日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十九話『華族』 序

 男爵家を侮ってはいけない。

 何(な)故(ぜ)ならば男爵とは五爵の最下位ではあるが、その分家格に依(よ)らず己の腕一つで「成り上がる」可能性が最も高い爵位だからだ。

 嘗(かつ)ての日本国でいうと、例えば岩(いわ)崎(さき)家・住(すみ)友(とも)家・三(みつ)井(い)家など、錚(そう)々(そう)たる財閥家が男爵家に名を連ねており、国家への影響力でいうならば公爵家をも凌(しの)ぐことさえある。

 

 皇(こう)國(こく)に於(お)いて、華族とは大いなる暴力を与えられた名家でもある。

 その「神(しん)為(い)」という名の力は、己の存在への自負心と正の相関関係があると言われている。

 男爵家には五爵最下位の引け目を感じている者達ばかりではなく、寧(むし)ろ自分達こそが真に優秀な国家への功労者であり、家柄の助力あって授爵された上位爵位に恥じ入る理由などないという自負心を持つ者も多い。

 

 水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)もそんな気骨ある男爵の一人である。

 七月七日の夕刻、彼は単身で甲(きのえ)公爵邸へと攻め込んだ。

 愛(まな)娘(むすめ)である水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)が無体な扱いを受けていると聞き及び、怒れる魂を猛(たけ)らせたのだ。

 水(み)徒(と)端(はた)男爵は正門から本館へ向け、広大な庭園に設けられた道を足早に歩いて行く。

 

「狼(ろう)藉(ぜき)者(もの)め!」

「これ以上先へは行かせるな!」

 

 黒いスーツを纏(まと)った甲(きのえ)家の私兵が水(み)徒(と)端(はた)男爵を取り囲む。

 彼らは皆、元は軍人であり、尚(なお)且(か)つ甲(きのえ)に東(とう)瀛(えい)丸(がん)を与えられ神(しん)為(い)を得た者達である。

 術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に覚醒している者は極僅(わず)かだが、それでも波の相手ならば多勢に無勢である。

 

 しかし、水(み)徒(と)端(はた)男爵は動じない。

 両手をそれぞれ、二つの円を描く様に動かした。

 すると彼の掌(てのひら)から焔(ほのお)が縄状に形成され、私兵二人が絡め取られる。

 

 男爵は管弦楽(オーケストラ)の指揮者が如く腕を振るった。

 焔の縄に捉えられた私兵が振り回され、男爵を取り囲む集団を次々に薙(な)ぎ倒(たお)していく。

 一通り敵を倒すと、男爵は両手を勢い良く開いた。

 振り回されて武器として利用された二人の私兵はそのまま焔に包まれて燃え尽きた。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)、待っていろ……」

 

 水(み)徒(と)端(はた)男爵は娘の身を案じ、甲(きのえ)公爵邸本館へと歩を進める。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 一方で、甲(きのえ)邸本館は書斎、主である甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の苛(いら)立(だ)ちは頂点に達していた。

 

「乃(だい)公(こう)が六摂家当主を明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の下郎共に差し向け、既に丸一日以上が経(た)っている。何故誰一人として、連絡一つ寄(よ)越(こ)さんのだ……!」

 

 六摂家当主といえば、皇(こう)國(こく)貴族でも最高の戦力である。

 その者達を四人も要したのだから、拉致被害者など一日かそこらで片付くと目(もく)論(ろ)むのは当然だった。

 甲(きのえ)は激しく机を叩(たた)いた。

 

「推(つき)城(しろ)ォ!」

「此(こ)処(こ)に」

 

 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の秘書・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)が、何処(どこ)からともなく大柄な体を傅(かしず)かせて顕(あらわ)れた。

 

「状況を説明しろ! 何がどうなっておる!」

「件(くだん)の四公爵ですが、昨日から誰とも連絡が付きませぬ」

 

 四人の六摂家当主の内、唯(ただ)一人説得に応じた十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)を除く三人は皆打倒されたのだから、当然連絡が繋(つな)がる筈(はず)も無い。

 一(いち)桐(どう)陶(すえ)麿(まろ)と公(く)殿(でん)句(ふし)子(こ)は死亡し、丹(に)桐(どう)士糸(あきつら)は石化してしまっている。

 そして唯一残っている十(とお)桐(どう)は、推(つき)城(しろ)が武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)と繋がっている認識なので、連絡を無視し続けている。

 

「まさか揃(そろ)いも揃って敗れたのか? 六摂家当主ともあろう者が……」

「私(わたし)自身、独自に調査中で御座います。何(なに)卒(とぞ)、今暫(しばら)くお待ちを」

「待てるかこの虚(うつ)けめが!」

 

 甲(きのえ)の激しい剣(けん)幕(まく)が書斎全体を震わせた。

 

「何としても、衆議院を主戦派で染めるのだ! 乃(だい)公(こう)が再び総理大臣に返り咲き、皇(こう)國(こく)の宰相を超えた終身の大君となる! その為(ため)には貴族閥だけでなく学閥も軍閥も手中に収め、大盤石の体制を築かねばならぬ!」

 

 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)は権力の亡者である。

 彼のそれを欲するところは、最(も)早(はや)狂気といっても差し支えなかった。

 

「乃(だい)公(こう)こそは摂関家筆頭! 終生、皇(こう)國(こく)の政(まつりごと)を恣(ほしいまま)にすべき者ぞ! 世界一の大国たる皇(こう)國(こく)を実質的に支配する、世界の王となるのだ!」

 

 甲(きのえ)にとって、全ては順調な筈だった。

 内閣総理大臣にまで上り詰め、皇(こう)國(こく)の支配者になれた筈だった。

 しかし、過去の転移先で日本の吸収をする際に強硬策が過ぎ、三種の神(じん)器(ぎ)を手に入れ損ねるという大失態を犯し、失脚。

 軍閥の女である能(のう)條(じょう)緋(ひ)月(づき)にその座を奪われたことは、彼にとってあってはならぬ屈辱だった。

 

「水(み)徒(と)端(はた)ァ!」

 

 甲(きのえ)の怒声に、脇で控えていた早(さ)辺(え)子(こ)はビクリと体を竦(すく)ませた。

 ここ数日何度も折(せつ)檻(かん)を受け、既に主に対する恐怖が体に刷り込まれている。

 

「貴様も情報を集めんか、戯(たわ)けが!」

 

 怒りに任せた甲(きのえ)の蹴りが早(さ)辺(え)子(こ)の腹を激しく打った。

 痛みに蹲(うずくま)り、悶(もん)絶(ぜつ)する早(さ)辺(え)子(こ)を、甲(きのえ)は何度も踏み付けにして更に痛め付ける。

 

「ああっ!! 御主人様! 御(お)許(ゆる)しください! どうか御許しください!!」

「黙れ! 貴様の如き下(げ)賤(せん)の者が乃(だい)公(こう)に指図をするな!」

 

 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の性格は六摂家当主で最も苛烈である。

 敬うのは皇族のみ。

 甲(きのえ)家と、同じ皇別摂家の一(いち)桐(どう)家以外は対等だと思っておらず、六摂家当主ですら心の内では見下している。

 それ以下の旧華族は蔑(さげす)みすらし、新華族以下は人間とも思っていない。

 

 そして、そんな愚劣な人間性に見合わぬ強大な力をも与えられてしまっているのだ。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)!!」

 

 その時、書斎に一人の男が駆け込んで来た。

 髭(ひげ)を蓄えたダンディなナイスミドルといった容姿だが、焦燥に駆られて余裕の無い様子である。

 

「御父……様……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の父、男爵・水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)は推(つき)城(しろ)を押(お)し退(の)けて甲(きのえ)に迫る。

 甲(きのえ)は早(さ)辺(え)子(こ)に蹴りを見舞うと、侵入者たる賽(さい)蔵(ぞう)に相対した。

 両者は互いに、怒りに満ちた眼(め)で睨(にら)み合(あ)っている。

 

「私(わたし)の娘に何という仕打ちを……!」

「乃(だい)公(こう)が乃(だい)公(こう)の使用人を如(い)何(か)に扱おうと、乃(だい)公(こう)の勝手である」

 

 男爵・水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)は大きな愛の持ち主である。

 事業家の彼は従業員に博愛の精神を持って接し、その信頼を成功の礎とした。

 また家族を疎(おろ)かにすることも無く、妻と二人の娘にも惜しみなく時間を割いた。

 妻を早くに喪(うしな)ってからは、自らの手で二人を育て上げた。

 

「水(み)徒(と)端(はた)、寧ろ乃(だい)公(こう)には感謝すべきであるぞ。水(み)徒(と)端(はた)男爵家は叛(はん)逆(ぎやく)者を出しておる。愚かな娘の咎(とが)で、本来ならば取(と)り潰(つぶ)しになってもおかしくないところを、乃(だい)公(こう)がもう一人の娘を拾ってやったのだからな」

「くっ……!」

 

 そんな賽(さい)蔵(ぞう)にとって、甲(きのえ)の言葉は火に油を注ぐものだった。

 愛する娘の咎を責められ、忠君の男爵家としての自負心を揺るがされる。

 賽(さい)蔵(ぞう)は非常に険しい、苦(く)悶(もん)の表情を浮かべた。

 

「ならば……要りませぬ……!」

「何?」

 

 賽(さい)蔵(ぞう)はその場で膝を屈し、手を突いた。

 

「水(み)徒(と)端(はた)家の男爵位が娘を傷付けるものであれば、私(わたし)はそのようなもの最早要りませぬ。この水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)の首を差し出します代わりに、どうか早(さ)辺(え)子(こ)を自由にしてくださいませ」

「御(お)父(とう)様(さま)……」

 

 額を床に擦り付ける父の姿を見て、早(さ)辺(え)子(こ)の目に涙が浮かんだ。

 水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)は水(み)徒(と)端(はた)家の男爵位に誇りを持っている。

 しかし、それが誠の心に裏付けられてこそ価値があるということも重々承知しているのだ。

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は知っていた。

 父は人間を地位ではなく内面で見る男だ。

 新旧問わず華族というものは挙(こぞ)って華族間で婚姻関係を結ぼうとするが、父はそうではなかった。

 頓挫になったものの、再婚相手に子持ちの平民を見初めたこともあった。

 

 そんな父が、最高の地位と最低の人間性を持った甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)という男に土下座までしている。

 父にとって、娘を犠牲にしてまで縋(すが)り付(つ)く爵位になど、最早意味は無いのだ。

 

 しかし、そんな賽(さい)蔵(ぞう)の懇願を、甲(きのえ)は一笑に付した。

 

「何が貴様の首だ、水(み)徒(と)端(はた)家の男爵位だ。そのようなものに何の価値がある。貴様の如き下郎、偽りの華族が頭を下げて、真の華族たる乃(だい)公(こう)に何か一つでも物を頼めると思ったか」

 

 甲(きのえ)の回答は拒否だった。

 ならば、とでも言いたげに、賽(さい)蔵(ぞう)は頭を上げて眦(まなじり)を決した。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)、逃げなさい。皇族方の許(もと)へ駆け込むのだ。龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下か蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下ならば屹(きつ)度(と)お前を無下にはなさらぬだろう」

「御父様、何を……?」

 

 賽(さい)蔵(ぞう)はゆっくりと立ち上がった。

 その眼は決意と覚悟に満ちている。

 

「行きなさい。どうあっても愛娘を解放せぬと、今後も好き勝手に嬲(なぶ)り物にし続けると宣言され、はいそうですかと引き下がれる訳が無い。斯(か)くなる上は是非にも及ばず……!」

「いけません、御父様!」

「ほう……」

 

 甲(きのえ)は賽(さい)蔵(ぞう)を嘲(あざけ)り笑う。

 そんな相手を意に介さず、賽(さい)蔵(ぞう)は両手をそれぞれ円を描く様に動かす。

 術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の能力を発動し、甲(きのえ)と戦うつもりだ。

 

 しかしその瞬間、甲(きのえ)を除いた辺りの全てが色を反転させた。

 甲(きのえ)以外の全てが一切の動きを止めている。

 

『能力の発動を予知しました。時間を停止し、解析を行います』

 

 そう、甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)が逆に術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の能力を発動したのだ。

 いや、正確には賽(さい)蔵(ぞう)が能力を発動しようとした為、それを読み取って自動的に発動されたというべきか。

 今この世界は、甲(きのえ)以外の全ての時間が停止している、甲(きのえ)のみの自由時間である。

 そんな中、甲(きのえ)の能力は三つの効果を発揮する。

 

「ふむ、なるほどな。此(こ)奴(やつ)の能力は、焔の縄を形成するのか。縄として敵を絡め取れば、持ち前の腕力で振り回して武器にすることが出来る。また当然、焔自体で敵を焼くことも可能。因(ちな)みに焔の温度は……摂氏五一〇〇度か。日輪表層の黒点温度を上回っているとは、下賤な者にしては中々ではないか」

 

 そう、甲(きのえ)は時間停止中、発動しようとした相手の能力を詳細まで知り尽くしてしまうのだ。

 この時、甲(きのえ)は相手の潜在意識に刻み付けられた能力についての記述から読み取る為、一切の誤(ご)魔(ま)化(か)しが利かない。

 そして、甲(きのえ)の能力の恐ろしさはここからである。

 

「ではその生意気な能力を貴様に相(ふ)応(さわ)しい形へ正してやろう」

 

 甲(きのえ)は制止した時の中で、目蓋一つ動かない賽(さい)蔵(ぞう)に手を翳(かざ)した。

 

「今日この時より、貴様の焔は縄になどならぬ。手で発生した焔はただ貴様自身の体を焼き尽くすのみよ。更に、一度人体に燃えた焔は他の一切に燃え移りはしない。乃(だい)公(こう)の屋敷を焼かれては敵(かな)わんからな」

 

 これこそ、甲(きのえ)の最も恐ろしい能力効果である。

 彼は解析した相手の能力を自分に都合良く書き換えてしまえるのだ。

 唯賽(さい)蔵(ぞう)が自滅する形に改変された能力だが、賽(さい)蔵(ぞう)はもう発動を止められない。

 そして仕上げに、甲(きのえ)は最後の効果を発揮する。

 

「乃(だい)公(こう)自身には、摂氏三十度を超える外気温を受け付けない能力を付与しよう。水(み)徒(と)端(はた)を焼き尽くす焔の熱で乃(だい)公(こう)が不快な思いをしたくはないからな」

 

 おまけに甲(きのえ)は、自らの能力さえも都合の良い様に付加価値を足せるのだ。

 相手の能力発動に先回りし、自らを脅かそうとした能力を己にとって無害、寧ろ相手自身に対して有害なものに改変し、更に駄目押しで自分自身も好き勝手に能力を付け足せる。

 凡(およ)そ能力を用いる戦いに於いて、限りなく禁じ手に近い恐るべき能力である。

 

「では、時を再び動かし給(たま)え!」

『処置完了。時を再始動します』

 

 周囲の色彩反転が正常化すると同時に、水(み)徒(と)端(はた)賽(さい)蔵(ぞう)は自らの出した焔に包まれた。

 

「ぐ、ぐあああああっっ!?」

「愚か者め! 貴様の如き下賤の者が、乃(だい)公(こう)に対して一矢でも報いられると思ったか!」

「い、嫌ああああ! 御父様ァ!!」

 

 手を延ばす早(さ)辺(え)子(こ)の悲痛な絶叫の中、体を焼かれる賽(さい)蔵(ぞう)は膝を突いた。

 だが、その眼は尚(なお)も甲(きのえ)に対する反抗の意思を宿している。

 

「まるで解(わか)らなかった……! 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)、貴様の能力が全く理解出来なかった! ただ、やられたということだけが解る! 何という能力だ。しかしっ……!」

 

 既に賽(さい)蔵(ぞう)の姿は下の面影を失い、黒焦げになっている。

 彼がまだ生きて喋(しやべ)れるのは、単にその執念が生んだ奇跡かも知れない。

 

「しかし甲(きのえ)よ、これだけは覚えておけ! 絶対に破れない能力など、この世には無い! 他者に破られぬよう理不尽に構築した能力程、思わぬ落とし穴があるものだ! そしてっ! 理不尽な術理を組めば組む程、破られた時の敗北はより一方的で悲惨なものとなる! 貴様の命運は、その時尽きる!」

 

 甲(きのえ)は眉一つ動かさず、燃え尽きて崩れ落ちていく才蔵の姿を見下ろしていた。

 消し炭に変わった賽(さい)蔵(ぞう)の体を、無(む)造(ぞう)作(さ)に蹴り砕く。

 

「ふん、下らん負け惜しみだ。水(み)徒(と)端(はた)、これでもう貴様に帰る場所は無くなったという訳だ。今後も誠心誠意、乃(だい)公(こう)に仕えるが良い」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は顔を伏せ、答えない。

 甲(きのえ)はそんな彼女の髪を掴(つか)み、無(む)理(り)矢(や)理(り)体を起こす。

 

「そうだ、良い事を思い付いたぞ! 確か貴様は明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の者共と顔見知りだったな! これより貴様が龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へ赴(おもむ)き、奴(やつ)らの首を取って参れ! 無論、逃げ込まぬ様に推(つき)城(しろ)を監視に付ける! それが良い! 六摂家当主に頼らずとも、最初からこうしておけば良かったのだ!」

 

 甲(きのえ)は早(さ)辺(え)子(こ)の涙など意に介さない。

 どのように扱おうが、早(さ)辺(え)子(こ)が甲(きのえ)に従うのは当然だと思っている。

 そんな最悪の主に、早(さ)辺(え)子(こ)は震える声を絞り出した。

 

「貴方(あなた)などが……私(わたくし)の仕えるべき者であるものか……」

「何ィ?」

 

 甲(きのえ)は早(さ)辺(え)子(こ)の頭を机に激しく打ち付けた。

 

「うぐぅっ!!」

「どうやらまだまだ躾(しつけ)が足りん様だなァ! 来い! たっぷりと仕置きをくれてやる!」

 

 甲(きのえ)は早(さ)辺(え)子(こ)を引(ひ)き摺(ず)り、書斎を出て行った。

 推(つき)城(しろ)はただ黙ってこれを見送り、何か企(たくら)みを含む不穏な笑みを浮かべていた。

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