日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

121 / 399
第三十七話『孤児』 破

 立体駐車場の階を降りた繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が、三人を見付けるのはそう困難ではなかった。

 駆け寄る繭(まゆ)月(づき)に気付いた白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)は泣いて狂喜し、自身と三十センチ以上も身長差のある相手に縋(すが)り付(つ)いた。

 

「繭(まゆ)月(づき)さん、よく来てくれました! 心細かったですう!!」

 

 情けない姿に困惑を禁じ得ない繭(まゆ)月(づき)だったが、白(びやく)檀(だん)の立場からすれば無理も無いことである。

 神(しん)為(い)の乏しい彼女の前から、同じく戦闘能力を持たない雲(くも)野(の)兄妹を残して、他の者達が突然姿を消したのである。

 

「もう気が気じゃなかったですよお! エレベーターの中で襲われたら逃げ場が無くて詰むからって取(と)り敢(あ)えずフロアに出ましたけど、車が出入りする度に敵が出てくるんじゃないかって息が詰まりそうで、心臓が張り裂けそうで!」

 

 白(びやく)檀(だん)の目からは滝の様な涙が止(と)め処(ど)なく溢(あふ)れていた。

 傍らでは雲(くも)野(の)兄妹が双子特有のそっくりな顔を全く同じ仕草で傾けている。

 

「白(びやく)檀(だん)さん、もう少しで他のみんなも降りて来ると思います。そうしたらすぐに出発しましょう」

「はい一刻も早く安全圏へ!」

 

 幻覚的(サイケデリック)な赤い髪を振り乱して首を前後させる白(びやく)檀(だん)の姿は宛(さなが)らヘッドバンキングである。

 この目立つ格好で息を潜めていて、嘸(さぞ)かし不安だったことだろう。

 

 そんな二人の許(もと)へ一人分の足音が近付いていた。

 遠くで聞いていた彼女達は最初、仲間の誰かが降りてきたのだと思った。

 だがすぐに、その歩幅、体重が見知った者の誰とも違うことに気が付いた。

 振り向いた繭(まゆ)月(づき)が見たのは、小柄な少年に見える総角(あげまき)髪の、古代の朝服姿にも似た服装の男だった。

 

「おめでとう、一(ひと)先(ま)ずは生き残ったようだね」

 

 少年は手を叩(たた)いた。

 その雰囲気は見た目に反して、まるで何百年も生きた様な貫(かん)禄(ろく)を感じさせるものだ。

 

「誰!?」

 

 繭(まゆ)月(づき)と白(びやく)檀(だん)は警戒から臨戦態勢を取った。

 そんな二人に対し、少年は不気味な笑みを浮かべて答える。

 

「初めまして、お嬢さん方。僕(ぼく)は八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐だ。そして、さようなら。僕(ぼく)が自分から名乗るのは、相手にすぐ死んでもらうときだけだ」

 

 八(や)社(おと)女(め)が放つ凄(すさ)まじい邪気に、繭(まゆ)月(づき)は完全に呑(の)まれていた。

 そんな彼女を差し置いて、白(びやく)檀(だん)が一歩前へ出た。

 先程までの怯(おび)えた様子から一転、至って落ち着いた様子で八(や)社(おと)女(め)に言葉を返す。

 

「あー、貴方(あなた)が八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)ですかー。ということは、目的は私(わたし)と根(ね)尾(お)さんですね?」

 

 口調こそ普段の飄(ひよう)々(ひよう)としたものだが、白(びやく)檀(だん)の表情はふざけた印象を微(み)塵(じん)も感じさせない真顔だった。

 対して、不敵な笑みを浮かべる八(や)社(おと)女(め)も軽妙さの裏に底知れない何かを隠している。

 

「へえ、随分と察しが良いじゃないか。ということは、もう例の写真は共有されているのかな? ま、僕(ぼく)はそれ程深刻には受け取っていないけど、推(つき)城(しろ)の奴(やつ)が『皇(こう)國(こく)に居るうちに始末しろ』って五(う)月(る)蠅(さ)くてね。悪いけど、探偵ごっこは地獄でやってもらえないかな?」

 

 八(や)社(おと)女(め)はゆっくりと彼女達に迫る。

 繭(まゆ)月(づき)は神(しん)為(い)の乏しい白(びやく)檀(だん)のことを下がらせようとしていた。

 

「私(わたし)が戦います。ここは下がっていてください」

「んー繭(まゆ)月(づき)さん、申し訳無いです。私(わたし)はこの男に、どうしても訊(き)かなければならないことがあるんですよねー」

「ほう……」

 

 八(や)社(おと)女(め)の足が止まった。

 

「良いよ、差し支えない範囲なら、冥土の土産に教えてあげようじゃないか。どうぞ、言ってみておくれ」

「そうですか、では直球で」

 

 白(びやく)檀(だん)は普段からは想像も付かない厳しい表情で八(や)社(おと)女(め)を睨(にら)み付(つ)けた。

 

「お前は蓮(れん)君を殺したのか?」

 

 白(びやく)檀(だん)の同僚、仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)の件である。

 仁(に)志(し)旗(き)は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入していた間諜(スパイ)で、拉致被害者が脱走した時点で合流を指示された筈(はず)だった。

 だが、根(ね)尾(お)や白(びやく)檀(だん)が拉致被害者を迎えに神(しん)幹(かん)線(せん)で移動している最中、一枚の写真を送り付けて音信不通になってしまった。

 根(ね)尾(お)は、仁(に)志(し)旗(き)が何者か――写真を撮られた八(や)社(おと)女(め)か推(つき)城(しろ)、或(ある)いはその手の者に殺害されたと見ている。

 

「蓮(れん)君? ああ、仁(に)志(し)旗(き)のことか」

 

 八(や)社(おと)女(め)は不敵に笑いながら、悪びれもせずに答える。

 

「そう尋ねるということは、もう答えは解(わか)っているんだろう? まあ一応答えてあげよう。殺したかという問いにはイエス。直接手を下したのは八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一人・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)。そして、彼にそう指示を出したのは確かに僕(ぼく)だ。仁(に)志(し)旗(き)は事もあろうに僕(ぼく)の正体に感付いたようなのでね……」

 

 その答えを聞いた時、白(びやく)檀(だん)は両拳を固く握り締めた。

 繭(まゆ)月(づき)はその後ろ姿を見ただけで、白(びやく)檀(だん)の凄まじい怒りを感じずにはいられなかった。

 一九三センチの、女としては勿(もち)論(ろん)男と比較してもかなり大柄な体型に相(ふ)応(さわ)しい、強い威圧感を四方八方にぶち撒(ま)けていた。

 

「蓮(れん)君はですね、私(わたし)にとって孤児院時代から知っている気の置けない友達だったんですよ。勿論、この仕事を選んだ時点でお互いに覚悟はしていました。でも、その仇(かたき)を目の前にして何の感慨も湧かないって訳じゃない」

「成程ね、心中お察しするよ。しかし、だからどうしたと言うんだ? 君(きみ)には殆(ほとん)ど戦闘能力が無いんだろう? さっきみたいに、情けなくお仲間に縋り付いている方がお似合いだと思うがね」

 

 空気が張り詰める。

 怒気と邪気が当たりに渦巻き、巨大な殺気の蛇となって絡み合っている。

 だがそんな空気の中で、八(や)社(おと)女(め)は戯(おど)ける様に肩を竦(すく)めた。

 

「ははは、見知らぬ女性方にそう見詰められると照れちゃうな。しかし、君(きみ)には結構親近感が湧いたよ」

「何が?」

 

 白(びやく)檀(だん)は最(も)早(はや)怒りと苛(いら)立(だ)ちを隠せていない。

 そんな彼女に対し、八(や)社(おと)女(め)は尚(なお)もふざけた調子で言葉を返す。

 

「白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)、君(きみ)は孤(みなし)児(ご)だったんだねえ。実は僕(ぼく)もそうなんだよ。いやあ、懐かしいなあ……」

 

 瞬間、白(びやく)檀(だん)は右手を前に突き出した。

 堪忍袋の緒が切れた、と言った様に、彼女に備わった攻撃手段を遂(すい)行(こう)する。

 

「舐(な)めるな。私(わたし)の能力に攻撃能力が無いとでも思っているのか!」

「へ?」

 

 白(びやく)檀(だん)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)、それは空気を利用した幻惑能力である。

 だがそれは、幻覚を直接的に投影するものではない。

 対象物を中心に、周囲の空気を揺らすことで催眠効果のある微弱な「音」を作り出し、認識を歪(ゆが)ませることで幻覚を見せるのだ。

 使う神(しん)為(い)が大きくなればなる程、より遠くまで微弱な振動を届け、また大胆な幻惑を掛けることが可能である。

 

 そしてその応用として、極めて狭い範囲ではあるものの、振動を巨大化させることで音波攻撃が可能になるのだ。

 その伝達は、ある程度の指向性を持たせることが出来る。

 

「喰(く)らえ!」

 

 破壊力を伴った音波の猛威が八(や)社(おと)女(め)に襲い掛かった。

 混凝土(コンクリート)の床や柱、天井が罅(ひび)割(わ)れ、古い木材の様に毛羽立つ。

 だが、そこに八(や)社(おと)女(め)の姿は無かった。

 

「消えた!? 何処(どこ)へ行った!」

「此(こ)処(こ)だよ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は白(びやく)檀(だん)のすぐ後で貫(ぬき)手(て)を構えた。

 瞬間、繭(まゆ)月(づき)が白(びやく)檀(だん)を突き飛ばし、焔(ほのお)の翼を背に生やして八(や)社(おと)女(め)を牽(けん)制(せい)した。

 

「くっ、面倒な能力を……!」

 

 焔が八(や)社(おと)女(め)の腕に燃え移り、彼はこれを消そうとして激しく腕を振っていた。

 その間に、繭(まゆ)月(づき)は体勢を立て直し、能力の真価を発揮した。

 八面体の燃える結晶が三発、八(や)社(おと)女(め)を狙って放たれ、彼の肩・腹部・大(だい)腿(たい)部(ぶ)を貫通。

 更に二発が八(や)社(おと)女(め)の右肘・左膝を千切った。

 

(簡単過ぎる……。いくら神(しん)為(い)の恢(かい)復(ふく)力があるといっても、これじゃもうあの男は戦えない、それどころか死ぬ)

 

 繭(まゆ)月(づき)はそれ以上の攻撃をやめた。

 だが、八(や)社(おと)女(め)は不気味な笑みをその少年の様な顔に湛(たた)えていた。

 

「ククク、甘ちゃんだなあ……」

 

 八(や)社(おと)女(め)の体がみるみるうちに修復される。

 それは神(しん)為(い)の恢復力を明らかに超えた効果だった。

 肩・下腹・大腿部の穴も、右腕と左脚の欠損も何事も無かった様に元通りとなってしまった。

 

「そんな……莫(ば)迦(か)な……」

「ふっふっふ、悪いがこんな程度じゃ僕(ぼく)は死なないんだよ。だが、一つだけ懸案事項はある。先にそれから潰(つぶ)させてもらおうか……」

 

 八(や)社(おと)女(め)はそう言うと、突然繭(まゆ)月(づき)と白(びやく)檀(だん)に背を向けて別方向に走り出した。

 否(いな)、彼が向かう先には別の人間が居る。

 標的にされたのは雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)だった。

 

「嘘(うそ)!? しまった、そんな!」

 

 繭(まゆ)月(づき)は慌てて再度結晶を生成するも、この位置から撃っては守るべき雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と、その妹・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)に当たってしまう。

 

「二人の攻撃力は恐るるに足りん! だが、神(しん)為(い)を貸し与えて猫を虎に変貌させることが出来る餓鬼は脅威だ! 先に殺す!」

「御(お)兄(にい)様(さま)!!」

「ふ、ふにゅううううぅっっ!!」

 

 常に泰然自若としていた雲(くも)野(の)兄妹も流(さ)石(すが)に青(あお)褪(ざ)めて悲鳴を上げる。

 この場に居る誰も八(や)社(おと)女(め)を止めることが出来ない、当(まさ)に絶体絶命である。

 

 だが八(や)社(おと)女(め)の貫手が幽(ゆ)鷹(たか)に振るわれんとしたその瞬間、黒い影が猛スピードで両者の間に割って入った。

 そしてその女は、八(や)社(おと)女(め)の顔面に痛烈無比な拳を叩(たた)き込(こ)んだ。

 

「ぐボォァッッ!!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は激しく転倒し、混凝土(コンクリート)の床を跳ねながら転がり飛んで行った。

 超絶的な破壊の暴を放ったのは、遅れてこの場に到着した彼女だった。

 

「み、魅(み)琴(こと)さん!!」

 

 助けられた幽(ゆ)鷹(たか)が歓喜の声を上げた。

 最強の戦乙女(ワルキューレ)・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が颯(さつ)爽(そう)と窮地に駆け付け、立ち上がることもままならない八(や)社(おと)女(め)を遠く見下ろしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。