日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十八話『自信』 序

 十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が用意した自動車で、岬(さき)守(もり)航(わたる)達は龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸(てい)へ向かう。

 万全の状態ならば歩いて辿(たど)り着(つ)ける距離だが、六摂家当主との戦いで皆疲弊しきっていた為(ため)、十(とお)桐(どう)のこの申し出は有難かった。

 今回、航(わたる)達は男女で別れて二台の車に乗った。

 

 その道中で、航(わたる)達は根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)から武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)とその隠された繋(つな)がり、それを探っていて殺された仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)の話を聞かされた。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を始めとした女性陣は白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)から聞かされていることだろう。

 

「そういえばよ、岬(さき)守(もり)」

 

 虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が話題を切り替える。

 

「俺(おれ)達、統(とう)京(きよう)に入る為に色々と苦労したんだが、お前らはどうやって此(こ)処(こ)まで来たんだ?」

「ああ、別に大した事じゃないよ」

 

 航(わたる)はそう答えたが、少し考えて思い直した。

 

「いや、やっぱり大した事はあるかな……。魅(み)琴(こと)の奴(やつ)、無(む)茶(ちや)苦(く)茶(ちや)したからなあ……」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸までは目と鼻の先、しかしその僅(わず)かな時間で、航(わたる)は語り出した。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 暫(しば)し時を遡(さかのぼ)る。

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)は大きな橋の上で川を眺めていた。

 両岸には田園が広がる長(のど)閑(か)な光景にもう一つ、高架となっている橋が少し離れたところに見える。

 

 二人は身を寄せ合い、恋人同士を装っている。

 航(わたる)は肩に寄り掛かる魅(み)琴(こと)の細やかな長い髪と嫋(たお)やかな体の感触に落ち着かなかった。

 

「そ、そういえばさ……」

 

 航(わたる)は乱れる心を紛らわすために取留めの無い話を始める。

 

「川を見ていて思い出したんだけど、脱出した一日目と二日目はさ、川で魚を釣ってみんなに振る舞ったんだよね」

「あら、そうなの? 貴方(あなた)、そんなに釣り上(う)手(ま)かったっけ?」

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)は昔海釣りへ行ったことがある。

 拉致被害者達が脱出の道中で食事にありつけたのは、そんな航(わたる)の経験が生きたのだ。

 調理も魅(み)琴(こと)の家事手伝いで鍛えられたものだし、魅(み)琴(こと)は知らぬ間に航(わたる)と仲間達を大いに助けていたのだ。

 

「今回で結構コツを掴(つか)んじゃったからな。帰国したら久し振りにやらないか? あの時のリベンジをしてやるよ」

「ふーん……」

 

 魅(み)琴(こと)は半目になって、少し意地悪く微(ほほ)笑(え)んだ。

 

「昨日云(い)っていた『吠(ほ)え面(づら)を掻(か)かせる』目(もく)論(ろ)見(み)がそれなら、見込み違いとしか言い様が無いわね」

「そうかな?」

「ええ。あの時私(わたし)、この分野でも航(わたる)には一生負けないって確信しちゃったもの」

「この分野でも、ってところも気になるけど、勘違いかもよ?」

「だと良いわね」

 

 魅(み)琴(こと)の手が航(わたる)の背中を回り、肩に触れた。

 航(わたる)は驚いて一瞬体をビク付かせてしまった。

 

「何? 恋人同士の振りをするって言ったでしょう?」

「いや、そうなんだけどさ……」

 

 本来は航(わたる)の方が魅(み)琴(こと)の肩を抱くのが自然なのだろうが、航(わたる)にそんな度胸は無かった。

 

「それにしても、釣り道具なんかよく用意出来たわね」

「ああ、僕(ぼく)の能力なんだよ」

 

 魅(み)琴(こと)はこの時、航(わたる)の能力をほんの一部しか見ていない。

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の光線砲ユニットと、日本刀を形成することが出来る、ということしか分からないのだ。

 

「どうやら自分が扱ったことのある『武器』を形成することが出来るらしくってね」

「武器? 釣り道具が?」

「そうそう。どうやら、武器として使える、というのが定義らしい。その基準の線引きは能(よ)く解(わか)らないけどね。他にも、公(こう)転(てん)館(かん)っていう宿に置いてあった吸引式のモップなんかも形成出来るよ」

「ふーん……。能く解らない、ねえ……。自分の能力が……」

 

 魅(み)琴(こと)は溜息を吐いた。

 

「貴方(あなた)、神(しん)為(い)を身に付けて何日目だっけ?」

「ん? 多分一箇月ちょいだと思うけど」

「そう……。術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)が使えるようになったのは?」

「確か、五日前だね」

「そ。で、未(いま)だに自分の能力の全貌を把握していない、という訳なのね」

 

 魅(み)琴(こと)は航(わたる)を小(こ)莫(ば)迦(か)にする様に小さく笑った。

 

「貴方(あなた)、吃驚(びつくり)するくらい神(しん)為(い)の才能無いのね」

「ええ?」

 

 久々の酷評だった。

 水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)に散々言われたことを魅(み)琴(こと)にまで言われてしまった。

 

「神(しん)為(い)とは、己の中にある神を探求し、その力を引き出すこと。術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に完全覚醒すれば自分の能力は全貌を余すことなく把握出来る筈(はず)。それが、貴方(あなた)は未だに不明な領域を残している。つまり、貴方(あなた)は未だに術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に完全覚醒していない。才能が無いと言わざるを得ないわ」

 

 魅(み)琴(こと)は再び溜息を吐いた。

 

「ここ数日は感心しちゃっていたけれど、少し落胆したわ。でも、逆に安心もした。貴方(あなた)って、とことん戦いに向いていない人なのね」

 

 そう言うと、魅(み)琴(こと)はまた微笑んだ。

 彼女が航(わたる)に向ける微笑みは、小さいながらも様々な色と感情を移ろう。

 意地の悪さを見せられるのも、小莫迦にされるのも、航(わたる)にとって居心地の悪いものではない。

 今の微笑みはそのどちらでもなく、悪意は一切感じられない。

 

 魅(み)琴(こと)は美しかった。

 誰よりも何処(どこ)までも、高く遠く美しい存在。

 嫉妬すら覚える程に、眩(まぶ)しい存在として恋い焦がれ続けた十数年。

 

 航(わたる)は屹(きつ)度(と)これからも、いつまでもいつまでも魅(み)琴(こと)に対する劣等感と憧憬を抱き諦め続け、その感情を墓まで持って行って永久の眠りに就くのだろう。

 奇妙なことだが、航(わたる)はそれを堪(たま)らなく幸せに思えた。

 

 風に吹かれ靡(なび)く魅(み)琴(こと)の黒髪が、太陽の光を浴びて輝いている。

 その艶(あで)やかささえも、生まれ付き髪色の明るい自分との差異となって突き刺さる様に思えた。

 

(綺(き)麗(れい)だ……。ずっとこうして、傍(そば)に居たい……)

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)の微笑み、その横顔を見詰め、心の底からそう思った。

 しかし、彼女の微笑みは他意の無い純粋な笑顔という訳でも無さそうだ。

 何処となく哀(かな)しげで、儚(はかな)げで、愁(うれ)いを含んだ黄昏(たそがれ)の感情が垣(かい)間(ま)見(み)える。

 

「扨(さ)て、そろそろ時間だわ」

「え?」

 

 魅(み)琴(こと)は唐突に電話端末の画面を見て呟(つぶや)いた。

 そして突然、肩に回していた手に力を込め、更に腰を持って航(わたる)の体を抱え上げる。

 

「え? え?」

「歯を食い縛って。舌を噛(か)まないように」

 

 少し経つと、先程まで眺めていたもう一つの橋を向こう岸から電車が走ってきた。

 それは我が国の新幹線と似ていたが、車体は赤い色をしていた。

 

 魅(み)琴(こと)は跳んだ。

 赤い車(しや)輌(りよう)が通り過ぎるタイミングを見計らって、車体の上に跳び乗った。

 

「えええええええ!?」

 

 突然の行動、奇行に航(わたる)は驚(きよう)愕(がく)を禁じ得なかった。

 彼女は走る電車、それも新幹線に匹敵する速さの車体上に跳び乗って、特に衝撃も無く着地したのだ。

 つまりこれは、魅(み)琴(こと)の跳躍速度が新幹線の走行速度を上回っていたことを意味する。

 

「貨物高速鉄道列車よ。皇(こう)國(こく)に於(お)いて貨物の運送にのみ使われる、新幹線の貨物列車版の様なもの。昨日、運行時刻を一通り調べたの。少しトラブルがあって遅れたみたいだけれど、上手く便乗出来たわ。これで一気に統(とう)京(きよう)入りするわよ!」

 

 魅(み)琴(こと)が白(びやく)檀(だん)に伝えていた、統(とう)京(きよう)入りの見込みとはこれのことだ。

 皇(こう)國(こく)にも独自のネット環境があり、電話端末で情報検索出来たのが幸いした。

 

 貨物列車を選んだので、万が一襲撃に遭った場合も人的被害を最小限に抑えられる。

 また、赤い車体という目立つ色使いは車体上に乗る航(わたる)と魅(み)琴(こと)の姿を目立たなくさせる。

 更に運送業なので、統(とう)京(きよう)入りの手続も免除されている。

 もう一つ加えると、人の乗降が無い分、通常の高速列車よりも所要時間は短くて済む。

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)は、こうして栃(とち)樹(ぎ)州から統(とう)京(きよう)へ煙管(きせる)乗車で一気に移動したのだった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 航(わたる)達は龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へと辿り着いた。

 此処まで来てしまえば、流石(さすが)の公爵・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)も容易に手出しは出来ない。

 後は龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)が約束通りに航(わたる)達の帰国の手(て)筈(はず)を整えてくれれば全ては解決する。

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸は千(ち)世(よ)田(だ)区にある糀(こうじ)街(まち)御(ご)用(よう)地(ち)と呼ばれる皇族私有地の一角にあり、同じ区画には弟の住まう蛟(みずち)乃(の)神(かみ)邸が併設されている。

 その外観は洋風の豪邸といったところで、男装の麗人たる龍(たつ)乃(の)神(かみ)の容姿と相(あい)俟(ま)って一つの華麗な世界観を醸し出す。

 

 屋内の待合室へ通された航(わたる)達を、会食服(タキシード)を身に纏(まと)った一人の美青年が待ち受けていた。

 背が高く、長い金髪を波打たせたその風貌は、宛(さなが)ら中世欧州に於ける白馬の王子様といった様相だった。

 

「初めまして、皆様方。私(わたくし)は龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)殿下の侍従を務めさせていただいております、灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)と申しま此(こ)度(たび)は我が麗(うるわ)しの姫君(プリンセス)より、皆様を丁重にお持て成しし、身の回りのお世話をするようにと仰せつかっております。御要望の際は何なりとお申し付けを」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)を名乗る男は大(おお)袈(げ)裟(さ)な程深々と頭を下げた。

 その声(こわ)色(いろ)・仕草からは一々気取った自(うぬ)惚(ぼ)れを感じさせる。

 そんな彼に、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)が恐る恐る申し出た。

 

「あの、一(ひと)先(ま)ずお風呂を貰(もら)えませんか? 昨日は入れなかったし、一昨日もシャワーだけだったんです」

「承知いたしました、御婦人(マドモアゼル)。既に御用意は出来ております。御案内いたしましょう」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)はまたしても一々気取った御(お)辞(じ)儀(ぎ)をして双(ふた)葉(ば)に大仰な敬意を示した。

 そんな彼に、航(わたる)もまた灰(かい)祇(ぎ)院(いん)に男性陣の風呂を要求する。

 

「あ、お風呂なら僕(ぼく)達も貰いたいです」

「あ、そうですか」

 

 打って変わって、灰(かい)祇(ぎ)院(いん)の態度は露骨に素(す)気(げ)無(な)いものになった。

 どうやら誰にでも懇切丁寧に、王子様然として対応する訳ではないらしい。

 

「男性方には使用人の浴室をお貸ししましょう。後で案内させますので暫しこのままお待ちください。では御婦人方(メドモアゼル)、此(こ)方(ちら)へどうぞ」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)に案内され、女性陣は待合室から邸宅の中へと連れて行かれた。

 

「なんだあいつ?」

「灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)、侯爵令息とのことだ」

 

 根(ね)尾(お)によると、皇族の使用人は殆どが相当に身分の高い家の子息であるらしい。

 航(わたる)は気取っている上に男女で露骨に態度を変える灰(かい)祇(ぎ)院(いん)をいけ好かないと思った。

 しかしそれはそれとして、灰(かい)祇(ぎ)院(いん)が龍(たつ)乃(の)神(かみ)に接しているところを想像すると、完全に何処ぞの歌劇団の世界になって少し面白いとも思った。

 

「ま、取(と)り敢(あ)えず風呂には入れるんだから別に良いだろ。このまま待たせてもらうとしようぜ」

 

 新(しん)兒(じ)の態度は楽天的だった。

 航(わたる)はそんな彼の、精神的なタフさに感心していた。

 つい数日前、辛過ぎる現実に直面したにも拘(かか)わらず、すっかりと立ち直っている様に見える。

 直接別れの言葉を交わせたのが大きいのだろうか。

 

 しかしそれにしても、新(しん)兒(じ)はこれからどうするつもりなのだろうか。

 帰国後の生活について、何か考えているのだろうか。

 何も考えていないのだろうか。

 

 ふと航(わたる)は、新(しん)兒(じ)に一つの提案を持ち掛けたくなった。

 それは一箇月の同居生活で聞いた、新(しん)兒(じ)の趣味に由来している。

 航(わたる)は新(しん)兒(じ)の胸中を確かめたかったのだ。

 

「なあ、虻(あぶ)球(く)磨(ま)。帰国したら一度、僕(ぼく)とツーリングに行かないか?」

「ん? ああ、そういえば岬(さき)守(もり)もバイク持ってるんだっけ? 良いな、それ。ちょっくら走りに行くか。予定は帰りの飛行機の中ででも決めようぜ」

 

 新(しん)兒(じ)の答えに航(わたる)は胸を撫(な)で下(お)ろした。

 未来の話、帰国後の話をしても、即座に前向きな答えと段取りの見込みを返してくる。

 つまり、新(しん)兒(じ)は既に前を見て日本国で生きていく決心、気持ちの整理が付いている。

 

 航(わたる)は考える。

 自分もまた、帰国したら前へと進まなければならない。

 橋の上で感じた様に、ずっと魅(み)琴(こと)の傍に居る為には、好(い)い加(か)減(げん)に二人の関係を前へと進めなければならない。

 

 そんなことを思っていると、航(わたる)達の前に使用人が歩み寄ってきた。

 どうやら、入浴の先に寝泊まりする部屋へと案内されるらしい。

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