日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十五話『償還過程』 序

 皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きよう)、その栄華を極めた街並の人波の中、男女が一際足早に小走りしている。

 道行く人々とは違い、岬(さき)守(もり)航(わたる)と麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は何かを探す様に彼(あ)方(ちら)此(こ)方(ちら)に視線を行ったり来たりさせる。

 丁度千(ち)世(よ)田(だ)区の、魅(み)琴(こと)が鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)に絡まれた辺りだ。

 統(とう)京(きよう)に入れないのではないかという仲間達の懸念はあったが、二人はどうにか同じ地へと辿(たど)り着(つ)いていた。

 

「そこら中に神(しん)為(い)を使った形跡が残されているわ……」

「そうだね。それくらい僕(ぼく)にも解(わか)るよ」

「白(びやく)檀(だん)さんの神(しん)為(い)だわ」

「それと、虎(こ)駕(が)のも混じってる」

 

 二人は怪(け)訝(げん)そうな眼(め)で空を見上げて呟(つぶや)いた。

 別れて先行した仲間が何らかの異変に巻き込まれたことに間違いは無かった。

 

「気になるわね……。無事なのかしら」

 

 魅(み)琴(こと)は眉根を寄せた。

 と、そこへ一人の男が駆け寄ってきた。

 

「あれ? 揚(あげ)羽(は)姐(ねえ)さんのお友達じゃないッスか」

 

 男は何やら魅(み)琴(こと)のことを知っている風である。

 航(わたる)は口をへの字に曲げ、男の行く手を遮る様に立(た)ち塞(ふさ)がった。

 魅(み)琴(こと)へ馴(な)れ馴(な)れしく近寄ってくる男に対し、航(わたる)は露骨に喧(けん)嘩(か)腰(ごし)だった。

 

「誰ですか、貴方(あなた)?」

「一寸(ちよつと)、航(わたる)……」

 

 魅(み)琴(こと)はそんな航(わたる)を咎(とが)め、肩を掴(つか)んで後ろへ引き下がらせた。

 

「貴方(あなた)は私(わたし)が白(びやく)檀(だん)さんとディスコに入った時に声を掛けてきた人ですね。どうかしましたか? 悪いけど私(わたし)達、急いでいるんですが……」

「何、ディスコ? どういうことだ魅(み)琴(こと)?」

「航(わたる)、貴方(あなた)は黙ってて」

 

 再び出しゃばろうとした航(わたる)を魅(み)琴(こと)は腕で遮った。

 航(わたる)は怒った番犬の様に唸(うな)り声(ごえ)を上げている。

 そんな嫉妬を剥(む)き出(だ)しにする同行人に男は若干たじろいだ。

 

「か、彼氏ッスか?」

「違います。不快な思いをさせてごめんなさいね。こいつのことは一切気にしなくて構いませんから」

 

 秒で否定する魅(み)琴(こと)の反応に航(わたる)はショックを受けて悄(しょ)気(げ)た。

 気にしなくて良いと言われた男だったが、それでも遠慮がちに一歩引きながら話を続ける。

 

「お、俺(おれ)はただこの辺は今危ないよって言おうとしただけだったんスけど……」

「何かあったんですか?」

「実はついさっきまで、空で為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が暴れてたんスよ」

 

 男の言葉に、二人に緊張が走った。

 航(わたる)の嫉妬に呆(あき)れていた魅(み)琴(こと)も、魅(み)琴(こと)の情無い言葉に消沈していた航(わたる)も一気に真顔になった。

 男は一層怖がって引き気味に顔を引(ひ)き攣(つ)らせる。

 

「た、多分何(ど)処(こ)かの貴族が私兵を動かしたんスよ。偶(たま)にあるんスよね、叛(はん)逆(ぎやく)者を見付けて始末する為(ため)に貴族が動くことって。だからもしかしたら、この辺に叛逆者が潜んでいるかもしれないッス」

 

 貴族の私兵、という言葉に航(わたる)と魅(み)琴(こと)の懸念は一層強まる。

 先程から其(そ)処(こ)彼(か)処(しこ)に感じる虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)と白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)の神(しん)為(い)が、もし為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に襲われて応戦したものだとしたら、辻(つじ)褄(つま)が合ってしまう。

 皇(こう)國(こく)最大の貴族である六摂家の力なら為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が出て来るのもあり得ることは、既に烏(う)都(つの)宮(みや)警察署で経験している。

 

「この道の向こうに為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の砲撃が開けた穴があるッスよ」

「教えてくださってありがとうございます。航(わたる)、龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸(てい)に向かうよりも先にみんなを探した方が良さそうね」

「ああ、そうだね」

「それはそうとして、貴方(あなた)からもちゃんと謝ってお礼を言っておきなさい」

 

 魅(み)琴(こと)に咎められて航(わたる)は渋々男に軽く謝罪と謝意を述べた。

 二人は先(ま)ず仲間達との合流を試みる。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 閉ざされた薄闇の中で、派手な格好をした女が、少女と見(み)紛(まが)う小柄な女に追い詰められていた。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の最高幹部「八(はつ)卦(け)衆(しゆう)」の一人・沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)は首に掛けていたファーを失い、ピンク色のラメが輝く際どいボディコンシャスドレスは至る所で無残に破れてボロボロになり、厚化粧も乱れている。

 相対する六摂家の一角・十(とお)桐(どう)公爵家の女当主・十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)は小柄な体に身に付けた小(こ)袖(そで)にも、髪をすっぽり覆うように掛けた被衣(かつぎ)にも一切の乱れが無い。

 二人の間に争いが生じていたとして、形勢は一目瞭然だった。

 

 そんな二人の脇では、繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が縄で縛られて坐(すわ)らされている。

 彼女はどちらにも加勢出来ず、成り行きを見守るしかなかった。

 

(なんて術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)……。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の女も相当強かったのに、あの小さい人には手も足も出ていない。そりゃそうよね。理不尽過ぎる、誰も勝てっこない能力だもの……)

 

 十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が無傷な理由、それは単に彼女の圧倒的な能力にある。

 それは戦っている沙(さ)華(はな)の方が嫌という程思い知っているだろう。

 沙(さ)華(はな)は膝を突いて血を吐き、口惜しそうに十(とお)桐(どう)を仰ぎ見ている。

 

「六摂家当主、これ程の化物とは……。私(わたし)が今まで戦ってきた狗(いぬ)共とはまるで次元の違う強さだ……」

「ふん、抑(そもそ)も貴様ら卑(ひ)怯(きよう)な叛逆者の賊共が真の強者と真(まと)面(も)にぶつかることは滅(めつ)多(た)にあるまい。大部分の活動は地主や企業、金融機関といった抵抗手段の乏しい弱者を安全圏から襲うなどという情けないものじゃ。我ら六摂家当主は皇族方を除けば皇(こう)國(こく)に於(お)ける最高戦力、貴様らが僅(わず)かにでも及ぶと思うが間違いじゃろう」

 

 十(とお)桐(どう)の丸く大きな眼は憎(ぞう)悪(お)の焔(ほのお)を宿して静かに燃えていた。

 沙(さ)華(はな)は気(け)圧(お)されて身震いしながらも、歯を食い縛って立ち上がった。

 

「黙れ! 決着はまだ付いちゃいない!」

 

 沙(さ)華(はな)の髪が伸び、一本の長縄状に編み込まれた。

 それは当(まさ)に、繭(まゆ)月(づき)の体を拘束している縄だ。

 

『術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)・鞭韻鞭鸚鵡(ベインベノム)』

 

 長縄状の髪が沙(さ)華(はな)の手に握られ、先端が片喰(かたばみ)紋様に光った。

 これが沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の形である。

 

 沙(さ)華(はな)は髪の長縄を鞭(むち)の様に十(とお)桐(どう)へ向けて振るう。

 この時、その先端の速度は音速を優に超える。

 これは総合力で彼女を上回る屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)すら出せない速度であり、そのままでもかなりの攻撃力を誇る。

 加えて、先程光った先端には毒が帯びており、打たれると皮膚から浸食してじわじわと衰弱していき、最終的には死に至るのだ。

 

 恐るべき能力、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)で三番手の戦闘力という看板に偽り無しの術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)である。

 だが、十(とお)桐(どう)は無関心を貫いてただその場に立っていた。

 

「下らん技名なんぞ付けおって。無駄じゃというにの……」

 

 沙(さ)華(はな)の鞭が十(とお)桐(どう)を打ち据える、かに思えた。

 だが鞭の先端は十(とお)桐(どう)に当たる寸前で急旋回し、そのまま逆に沙(さ)華(はな)自身へと襲い掛かってくる。

 

「くっ、またか!」

 

 沙(さ)華(はな)は自らの攻撃を躱(かわ)そうとする。

 だが、その動きが止まった。

 沙(さ)華(はな)は為(な)す術(すべ)無く自らの鞭を胸に受けてしまった。

 

「うぐアアアアッッ!!」

 

 沙(さ)華(はな)は痛みに悲鳴を上げて倒れた。

 

「な、何故(なぜ)動けなかった……?」

「簡単じゃよ。宇宙の法則が貴様にそれを許さんかったのじゃ」

 

 十(とお)桐(どう)は苦痛に顔を歪(ゆが)める沙(さ)華(はな)を冷たく見下ろす。

 

「この空間は我が用意した小宇宙じゃ。しかも、単なる隔離空間として用意したわけではない。三千世界の何処かで無数に存在するという多元宇宙から、我にとって都合の良い物理法則を持った宇宙を見繕って入れ替えたものじゃ。しかも状況に合わせて、任意の相手の周囲だけ別の法則を持った宇宙に入れ替えることも可能。謂(い)わば我が用意した空間に於いて、我は神にも等しい存在となるのじゃ」

 

 宇宙が誕生したのは約百三十八億年前とされる。

 それ以前の世界は無限に只管(ひたすら)に広がる無の空間であったとされ、正の因子と負の因子が誕生と消滅を繰り返し、渾沌(まろがれ)たる均衡を保っていた。

 ある時その均衡が破れ、爆発的に「存在」が膨張。

 新たなる秩序が生まれたのが、宇宙の誕生と言われている。

 

 それは日本書紀に記された天(てん)地(ち)開(かい)闢(びゃく)の様子を彷(ほう)彿(ふつ)とさせなくもない。

 

 しかし、その均衡の崩壊が遠(えん)大(だい)無(む)窮(きゅう)なる無の空間にたった一箇所だけで生じたと言い切れるだろうか。

 それらは無数に生じ、無数の宇宙として膨張し続けているのではないか。

 そう考えた説が多元宇宙系(マルチバース)の一つ、泡宇宙である。

 

 更に、宇宙の物理法則そのものがこの均衡の崩壊によって生じたものだとすれば、異なる宇宙では異なる物理法則が働いている可能性がある。

 それが無数に存在するとすれば、何処かには自分の要望を十全に満たす物理法則を持った宇宙もまた存在するだろう。

 

 十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)とは、それ程の途方も無いスケールを持った凄(すさ)まじい能力である。

 如(いか)何(が)に沙(さ)華(はな)が強力な戦士であろうと、あまりにも次元が違い過ぎる。

 

「うぐううううっっ!」

 

 沙(さ)華(はな)は呻(うめ)き声(ごえ)を上げた。

 鞭の先端が服の破れた箇所から肌に当たったのだ。

 肌はどす黒く変色し、毒が彼女自身を蝕(むしば)んでいる。

 

「貴様の胸中を当ててやろうか、小娘。先程までは後悔しておった。敵同士とはいえ、そこに居るもう一人の小娘と共闘すべきじゃったとな。貴様らが出会って即戦いになったところを見ると、どうやらお得意の内ゲバが生じたらしいの。ま、取るに足らん女二人とは言え、潰(つぶ)し合うならば潰し合わせるのが得策と思い静観しておった。しかし状況が変わり、我自身が働かなくてはならなくなった。故に出て来たのじゃが、貴様はもう一人の女との決着を先延ばしにし、一旦拘束して我に挑みかかった。これが間違いだったという後悔が、先程までの心境じゃろう」

 

 青(あお)褪(ざ)める沙(さ)華(はな)を見下ろし、十(とお)桐(どう)は少女の様な顔に歪んだ笑みを浮かべた。

 

「しかし、今は後悔を通り越して絶望しておる。何故なら我の能力は、共闘したところでどうにかなるものではないからじゃ。矮(わい)小(しよう)なる身で我らに、皇(こう)國(こく)に戦いを挑んだのが抑もの間違いじゃった、そのような絶望が今の貴様の心境! どうじゃ、当たらずも遠からずといったところじゃろう!」

 

 毒に苦しむ沙(さ)華(はな)を十(とお)桐(どう)の小さな足が踏み付ける。

 

「ぐはっ! がはっ!」

「ははははは! 言っておくが我の能力に因(よ)って貴様の毒すらも我の思うがまま! 元の宇宙とは比較にならぬ程の苦しみに苛(さいな)まれるが、元の宇宙では到底考えられん程にしぶとく生き延びてしまう、そんな宇宙法則を手(た)向(む)けてやったわ! だから死ぬまでの間、精々苦しむが良い! どうせ叛逆者は確定死罪じゃ! ただ殺すのでは面白くないわ!」

 

 何度も執(しつ)拗(よう)に沙(さ)華(はな)を踏み付け、必要以上に弄(いじ)る十(とお)桐(どう)の眼には異様な程の憎悪が宿っている。

 だが、そんな様子を見守る繭(まゆ)月(づき)は奇妙な程落ち着いていた。

 この光景に繭(まゆ)月(づき)が抱いた感情は、恐怖ではなく単なる困惑だった。

 

(何だろう……? 明らかにおかしい様に思えるのに、この感覚はどういうこと?)

 

 繭(まゆ)月(づき)の脳(のう)裡(り)に、二人の男の顔が浮かんだ。

 死んだ仲間の殺人鬼・折(おり)野(の)菱(りょう)と、拉致の実行犯・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)――共に人殺しを何とも思っていない男である。

 ただ後者は繭(まゆ)月(づき)を恐怖させたが、前者とは普通に接することが出来た。

 

 今、繭(まゆ)月(づき)が十(とお)桐(どう)に抱いた感情は、折(おり)野(の)に対するそれに近い。

 つまり繭(まゆ)月(づき)は、十(とお)桐(どう)の憎悪を異常だとは思えなかった。

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