日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第三十九話『華族』 急

 推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)が航(わたる)に示した新たな神(しん)為(い)の力「武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)」。

 その手に握られた長(なが)槍(やり)は、神(こう)々(ごう)しさすら感じられる荘(そう)厳(ごん)なものだ。

 

(見ていて解(わか)る。あれは僕(ぼく)が形成する武器とは根本的に違う種類のものだ……!)

 

 航(わたる)は直感した。

 今推(つき)城(しろ)が手に持っている槍(やり)は、術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)で形成したものではない。

 何(ど)処(こ)か別の場所に存在した武器を「召喚」したものだ。

 しかしながら同時に、単なる物質の槍ではない。

 

「気になるか、私(わたし)の『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』が……」

 

 槍を構えながら、推(つき)城(しろ)は不敵な笑みを浮かべた。

 

「冥土の土産に教えてやろう。これは私(わたし)の心の内にある、私(わたし)の半身たる神(じん)器(ぎ)なのだ」

「神器?」

「遙(はる)かなる神代の昔、天孫・瓊(に)瓊(に)杵(ぎの)尊(みこと)の降臨、その折に天(あま)照(てらす)皇(すめ)大(おお)神(かみ)は天(あまの)岩(いわ)戸(と)の件で献上されし神(しん)鏡(きょう「)・八(や)咫(たの)鏡(かがみ)を天孫に授け、『これを我と心得て祀(まつ)り上げよ』と託(ことづ)けたと云(い)う。尊き神は己の得た象徴的器具に己が威光を与え、半身たる神も同然の神器とすることが出来るのだ。つまりっ!」

 

 推(つき)城(しろ)は突然、航(わたる)に向けて刺突を繰り出してきた。

 会話を聞いていた航(わたる)は一瞬、反応が遅れて鋒(きつさき)が脇を掠(かす)めてしまう。

 その後も、推(つき)城(しろ)は雨(あめ)霰(あられ)の様に鋭い付きを放ってくる。

 

「ふはははは! ただ説明してやるとでも思ったか! 聴き入っていた貴様は面白い程隙だらけだったぞ!」

「くっ!」

 

 航(わたる)は推(つき)城(しろ)の猛攻を捌(さば)くので手一杯だった。

 思えば、推(つき)城(しろ)が物珍しい「武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)」を披露した時点から、この戦いは始まっていた。

 そこに引っ掛かりを覚え、まんまと詳細を説明させてしまったことで航(わたる)は完全にペースを握られ、先制攻撃とその後の攻勢を許してしまった。

 

(こいつ、戦い慣れてる!)

 

 航(わたる)は虎の子の光線砲ユニットを防御に回さざるを得なくなっていた。

 このままでは砲口が推(つき)城(しろ)へ向かず、狙撃することなど出来はしない。

 かと言って、この手(て)練(だ)れを相手に他の武器を形成したところで、生兵法が通用するとは思えない。

 

(出来れば温存したかった……。だが、この状況を打開するにはこれしかない!)

 

 航(わたる)は左腕にも光線砲のユニットを形成した。

 屋(や)渡(わたり)との戦いで相手の虚を突いて決め手となった兵装だが、右腕が防御で手一杯になった以上、出し惜しみは出来ない。

 航(わたる)は槍の猛攻を防ぎながら、推(つき)城(しろ)に向けて左手の光線砲を放つ。

 

「喰(く)らえ!!」

 

 狙いは槍を持つ右腕だった。

 しかし、推(つき)城(しろ)は咄(とつ)嗟(さ)に放った光線砲を紙一重のところで躱(かわ)した。

 何度も繰り返すが、光線砲の回避は見てからでは絶対に間に合わず、撃つタイミングと軌道を予測しなければならない。

 咄嗟の射撃に対してそれをやってのけた推(つき)城(しろ)は、非常に高度なレベルで航(わたる)の攻撃を読み切ったのだ。

 

「こいつ、途(と)轍(てつ)もなく強い!」

 

 航(わたる)は再度右で推(つき)城(しろ)を狙うが、これも回避されてしまった。

 ただ、この攻撃は間合いを開けて仕切り直しを図る為(ため)のものだったので、回避の隙に航(わたる)の方も距離を取って体勢を立て直せただけでも御の字だ。

 

「ほう、やるな。あの状態から良く凌(しの)いだものだ」

 

 推(つき)城(しろ)は再び話し掛けてきた。

 つまり、性懲りも無くまた隙を突いてペースを掴(つか)もうとしている。

 流石(さすが)に航(わたる)も乗りはしない。

 右腕の砲口を向け、会話の流れを無(む)理(り)矢(や)理(り)絶った。

 

「同じ手は通用せんか。ならば純粋な槍(そう)術(じゆつ)で押し通すのみ!」

 

 推(つき)城(しろ)は再び猛然と航(わたる)に向かって来た。

 凄(すさ)まじい勢いで槍と刺突が繰り出される――かに思われた。

 だが意外にも、推(つき)城(しろ)の攻撃は足だった。

 勢い良く繰り出された蹴りが土を巻き上げ、塵(じん)埃(あい)を航(わたる)の目にぶつけて視界を奪う。

 

「ぐっ!」

 

 航(わたる)は思い知った。

 推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は相手の意表を突くのが非常に上(う)手(ま)い。

 戦いの中で相手が自分の出方に対してどのような先入観を持つか熟知している。

 

 その上、ただの卑(ひ)怯(きよう)者(もの)ではなく武芸に於(お)いても相当秀でている。

 その姿は、宛(さなが)ら乱世の武士を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる。

 髷(まげ)に裃(かみしも)という姿が実際の戦い方にも反映された強者だ。

 

「糞(くそ)っ!!」

 

 航(わたる)は再び、苦し紛れに光線砲を撃つしかなかった。

 再び推(つき)城(しろ)の腕を狙った射撃だったが、光線は不自然に逸(そ)れてしまった。

 そしてそのまま、推(つき)城(しろ)は鋭い突きを繰り出す。

 視界の定まりきらない航(わたる)は攻撃を回避し切れない。

 

「でぇヤアアアアあッッ!!」

 

 槍の鋒(きつさき)が航(わたる)の胸を捉えた。

 死を覚悟した航(わたる)だったが、槍は先端が僅(わず)かに食い込むに留(とど)まり、それ以上刺さらない。

 

「む……?」

 

 視力の戻った航(わたる)だけでなく、目を眇(すが)めた推(つき)城(しろ)も何が起きたか一瞬解らない様子だった。

 だが次の瞬間、推(つき)城(しろ)の槍が中腹辺りで折れた。

 鋭い刺突の勢い余って、折れた槍先は錐(きり)揉(も)み回転しながら飛んで行って、夜の闇に紛れた。

 

「武器破壊……まさか私(わたし)の武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)が敗れるとは……」

 

 実は、刺突の直前に航(わたる)が放った光線は槍の柄に当たっていた。

 不自然に軌道が逸れたのはこの為だった。

 つまりその時、推(つき)城(しろ)の槍は既に破壊されていたのだ。

 

「我が分身たる『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』が破壊されては詮方あるまい。ここは私(わたし)の負けとしておいてやろう」

「なんだと?」

 

 航(わたる)は構えを解かない。

 何度も意表を突かれたのだから当然である。

 しかし推(つき)城(しろ)はそんな航(わたる)の目を見て敵意の無い笑みを浮かべると、折れた槍の柄を右へと向けた。

 

「武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)は己の内なる神の半身。心の中にある神なる武器を具現化したもの。術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)と違いどれだけ多用しようとも神(しん)為(い)を消耗することは無いが、代わりに破壊されて再構築する場合は大きく神(しん)為(い)を失う。つまり、これ以上貴様と戦うのは少々骨が折れる、割に合わんと判断した」

 

 戦う前とは打って変わって、忠誠心の乏しい言葉だった。

 航(わたる)は推(つき)城(しろ)をじっと見ている。

 今まで満ち満ちていた圧が消え、確かに神(しん)為(い)も大きく失われている。

 少なくとも、推(つき)城(しろ)が不利になったのは事実の様だ。

 

「甲(きのえ)公爵閣下を御(お)守(まも)りする道理はあっても、命まで張る義理は無い。あの男の行いが唾棄すべきものであるのも確かだしな。だからこの結果に免じて、貴様の希望に添ってやろうではないか」

 

 推(つき)城(しろ)は右方向を指し示した槍の柄を動かした。

 

「今我々が立っている道を先に進めば、甲(きのえ)卿(きよう)が普段寝食する本館に辿(たど)り着(つ)く。だが、今あそこに彼は居ない。今私(わたし)が示す先にある小屋は地下室に続いており、そこには意に沿わぬ者を折(せつ)檻(かん)という名の拷問に掛ける道具が揃(そろ)っている。甲(きのえ)卿は水(み)徒(と)端(はた)嬢を甚(いた)振(ぶ)るつもりで先程そこへと入っていった」

「何……?」

 

 航(わたる)の目に怒りの焔(ほのお)が宿った。

 甲(きのえ)が早辺子に酷(ひど)い仕打ちをしていると改めて聞かされ、心穏やかではなかった。

 そんな航(わたる)の様子を見て、推(つき)城(しろ)は何やら謀(はかりごと)を含む様に口角を上げる。

 

「その地下室の更に奥には……」

「案内ありがとう!」

 

 航(わたる)は推(つき)城(しろ)の話を最後まで聴かぬまま、槍の柄が指し示していた方向へと駆け出した。

 推(つき)城(しろ)は背を向けたまま、航(わたる)を追い掛けようとしない。

 航(わたる)がいなくなった後で、推(つき)城(しろ)の手から槍の柄が消えた。

 

「思いの外やりおる。八(や)社(おと)女(め)の報告よりも出来る男ではないか。神(しん)為(い)の大きさも中々のものだ。八(や)社(おと)女(め)の見る目が無かったのか、或(ある)いは……」

 

 推(つき)城(しろ)の表情から笑みが消えた。

 

「鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)を退けたことで、内なる神の格が上がり、神(しん)為(い)量が増したか……」

 

 神(しん)為(い)の強さはその者の神性に依存する。

 それは自信の裏付けであったり、家格であったり、様々な要因で変化する。

 航(わたる)の神(しん)為(い)が乏しかったのは、彼が何の変哲も無い一人の凡庸なる青年で、更には魅(み)琴(こと)に劣等感と如(いか)何(が)わしい性癖を抱えて自信に欠けていたからだ。

 

 だが今、航(わたる)は既に鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)を打倒している。

 それは自信の欠如をある程度解消する勝利であったが、それ以上に「六摂家当主の一角を落とした者」という格が航(わたる)に備わった。

 その事実が航(わたる)の持つ内なる神を昇格させ、神(しん)為(い)を大きく増したのではないか――推(つき)城(しろ)が呟(つぶや)いたのは、そういう推察である。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 煉(れん)瓦(が)に囲まれた地下室、その暗闇の中、ゆらゆらと揺れる蝋(ろう)燭(そく)の灯が狂気に満ちた甲(きのえ)の笑みと縛り吊(つ)るされた早辺子の姿を照らしていた。

 甲(きのえ)の手には物々しい鞭(むち)が握られており、既に何発も打ったらしくが血が滴っている。

 対して、早(さ)辺(え)子(こ)は衣服こそボロボロに破れているものの、傷や痣(あざ)は意外な程少ない。

 だが彼女の顔は、憔(しよう)悴(すい)と疲労で有られも無い表情を曝(さら)していた。

 

「貴様の様な、華族とは名ばかりの下(げ)賤(せん)な者にも東(とう)瀛(えい)丸(がん)が与えられる理由を知っているか?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)に激しい鞭が撃ち込まれる。

 

「あぎぃっ!! あぁーっ!!」

「下級貴族の子女は乃(だい)公(こう)ら真に尊き貴族に仕えるものと相場は決まっておる。神(しん)為(い)を身に付けさせれば、身体能力や認識力の面で使用人として役に立ち、耐久力や恢(かい)復(ふく)力の面でそれ以外の用途にも都合が良いのだ。この様にな!」

 

 何度も鞭が跳び、早(さ)辺(え)子(こ)の絶叫が谺(こだま)する。

 

「それにしても、先程から叫んでばかりではないか。少々拍子抜けだぞ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は答えない。

 父を殺される前ならば許しを乞いもしただろう。

 だが今の早(さ)辺(え)子(こ)には、最(も)早(はや)甲(きのえ)に対して配下としての意識など一片たりとも無かった。

 

「ふん、つまらんな。悲鳴一辺倒では飽きてしまう。ここは少し、趣向を変えてみるとしようか。なあ?」

「っ……!」

 

 卓上に並べられた悍(おぞ)ましい拷問器具が早(さ)辺(え)子(こ)の眼(め)に留まった。

 鞭などが生易しく思える、使用されればそれだけで取り返しの付かない損傷を与えるであろう物が揃えられている。

 流石に早(さ)辺(え)子(こ)の顔から血の気が引いた。

 

「扨(さ)て、何処まで折れずにいられるか、楽しみだな」

 

 甲(きのえ)は小さな鉄の筒を摘(つ)まみ上(あ)げた。

 指サックの様であるが、卵をスライスする調理道具の様に、糸刃がずらりと並んでいる。

 おそらく、囚人の指に嵌(は)めて少しずつ輪切りにしていくのだ。

 指は神経が集中しているので、地獄の苦しみだろう。

 

「乃(だい)公(こう)はこれが好きでな。拷問を終えた後も、愚かな使用人は指の幻肢痛に悩まされ続け、痛む度に乃(だい)公(こう)に逆らったことを激しく後悔するのだ。貴様も素直になれるぞ」

 

 甲(きのえ)が早(さ)辺(え)子(こ)の指に器具を嵌めようとした、その時だった。

 地下室の扉が蹴破られ、一人の青年が入ってきた。

 

「お前が甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)か」

 

 青年・岬(さき)守(もり)航(わたる)は怒りに満ちた表情で甲(きのえ)を睨(にら)み付(つ)ける。

 甲(きのえ)は器具を卓上に戻すと、航(わたる)と向き合った。

 

「身の程知らずの下賤な男めが。乃(だい)公(こう)を皇別摂家当主、公爵・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)と知っての狼(ろう)藉(ぜき)ならば、死の覚悟は出来ておろうな……」

「俺(おれ)が下賤ならお前は下衆だろ。俺(おれ)の恩人を、早(さ)辺(え)子(こ)さんを放してもらうぞ」

 

 今、六摂家当主との最後の戦いが幕を開けようとしていた。

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