しき)(しん)()について(よう)()は何も知らないのだ。

 

「そんなことないよ、(よう)()さん。今のあの(ひと)(わたし)達の中だと一番強いから。あの(ひと)(とお)(どう)って(ひと)と戦っているなら、(きっ)()大丈夫だよ」

 

 (ふた)()は信頼に満ちた力強い笑みを(よう)()に見せた。

 (よう)()()(げん)そうに首を(かし)げている。

 何にせよ、六摂家当主のうち半分が斃れた。

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