日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十五話『償還過程』 急

 ()(はな)は激しく吐()した。

 地に着けた(ほお)を伝って血(だま)りが広がっていく。

 

「はぁ……はぁ……。く……そ……。もう……(ほとん)……ど……(しやべ)れ……な……」

 

 どうやら自分の毒が回って一気に衰弱したらしい。

 このままでは非常に危険である。

 

「ふん、言い(のこ)す言葉の一つくらいは聞いてやるわ」

 

 (とお)(どう)の体が光を放ち、光は()(はな)の周囲に散らばった。

 何やら能力を行使した様である。

 

「別宇宙の物理法則を入れ替えた。体力も多少は(かい)(ふく)し、喋ることくらいは出来るじゃろう。さっさと話せ」

 

 (とお)(どう)は依然として()(はな)(にら)んで見下ろしている者の、先程まで憎しみで険しく(ゆが)んだ様子は幾分か緩和されていた。

 (まゆ)(づき)との対話で、少しだけ心の(もん)()が開いたのだろう。

 

「ふふ……甘い(ばあ)さんだ、(とお)(どう)(あや)()……」

「そうでもないぞ。我がこの場で殺さんでも、無力となった貴様に待つ運命は死罪のみじゃ。貴様は聞き入れられぬ弁明をただ()えるに過ぎぬ」

 

 どうやら(とお)(どう)()(はな)を見逃すつもりは無いらしい。

 

「良いさ。それなら精々、胸に傷を残してから死んでやる」

 

 ()(はな)は皮肉な笑みで返した。

 

(わたし)のことを話す上で、妹の(たま)()のことを言わなければならない。容姿に恵まれ、優秀で、おまけに(あい)(きよう)も良く、誰しもに好かれる()だった……」

 

 妹を思い出す()(はな)の表情は険しかった。

 言葉とは裏腹に、苦い記憶があるのだろうか。

 

「誰もが妹を(ちよう)(はな)よと()(わい)がり、()(はや)した。(わたし)達の親も、()(かく)妹を溺愛していた。(わたし)のことはそっちのけで、(ひい)()していた。お陰で(わたし)は、幼い頃から(ろく)に褒められず、与えられずに惨めな思いばかりしていた……」

「ならば親と妹を憎めば良いじゃろうが。社会に仇なす理由になるものか」

(とお)(どう)さん、話を最後まで聴きませんか?」

 

 (まゆ)(づき)(とが)められ、(とお)(どう)はばつが悪そうに舌打ちした。

 ()(はな)は話を続ける。

 

(わたし)が妹を憎めば良かっただと? 確かに、それならば(わたし)の人生は随分と変わっただろうな。出来ればだけれどな」

「どういうことじゃ?」

(たま)()はな、良い()だったんだよ。優しかった。両親に怒られる(わたし)をよく(かば)ってくれたし、慰めてもくれた。周りからのプレゼントも分け与えてくれたよ。愛されるに足る、博愛に満ちた良い()だった。嫌な(やつ)なら嫌いになれた。けれども贔屓の搾取を受けた(わたし)にとってすら、可愛い妹だったのさ。それが余計に惨めだった」

 

 ()(はな)は上半身を起こし、息を乱しながらその場に膝を立てて(すわ)った。

 どうやら少しずつ毒から復調してきているらしい。

 

「心底痛感したよ。(わたし)の生まれてきた意義は、存在価値は、妹の輝きに尽くすことなんだと……。妹を幸せにすることが、(わたし)の全てなのだと……」

「貴様はそれで良かったのか?」

「良くはないさ。妹の幸せを(わたし)の幸せとまでは思えちゃいない。妹なんか生まれてこなければ良かったと何度思ったか。そうすれば、少しは(わたし)に与えられた幸せもあった(はず)だ。でも、仕方が無いじゃないか。生まれてきてしまった妹には何の罪も無いし、良い()だったんだから。妹を幸せにする(ため)の引き立て役でも、人生に意味があるだけマシだ」

 

 (とお)(どう)はいつの間にか()(はな)の話に聴き入っていた。

 彼女もまた、目線を合わせようとしているのか、()(はな)の前に正座した。

 その(とお)(どう)の両()(にら)()け、()(はな)()(けん)(しわ)を刻む。

 

「その意味すら奪ったのが、(こう)(こく)の貴族社会だ」

「何?」

「子爵令息・(いの)(くま)(とも)(ひろ)。妹を見初めた旧華族だった。皆に愛された妹は、(つい)に華族から求婚の声が掛かったのさ。次男坊とはいえ、(わたし)達平民にとっては雲上人だ。妹の幸せは約束されたと、少しは(わたし)も報われたと、そう思っていた……」

「……どうなったのじゃ?」

 

 ことの(てん)(まつ)()(はな)に問う(とお)(どう)だが、共に話を聴いていた(まゆ)(づき)には予想が付いた。

 おそらく、(とお)(どう)も半ば分かってはいるだろう。

 

「死んだ。殺された! 妹を(めと)った悪徳貴族・(いの)(くま)(とも)(ひろ)に!!」

 

 ()(はな)は大声を張り上げた。

 更に、(うら)(つら)みの(こも)った声で早口に話を続ける。

 

(いの)(くま)子爵家の次男坊は()(ぎやく)趣味の変態野郎だった! (いの)(くま)家は、他の貴族から嫁を入れると相手の家と遺恨が生じかねないと考え、平民の妹に目を付けたんだ! 妹は犠牲にされた! (わたし)が自分の人生を(ささ)げさせられすらした妹の幸せは無残に()(にじ)られた!」

「事実なのか、それは? 子爵家といえど、何の罪も無い平民に手を掛けて許される様な制度は(こう)(こく)に存在せんぞ」

「ふん、これだから世間知らずの大貴族様は。少なくとも、(おおかみ)()(きば)に入ってから裏社会に掛け合って(いの)(くま)(とも)(ひろ)にそういう趣味があったことは調査済みだ。大層、風俗嬢の評判は悪かったよ。それに、(わたし)達はただ(たま)()は死んだと伝えられただけで、遺体と面会さえさせてもらえなかった。(いの)(くま)家は確実に(たま)()の死因を隠していた」

「しかし、じゃからと言って……」

「ならばこれを見るが良い!」

 

 ()(はな)は突如、床に打ち捨てられていた短刀を拾い上げ、己が衣服の腹の辺りを切り裂いた。

 そこには(へそ)(また)いで縦に大きな手術痕が残されていた。

 

(わたし)達家族は、当然納得せずに警察と(いの)(くま)子爵家に再捜査を要求した。だが、両親は(いの)(くま)家への訴えが行き過ぎて逆に警察に逮捕され、そして(わたし)は、何者かに襲われた。暴行を受けて深く傷付いた(わたし)は、子宮を失って子を産めない体になった」

 

 (まゆ)(づき)(とお)(どう)は絶句した。

 ()(はな)は鼻を鳴らし、話を続ける。

 

「ここまでとは思わなかったか? 社会から道を踏み外し、転覆を(こいねが)う背景が軽いとでも思ったか? もっと言ってやると、今(わたし)に派手な格好が出来ているのは、(おおかみ)()(きば)で出世して(はつ)()(しゆう)になった恩恵だ。皮肉なことに、(こう)(こく)に牙を剥いて初めて、(わたし)は恵まれた生活というものを経験したのさ」

 

 重い沈黙が流れた。

 ()(はな)(こう)(こく)の社会を、貴族を恨むのも無理は無い様に思えた。

 (はつ)()(しゆう)の中には自ら道を踏み外した者も居たが、()(はな)の様に被害者と言って差し支え無い者も居る。

 

「ふむ、貴様の言い分は(わか)った」

 

 (とお)(どう)(おもむろ)に口を開いた。

 

「しかし、じゃからと言って貴様ら(はん)(ぎやく)者が(こう)(こく)に害を()す以上、社会悪との評価が覆ることは無い。貴様の過去は確かに気の毒ではあるし、妹殿にはお悔やみを申し上げる。だが貴様の訴えが(いの)(くま)子爵家の坊主に対する再調査の直接的な切掛になることはあってはならん。それは暴力革命の肯定、法治の否定に(つな)がるからじゃ」

「そう言うだろうと思ったよ。端から貴様ら貴族には、(こう)(こく)には何の期待もしちゃいない。だから、国家転覆を望んだんだ」

「うむ。貴様はそう言って自らの境遇を理由に数々の凶悪犯罪に手を染めてきた。地主や企業へのテロと財産の接収、金融機関への強盗、及びそれらに伴う何軒もの殺人に貴様が関与していることは解っている。それは到底免罪出来るものではない。どんな背景があろうと、罪無き者を手に掛けて良い理由にはならん」

 

 (とお)(どう)()(ぜん)とした言葉を突き付けられ、()(はな)は口惜しそうに視線を()らした。

 彼女が言う様に、どんな言い訳や恨み言を並べようが、()(はな)がテロ組織に幹部として加担した一人の凶悪犯であるという事実は覆らない。

 

「しかし確かに、(こう)(こく)貴族が()(びゆう)ではないのも事実。近いうちに綱紀を引き締める必要があるとは前々から思っておった。我だけでなく、(いち)(どう)(きよう)も納得されるじゃろう。それに、叛逆を(くわだ)てるものにも(おの)(おの)の人生があり、背景があることは考慮せねばならん。一律に確定死罪、というのは改めても良いかも知れん。貴様は許されんが、同行した(どう)(じょう)()(ふとし)の子女は吟味しても良かろう」

 

 (とお)(どう)()(はな)(ほほ)()みかけた。

 それは、結果として(いの)(くま)(とも)(ひろ)に対する再調査と裁きの可能性を含ませる言葉だった。

 建前上、()(はな)の訴えを切掛に狙い撃ちすることは出来ないが、(かね)てよりの計画として全体を引き締めることで、結果としてその望みに(かな)うこともあり得るということだ。

 ()(はな)は驚いた様に目を(みは)った。

 

「と言うわけで、(めい)()(ひの)(もと)より拉致された貴様らについても沙汰はよく考えた方が良さそうじゃの。『協力せざるを得なかった』ということならば、酌量せねばなるまい」

「え? あの……」

 

 (まゆ)(づき)は驚きと困惑を覚え、そしてまた全てが繋がって納得した。

 (そもそ)も、何故(なぜ)(とお)(どう)が自分達に襲い掛かったのか、その理由は不明瞭だった。

 いくら(きのえ)()(くろ)が自分達を無き者にしようとしているとはいえ、他の六摂家当主まで(こぞ)って協力するのは(いささ)か不自然だった。

 

「あの……もしかしてですけど、(わたし)達が(おおかみ)()(きば)に協力させられていると、そうお考えですか?」

「ん? どういうことじゃ?」

(わたし)達、訓練と称して(ひど)い目に遭わされただけで、彼らの為に何かしたことはありませんよ?」

「は?」

 

 (とお)(どう)はキョトンとして(まゆ)(づき)を見ていた。

 

「ま、まさか貴様ら二人が戦っていた理由は……」

「ふん、とんだお笑い草だな。そいつらは(わたし)達の元から脱走したんだ。だから粛正しようとしていた。そうとも知らず、協力関係が仲間割れを起こしたと思い込んで両方始末しようとするとは……。貴様らこそ、罪も無い者を手に掛けようとしていたのさ」

 

 ()(はな)の皮肉めいた言葉に、(とお)(どう)は目を見開いて頭を抱えた。

 

「な、なんということじゃ! (たか)(つがい)()(どう)()(ほう)共や、()殿(でん)(くず)だけならばいざ知らず、我や(いち)(どう)卿までも(きのえ)卿の(たくら)みに乗せられておったのか!」

 

 (とお)(どう)は深く溜息を吐き、そして立ち上がると、(まゆ)(づき)に頭を下げた。

 

「申し訳無かった。そこの()(はな)(たま)()の言うとおり、罪も無い者達を手に掛けるところじゃった」

「えと、つまり(わたし)の仲間達は無事だと?」

「今のところはな。そうと(わか)れば、こんな茶番は終わりにせねばならん。()(たび)の成果には()(はな)(たま)()の身柄を手土産にする他あるまい。()(はな)よ、貴様は何かまだ異論はあるか?」

 

 ()(はな)に胸の内を尋ねる(とお)(どう)に、先程までの激しい(ぞう)()は見られなかった。

 それは()(はな)という一人の人間を見る眼だった。

 

「……年貢の納め時か。だが、言いたいことは言えた」

「うむ、(いさぎよ)くて結構じゃ」

 

 (とお)(どう)()(はな)は、穏やかな表情で互いに視線を交わした。

 憎しみを乗り越えようとする(とお)(どう)に、(まゆ)(づき)は一つ伝えたかった。

 

(とお)(どう)さん」

「なんじゃ?」

(わたし)にも、(かつ)て弟が居ました。(わたし)は彼を、自らの中にある汚らわしいもののせいで傷付けてしまったのではないかと、ずっと気に掛かっていました。でも、ある(ひと)に諭されたんです。相手を思う余り、それに(とら)われて自分を苦しめるべきではない、と。その人ははっきりと言いませんでしたけど、そう言うことだと思うんです。(きつ)()、彼は(わたし)を恨んでいないと……」

「ふむ……」

 

 (とお)(どう)は少し考え込むと、小さく、しかし霧が晴れた様に明るく微笑んだ。

 

「お前の言うことも(もつと)もかも知れんの。(じん)(のう)陛下にとって、御自身への負い目で我ら臣民が苦しむのは(しん)(ゆう)の元であろう。陛下はそのような()(かた)じゃ。()()(づか)い、感謝するぞよ」

 

 (とお)(どう)はそう言うと、両腕を(ひろ)げた。

 

()て、では能力を解除して(いち)(どう)卿に事情を話さねばならんの……」

 

 辺りの闇が一気に晴れた。

 (とお)(どう)の能力が解除され、(まゆ)(づき)()(はな)は立体駐車場の中に戻されたのだ。

 

 (まゆ)(づき)は辺りを見渡した。

 同じ階のフロアに、()()(きゅう)()と石像化した()(どう)士糸(あきつら)()(ずみ)(ふた)()椿(つばき)(よう)()(どう)(じよう)()(かげ)()姉弟と傍らに(たお)れた()殿(でん)(ふし)()の死体が同居している。

 彼らもまた突然の能力解除に驚き、そして()(ちら)の様子に気が付いた様だ。

 

「ふむ、(いち)(どう)卿は上の階か……。早く行ってやらねばの。間に合えば良いが……」

 

 (とお)(どう)は天井を見上げて(つぶや)いた。

 だがその時、一つの悪意が芽生えていたことに彼女は気が付いていなかった。

 

(とお)(どう)さん!」

「ん?」

 

 (まゆ)(づき)が気が付いて叫んだ時にはもう遅かった。

 ()(はな)(たま)()は手に持っていた短刀を武器に(とお)(どう)へ襲い掛かり、彼女の腹部を刺したのだ。

 

「かはっ……!!」

(じゆつ)(しき)(しん)()が解除されれば()(ちら)のものだ! 誰が大人しく捕まるものかよ!」

 

 ()(はな)はその場に倒れ伏す(とお)(どう)を尻目に、声を張り上げて(よう)()(かげ)()に呼び掛ける。

 

(よう)()(かげ)()! 車を出せ! この場は退却する!」

 

 呼び掛けに応じた姉弟は近場に()めてあった車を()(ぱら)うと、猛スピードで()(はな)を拾って立体駐車場を下階へ降りていった。

 

(とお)(どう)さん! (しつか)りしてください! ごめんなさい、止められなくて!」

「き、気にするな……。六摂家当主たる我は……この程度で死にはせん……」

 

 重傷を負った(とお)(どう)(まゆ)(づき)の腕の中で顔に後悔を(にじ)ませる。

 

「抜かったのは我じゃ。すっかりあの女に気を許してしもうた。身動きの取れない状態にしておくべきじゃった。所詮、あの女は性根の腐った叛逆者じゃった……」

 

 事態に気が付いた()()(ふた)()が歩み寄ってきた。

 

「その(ひと)は、(とお)(どう)公爵か……」

「この(ひと)が、(わたし)達を閉じ込めていた能力者……」

()()さん、()(ずみ)さん、この(ひと)はもう敵ではありません。早く手当を……」

「大丈夫じゃて。それより、早く誰か上の階へ行け。二人の小僧が(いち)(どう)卿に殺され掛けておるぞ……。それと、背の高い女と餓鬼二人は後で始末しようと思っておった。下の階で震えておるから、そっちにも行ってやれ……」

 

 (とお)(どう)の伝言を受け、三人に緊張が走った。

 どうやら事態は一刻を争うらしい。

 

(おれ)が上へ行く。状況を説明するには適任だろう。(まゆ)(づき)さんは一番余力を残している。下の階へ行って、万が一の時は(びゃく)(だん)(くも)()兄妹を守ってやってください。()(ずみ)君は、この場で(とお)(どう)卿の様子を見ておいてくれ」

 

 ()()の言葉に従い、三人はそれぞれの持ち場へ向かった。

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