日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十六話『不撓不屈』 破

 所変わって、燭(しよく)台(だい)の明かりが茫(ぼう)々(ぼう)と照る薄暗い螺(ら)旋(せん)階段を、会食服(タキシード)を纏(まと)った長身の男が降りていく。

 髷(まげ)の如く長髪を結った男――公爵・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の秘書・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)である。

 

 彼の進む先、地下深くからは女の絶叫が悲痛に響き渡る。

 どうやらこの先では、何やら良からぬ事が行われている様だ。

 

 辿(たど)り着(つ)いた螺旋階段の先に待ち構えていた扉を、推(つき)城(しろ)の拳が軽く三回叩(たた)いた。

 

「御主人様、推(つき)城(しろ)に御座います。仰せの件につきまして御報告に伺いました」

「入れ」

 

 推(つき)城(しろ)は扉を開け、怪しげな地下室へと足を踏み入れた。

 中には悪趣味な拷問器具が所狭しと並べられ、最奥では傷だらけの女が磔(はりつけ)にされている。

 そのすぐ手前に一本鞭(むち)を持った甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)が立っていたところを見ると、どうやら彼女を折(せつ)檻(かん)する最中だったらしい。

 磔(はりつけ)られた長身の女――女中の水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)が息を切らしてがっくりと項(うな)垂(だ)れている。

 

「お取り込み中に申し訳御座いません。一刻も早くお耳に入れるべきかと」

「ふむ、申せ」

 

 推(つき)城(しろ)に対する甲(きのえ)の扱いは早(さ)辺(え)子(こ)に対するそれよりもかなり甘かった。

 そこには、推(つき)城(しろ)が軍を中心に勢力を伸ばす政治勢力「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)」の青年部長を務めている、という事情がある。

 権力を握った後で軍を抑える為(ため)に皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に影響力を持ちたい甲(きのえ)にとって、推(つき)城(しろ)は手荒に扱う訳にはいかないのだ。

 

「六摂家当主方に、確実に四名全員で事の対処に当たるよう釘(くぎ)を刺しました。反応は上々、十(とお)桐(どう)卿(きよう)の別宇宙空間にて始末なさるおつもりのようです」

「宜(よろ)しい。他の者は兎(と)も角(かく)として、最悪は一(いち)桐(どう)卿さえ確実に抑えておけば良い。皇(こう)國(こく)貴族の中に於(お)いて、最も多くの叛(はん)逆(ぎやく)者を葬ってきたのが一(いち)桐(どう)卿だ。神(じん)皇(のう)陛下への揺るぎ無い忠誠心、百十を超える齢(よわい)に不老の心身を鍛え続けてきた基礎戦闘力、そして皇(こう)國(こく)社会の安定に対する強い責任感、どれを取っても申し分無い、他とは一線を画す不敗の男よ」

 

 甲(きのえ)は、というより皇(こう)國(こく)貴族の誰もが一(いち)桐(どう)陶(すえ)麿(まろ)を高く評価していた。

 それは推(つき)城(しろ)もまた同じである。

 

「はい。一目で御主人様が唯一一目置かれる理由が理解出来ましたよ。この分ですと、間も無く吉報をお耳に入れられるかと存じます」

「うむ。期待しておるぞ。もう良い、下がれ」

 

 甲(きのえ)に退席を命じられた推(つき)城(しろ)は「失礼します」と一言添えて頭を下げた。

 そして地下室の扉を閉めて螺旋階段を上り始める。

 同時に、彼は懐から電話端末を取り出した。

 

「八(や)社(おと)女(め)、手(て)筈(はず)は整った」

『成程、君(きみ)が本命と呼んでいたのは彼らだったのか』

 

 電話口から少年の様な声が聞こえる。

 相手は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)である。

 彼と推(つき)城(しろ)は、人知れず怪しげな陰謀を巡らせる様に暗躍している。

 

「いや、公(く)家(げ)の中で戦士として期待出来る者など限られている。此(こ)処(こ)はやはり、最も信頼の置ける同志に安全装置として働いてもらいたい」

『面倒な話だな。でもまあ、君(きみ)と僕(ぼく)の仲だし別に良いや。その頼み、引き受けてあげようじゃないか』

 

 良からぬ企(たくら)みを巡らせるのは、何も六摂家当主のみでは無かった。

 推(つき)城(しろ)は薄暗い階段を上っていく。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 何(ど)処(こ)かの薄闇の中、虎(こ)駕(が)と新(しん)兒(じ)は思い知った。

 一(いち)桐(どう)陶(すえ)麿(まろ)の強さは、他の六摂家当主と種類の違うものだ。

 鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)、丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)、公(く)殿(でん)句(ふし)子(こ)、十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)と、他の四人は理不尽なまでに強力な能力こそが脅威の拠(より)所(どころ)である。

 一方で、一(いち)桐(どう)の能力は「神(しん)為(い)を消す」という効果の脅威はあるものの、その発動には大きな隙の生じる動きを要し、戦闘中容易に狙えるものではない。

 

「麿(まろ)の拳を腹に受けて風穴が空かず、蹴りを頭に受けて首を失わず、か。何(いず)れも神(じん)皇(のう)陛下の御(み)代(よ)では初めてのことでおじゃる。術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に因(よ)る小細工の為(な)せる業とはいえ、素直に褒めておこう」

 

 一(いち)桐(どう)の構えから凄(すさ)まじい威圧感が醸し出されている。

 虎(こ)駕(が)と新(しん)兒(じ)は既に敵が持つ桁違いの戦力を察していた。

 一(いち)桐(どう)の真の脅威、それはただ只管(ひたすら)に圧倒的な格闘能力に他ならない。

 

「虻(あぶ)球(く)磨(ま)」

「ああ、サンキュ」

 

 一(いち)桐(どう)の攻撃、その破壊力を警戒し、虎(こ)駕(が)は自身と新(しん)兒(じ)の懐と頭周りに金剛石(ダイヤモンド)の防御壁を仕込んだ。

 二人は一(いち)桐(どう)の言葉が外連(はったり)でも何でもないということを心の芯から理解していた。

 彼の攻撃は、神(しん)為(い)で耐久力を強化した肉体ですら一撃で破壊してしまう。

 虎(こ)駕(が)の能力無しで戦うのは不可能だと判断したのだ。

 

「賢明な判断でおじゃる。尤(もつと)も、今度は……」

 

 一(いち)桐(どう)の姿が刹那にして虎(こ)駕(が)と新(しん)兒(じ)の間に割り込んだ。

 破壊力だけで無く、この速度にも対抗しようがない。

 

「鎧(よろい)ごと砕くッ!」

 

 跳び上がった一(いち)桐(どう)は、両脚でそれぞれ虎(こ)駕(が)と新(しん)兒(じ)の胴を蹴った。

 凄まじい脚力に再び鏡の防御壁は砕け、二人は別々に吹き飛んでいった。

 

「ふむ……」

 

 一(いち)桐(どう)の両足が一分のブレも無く地に着いた。

 蹴り飛ばされた虎(こ)駕(が)と新(しん)兒(じ)はピクリとも動かない。

 肉体は原形を留(とど)めているが、最(も)早(はや)止めを刺されるばかりである。

 

 ゆっくりと、一(いち)桐(どう)の足が虎(こ)駕(が)の方へと歩を進める。

 此処まで自分の攻撃を防いだ虎(こ)駕(が)を先(ま)ず優先的に始末するべきだと判断したのだろう。

 

「ガッ……! 糞(くそ)!」

 

 仰(あお)向(む)けに倒れていた虎(こ)駕(が)が辛うじて意識を取り戻した。

 彼自身知らないことだが、鏡の防壁は他者よりも能力者自身に対して馴(な)染(じ)みが良く、耐久性能にほんの僅(わず)かな差が出来る。

 この差が、まだ目を覚まさない新(しん)兒(じ)との差となって現れたのだ。

 

「糞(くそ)、立てないのだよ……!」

 

 目を覚ました虎(こ)駕(が)は焦っていた。

 指一本真(まと)面(も)に動かせない程のダメージが残っているのだ。

 そんな虎(こ)駕(が)を、一(いち)桐(どう)は厳しい眼(め)で見下ろしている。

 

「金剛石(ダイヤモンド)の鏡で出来た板を形成する術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)……。僅か一箇月余りの期間でよくぞ此処まで磨いたものでおじゃる」

 

 一(いち)桐(どう)は両腕を振り上げた。

 このまま例の動きを取れば彼の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)、能力は発動し、虎(こ)駕(が)の神(しん)為(い)は完全に消える。

 それはそのまま決着を意味する。

 

「壱(いつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)二機の襲撃を捌(さば)ききった手腕、実に見事なものでおじゃった。正直、叛逆者として始末するにはあまりに惜しい人材。だが、皇(こう)國(こく)に仇(あだ)なす者に情けは掛けられぬ。覚悟を決めるが良い」

 

 虎(こ)駕(が)は必死で藻(も)掻(が)こうとする。

 だが、彼には吠(ほ)えることしか出来ない。

 

「俺(おれ)は死ねない……! こんな所では死ねないのだよ! 俺(おれ)は誇りを……! 日本人に誇りを思い出させなきゃいけないのだよ!」

 

 その時、今まさに両腕を振り下ろされんとしていた一(いち)桐(どう)の動きが止まった。

 彼は目を皿の様に見開き、驚(きよう)愕(がく)の表情で虎(こ)駕(が)を見下ろしていた。

 

「今……何と申した?」

 

 一(いち)桐(どう)は体から力を抜き、能力を発動させずに腕を降ろした。

 虎(こ)駕(が)は一(いち)桐(どう)の行動を怪(け)訝(げん)に思ったが、その眼(まな)差(ざ)しに不思議な奇妙な感覚を抱き、誘われる様に語り出す。

 

「日本は……先の大戦に敗戦し、歴史への誇り、先祖への感謝、神々への畏敬、国家への愛情を失ってしまった……。先人達が何を思って国を築き、何の為に戦ったのか、その国是や大義を忘れ去ってしまった……。残ったのは徒(いたずら)に自分達を貶(おとし)める卑屈な後悔だけ……。俺(おれ)はそれを変えたい……! 日本人に失った心を、国家への自信を取り戻させ、その歩みの意義を改めて世界に問い、そして認めさせたいのだよ!」

 

 虎(こ)駕(が)の声には段々と熱が籠(こも)り、最後には声を張り上げていた。

 そこには恢(かい)復(ふく)の為の時間稼ぎ以上に、彼の魂の訴えがあった。

 基より、おそらくは叶(かな)う筈(はず)も無い、願うことさえ許されない思いである。

 しかしそれは、目の前の男に届いたらしい。

 

「そうか……。貴公は嘗(かつ)ての麿(まろ)と同じなのだな……」

 

 穏やかな声で納得した様に呟(つぶや)いた一(いち)桐(どう)、その眼から感じられるものを虎(こ)駕(が)は今何気なく察したようだった。

 これはもしかすると、共感や同情の類なのだろうか。

 否(いな)、もっと別の何かがある気がする。

 

「嘗て、ヤシマ政府の時代……。麿(まろ)もまた貴公と同じ思いを胸に生きた……」

 

 一(いち)桐(どう)は懐旧の念の籠った静かな声で語り始めた。

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